ポスターの社会史 〜大原社研コレクション〜 
法政大学大原社会科学研究所編  梅田俊英著
ひつじ書房  2001  131p
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ISBN 4-89476-148-3  ¥2400(抜)
法政大学の附属研究所に大原社会問題研究所(略称・大原社研)というのがあります。倉敷紡績社長だった大原孫三郎が、1919年大阪に設立した社会問題を研究するための民間研究団体がこの前身です。倉敷といえば大原美術館も有名ですが、こちらもやはり大原孫三郎が創立したものです。この研究所では、創立直後からビラその他の原資料、旗、バッジ、ポスター、ステッカーなども収集し、今日に至っているといいます。

■目次■


第1部  プロパガンダする紙片  梅田俊英 5
無産者新聞
普通選挙
労働組合
   総同盟/評議会/組合同盟
農民組合
演劇運動
   前衛座/プロレタリア劇場・前衛劇場/左翼劇場/新築地劇団
労働争議
鐘紡争議
洋モス争議
小作争議
蜂須賀農場争議
メーデー
労働農民党
日本労農党
社会民主党・社会大衆党
プロレタリア美術運動
社会運動出版
青年運動
部落解放運動
借家人運動
消費組合運動
婦人運動
産業福利
健康・保健
清潔な暮らし
伝染病予防
職業紹介
右翼
第2部  ポスターの社会史     梅田俊英 69
まえがき 大原社会問題研究所とポスター
1 ポスターの歴史
2 社会運動と印刷技術
3 電化の進展と社会運動
4 都市空間の拡大
5 第一次大戦後の社会運動とポスター
6 無産政党運動の動向
7 労働・農民運動の動向
8 芸術運動とポスター
9 柳瀬正夢と芸術社会運動のパトロン・長谷川如是閑
10 普選法とポスター
11 公共ポスターの登場
付録CD-ROM解説イントロダクション    野村一夫 118
OISR.ORG 20世紀ポスター展  制作スタッフ
索引
参考文献
125
126
130

■内容その他■
さて、本書は大正から昭和戦前にかけての日本のポスターがテーマごとに分類されて(目次の第1部参照)、カラーの図版が相当数収められ、なおかつ短いコメントが付けられています。第2部では、図版こそモノクロになるものの、ポスターの歴史、いやもう少し正確に言うならば、日本におけるポスターの社会史が書かれています。目次からも明らかなように、政党や労働組合などのプロパガンダ・ポスター、内務省社会局の外郭団体である産業福利協会が出した公共ポスターが、収められたポスターのほとんどを占めています。本当は商業ポスターも見たかったのですが、別の機会を待つことにしましょう。

本書第1部のカラー図版を見て印象に残ったのは、「赤と黒」が多く使われているように思えることです。この段階では、理由こそわかりませんでしたが、不思議と昨年東京都庭園美術館で行なわれた「ポスター芸術の革命 ロシア・アヴァンギャルド展 ステンベルク兄弟を中心に」を思い出してしまいました。その時かすかにもった感想は、ポスターのように人目につくことを目的とするものは、赤のように目立つ色を使いたがる作家が多いのかなということでした。もう一つ、プロパガンダ・ポスターでは、逞しさや怒りの表情もけっこう多かったと思います。社会運動の当事者として気持ちを込めると、こうなるのかもしれません。

第2部に進むと、ポスターを成り立たせるためのいくつかの要因について触れられていました。一つは印刷技術、もう一つは近代日本における電化の進展(それにともなう都市化の進行も)が挙げられていました。

印刷に関していえば、社会運動の側は、プロレタリア美術運動が成立すると業者に頼まずに、運動の側でポスター作りをするようになったことを指摘しています。しかし、プロレタリア美術の団体が設立した印刷所では、リトグラフ印刷が成功せず謄写版印刷によることになったといいます。電化というといささか抽象的ですが、要は、明治・大正期には人の住むところに必ず電柱がある時代を迎えたということをいっているのです。それは、各家庭に電化生活をもたらすのはもちろん、鉄道網が拡大し新たな住宅地が形成されることもあったでしょう。いずれにせよ、電柱やかまぼこ型のトタン塀といったポスター掲示場所が生まれるわけで、新しいメディア空間の誕生を用意することにつながったというわけです。考えてみると、電柱は割と白っぽいですよね、反対にトタン塀は黒っぽいものを(私は)覚えています。ポスターを目立たせようとすると、白の上に貼るには「黒・赤・緑」などを基調とするポスターを、 黒の上に貼るには「赤」を基調としたものを、というのがプロレタリア・ポスターの作り方として指導されたそうです。このように日常生活の変化に照らして説明されると、ポスターという存在が俄然身近なものに感じられてきます。

本書には付録CD-ROMがついています。大原社研がもっている戦前のポスター2,700点を収めたものです。法政大学大原社会問題研究所のHPにつないでも、同様のポスターがデジタル画像として提供されています。図版を豊富にしたい図書でも、掲載できる点数には限りがあります。本書についていえば、第1部は図版がカラーなのでいいとしても、第2部は白黒です。こちらもカラーで見たい気がして当然だと思うのです。それに、まだまだ多くもっているという大原社研のポスターを、こうした手法で見せようというのは、良心的だと思いました。
【2002年7月20日】


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