ヨハンナ・スピリ作 ![]()
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バラのレースリ 作 ヨハンナ・スピリ 1882 第一章 バラの花さく季節のなかで
ヴィルトバッハ村の役場で下働きをしていたディートリッヒは、もともとはきちんとした家庭を持っていました。 でも、何年か前に、身をもちくずして、仕事をなくしてしまい、生活できなくなりました。 いまとなっては、できる仕事は、ときどき自分の荒れた畑にいって、何束か草をかりとるくらいです。 それを家に運んでいって、飼っているやせっぽっちのヤギのエサにするのです。 子供をひとりあずかっていますが、自分と子供の食べるものといえば、何個かのジャガイモと少しのミルクがあるだけです。 昼の食事が終わると、ディートリッヒは家を出ていって、夜になってからやっとヤギの乳をしぼるために帰ってきます。 そのほかは、だれも彼が家にいるところを見ません。 夜遅くまで居酒屋にいりびたって、家になかなかもどろうとしないのです。 ですから、畑やヤギも、男の借金の支払いで、やがてなくなってしまうでしょう。 これは、村の誰にでも知れわたっていることです。 まだおかみさんがなくなる前は、なにもかもが、もっとまともでした。 夫婦はもっと多くの畑や、牝牛を一匹もっていて、朝から晩まで奥さんはまじめに働いていました。 子供は一人もいませんでした。 でも、ディートリッヒの姉が残した子供を、三歳のときからひきとっていました。
一年前に、男の妻が亡くなりました。 それからというもの、あっというまにおちぶれていき、とてもひどい暮らしになっていきました。 ですから、だれもが、女の子がいきいきと元気いっぱいでいるのにはびっくりすることでしょう。 いま8歳の子供は、だれからも 「バラのお花の女の子・レースリちゃん 」という意味の「ローゼンレスリー」と呼ばれていました。 なぜかっていうと、この子は、見るたびにいつだってバラの花をもっているんです。 ちいさな花の一つは、かならず手に持ってたり、口づけしてたり、髪や服のどこかにくっつけていたりするのです。 レースリは・・本当の名前はテレーぜですが・・なぜそんなことするのかって? とにかく大好きなんですよ。 女の子は、どこかバラの咲いている庭があれば、立ち止まって青い目をうれしそうにかがやかせて長いこと見つめてしまいます。 すると庭の中の人々は、やさしく声をかけてくれるのです。 「ひとつお花をあげようか?」 するとレースリはニコニコしながら、垣根ごしに小さな手を「ちょうだい」と、さしこみます。 受け取るときは、たからものをもらったように、ありがとうといって大切にします。 こんなわけで、みんながわかっています。 バラの花さく季節になれば、たちまちこの子が花をもって歩いていること。 そして元気なバラのお花の女の子・レースリを知らない人はいなくて、みんなこの子が好きだったのです。 おじさんはレースリをあまり見ることはありません。 朝に女の子は学校にいきます。 お昼に帰ってくると、おじさんは言います。 「夜までもどらないぞ。 なにか食べものぐらいあるだろうから、自分でさがしてどうにかしてろ」 でも、戸棚はいつだって空っぽで、食べるものなんてありません。 それなのに女の子は元気です。 というのも、学校で他の子からリンゴやナシや、時にはパンなんかもわけてもらったりします。 お腹が空いているときはよくありますが、そんなこと気にはしません。 女の子はいつだって、どこにいったらバラの花々がいくつ咲いていて、どのくらいもらえるかわかっていて、あちらへこちらへと、ほうぼうのお家のお庭へと、走っていくのでした。 お花を持っている楽しみで、少女は他のことを、みんな忘れてしまえるのです。
今日もやっばり、この子には晩ごはんがありませんでした。 なのにレースリは、いまも幸せそうに野原をとびはねています。 明るい夏の夕方でした。
ちょうちょがいくつも高く、低く、青い空をはばたいています。 その上高くには、ツバメが丸く円をえがいて飛びまわり、「夏が来たよー。」とさえずります。
あたりには、コオロギたちの鳴き声がとても楽しげにリンリンとひびいています。 こうなれば、レースリはいつだってほがらかな気持ちになれます。
