ブラスバンドの社会史 軍楽隊から歌伴へ
阿部勘一/細川周平/塚原康子/東谷譲/高澤智昌
青弓社(青弓社ライブラリー 20)  2001  242p
.    1600円(本体)
■はじめに■
『音楽之友』第2巻第6号で「民間吹奏楽の創建秘史」という記事をまとめたばかりですが、ちょうど本書を読み終えるところだったので、「偶然だなあ」と思いながら先の記事をサイトアップしたところでした。というわけで、本棚に並べたばかりの本のご紹介とあいなりました・・・(笑)。

■目次■

まえがき 東谷護 p.7-9
第1章  「ブラバン」の不思議 阿部勘一 p.11-53
第2章 世界のブラスバンド、ブラスバンドの世界 細川周平 p.55-81
第3章 軍楽隊と戦前の大衆音楽 塚原康子 p.83-124
第4章 歌謡曲を支えたブラスバンド 東谷護 p.125-149
第5章 バンドマン・高澤智昌のライフヒストリー 高澤智昌/阿部勘一/東谷護 p.151-234
年表 p.235-238
あとがき 阿部勘一 p.239-242

■メモ■
私は、第2章「世界のブラスバンド、ブラスバンドの世界」から見ていこうと思います。この章は「続く章で展開される日本のブラスバンド史を世界規模の文脈でとらえるために、ほかの文化の例を見わたすこと」を目的としています(p.56)。細川氏によれば、オランダのある人類学者は、[ヨーロッパの]軍楽隊が現在につづく仕組みを完成した時期こそ1860年から70年ごろと見ており、幕末明治の日本の軍楽隊も、実は世界各地で起きていた音楽文化の近代化の一コマであることに気付くべきだといいます。また明治半ばには、日本でも商業的なブラスバンドができサーカス、デパート、活動写真館などに活動の場が広がったこと、チンドン屋などもでき、これらもブラスバンドの類と考えられることなどが披瀝されています。つまり、幕末明治の軍楽隊を「洋楽導入の先駆者」として捉え、芸術音楽定着への最初の一歩としてのみ理解しようとする説に異論を唱えているのす。西欧以外の植民地におけるブラスバンドは、ヨーロッパ音楽とローカルな音楽の異種混肴があらゆる場所で見出せるといいます。日本のブラスバンドに目を転じると、教会、家族の行事、ダンスといった領域に進出しなかった国であり、各国のブラスバンド・シーンにとって重要な草の根楽団は少ないといった事情が明らかにされています。この章は、コンパクトながら「そうだったのか!」と気付かされる指摘に満ち満ちていました。

さて、ここで第3章に進まずに、第1章に戻ってみましょう。この章は、現在の日本では(世代の別を問わず)、「吹奏楽」がクラシック音楽の導入という扱いを受けているようだが果たしてそうだろうかと問います。吹奏楽は学校教育と結び付いてイメージされること、学校ではアーティスティックな音楽であるクラシック音楽が標準であること、などから先ほどの扱いが存在しているのだろうといいます。その一方「ポピュラー音楽の時流からは取り残され、ゲージュツ音楽からはプカプカ・ドンドンと蔑まれ、民俗音楽というにはプリミティブ感に欠ける・・・・・・かくてポピュラー音楽の地ならしをしたブラバンの道は閉ざされるのである」という斉木小太郎氏の文章を引用し、「本書でいう<ブラスバンド>はあくまでポピュラー音楽の地ならしをしてきた存在だった」と指摘します。学校のブラスバンドに籍を置いたことのある私にとっては、深く考えたことのない視点を提示された気がしたものです。

ただ、第1章は、私にとっては分かりにくかったです。「ブラスバンド」「ブラバン」「吹奏楽」という用語が同義の用語として出てきたかと思うと、「ブラスバンド」が<ブラスバンド>へと変わり(「 」と< >の差です)、後者は「本書でいう」という意味が込められているらしいことが、この章の半ばあたりでやっと分かりました。もっと言うと、章の始めのうちから、「ブラスバンド」という用語が用心深く避けられているようにすら感じられます。そのことが、かえって内容や主張をわかりにくくしているように思えました。第1章に戸惑いや違和感を覚えてしまうという読者がもしいるならば、順序を変えて第2章から読むことを提案しておきます。

第3章は、軍楽隊に関連した歴史と民間のブラスバンド(職業バンドとアマチュア・バンドに分かれます)とがまとめられています。この章もまた、コンパクトながら読み応えがありました。第4章を読むと、自分の記憶のあいまいさを思い知らされました。歌謡曲の歌伴にブラス・セクションが活躍していたのは確かですが、私には、弦のセクションがほとんど常に伴うようなイメージがあり、それが一つのオーケストラだといった錯覚があったようです。第5章は、バンドマンという一言で片付けては申し訳ないような経歴をもつ高澤氏の聞き書きを活字にしたもので、本書の中では、論文ではないという意味で、異色の内容を持った箇所となりました。社会における音楽の使われ方について考えながら読める、貴重な証言といえるでしょう。

本書は、これまでにない着眼点をもっていると思われますが、欲を言えば、戦後のポピュラー音楽を支えたブラスバンドの歴史がもう少し深く掘り下げられる日が来るのを待ちたいと思いました。
【2002年1月12日】


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