雑感 2003/02 |
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ああ、イラクと米国のごちゃごちゃ中、やっとコメントできることが……。 「対テロ」を標榜しても今回は軍産複合体国家の消費/膨張活動だろうし、日本は相変わらず振り回されてる(というか、「同盟国」のクセに、適当にムニャムニャ言ってゴマカシてる。 なかなか隅に置けないようでもある)し、結局――ドンパチやりたい人が、きっかけの正当性を自分に持ってきたいだけでしょ。 国連もイイ迷惑だよなぁ。 まあ、相当おかしな物(か人)が、イラクから出てきたら話は別だけど。 そのイラクの為政者。 確かに「我らの血であなた様に仕えます」とか子どもに言われて、ニコニコしている神経はどうかと思う(←民族性の違いか?)。 が、その実、イラクに限らずアラブの民衆にとって、フセイン大統領は『英雄』だ。 クルド人を虐殺したり、自分のクローンを作りたがったり、TVゲームに日夜夢中だったり、自分だけが生き残れる巨大シェルターを作ったり、100%支持されてたり(←全員賛成だと否決されるユダヤの律法がいい皮肉か?)――日本で耳に入る情報では全くロクな人には思えないが、それでもなお彼には『異教徒の軍の跳梁に甘んじる国々のさ中、「アラブの富とアラブのエルサレムをアラブに帰せ」と孤軍奮闘する英雄』という賞賛もある。 で、そんな『アラブの英雄』が、ブッシュ大統領とのTV討論はどうかと言い出した。 新聞の丸い写真が、イタズラっ子のように笑っていた。 ちょうどアメリカ側があんまり国連安保理をコケにしているので、「ほんならもー、オマエラ二人でやっとけや! カタギの人間巻き込むな!」という気分にもなっていたところだし……ちょうどいい。 可能性はほとんどないが、どうにかならないかな。(いや、実際の話、忌むべき干戈の災いが、吉本新喜劇のズッコケで済みそうな気がする……。) アメリカには「本気でとりあうな」と言い捨てる選択しかないのだろうか。 無視しても、これは彼の言い得だ。 アラブでの取り扱いは日本でのそれより大きいだろう、少なくとも「イラクは対話を重んじた、よ」というアラブ民衆へのアピールになる。 たとえカマシだろうが、彼には本気で言う価値がある。(反対に、「あーいいよ、明日やろう!」と即答したら――イラク側も結構困ったかもなァ。) いずれにせよ民間人を巻き添えにする戦争には断固反対だ(※)。 「対テロ」でさえ誤爆を数知れず成し遂げた米軍は、あれだけの軍事力を持って、今度はいかほどの禍根を残そうというのか。 まるで賽の河原だ。 どちらに味方することがあるにしても、自衛隊は終始一貫して民間人をこそ守らねばならない。 日本はそこんじょそこらに刃を向ける腐れ外道とはワケが違う、ということを、行動で示してほしい。 例えば民間人に被害が出た途端、速攻で陣払いする、とかね。 嫌なことだよ〜、「日本が給油しなければ、僕の母は死なずに済んだ」とか言われるのは。(もちろん、任務に忠実な自衛隊員諸兄を悪く言っているのではありませんよ。) ※ 最近は、この民間人と兵士をアッサリ分ける考え方にも、かなり疑問を感じている。 兵士も、故郷に帰ればただの人。 君死にたまふこと勿れ。 反対に、ゲリラ戦だと誰が兵士でもおかしくない。 コワイなぁ。 戦争なんて、無い方がイイに決まってる。