女の子はちょうちょたちといっしょに飛びまわろうとするように、休まずに、ぴょんぴょんと高くとびはねていました。
こうして、あっというまに、おめあてのお庭までやってきました。 そこは村からはなれていて、横に森になっているの小高い丘にあります。 ここがいつも一番たくさんバラの花々があるところです。 庭は、木の垣根でとりかこまれていて、 バラの子レースリはすきまから、なんてきれいなんだろうと見つめました。
「さあ、中におはいり」 それからもう一回、木のかげから声だけがしました。 「おまえが何をほしいのかわかってますよ。 今日も、お花を持たせてあげましょうね」
バラのお花の女の子には、声だけでじゅうぶんでした。 次の言葉がかけられるまえに、ただちに中に入っていきます。 そしていい香りのするバラの花壇に近よります。 たくさんの赤や白のバラが、明るく鮮やかだったり、暗く深みのある色でさまざまに咲きほこり、いい香りがします。 うっとりとながめます。
そこに奥様がやってきました。 この庭の持ち主の村長夫人です。
この人は、これまで何度もレースリにバラの花をあげていました。 いまも声をかけてくれたのです。
「いいときにきたのね。今日はほんとうにちょうどいいわ。レースリちゃん」といいます。 「とびっきりすごい花束をつくってあげるつもり。 でもね、花が盛りをすぎて落ちそうになっているの。 わかるよね? だから、そっと静かに持っていきなさい。 いつもみたいにとびはねて走っていってはいけませんよ。 さもないとお花がみんな落っこちて、おうちにつく前に、葉っぱだけになりますよ。」
いいながら婦人はその場所で注意深く、一輪のバラをきりとります。 さらにもうひとつ、もっとたくさん。ついには、色とりどりの大きくはなやかな花束にしてくれます。
レースリは目をぱちくりさせます。 こんなにすごい、すばらしくきれいな花束は、まだ手にしたことがなかったのです。 しかし、もう弱っている花びらはすぐにヒラヒラと床に落ちてしまいます。 散ったお花のところは、ほかのお花の間で茎だけになって,とてもさびしそうになります。 そのたびに、レースリはびっくりしたように花が落ちるのを見つめるのです。
「ごらんなさい。わかったでしょ!」夫人は念をおしました。 「ゆっくり、そっーと、お家までお帰りなさい。 そうしないと、戻ったときに3つもお花が残ってないでしょうから」 レースリは礼儀正しくお礼をして、帰り道を歩いていきました。 花束をかかえた少女は、みすぼらしい一軒の小さな家の前を通ります。 そこには、物静かで、いつも悲しそうにしてやつれて見える女の人が住んでいて、「気がかりお母さん」と呼ばれていました。 レースリは、いつもその人のことをこんな呼び名でしか聞いたことがありません。 あんまりぴったりだと思ったので、レースリには、この人に別の名前があるとは思わなかったのです。 「気がかりかあさん!」 レースリは、古ぼけた窓のそばに、おばさんがいるのをみつけて呼びかけました。
「みてみて。ねえ、こんなバラの花束って、見たことある?」 「ないねえ。レースリ。もう長いことみてないよ」 返事します。 女の子は、自分の手に持った花束の、香りとあざやかな色どりにうっとりとしながら、歩いていきます。
帰り道で家が近くなってきました。 レースリは、道が十字にまじわっている交差点をまがろうとします。 十字路には家があって、元気な「四つ角(よつかど)おばさん」が住んでいます。 そのおばさんが外に出てきて、しっかりとした太い両腕を腰にあてながら、女の子を「へぇー」と感心してながめました。
「まあまあ、今日はほんとうにバラのレースリちゃんになってるのね。」 おかみさんは女の子に声をかけます。 「おいでよ。 ちょっと見せてちょうだいな、あんたのたからものをもっと近くでさぁ」
バラのレースリは、すぐに引き返してきました。 「みてみて」とうれしそうに、おかみさんに花束をさし出しました。 でも、はねあがるように急に動いたので、3つか4つのお花が、パラパラっと散ってしまい、床の上にヒラヒラとまいおちていったのです。
