episode3 : YAJIKITA/NET 警察のやっかいになる!
それは娘の便意から始まった。家族でドライブ中、郊外の幹線道路で娘が「うんち」と言った。行く手に巨大ショッピングセンターが見えたので、クルマを駐車場へ。娘のおシリは事なきを得た。

ショッピングセンターから幹線道路に戻るため、測道をしばらく走り、合流ポイントで一旦停止。交通ルールを全うしてオイラも一旦停止。ちょうど信号で幹線道路の流れはストップしており、さらにラッキーなことに測道から出る位置はクルマとクルマとの間で開いていた。そこへ愛車のノーズを突き出し、後ろのクルマ「シルバーのニッサン キューブ」に軽く手を挙げ挨拶。信号が変わり、前のクルマがスタートしたので、オイラもアクセルを踏んだ。すると、ニッサン キューブはクラクションを馬鹿鳴らし。きっと、よそ見していて、オイラの車があるのに気づかなかったんだな。わざとのんびり走ってやると、右に左に煽ってくる。

バックミラーでドライバーを見ると、額の部分が薄くなってきているのに、悪あがきして長髪にしている男。わが家では、この種のハゲを左右の長髪部分が犬の耳に見えるため“犬ハゲ”と呼んで嫌っている。年齢はオイラと同じぐらいかな。多分、ケンカになっても勝てるなと考えながら信号で停車。犬ハゲがクルマを降りて、こちらに走って来る。運転席の窓を手で“バシーンッ!”と叩くや、ドアを外から激しく開けて「なに、やってんだコラッ!」と言った。

オイラが「なんじゃ、オマエ」と言うと、腕を掴んで引きづり出そうとする。正直、恐いとは思わなかった。なぜなら、額が薄くなった武田鉄也が怒っているようにしか見えなかったから。体型も似ていた。

妻は「子どもがいるのに何をするんですか!」と怒鳴る。オイラは犬ハゲと相対していたので、後席の子どもまでは目に入らなかったが、その通りだ! 「オマエなにしとんねん。人の車のドアを勝手に開けて」と言うと、犬ハゲは、本当に武田鉄也みたいな口調で「急に飛び出してきて危なかった。事故になるところだった。」などと怒鳴る。万一、ナイフなどを持っているとやばい。子どもたちにも危害が及ぶかもと思い、「襲ってきたのはそっちじゃ、警察呼ぶぞ!」と言うと、犬ハゲが「呼べ、呼べ」と返すので、妻に「呼べ」と伝えると、妻も「呼ぶ!呼ぶ!」と電話。どちらも引っ込みがつかないので、第三者の調停が必要か。

掴んでいた犬ハゲの手を払うと、オイラは車外に出る。ワーワー叫んでいてラチがあかない。言わせるだけ言わせておいて、「オマエの主張はわかった。今度はオレの主張を聞け」と話し始めるが、それでもワーワー叫んで人の話を聞かない。

犬ハゲ
(イメージ)

警察に電話し終わった妻が出てきて、「この付近の道路が大雨で冠水して、交通整理で忙しいから、いつ来られるかわからんらしい」と言う。確かに、今朝、愛知県尾張地方は大雨警報が出されていた。「それは悪いことをしたなな。でも、呼んだ限りは気長に待つか」と話している横で犬ハゲはまだ騒いでいる。

「いい年して、交通ルールもわからんのか」と犬ハゲが言うので聞いてみた。「オマエ、いくつやねん?」。見た目や雰囲気は38歳のオイラに近いのだが、あまりにも「いい年、いい年」と繰り返すのが気になったのだ。犬ハゲは質問には答えず、困ったように笑った。ああ、きっとこいつ若いんだ。でもハゲのせいで、年齢が上に見られるんだ。30代前半、ひょっとすると20代後半? やはり、ハゲは人生において損をしているんだなあと考えていると、「あんたも急いでいると思うけど、こっちも急いでいるんだ」と見た目より若いと思える犬ハゲが言う。うちはのんびりドライブ中なので特に急いでいないんだが。さらに犬ハゲは「急いでいるのに、こんなことで時間を取られて…」と言った。その瞬間、オイラ切れました。犬ハゲの胸ぐらを掴むと「急いでいるのはそっちの勝手じゃ。ケンカ売ってきてなんじゃその態度は!」。胸ぐらを掴まれた犬ハゲは、なぜか急激に脱力する。体重を支えるのが重いのでオイラが突き離すと、ヨロヨロとよろめき、コンクリート部分を避けて草むらに大げさに倒れ込んだ。まるで、戦場で撃たれた兵士のようだ。

