西暦535年の大噴火

―人類滅亡の危機をどう切り抜けたか―

デイヴィッド・キーズ (畔上司 訳、文藝春秋、2000)

 

2005年3月に起こったスマトラ沖地震による津波は、インドネシアやスリランカ、インドなど12カ国で死者と行方不明者を合わせて約22万5000人という大きな被害を出しました。この地域は過去にも大きな火山噴火があり、何万人もの死者をだしています。その中には、人類の歴史に計り知れない影響を及ぼしたものもありました。

紀元6世紀の半ばは人類の歴史の分岐点でした。6世紀初めの地中海世界は、ビザンツ帝国(東ローマ帝国)を中心に、東はササン朝ペルシャ、西は東ゴート王国とフランク王国、、西ゴート王国があり、北にはスラブ族がいて、それなりに安定していましたが、世紀半ば近くになると、突如として東方からやって来たアヴァール族とその支配を受けたスラブ族によって、直前にアフリカ大陸で発生して急速に北上したペストの惨禍に苦しんでいた東ローマ帝国は、存亡の危機にさらされます。このペストは、紅海と地中海を北上し、東はメソポタミア、西はイベリア半島とブリテン島西南部にまで至り、その後のフランスとイングランドの運命を変えたのです。

6世紀半ばの中国は南北に分裂し、さらにそれぞれがいくつかの小国に分裂して、世紀の後半は争いが絶えませんでしたが、世紀末に隋によって統一されます。朝鮮半島では仏教を取り入れた新羅が急速に力をつけ、同様に仏教を導入した日本もこれによって統一国家を成立させました。

中央−南アメリカでも6世紀半ば、それまで空前の繁栄を誇っていた巨大都市のいくつかが突然のように滅亡し、新しい帝国が出現しました。

世界各地でのこのような政治的変化は、実はたった一つの出来事が原因でした。

西暦535年に現在のジャワ島とスマトラ島の間にあるクラカタウ山が大爆発を起こし、吹き上げたマグマ、石、岩、灰、ガスは風に乗って地球の空全体を覆い、年余にわたって日光を遮りました。数年間、世界各地で異常な低温が続き、干魃と洪水が繰り返され、ペストなどの疫病が大流行し、飢饉、民族移動、そして帝国の滅亡が続きました。一方でこれらの危機を乗り越えたいくつかの民族が、滅亡した民族に代わって台頭してきたのです。アラブ・イスラムもその一つ。

著者は英国のジャーナリストで、本書は英国のテレビ番組にもなりました。同じ火山が1883年にも大噴火し、そのときの世界の出来事を描いた『クラカトアの大噴火−世界の歴史を動かした火山』(サイモン・ウィンチェスター、早川書房、2004)の中でも、本書の内容が紹介され、高く評価されています。

ところで、本書に登場するハザール帝国というのは、世界史の教科書にはまず出てきませんが、実はその後の世界史にある意味で重大な影響を与えたようです。7世紀以降、黒海とカスピ海の北に大帝国を築いたトルコ系のハザール族は、東ローマ帝国とイスラム(ウマイヤ)帝国に対峙し、政治的・宗教的中立を保つ必要から、何とユダヤ教を国教に採用したのです。ヨーロッパ各地からユダヤ教徒(ユダヤ人)が安住の地を求めて移住してきましたが、それよりも、この地でユダヤ教に改宗した非ユダヤ人の方が圧倒的に多く、さらに影響を受けた近隣の諸国もユダヤ教を取り入れました。こうして、今日全世界のユダヤ教徒(ユダヤ人?)の3分の2(ナチスによる大量虐殺の前は90%という説も)を占める「アシュケナジム」(東欧系ユダヤ人)の基礎が作られたのです。つまり、今日の「ユダヤ人」の多くには、ハザール族を初めとする、古代イスラエル民族とは全く関係ない民族の血が相当混じっているようです。

WWWで調べたところ、このことは歴史学の世界では「公然の秘密」であり、平凡社の「世界大百科事典」にも記述されているそうです。また、2003年には英国・米国およびイスラエルの遺伝学者がユダヤ人の遺伝的起源を調べたところ、ユダヤ人共同体の半数以上が、中近東とは無関係の中央アジア起源だったことが判明した、というニュースが流れたとのこと。

さて、本書の著者によると、今日において、535年の大噴火と同程度の爆発を起こす可能性のある火山は、世界中に9つあるそうです。

 

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