レースリはそれを悲しそうに見おくりました。 「残念よね」 おかみさんが言います。 「わたしにゃ、これでじゅうぶんなんだけどね。 いい子だから、わたしにあんたのバラをちょうだいな。 そうしたら、あんたに大きく切ったパンをあげるよ。 もうその花は遠くまでもっていけやしない。 家にもどったら、みんなお花が落ちちゃって、クキしか残らないさ。 こっちおいで。 それをもらえないかい?」
「わたしのお花をぜんぶなの? ひとつ残らずなの?」 レースリはひどくざんねんそうな顔をしました。
「一つぐらいはもっていけるよ。 ほーら。これがいいよね。 他のはみんなすぐに落っこちゃうからね。 さあ。この中に入れてちょうだい。 おとしちゃだめよ」 おかみさんは自分がかけているエプロンを広げていいました。 レースリは自分のものだったお花を、ひとつだけ残してみんな入れてしまいました。 女の子は最後の一輪を、なくさないよう、しっかりと洋服のむなもとにさしこみます。
おかみさんは家の中にはいっていきました。 しばらくすると手に大きく切ったパンをもって、もどってきました。 それを見ると、レースリは、とってもお腹がすいていたことに気がつきました。
「きいてね、レースリちゃん。 いいことを話してあげる。」 おかみさんは言いながら、女の子にパンを手わたしてくれたのです。
「小さなカゴを用意してね、毎日、夕方になったらバラがもらえるところへ行きなさい。 そしてね、もう散ってしまいそうなバラの花をくれないかたのんでみて。 もらったらすぐにカゴにいれる。 そうしたらなくならないでしょ。 いまの時期、わたしバラの花びらがほしいんだよ。 毎日夕方に、汚れてないきれいなお花のはなびらを、一カゴぶんもってくるならね、 パンをおおきく切ったのをあげる。 どう? ためしてみない?」 「うん。やってみる」 レースリはうなづきました。 なんといっても「バラのお花の女の子」ですもの。
女の子は小さな自分の家の前に来たとき、もう一度「気がかりお母さん」とすれちがいました。 婦人は、背中に拾い集めたたきぎの小さな束を背負って、家へもどる途中でした。 「あら? ねえ、きれいなお花たちはどこへいったの?」 と、立ち止まって女の子に聞きます。 レースリは、どんなことになったかみんなお話しました。 どうしてこれから毎日、よつかどおばさんに、バラの花びらをきっともっていこうと思ったかです。
婦人は考え深げに耳をかたむけ、おだやかにひかえめに言いました。 「レースリちゃん。 あしたね、おかみさんにバラを持っていく前に、わたしのところにきてくれないかしら? そのとき、ちょっとお願いしたいことがあるの。」
「うん。またくる。 それじゃおやすみなさい。気がかりかあさん!」 こうしてレースリは帰っていきました。 村はずれの、おじさんの小さな家につきました。 女の子はシーンと静まりかえったさびしい部屋の中に入っていきます。 ドアはあけたままにして、ランプに火をともそうとしません。 まるで一羽の小鳥が巣にはいるように、薄暗いなかで寝床にもぐりこみます。 そして、しあわせそうに目をとじました。 バラのお花の夢をみるのです。 まぶしいお日様が、また少女をおこすまで・・。
村のみんなから「気がかりお母さん」と呼ばれる女の人は、夫に先立たれて、一人でとても貧しく暮らしていました。 昔は、もっといいくらしをしました。 そして誰かに助けてもらおう。なんてことは思っていません。 婦人はまずしさにつかれ、ただひとりで、誰にもなにもいわずに静かに悩んでいました。 自分の苦しみと望みをうちあけるのは、天のかなたに向かってだけです。 すべてをゆだねることが、なぐさめになり、そうすることが必要だったのです。
彼女の夫は洋服の仕立て屋さんをしていましたが、早くになくなっていました。 二人の間には息子がひとりのこされていました。 この子は、父親のように仕立て屋になって欲しいと思われていたのです。 こう思ったのは少年の後見人の村長さんです。 そして、これをもう決まったこととして、押しつけてしまったのです。 でも、息子のヨーゼフは、仕立て屋になるつもりはありません。 仕事をはじめるときになって、逃げ出してしまったのです。 そして、夜遅くまでかえらなかったり、一晩中もどらなくなってしまったのです。 こうしてヨーゼフは悪い人の仲間にはまりこんでしまいました。 すると後見人である村長は怒っていうのです。
