生存保険給付の損害算入

一、問題設定

 不法行為によって被害者が死亡した場合、その死亡によって支給されなくなってしまった退職年金などの生存(保険)給付(生存していることを条件に支給される保険などの給付)は、遺族による損害賠償の算定において算入されるか。

二、結論

 退職年金などの生存保険給付は損害賠償の算定に算入されない。

三、証明

 被害者死亡の場合の損害は、被害者の生命であり、生存給付は被害者の生命の価値とは無関係である。したがって、生存(保険)給付は損害賠償の算定において算入されない。

四、解説

 生存保険の内容は保険者(保険会社等)と被保険者との間で、自由に決定することができる。被保険者の年収に関係なく高額の生命保険に加入することができるように、被保険者の年収に関係なく高額の生存(老齢・退職)保険に加入することができる。例えば、稼働能力が皆無であったとしても、一億円の生存(老齢・退職)保険契約を締結することも可能なのである(むしろ将来の稼働能力に不安のある者こそが高額の生存保険に加入すると筆者は予想する)。
 したがって、生存保険は被害者の生命の価値とは無関係であり、実定法解釈としては、生命という損害の算定においては算入されない。
 立法政策論の問題としても、生存保険給付を損害に算入すべきではないと筆者は判断する。要するに、退職年金等の生存保険給付を損害賠償において損害に算入するか否かという問題は、保険関係が損害賠償額に影響を与えるか否かということである。被害者が一〇億円の生存保険に加入していた場合、この生存保険を損害として算定すると、この場合には被害者を死亡させた加害者が一〇億円を支払わなければならないことになってしまう。加害者とは無関係に締結される契約内容が加害者の責任に影響を及ぼすはずがないし、及ぼすべきではないと筆者は判断する。
 なお、次の点を確認しておく必要がある。退職年金などの生存保険給付を損害として算定するのであれば、現在の社会保険制度では国民皆年金が実現しているのであるから、死亡時に三〇歳であっても二〇歳であっても、二歳であっても、胎児であっても、平均余命まで生存していたと仮定すれば、六五歳以降は少なくとも基礎年金が支給されていたはずである。つまり、被害者が死亡した場合には、常に退職年金または老齢年金を損害として算定しなければならないのである。これらの生存給付を損害賠償において損害額算定に算入するとすれば、それは人身損害算定方法の全面的な革新になるといってよいであろう。

*本稿は、筆者が名古屋大学大学院法学研究科在学時の平成五年に、同大学院において開催されていた民事判例研究会において発表した判例研究「退職年金の逸失利益算定と遺族年金の控除」をもとに執筆したものである。なお、当時判例研究会の担当教官であった伊藤高義先生が、このテーマについて「損益相殺」『新現代損害賠償法講座6損害と保険』(平成一〇年、日本評論社)の中で論じている。また、本稿に関連する判例として、判例紹介障害年金の損害算入(最判平成一一年一〇月二二日)「遺族年金の損害算入(最判平成一二年一一月一四日)」参照。

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