V:「生きづらさ」について
自己という病
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25.適応してこそ生き延びられる

  •  外部から独立して「自己」の内部の環境を維持し続ける。これが生物であり、「自己」のはじまりでした。
  •  しかし、そこには問題がありました。外部の環境は一定ではなく変化します。ときにはそれは生物に致命的な打撃を与えます。
  •  生物はそれをどのようにのりこえたのでしょうか。
  • 1.他の細胞を呑みこんだ(生き残り戦略1)

    生物の教科書に、細胞の内部を描いた図が載っています。奇妙な形の浮遊物が細胞の中にあって、妖怪のようにも見えたことを憶えています。その中の「核」については詳しい説明がありましたが、ゴルジ体とかリボソームとかミトコンドリアとか当時は聞き覚えのない名前がついた物には、「細胞内小器官」と説明があったと思います。高校時代はその正体はよくわかりませんでした。(不勉強でもありましたが)

    この「細胞内小器官」は元々はそれぞれ独立した単細胞生物だったのですが、呑みこまれて他の単細胞生物の一部になった、という「共生説」があることを後に知り、「そうだったのか!」と、やっと納得できた気がしました。

    それによると、初期の生物はひとつの細胞で独立して生きていましたから、何でもすべて自分で行わなければなりませんでした。その中で、他の細胞を呑み込み、その特色を自分の力として活用する細胞が現れました。呑みこまれた細胞にとっても、守ってもらえるわけですから、都合がよいこともあったのかもしれません。

    こうして、さまざまなタイプの細胞が誕生し、このような戦略でパワーアップした細胞はどんどん増殖していったということです。説得力のある仮説です。しかし、都合のいいことばかりだったのでしょうか。 

    2.こうして「核」が生まれた

    他の生物が自分の体の中で生きているのですから、問題も出てきます。たとえば、呑みこまれた細胞が勝手に分裂をくり返したら、呑みこんだ方はどんどん膨れてしまい、最後には破裂してしまうかもしれません。

    そこで、呑みこんだ細胞の一部についてはDNAをまとめて管理するようになります。呑みこんだ細胞のDNAを取り込んで、自分のDNAと一括して管理し、秩序ある細胞分裂ができるようにコントロールするようになったのです。

    さらに、それまでは細胞の中でむき出しの状態だったDNAを膜で包み込んで、まとめて管理する「核」という場所ができました。この種類のタイプの細胞を「(核あり)細胞」と呼んでおきます。バッグ(細胞)の中でむき出しでバラバラになっていたお金(DNA)を、財布(核)に入れて、まとめてバッグに入れておくイメージです。

    ※用語に振り回されないようにするため、それまでの細胞を「(核なし)」とし、新しく生まれた細胞を「(核あり)」としておきます。

    3.自分を犠牲にして子孫を守る(生き残り戦略2)

    二つめの生き残り戦略は、細胞分裂の方法です。細胞分裂には二種類があります。ひとつは、ある細胞からまったく同じ細胞を作る方法です。細胞分裂は基本的にこの方式です。

    もう一つは、本来は二重の螺旋状になっているDNAがほぐれてふたつに分かれ、他の個体(オス又はメス)のDNAとくっついて新しい二重構造のDNAができる方法です。

    つまり、異なるふたつの個体の設計図を半分ずつ合体させて、新しい細胞をつくる設計図ができるのです。ただ、この過程で遺伝子の配列が変化して、異なった設計図になってしまうこと(突然変異)が起きる可能性が高くなります。

    それによって生まれた新しい個体が環境に適していれば、同じ設計図の子孫が増え、適していなければ、その設計図はその個体でだけで終わり、ひきつがれていきません。自動車に例えれば、売れ残った人気のない新車は処分され、増産されないのと同じです。

    ですから、新しい方式の細胞分裂では、性能のいい子孫が生まれる可能性もあるのですが、性能の悪い子孫が生まれてしまう可能性もあります。それで、遺伝子の「壊れすぎ」を防ぐために細胞分裂の回数を制限する仕組みが組み込まれました。歳をとると生殖細胞の分裂は行われなくなります。

    4.組織の力でバージョンアップ(生き残り戦略3)

    生き残り戦略第三弾です。

    「不死の命」を犠牲にして、適応力をアップさせた「(核あり)細胞」の中には、複数の細胞が集まって生活するタイプが新たに登場します。「多細胞生物」の出現です。細胞が集まって互いに助け合って生活するのです。これが第三の戦略です。

    やがて、ひとつの受精卵から始まった細胞分裂の過程で、ぞれぞれ異なった機能をもつ細胞が作られるようになると、生物の世界はますます多種多様になっていきます。(「自己」を形成する主人公を、ここからは細胞ではなく、生物と呼ぶことにします)

    さまざまな役割をもつ細胞が組み合わされ、そのネットワークが複雑な働きをするようになると、それを統合する必要が生じます。こうして生物は、より高度な統合力をもつようになり、環境の変化により巧妙に適応できるようになっていきます。

    この段階で、「自己」は多くの細胞を統括する高度な「はたらき」を示すようになります。


    <高校生物の復習:読み飛ばしてもかまいません>

    <復習@ 細胞による生物の分類>

    生物は「核」の有無によってふたつに分類されます。細胞のなかに核をもたない生物を「原核生物(核なし)」と言い、古細菌や藍藻類がこれに含まれます。もうひとつが、細胞のなかに核をもつ「真核生物(核あり)」で、私たちが目にする生物のほとんどはこの「真核生物」です。

    「原核生物(核なし)」は、遺伝情報がつまる大切なDNAが無造作に細胞の中に投げ込まれているイメージです。「真核生物(核あり)」には、細胞の中に核膜によって仕切られた核と呼ばれる場所があり、そこでDNAが大切に保護されています。

    初期の生物は、一つの細胞で構成される「単細胞生物」でしたが、「真核生物」が出現

    人類はBの多細胞の「真核生物(核あり)」ですが、もちろん、他の生物たち(@・A)も生存して活動しています。しかし、それは私たちとは異なった環境に適応していたり、小さいために目に付かないだけです。生物は進化するのではなく、それぞれ分化しながら、それぞれの環境に適応して生存しているだけです。

    過去がどうだったかを再現することはできません。できるのは、手に入れられる証拠によって過去の姿を想像することだけです。生物の歴史で言えば、化石といま生きている生物だけが手がかりです。

    いま生きている生物、つまり滅びることなく生きて子孫を残した生物が、私たちに示しているのは、生物たちがどのように環境の変化に適応して生き延びたかということです。最初の生物たちは主に三つの基本戦略を成功させたようです。

    復習A 遺伝子・DNA・染色体

    遺伝子、DNA、染色体はそれぞれ異なる意味ですが、普通はその違いを意識せず、「遺伝情報」といった意味で、遺伝子やDNA、染色体が使われることがあります。

    ざっくり言えば、遺伝子はDNAの一部分でそこにひとまとまりの遺伝情報が込められています。染色体はDNAにタンパク質がつながったもので、細胞分裂の時に活躍します。DNAという箱に遺伝子が入っていて、染色体というトラックがDNAを運ぶ。そんなイメージかもしれません。

    大きさの順で言えば、遺伝子情報(遺伝子<DNA、染色体)となります。

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