「いますぐにきちんと働きだし、これからはまともなことをしますと誓うんだ。 さもないとおまえを、次の便で地球の反対側のオーストラリアに送ってしまうぞ!」
するとヨーゼフもカンカンに怒ってしまって、言い返しました。 「ぼくはちゃんと働ける。 自分がやりたいと思ったことを、やらせるくれるならだ。 よその土地にぼくをおくるなら、その前にこっちが出て行ってやる!」 そして姿をみせなくなって、それっきり帰ってこなかったのでした。
お母さんはとってもつらく悲しい思いをしました。 でも、自分の子供を天のお方のお守りにおまかせしたのです。 村の人たちが、からかってこういいます。 「なにがあんたたち母子を守ってくれるっていうのさ。 いくらお祈りしたって、このありさまじゃないの。 いまじゃ、あの人、不幸のどんぞこで泣いてるし。 ヨーゼフだって、どこか遠くで、みじめに死んでるだろうねぇ」 そんなとき、言い返すのです。 「これから死ぬまで、悲しんでばかりの哀れな母親だったとしても。 私の救い主を信じることをやめることはありません。 ヨーゼフだって、きっとそのうち、正しい人生に戻ってきますとも。 だってあのお方は最初から私と同じ場所にいて、つつみこんでくださります。 何度でも、すべてをおゆだねいたします。 そしてこんなにもけんめいにしたお祈りが、むなしいものになるなんてありえませんよ!」と。
バラの女の子・レースリは、次の日学校がおわるとすぐに、昨日と同じところへいきました。 小さなカゴのひとつさえ、家にはありません。 ですから、自分のしているエプロンにバラをくるんでいくつもりです。
ぴょんぴょんとはずむようにして、女の子はあの大きな庭までやってきます。 村長の奥さんは、花のあいだをあちらこちらと歩いているところでした。 「またバラをあげましょうか? レースリ 」 大きな声で呼ばれます。 「はいっておいで、 ひとつかふたつだったら、またあげるわよ」
「あのね、おちそうなのだけでいいの」レースリは言います。 そして、ちいさなエプロンをひろげてみせます。 今日はひとつも下に落としたりしないようにです。
「そうね。 そんなのでいいんだったら、あなたにエプロンがいっぱいになるぐらいあげましょう。 こっちに入っていらっしゃい」 そして奥さんは、子供をバラの花にあふれる花だんにつれていきました。 その花たちは、どれも開ききっていたり、もう半分ほど散りかかっているのでした。 ここで奥さんがチョキンチョキンたくさんの花を切り取っていきます。 バラのレースリのエプロンにこれ以上はいらないほどです。
「あしたも、またきていいですか?」 わくわくしながらお願いしました。
「ええいいわよ」 だいじょうぶです。 「もう散りかかったのは、みんなあなたにあげるつもりよ。 それでもいいならね」
バラのレースリはありがとうといいました。 うれしくて走り出してしまいます。 気がかりお母さんの、ふるぼけて小さな家にやってきました。 前をとおりすぎようとして、女の子は約束していたことを思いだしました。
少女は、天井の低い小さな部屋へ勢い良くはいっていきます。 そこで気がかりかあさんが、糸車の前に座って仕事をしていました。羊の毛のかたまりから糸を紡いで作っていたのです。
女の人は、レースリを「まってたよ」と、とってもうれしそうにむかえいれます。 そして窓のそばにいきます。 小さなバラの木から出ていた二輪の赤い小さなバラをきりとります。 そしてレースリにさしだしました。
「これなのよ、レースリちゃん」 女の人は言いにくそうに話します。 「あんたにお願いしたかったんだけど。 この小さいのも二つ、もっていってほしいんだよ。 もしかしてあのおかみさん、これでも、少しぐらいパンをくれるだろうかねえ ? ほんの小さく切ったのでいいんだけど。 どうだろう、やってくれるかい。レースリちゃん?」
「うん、もってく」 この子はすぐに、はきはきと答えました。 「それに、すぐ、おばさまのところにパンをもってくるわ。 少ししたら、もどってくるからね!」
四つかどおばさんは、家の前にある野菜畑の低い塀のそばにいました。 あっちをみたり、こっちをみたりと、塀の上におかれたいくつものカゴのなかをみています。 中にはいい香りのバラの花びらがひろげてあります。 お日様の光で乾かそうとしているのです。