犬ハゲは元気に立ち上がると、「傷害だ!傷害事件だ!」と騒ぎ出す。「どこが傷害やねん」と聞くと、「ズボンと服が汚れた」とほざく。そして、「警察を呼んでやる!」と携帯電話で110番。「今、ヨメはんが呼んだから来るぞ」と言っても、「傷害事件です!大変です!」と電話中。妻が「どこが傷害なんですか、そんなヨレヨレの服が汚れたぐらいで!」と立ち向かう。確かに、風采の上がらないポロシャツにチノパン姿。「汚れたなら、洗濯して返すから、すぐ脱いで、脱いで!」と妻が詰め寄る。オイラも「ヤレ脱げ、ホレ脱げ」と囃し立てる。2対1で分が悪い犬ハゲは妻に向かって、「おばさん、あんたね、傷害事件なんだから…」と言う。それは禁句だろう。やばい!今度は妻と犬ハゲが険悪になる。あわてて、オイラは妻を車に押し戻す。犬ハゲに向かって、「別に許してももらおうとは思わないが、感情的になって手を出した非は認める。しかし、お前と話してるとむかつくから、車で待ってるわ」と言って、愛車に戻る。妻は「ハゲ!」って言ってやれば良かったと悔しがる。しかし、ハゲはハゲなりに苦労しているのだからと諭す。子どもたちは心配しているかなと思ったが、「ハム太郎」のMDを聞きながらおやつを食べて、「おまわりさんが来るの?」と目を輝かせている。

長期戦も覚悟をしたが、10分程度でパトカーが到着。先に若いお巡りさん、後から年配のお巡りさんが降りてきた。かつてオイラは『太陽にほえろ』に教えられた。ジーパン刑事より山さんの方が話がわかる。「オマエから話せや」と犬ハゲを若いお巡りさんの方へ誘導する。勢い込んで犬ハゲは話している。こんなツマラナイ事件に呼び出された若いお巡りさんに、そういう態度で話すと心証悪くするぞ。オイラは年配のお巡りさんが来ると、「お忙しいところを、お騒がせして申し訳ない」と詫びる。お巡りさんに件の事情を冷静に、ポイントを押さえて、わかりやすく、そして若干の脚色を交えて話す。そういうことは大得意。胸ぐら掴んで、相手が転げたことも正直に話す。ワシントンの故事を引き合いに出すまでもなく、正直は大切だ。話を聞いたお巡りさん、開口一番。「どっちも大人げないなあ」。確かに。

年配のお巡りさんは、オイラに「ちょっと待ってて」と言うと、まだワーワー騒いでいる犬ハゲに話を聞きに。「傷害だ!傷害だ!」と言い続けているようだ。かなり長い時間話していたが、そのうち騒がなくなる。我々の車のドアに乱暴したことは言わなかったのか、そのあたりを突っ込まれたのかと考えていると、「私も当たり屋じゃないんですから」と妙なことを犬ハゲが言っている。年配のお巡りさんが近づいてきた。「まあ、両方とも言い分はあるけど、両方とも悪い。ここはお互い握手でもして、謝り合うということでどうかな」と、極めて日本人的な裁き。もとより、このまま永遠に犬ハゲとツラ付き合わせているわけにもいかない。

そこでオイラの方から手を差し出して、「申し訳なかった。しかし、子どもとビビらせたことだけは許さんぞ」と言うと、年配にお巡りさんに「あんたも、それ言ったらいかんがな」と諭された。犬ハゲは手も出さず、憮然とした態度。きっと、このままでは転がされ損だと思っているな。オイラはここで先に謝っても、相手を転がした分だけポイントがリードだと思っている。国技大相撲では転がった方が負けだ。

若いお巡りさんが、パトカーに連絡に向かい、年配のお巡りさんが、車の中にいる妻に事情を聞きに行くと、ようやく犬ハゲは手を差し出す。「ズボンも服も汚れたけど、こちらもドアに乱暴したので、相殺ということで…」と言う。やはりドアへの乱暴が決め手になったのか。オイラはすかさず、「服もズボンも洗濯して返すわ。脱いで、脱いで」としつこく言う。「脱いでと言われて、これしかないので」。オイラはそれでもしつこく「脱げや、脱げや、洗ったるから、脱げや」とお巡りさんがいないのをいいことに横柄な物言い。犬ハゲは「僕も家に帰って洗濯すればいいことだから」となぜかおよび腰。お巡りさんが戻ってきたので、それ以上のごり押しはあきらめる。

帰るパトカーを見送ることもなく、犬ハゲは自分のクルマに戻り、急発進。急いでたんだもんね。オイラはお巡りさんたちに、お手数をおかけしたことを詫び、この先の道が冠水しているのかと聞く。この道は大丈夫だが、他の場所では東海豪雨並みの被害が出ていると言う。車に戻ると息子が「救急車が来たね」と楽しそうだった。あれはパトカーなんだけど。妻は「握手してるわ」と少し悔しそう。オイラはYAJIKITA/NETのネタができたと嬉しかった。
Visited 02.2.21 (C)YAJIKITA NET

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