QアンドA42
シンハラ語のニパータって何?


 「ニパータ」などと言う文法用語は他のシンハラ語教本には何も書いていないのに、」かしゃぐら通信」や丹野さんのシンハラ語本には必ず書いてあります。ニパータはいったい何なのか、何で大切なのですか。


No-42 2005-06-23 2015-July-11


 ニパータを知ればシンハラ語の謎を解く鍵を握ることになるのに、シンハラ人でさえ、ニパータの大切さに気づいていないかも。いえ、シンハラ人ならニパータの使い方が身に解けこんでいるからその大切さを意識していない、意識できないというほうが正確でしょう。
 ニパータ、あるいはニパータ・パダが日本語の助詞と同じ働きをするという事は『熱帯語の記憶、スリランカ』(廃刊 2015年7月「熱帯語の記憶」でkindleに完全版復刊)にも『シンハラ語の話し方・増補改訂』にもかなり重きを置いて触れています。日本語の「てにをは」に当たるのがシンハラ語のニパータですから、この品詞の使いかたさえものにしてしまえば、シンハラ語はかなり流暢に話せてしまいます。

 ところでこのニパータですが、元々のシンハラ文法用語ではありません。シンハラ語文法がそもそも外語の文語文法で成り立っているのですから、当たり前と言えば当たり前です。
 サンスクリット語とパーリ語の文法用語としてこのニパータがあります。そうなるとこれらの難解な文語のお話とシンハラ語の周辺諸語の事情をお話しなくてはならないのですが、ここではニパータという品詞がサンスクリット語から派生してシンハラ文法に割り当てられたと理解してください。
 ニパータは本来「語形変化しない単語」という意味です。サンスクリット語・パーリ語では多くの単語が語形変化します。名詞と動詞の語形変化はそれぞれ種類の違う変化と捉えられていますが、とにかく単語がそのかたちを変化させて文を作る、あるいは単語そのものが文になる、という捉え方で文法が語られます。それでも、単語の中には語形変化をしない単語群があって、副詞・接続詞・間投詞がそのニパータに数えられています。
 先ほどシンハラ語のニパータは日本語の助詞と似ていると書きましたが、パーリ語では助詞がニパータに入っていません。でもこれは不思議なことでもなんでもなくて、そもそもパーリ語には助詞などないのです。いや、助詞がないという考え方に立ってパーリ語文法が構築されているのです。パーリ語は屈折語であるという理解の方法が根底にあります。

 シンハラ文法はサンスクリット語、パーリ語に大きく影響を受けました。ニパータという用語がシンハラ語に受け入れられたのもその影響下にあったからです。しかし、シンハラ語でニパータという品詞を扱うとき、『熱帯語』や『話し方』を手に取られた方はお分かりでしょうが、日本語の助詞にあたる単語群をこの品詞の中に組み入れてしまったのです。
 シンハラ語はアーリア語、インド・ヨーロッパ語族に分類されますから、日本語の助詞にあたるような単語を、つまり膠着的に単語をつなぐ単語の存在を認め、それをニパータに組み入れることは好ましくなかったのでしょう、英文で紹介されるシンハラ文法書にはNipataの紹介が省かれることが普通です。日本で出版されたシンハラ語のテキストも英語で書かれたシンハラ語テキストに倣ってニパータには触れて来ませんでした。ニパータのことに触れたシンハラ語テキストは『シンハラ語の話し方』が日本初です。
 シンハラ語のニパータには接続詞が含まれていると『話し方』で触れています。接続詞は語形変化しませんからニパータとされるのですが、その結果、接続詞も助詞も同じニパータという品詞にされてしまいました。でも、パーリ文法をなぞるシンハラ文法ではそれが当たり前のことなのです。

 ニパータのシンハラ語における位置関係がすこしは覗けて来たでしょうか。
 言語学は新しい学問ですがその科学性には少々怪しいところもあります。屈折語・膠着語という語族の分け方やアルタイ語・アーリア語といった対立関係の古風な分類にも限界があるようです。
 日本語はそうした分類に馴染まないあやしい言語です。シンハラ語も、その意味で旧来の語族には、特に口語の場合、馴染みません。シンハラ語に取り組むスリランカの新しい人たちはアーリア語神話を乗り越えようとしています。
 
 シンハラ人にとってはアーリア神話が民族の「高貴な」さまを「実証」するかけがえのない証拠ですから、神話の言語学をなかなか手放すことが出来ません。しかし、かれらは日本人ほどしゃにむに神話にしがみつく民族ではありません。新しい潮流を受け止める風土とこころを持っているからです。シンハラ語にとってのニパータはシンハラ語が完全な屈折語でないことを図らずも証明してしまう品詞なのです。
 アーリア神話はすでに終焉しています。それは神話に閉ざされた民族の将来を新たに展望する視野を与えてもくれます。

 シンハラ語が高貴なアーリアとばかり結び付くものではないことを証明するような資料がスリランカのウェブサイトにも現れるようになりました。シンハラ語と日本語との関係を身体言語の類似性から追った資料がスリランカの新しいウェブサイトに紹介されています。
 筆者は当KhasyaReportの主幹です。
 
「日本語とシンハラ語に見る身体語彙の類似性」
The Language correspondence between Japanese and Sinhalese
Body - words between Japanese and Sinhalese
www.lankalibrary.com/books/Japanese_sinhala.htm