おかみさんは毎年、いい匂いのするバラの香水を作っていました。 それにはたくさんのバラの花びらがほしいのですけれども、集めるのがなかなか大変なのでした。
「ああ、とてもいいねえ」 農婦はバラのレースリがきて、少女がエプロンをみろげてみせると、思ったとおりにうまくいったと、うれしそうに言いました。
「今日はおまえに、とびきり大きなパンをあげようじゃないか」 「ここにまだ二つあるの」 レースリは言います。 そして気がかりお母さんからの小さなバラを高くさしだしました。
「いいから他のといっしょにしときな。 どっちもほんとにたいしたことないけど、それでも花びらが多少はついてるねえ」
「あのね。わたしね。 その分は別にわけてパンが欲しいの」 レースリは言いました。 いまでもそのお花を、しっかりと手に持ったままです。
「ははぁ。わかった」 そう言って、おかみさんは家のなかに歩いていきました。 「あたしたちの子供のころもそうだった。 そうさ。学校のなかでしょっちゅうとりかえっこしたものさ。 パンを西洋ナシとか、何個かのスモモとかで交換したんだよ。 ね。そうだろ。 わたしにゃわかるんだ。レースリちゃん。 さあ、とっときなよ。 大きなパンは、エプロンのバラの分。 こっちのちいさなのは二つのバラの分でとりかえるね。 これで思いどおりになっただろ?」
「うん。そうなの。そのとおりです。」 レースリはうなづきました。 そして何回も何回もありがとうといって、帰っていきました。
ちいさなパンは気がかりお母さんのためにエプロンの中にとっておきます。 それから、大きなパンに、すぐにパクリとくいついて、モグモグすごい勢いで食べていきます。 だってお昼はほんの少ししか食べてなかったんです。 おまけに夜ごはんときたら、もう食べられそうにないときてます。 そんなわけで、大きかったパンはたちまちなくなっていきます。 古ぼけた小さな家にやってくるまでにはすっかりなくなってしまいました。
女の子は気がかりお母さんのところへ戻ってきました。 部屋の中に入っていきます。 「これよ。気がかりかあさん。 ここにパンをおくね!」レースリは声をかけます。
婦人は子供の手をとって、ありがとうと、気持ちをこめてにぎりました。 「おま,えはわからないだろうねえ。 わたしのために、おまえがどんなにいいことをしてくれたかってことを。ねえレースリや。」 といいます。 「みてごらん。 外の小さな庭でつくるジャガイモだけがね、私のたった一つの食べ物なのさ。 でもねえ。ときどきわたしのお腹がうけつけてくれないんだ。 パンは買うには高すぎるから、わたしはずーっと長いこと食べたこともない。 するとね体に力がなくなってきて、糸を紡いで働くこともできなくなってきたんだよ。 だからこそおまえのパンがうれしいんだよ。 レースリや。こころから言うよ。ほんとうにありがとう」
それを聞いて、バラのレースリは、心がチクリといたくなりました。 だって、女の子は気がかり母さんのためには、ちいさいパンを持っていきました。 大きいのは自分のものにして食べてしまいました。 女の子は、このことを心の中でずっと考えこむことになってしまいました。 「なんてことなの。 わたし、小さいのを食べてればよかった。大きいのを食べちゃうなんて!」 レースリはしょんぼりと落ち込んでしまいました。 気がかりお母さんは思います。 「・・この子、まだきっとお腹がすいているんだ」 そして、受け取ったパンを返してあげようとしたのです。 レースリは叫んでしまいました。 「いけない、わたしもらえない。 わたし、もうお腹いっぱいなの。 明日、またくるわ!」 そして、少女はとびだしていきました。
つぎの日の夕方、レースリはぴったり同じ時間にでかけていきました。 この日も女の子に、村長夫人はエプロンにいっぱいのバラのお花をあげました。 気がかりお母さんも二輪の小さなバラをつんで、レースリに持たせることができました。
少女はお花をかかえて、四つ角おばさんのところまでいきました。 バラをエプロンから出して、レースリは言います。 「あの。今日はパンは一つにしてもらえませんか? 二つ分をあわせた大きさにして・・」
