episode5 : マイクの中心でスペシャルを叫ぶ |
だいたい、最初から好かんのだ、あのシステム。他人に気を使うタイプのオイラは、小さな声ではお店の人が聞こえなくて大変だろうと、つい大きな声をはりあげてしまう。それに、お店の人の顔が見えないのも不安だ。「ええか、商売ってのはお客さんの顔を見てするもんや」。“どてらい奴”も“あかんたれ”もそう言っていた気がする。なにが悲しゅうて拡声器を反対にしたようなマイクに、大声で注文を叫ばねばならないのか。だからドライブスルーはキライなのだ。
その日は、妻が家で仕事をしていたため、昼食は子どもたちの好きなマクドナルドのハンバーガーを買いに行った。季節外れの台風のような豪雨。クルマを降りて店に入るのも面倒なので、ドライブスルーで購入して家で食べようと思った。近所のマックへ行き、ドライブスルーのコースに並び、順番が来た。
「いらっしゃいませ」、スピーカーからはお姉さんの声。「ご注文はお決まりですか」
例のマイクに向かって大声で注文する。
「えーっと、まずビッグマックのバリューセットがひとつ。ポテトとコーラで。
ハンバーガーのハッピーセットがひとつ。おもちゃは2番で、飲み物はクーの白ブドウ。
チキンマックナゲットのハッピーセットがひとつ。おもちゃは8番で、飲み物はリンゴジュース」
ハッピーセットでは先におもちゃの番号を言わないと子どもたちがうるさい。
オイラ 「それと、ハンバーガーを単品でひとつ」
お姉さん「ナゲットのソースはバーベキューになさいますか?マスタードになさいますか?」
オイラ「バーベキューを」
ここまでは順調だった。しかし妻に頼まれたえびフィレオスペシャルセットを注文する時、問題が起きた。
オイラ「えびフィレオのスペシャルセットをひとつ」
お姉さん「えびフィレオのセットですね」
オイラ「いやいや、えびフィレオのスペシャルセットです」
お姉さん「えびフィレオのセットですね」
ここで解説。期間限定メニューのえびフィレオには、ボテトMとドリンクMがついた“えびフィレオセット(580円)”と、ポテトSとドリンクMとチキンマックナゲットがついた“えびフィレオスペシャルセット(660円)”の2つがあるのだ。
オイラ「いやいやお姉さん。えびフィレオのスペシャルセットですよ」
お姉さん「えびフィレオのセットですね」
オイラ「いや、だから、えびフィレオのスペシャルセット」
ここで、ふと思い出した。マクドナルドは店舗によって販売メニューが違うことがある。“えびフィレオスペシャルセット”は期間限定メニューだから、この店にはないのかも。そこで、マイクの上に掲げてあるメニューをよく見てみる。ある。あるぞ。“えびフィレオスペシャルセット”は確かにある。オイラの声がよく聞こえなていないのかなと思い、滑舌や発音に注意してマイクに向かい、さらに大きな声で言ってみた。
オイラ「えびフィレオのス・ペ・シ・ャ・ル・セット!」
お姉さん「もう一度お願いします」
あーキレた。キレたよ。流石にキレた。ここまでのメニューがすべて問題なく通っているのに、“えびフィレオスペシャルセット”だけが通らないなんてことがあるだろうか。
オイラ「ねえちゃん、大概にせえよ。え・び・フ・ィ・レ・オ・の・ス・ペ・シ・ャ・ル・セ・ッ・ト、言うとるやろ!!!」
店から半径200mにも届きそうな声で、マイクの中心に向かってスペシャルを叫んだ。するとしばしの沈黙の後、普通のトーンで
「失礼しました。えびフィレオのスペシャルセットですね」とお姉さん。
「だから、最前からえびフィレオのスペシャルセット言うとるやろ。ええ加減にせえよ。ゼイゼイ」
と、まるで吉本新喜劇のような展開。この後、お姉さんは健気にも職務を遂行し
「ナゲットのソースはバーベキューになさいますか?マスタードになさいますか?」
オイラは不機嫌に「マスタード」
お姉さん「以上でお会計はX,XXX円になります」
豪雨の中、昼時で混雑している店に突入し文句を言う元気もなく、お姉さんの「ではお気をつけてクルマを前へ移動してください」の声に送られ商品受け渡し窓口へ。そこにはお姉さんではなく、なぜか男性のスタッフ。あんまり大声で騒いでいるので、やばい客だと思われたか。お金を払い、商品も問題なく受け取り帰宅。この店、以前にも注文した品が入っていないことがあったのだ。この日は、受け取るやいなや真っ先に“えびフィレオスペシャルセット”を確認した。家に帰ると娘が妻に、「お父さん、またお店でもみあってたよ」と報告。もみあうとは他人ともめることを言う。
しかし、“えびフィレオスペシャルセット”は本当にオイラの声が聞こえにくかったのか。
それともお姉さんがスペシャルの存在を知らなかったのか、真相は謎のままである。
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Visited 02.2.21 (C)YAJIKITA
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