最近「西遊記」を読み直してます。 ずっと前にも面白く読んだのですが、当時とは格段に分かりやすさ・面白さが違っています。 再読のきっかけは、NHKの「シルクロード」再放送で洪福寺(三蔵法師ゆかりの寺)が出てきて、歴史のギモン【紙】のバイタラをあっさり見せてくれた事でした。 「そう言えば、西遊記の訳注に色々書いてあったナァ……」 読んでみると、ちょうど【日本海か東海か】の寄り道で、仏教地図も面白がって見ていたので、「南贍部州・東勝神州」だとかの地名が、親しみやすいものになっていました。 さらに、インドの仏跡もフラフラ〜っと見てきているので(【インドX連発】参照)、「おっ、霊鷲山。 出てきたねェ〜」と。 訳された方と作者の博覧強記ぶりに改めて驚くとともに、その知識を使いまくった上で、悟空や他の登場人物を縦横無尽に活躍させる大胆さ、豪華さ。 一見講談風、とくに知識が無くても楽しめるのに、知っていればいるだけ面白い懐の深さ――こりゃ〜東洋随一のエンタメですナ。 もちろん「オッス、オラ悟空!」と言うまでもなく、西遊記は今もなお、色々な作品にインスピレーションを与え続けています。 (変わったところでは、「宇宙戦艦ヤマト」も、その発想は西遊記にあったと聞きます。) 後は……現場中国の感覚と漢詩・仏教知識がホシイところです。 もっともっとこの小説を楽しめるはずなのですが、これは――浅学非才の僕には「欲張り」ってものかもしれませんネ。
少し前、宇多田ヒカルさんのダンナさんが映画監督をするという話を聞きましたが、「新造人間キャシャーン」の実写版だというので、今から興味津々です。 ロボット軍隊の行進に無残に踏み潰されていくお人形さん、その敵ロボットを素手で叩き壊す豪快さ、そうやって人間を守っても「ロボットめ!」と罵られて石を投げられる主人公――かなりゴーインな変形をしていろんな乗り物になっていたロボット犬はともかく(笑)、キャシャーンにはかなり鮮烈なイメージが残っています。 そのハードなストーリーもさることながら、「キャシャーン」は僕にもう一つの巨大なインパクトを与えています。 実は、「破瓜」に書いた転ブでの命題は、幼児期に見たこのキャシャーンへのギモンから始まっています。 焦点は主人公ではなく、彼の母親です。 (以下、幼児期の記憶を元に書いてます。 間違ってたらゴメンナサイ) 第一話: アンドロイド研究の博士であるキャシャーンの父は、非常に優秀なアンドロイドを完成。 しかしアンドロイドは謀反してアンドロ軍団を創立、人間社会への侵略を開始した。 博士は囚われの身となる直前、息子をロボット破壊用の「新造人間」として改造、キャシャーンの母親のデータを白鳥ロボット「スワニー」に転送した。 最終話: キャシャーンはアンドロ軍団を壊滅し、世界に平和が戻った。 母親は博士の手によって元の肉体を取り戻した。 キャシャーンは人間に戻ることはできなかったものの、親子の再会は果たされた――。 当時の僕の感想: 「それ、元のオカンとちゃうんちゃう……?」 そう。 それは周りにとってはキャシャーンの母で、間違いなく彼を愛情深く抱きしめるだろうけれど……結局はコピーで、オリジナルの(実存的な?)母は、第一話ですでに死亡していたんじゃないでしょうか。 (なおかつ、それは果たして死んだことになるのか、どうなのか――? 突き詰めれば、人それぞれの死生観さえ浮き彫りにすることかもしれませんネ。) ハッピーエンドにもかかわらず、子どもにはいささか重すぎるテーマを残して、この物語は終わっていっちゃいました。 以来、僕はずっと考え込んだままです。 ま、それはともかく――実写版ということなので、ロボット関係はかなり充実するんじゃないかと期待しています(奥さんのPVにも「ピノ」が出てきたことだしネ)。 あの「フレンダー(ロボット犬)」は多分実写では再現不能なので、この辺のアレンジも腕の見せどころかと思います。 どんなキャシャーンになるのか、今から楽しみです。 あ、そうそう。 あの「キュピーン!」っていう効果音、使っといてホシイナ〜♪
残酷な映像だった。 あの光の中で、7人の乗組員は何を思ったのだろうか。 優秀で勇敢な人達が、努力の末に志を遂げる――その直前に死んでいく状況を映した悲痛なものだった。 7人の無念さ、想像もつかない。 今はただ、蒼天に消えた7つの魂を悼むことしかできない。
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