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 ジョルジュ・パラント (Georges Palante, 1862-1925) は、20世紀初頭に活躍したフランスの思想家です。
 『メルキュール・ド・フランス』の常連執筆者にして、ニーチェをフランスに紹介したひとのうちのひとり、そして、グルニエを介してカミュの『反抗的人間』に影響をあたえたひとといえば、フランス文学関係者には通じやすいでしょうか。
 あるいは、社会科学系のひとには、ヘーゲル左派のシュティルナーを、さらに尖鋭化した個人主義のたちばから批判し、のりこえた思想家だといえばよいでしょうか。
 それとも、デュルケムの社会学を、均質の体系としての社会があたかも自律して機能しているかのような幻想にもとづく擬似科学だと批判し、ソルボンヌで学位論文の審査さえ政治的に門前ばらいされた孤高の学者だと...いえ、これ以上はやめましょう。
 思想家への共鳴は、個々の実績や事実をつみかさねて得られるものではなく、むしろ、考える軌跡が似かよっていることから、その過程で、にわかに彼我のあいだに放電が走るようなものだと思います。わたしもパラントに≪感電≫したひとりです。

 わたしがこの思想家について、はじめて本格的に知ったのは、ミシェル・オンフレー Michel Onfray の著書、Physiologie de Georges Palante (Grasset, 2002) を介してでした。
 ちなみにこの書物のわたしが所持している1冊は、梅田のんきちさんがご恵贈くださったものでした。パラントに親しむきっかけをあたえてくださったのんきちさんに、こころより感謝申しあげます。
 オンフレーは、この著書によってパラントの思想があたえる衝迫をつたえたほか、1989年から1999年にかけて、パラントのおもな著書を出版社 Folle Avoine から復刊し、さらに全集 OEuvres philosophiques を Coda から出すなど、パラントを現代によみがえらせたといっても過言ではありません。
 ふたたび入手可能になっていたそれらの資料はすべて買いそろえ、すこしづつ読んできました。
 パラントを読んで思うところはさまざまで、かならずしも支持できない主張もあります。また、感激するところがある一方で、率直にいってやっつけ仕事ではないかというような、荒っぽい著述も見うけられます。
 しかし、根柢的な部分では、パラントの思想にたいする共感はかわりません。それがどのようなものか、すこしづつしるしてゆきたいと思います。

 ところで、思想や社会科学は専門外のわたしが、パラントにかんして書くのは、まちがいなく蛮勇のたぐいに入るでしょう。
 パラント著作集の日本語訳者、久木哲氏は、ご自分の翻訳や論評が、生田春月のいう「山家流」、つまり専門家には周知のことにしろうとがいちいち感心している、というふうではないかという危惧(もちろん、たぶんに謙遜がふくまれていますが)を訳書のあとがきにしるしておられました。しかし、久木氏のしごとには意義があったと確信しております。
 久木氏にはまったくおよびませんが、わたしも、ささやかながら紹介の任にあたることで、のちになんらかの発展もありうるのではないか、とほのかに期待しております。

2005年1月1日
わたなべじゅんや

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