「あんたわかってきたね。 わたしにゃ、そうだろうと思ったよ」 おかみさんは待ってたように言いました。 「気がついたんだよね。 せっかくのパンを、リンゴやナシと取替えっこするのが、もったいなくなったんだ。 そりゃあ、あたりまえだよ。 とっておきな。 今日のパンはちょうど焼きあがったばっかりさ。 おいしいのを持っていきな。 ついておいでよ」
おかみさんは家の台所へ入って行きました。 ここでオーブン一杯の大きなパンの固まりから、ざっくりと今日の分を切りおとします。 それがまた大きくて、レースリはこれまでこんなパンを手にしたことがありません。
すぐさま女の子は気がかり母さんのところへかけていきました。 そしてうれしくてたまらないようすでパンをみんな渡してしまったのです。 一口だって、この子は今日のパンを食べなかったのにです。
女の子はずっと心が痛くて、重苦しく思っていたのです。 自分が大きなパンをたべてしまって、小さなのを気がかり母さんに渡してしまったことがです。 でもいまは女の子は明るいきもちでかがやいています。 おばあさんは大きなパンをわたされ、びっくりして大きな目をしてしまいました。 パンを子供に押し戻して返そうとします。
「これはどういうことなの。レースリ? このパンはあなたのものでしょ。 こっちにおいでなさい。 そしてちゃんと持っていなさい ! わたしにはね、そこから小さいのを分けてくれればいいの。 それだけでとってもうれしいんだよ」
「ちがうの。そうじゃないの。 わたし、ひとっかけらも、もらわない」 この子はけんめいに言います。 「おやすみなさい。 あしたまたくるね!」
「私のところにはもうバラは残ってないんだよ。 だからもうこなくていいよ。レースリちゃん。 でもわたしはあんたにお礼をいうよ。 おまえがどんなにいいことを私にしたか、わからないだろうね。 ほんとうにありがとう!」 目に涙をうかべ、この子によびかけるのです。
お花がないことは、レースリにもよくわかっていました。 ほんの少しのあいだ、少女は「どうしょうかな」と考え込んでしまいます。 でもすぐに、おもいついたことがありました。 レースリは前のようにほがらかな心になりました。 うれしくなって、歌をうたいながら、ピョンピョンはしゃいでしまいます。 あした何をしようか、女の子はもう心にきめていたのでした。
村長夫人のお庭は、そのうちにバラがなくなってしまいました。 でも、レースリは、自分がバラをもらいに歩いているお庭を、他にもたくさん知っていました。 ですからバラのお花たちを見つけるのに、すこしもこまりません。 女の子はとてもすばしっこくて、歩くのが大好きです。 遠い道でもへっちゃらなのです。
こうして、女の子は、毎日夕方になると、エプロンいっぱいのバラのお花を、おかみさんに持っていきました。 そのたびに受け取るパンは、前より少しずつ大きくなっていくのです。 おかみさんは、レースリのお手伝いが、とても気にいっていてうれしかったのです。
となりのおばさんも、バラの香水を作っていて、ときどきこっちの方をのぞきます。 そしてレースリが、エプロンいっぱいのお花をカゴに空けるのを「いいわねぇ」とうらやましそうに見るのです。 そしてこうもいいます。 「あたりまえなのねえ。 よつつじおばさんが、私よりずっといいバラの香水が作れるのは。 わたしだって、あんなにいっぱいきれいな花びらが手に入るんだったら、同じくらい良い香水が作れるんだけどねえ・・」
このときから、もらったパンをレースリはもうけっして自分で食べようとしませんでした。 気がかり母さんは、パンをみんなうけとらなくてはならなくなりました。 「みんなはいらないよ。 おまえの分がなくなるから二人でわけましょう。」 と言ったとしてもです。
だけど女の子は、そのあとも何回か思い出したように、ぽつんというのです。 「ねえ、気がかり母さん。 パンはおいしい? 体のぐあいはどうなの?」 こんなとき婦人は、女の子にくりかえしお話してくれます。 毎日パンを食べるようになって、体に力がもどってくるのがはっきりとわかること。 もうどれだけ紡ぎ仕事をがんばっても大丈夫。 お金を稼げるので、冬に貧しく凍えたりする心配がなくなったこと。
終わりにはかならずこうもいいます。 「ほんとうにねぇ。 いつか一度でもいいから、なにかお返ししてあげたいよ。 なんてありがたいことをおまえは私にしてくれたんだろう。レースリや!」
