V:「生きづらさ」について
自己という病
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24.細胞はどうやって生まれたか

  •  それでは、この三条件は、生物や「自己」にとってどのような意味をもっていたのでしょうか。
  • 1.原始の海を抱えこんだ細胞

    神奈川県横須賀市にある「海洋研究開発機構(JAMSTEC)」では、有人潜水調査船「しんかい6500」を使って、数千メートルの深海に棲む生物の研究が続けられています。その中でも注目されるのは、「古細菌」と呼ばれる微生物の研究です。その生態が地球最古の生物のそれに近いのではないかと考えられています。(詳しくはJAMSTECのウェブサイトを見てください)

    その研究によると、深海は、摂氏三百度にもなる熱水が海底から噴出し、硫黄化合物やメタンなどの化学物質がただよう高水圧の世界です。「古細菌」が棲むこのような過酷な環境こそ、四十億年前に生物が誕生した環境に近いと考えられています。

    光りがほとんど届かない深海の微生物は、光のエネルギーによる光合成ではなく、深海の海水に含まれる硫黄や硝酸化合物の化学反応からエネルギーを得て、生命活動を維持していることがわかっています。光合成ではなく化学合成です。そのような化学物質は熱が噴出する深海にこそ豊富に存在するのです。

    したがって、まさに「古細菌」のように、原始の海の環境をほとんどそのまま細胞膜でくるんだような状態で誕生したというのが、生物のはじまりのイメージです。(ただ、これは仮説です)

    2.「生産」のDNAと「流通」の細胞膜

    生命現象はさまざまな化学反応によってなりたっています。それを制御するのは酵素と呼ばれるタンパク質です。どのようなタンパク質をどれだけ作るのか、それをコントロールしているのがDNAです。DNAは核酸と呼ばれる化学物質でした。そのタンパク質の原料はアミノ酸です。図にすると次のような流れになります。

    これらの化学物質を試験管に入れて混ぜ合わせたら、簡単な生命現象なら起きてもおかしくないような気がしますが、そんなことはまったく起きません。やり方によっては生命らしき化学反応はおきますが、それは単発な現象で、生物のように自発的で継続的な姿を見せることはありません。

    プロテイン(タンパク質)も核酸もアミノ酸もサプリメントとして販売されています。こんなありふれた化学物質が、細胞膜という皮膜につつまれたら、生命現象を始めてしまったというわけですから不思議です。(実際はその逆で、生命活動に必要だからサプリメントとして売られているのですね)

    生物の細胞の不思議さは、細胞膜によって演出されているのではないかと思いたくなるほど、細胞膜には精巧な仕組みが組み込まれています。その中でとりわけ重要なのが、「選択的透過性」という仕組みです。必要な物質を選択して通過させる不思議な性質です。(ウィルスはそれをかいくぐって侵入してしまうのです!)

    細胞は外部から遮断されてしまっては、生きられません。必要な物質だけを選択して取り入れ、不要な物質は排出しなければなりません。その選択は、さまざまな構造をした細胞膜のゲートによって行われています。(詳しくは生物の教科書を参考にしてください)

    3.更新が必要な生物の細胞分裂

    二十種類のアミノ酸の無数の組み合わせによって、膨大な種類のタンパク質を作ることができます。タンパク質は立体的な構造をしていますから、ちょうどオモチャのレゴのように、さまざまな形の立体をタンパク質で人工的に作ることが今では可能になっています。

    しかし、卵に熱を加えるとゆで卵になったり、卵黄とお酢と油を混ぜてマヨネーズをつくることからわかるように、タンパク質は熱や酸に弱く、その立体構造は壊れやすい性格をもっています。組み立てられた物ですから物理的な力によっても壊れます。

    金属などでできた無機化合物にくらべて、有機化合物によって組み立てられている細胞は、損傷しやすく、常に更新し続けられなければなりません。

    更新は細胞分裂という仕組みによって行われます。細胞が大きくなると、自動的に分裂がはじまり、細胞の大きさを一定に保つ仕組みがはたらきます。その原理のすべてが解明されているわけではありませんが、大きくなり過ぎれば、多くのエサが必要になりますし、損傷しやすくもなります。ですから分裂する方が合理的です。生物の長い歴史によって見出されてきた生き残り戦略かもしれません。

    細胞膜とDNAが「自己」をつくった

    生物学の用語ばかりがつづき、少しうんざりかもしれませんが、一度眼をとおしてストーリーを追うだけで、細かい用語は忘れてしまっても、これからの話には影響ありませんから、安心してください。必要になったらその部分だけを読み返してください。重要なのは次の事だけです。

    細胞を外側の世界から分離する「細胞膜」。それによって生まれた内側の世界を護り維持するために、細胞分裂を促す「DNA」。このふたつによって、「自己」の原型が誕生したと言っていいでしょう。「自己」は細胞とともに誕生しました。

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