V:「生きづらさ」について
自己という病
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26.活発な活動と高い適応力

  •  生物が誕生したころ、地球の大気には酸素は含まれず、宇宙からは紫外線など有害な電磁波が降りそそいでいたと考えられています。ですから、生物たちは海底の薄暗い世界に棲むしかありませんでした。
  •  その中に、光合成によって酸素や糖をつくり出す生物や、その酸素によって糖を燃やしエネルギーに変える生物が活動するようになりました。世界は大きく変わり始めます。
  •  その生物とは、他の細胞によって呑みこまれ、「細胞内小器官」となってしまった葉緑体やミトコンドリアをもつ植物や動物です。
  • 地球を変えた葉緑体

    現在、地球の大気に含まれる酸素は、葉緑体をもつシアノバクテリアなどの生物が光合成のはたらきによって生成したものだと考えられています。だとすれば、現在では地球の大気の二十パーセントを占める酸素は、生物によって生みだされたことになりますから驚きです。

    しかも、この酸素(02)が変化してできたオゾン(03)は大気圏の外側を包むように層をなして、宇宙線や太陽からの紫外線などが地表に降りそそぐのを防いでくれました。生物たちが深海の暗闇から、明るい海面近くに移り住むようになったのはそれがきっかけでした。

    「植物」は、地球の大気を酸素で満たしただけではありません。彼らが酸素と一緒に生成した糖分が、「動物」たちの栄養源になり、活発に活動できるようになりました。

    それまで、生物は海水に含まれた栄養分を取り入れて生きていました。しかし、その栄養源(しかも高カロリー)源を植物がつくる時代が始まったのです。

    独立栄養と従属栄養

    植物のように自ら栄養分をつくる生物のあり方を「独立栄養」と呼び、それを頼りに生きる動物のようなあり方を「従属栄養」と言います。ですから、動物は植物あってこその存在というこになります。動物は植物に依存しているのです。動物も植物の種を運んだりして植物に貢献しています。

    葉緑体とならんで、重要な役割をはたしているのが「ミトコンドリア」です。

    酸素はいろいろな物質と化合しやすく、生物にとっては危険な存在でした。ですから、それまでの生物の多くが、酸素を避けて生きる「嫌気性」のタイプでした。

    しかし、ミトコンドリアを呑みこんだ細胞たちは、糖分を酸素で燃やしエネルギーを生みだすこの「細胞内小器官」によって、飛躍的なパワーアップをとげます。このミトコンドリアの働きが、活動力に満ちた多様な動物たちの世界を生みだす原動力になりました。

    まさに、葉緑体とミトコンドリアこそ生物の世界を激変させたと言えます。

    爆発する「動物界」

    降りそそぐ光の中で、酸素を燃焼させて、思いっきり活動する動物たちの世界はどのように出現したのでしょうか。そもそも、薄暗い深海で生きてきた生物たちが、どのようにして光りを感じるようになったのでしょうか。

    光りを電気に変える半導体の性質を利用して、デジタルカメラが発明されました。同じように、細胞の中には、光りに反応する性質をもった珍しい細胞もありました。やがて、その細胞を体の一部に取り込んで、「眼」という器官を持つ生物が現れました。

    「眼」をもった生物は、自分を取り囲む環境をより正確により速く察知することができようになります。それは、敵から身を守るにも都合がよかったと思われますが、食糧を効率よく得るためにも、大いに役立ったに違いありません。

    つまりそのことによって、小さな動物がより大きな動物のエサになるという「弱肉強食」の世界が出現することになったのです。激しい生存競争は、生き延びるためにさまざまな工夫を生みだし、新しいタイプの動物たちが短期間に爆発的にふえることになりました。「カンブリア爆発」と呼ばれる、生物の歴史上きわめて特異な一時代が到来しました。

    生き抜くためのシステム

    生存競争はより厳しいものになっていきます。激しい運動はエネルギーを大量に消費します。常に獲物が得られるわけではありませんから、貴重なエネルギーは大切に使わなければなりません。

    そこで発達したのが、自律神経です。食糧が満ち足り、血糖値が高いときは、体の緊張をほぐしてエネルギーを節約するため、自動的に副交感神経がはたらいて、心拍数も血圧も下がり、身も心もリラックスします。(省エネモードに自動的に切り替わるわけです)

    しかし、敵が襲ってきたり、空腹になって獲物を獲る場合にはいち速く行動しなければなりません。緊張が走り、交感神経が刺激されると、必要な酸素と糖分を全身に供給するため、鼓動は速まり、血圧は上昇し、呼吸は速くなります。この切りかえが瞬時にできるように自動化されたシステムこそ自律神経です。

    このようにして、生物の身体能力や適応力はますます高度化していきました。

    海から陸への大飛躍

    より高度な視力、より発達した筋肉、素早く反応できる神経系。「カンブリア紀」を経て、運動能力においても、環境認識力においても高度に発達した生物が活躍するようになります。

    深海で生活する、硫化水素などの化学合成によってエネルギーを得ている生物とくらべれば、新しい時代の生物たちは、光合成と酸素により、はるかに高いカロリーを得ることができるようになりました。

    こうして、海の世界は多様な生物の棲む楽園となっていきますが、一方で異変も起きることがありました。古生物学の研究によると、インド洋の南からインド亜大陸がゆっくり北上し、ユーラシア大陸にぶつかった際に、その境目では海中の酸素が欠乏したり、淡水の水域ができたりし、一部の生物が活路を求めて陸上へと移動し始めたとのことです。ヒマラヤの化石からそうしたことが推測されています。

    上陸作戦は植物から始まり、長い年月をかけて少しずつ陸上型の動物も現れたと思われますが、それは、生物の長い歴史の時間にとっては、驚くような速さで進みました。その影響が妊娠初期に女性が体験する「つわり」として残っていると考えられています(※)。

    ※「胎児の世界」三木成夫著(中公新書1983)

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