するとレースリの顔には、よかったと明るくなります。 そのうれしさで、女の子はもうこれ以上ないくらいの「おかえし」をもらっていました。 それがだれにでもわかるのです。
こうやってバラの季節はすぎていきました。 そして、ある夕方のことでした。 レースリが遠くまで、あちこちかけまわって、どこのお庭を見ても、お花がありません。 たったみっつだけの、半分しおれかけた小さなバラを、おかみさんにとどけたとき、こんなふうにいわれました。 「もうおしまいだね。 このバラのお花でね。 でもさ、年をこしたら。 おまえは、またきれいなお花を何束ももってきてくれるだろうねぇ」
この言葉は、レースリをドキリとさせました。 おかみさんはそうとは思いもしなかったのです・・。 思っていたのは、 「この子みたいにみんなから好かれているんだったら、あちらこちらで何かもらっているんでしょう。 私のパンなんかそんなに大したものではないよね・・。」 ということです。
でも、レースリは気がかり母さんのことを思い浮かべます。 これからどうなるでしょう。 あの人の食べるものは、前みたいにほんの少しのジャガイモだけになってしまうのです。
大きな涙が目に浮かんできます。 女の子はわかっています。 自分がバラのお花と一緒にいられる季節が終わったことを。
「だめ。やめなさい。 泣いてはだめだよ。レースリ」 おかみさんはやさしく心をこめていいました。 「約束してくれるでしょ。 あなた。来年の夏もすごくたくさんきれいなバラを持ってきてくれるんでしょ。 だったら、冬中ずっと毎日、パンを切って持たせてあげる。 それでどう?」 すると涙がすぐに止まって、レースリの顔がよろこびのあまりパッと明るくなります。
「はい。きっときっとそうします。 わたし。みんな、バラのお花はみんな持ってきます。 「わすれな草」だって持ってきます(このことを忘れたりしません)!」
「わすれな草はいらないねえ。 でもバラのお花は忘れないでね! それがあんたのごはんになるんだ。 いまはリンゴの季節になったから、あんたにゃこれもあげる。 ほら、レースリ!」 おかみさんは、大きくて真っ赤なリンゴをひとつ手にとりました。
そしてパンといっしょに女の子に持たせてくれたのです。 最高に幸せになって、レースリは宝ものをかかえながら、そこからかけだしていきます。 そんなレースリをおかみさんは「よかった」とニコニコしてみおくります。 この子供が大好きだし、それがとっても喜んでいるので、自分もうれしいのでした。 それに女の子がいることは、おかみさんにとっても、都合がいいことです。 だって、来年の夏に一番いいバラの花を、まちがいなく集めることができるからです。
おかみさんは、いつも隣のおばさんがいつも集めたバラのお花をじっとみつめているのに気がついていました。 それが少しばかり気にかかっているのです。 隣の人が、来年の夏に、自分の方にバラのお花をもってこさせようとレースリをひきこむかもしれません。 ですからよーく見張って気をつけていて、女の子のきれいなバラをこっちにもってこさせないといけないのです。
今日も気がかりお母さんは、楽しい夕べをすごしました。 レースリがいるとき、いつもさびしい古ぼけた部屋の中が、お日様にてらされたように明るくかわるのです。 そして少女はおかみさんと何を約束してきたのかみんなお話したのです。 そこで気がかり母さんは両手を組んで、しずかに天に向かって感謝するのです。 「あなたさまはわたくしに、この天使のような子供をおつかわしになりました。」 こうして、気がかり母さんは、いまでは来るのが怖かった冬も、あんまり怖がったり心配したりしないですむのでした。
何日か後で、レースリにふしぎなことが起きました。 気がかり母さんとバラのお花の女の子で、おたがいに持っていた性格が、クルリと反対にとりかえっこしたかのようでした。 婦人はゆったりと楽しそうな顔で、つむぎ車のそばに座っています。 そこに入ってくるレースリはとても悲しそうです。 なにかがあって、それが女の子から楽しい気持ちを、みんなうばいとってしまったようです。 「どうしたの、レースリ。 どうしたっていうんだい?」 びっくりして気がかり母さんがききます。
「私のスカートやぶれちゃった」 くやしくて、くやしくて、ついさけんでしまいます。 |