ぼくが青年になるとき

                    土井大助

 

 いま ぼくは平和憲法を死守する覚悟でいるが、

それが制定された年の秋、(恥ずかしながら)

十九のぼくは 何の関心ももたなかった。

 

前年 士官候補生から旧制高校生に変身していたぼく。

帝国憲法には虫酸が走ったが、新憲法とて同じこと。

誰が 大人の綴った公文書など二度と信じるものか。

(象徴にせよ、第一条「天皇」には吐き気がした。)

 

大学法学部では もちろん「憲法」は必修。

が、他課目同様、教授の顔を一度見に出かけただけ。

人生が生きる値打ちのあるものかどうか、

「ニヒル」に暗く酔っ払っていた青年のぼく。

         *

戦争に敗れて五年目 朝鮮で戦争がはじまった。

(二度とコケにされ 戦争に殺されてたまるものか。)

と 戦争屋の手を縛っている平明な文言が目に入った。

侮った「日本国憲法」が 急にまぶしく見えてきた。

 

憲法の手習いは労働組合と平和運動の中ではじまった、

戦争で死んだ先輩や友人の声なき声をまさぐりながら。

(骨さえ還らないかれらの形見は これにちがいない。)

憲法が足蹴にされるなら 死者は二度殺される。

 

すでに老いたが、戦争に向き合うとき ぼくは青年。

だから 憲法をよむとき ぼくは青年。

ぼくの平凡な人生の 非凡な意味は そこにしかない。

 


生年 1927年

在住都道府県名 東京都

所属詩誌(団体・グループ) 詩人会議

代表詩集(著作) 『十年たったら』『朝のひかりが』ほか。


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