スラウェシ島(セレベス島)

 2004年の正月休み(実質的には2003年暮)、むし社企画の昆虫採集・観察ツアーに参加して、 スラウェシ島(セレベス島、インドネシア)を旅行した。 むし社の海外ツアーに参加するのは1998年のマレー半島(マレーシア)以来である。 虫のことが片時も頭から離れない筋金入りの虫屋から程遠い軟弱な虫屋の筆者であるが、 しばらく熱帯や亜熱帯の世界から離れていると、 緑に囲まれて色とりどりの蝶を眺めたいという気持ちが強くなってくる。 そんな気持ちを見通すかのように、 スラウェシ島採集ツアーの案内が舞い込んできたのが2003年の秋。 まずは参加することに決めたものの、最終的に申込書を発送するまでに少々時間がかかった。 というのも2003年の秋に腰痛の症状が出たからで、 もし旅行中に症状が悪化したら採集どころか、 野山を歩くのも難儀になりそうで躊躇していたのだ。 腰痛は人生で初めての体験で、 どのように進行していくのか見当がつかなかったのでしばらく様子を見ていたが、 歩けなくなるほどに悪化する兆しもなかったので参加の申し込みをした。 いざ旅行に出発しても腰痛のことが頭から離れることがなかったが、 結果的には心配するほどのことはなく、 むしろ旅行の出発前より帰国時のほうが調子がよいくらいだったのだから不思議である。 腰痛も気の持ちようで症状が変わるのだろうか。
 参加者はむし社の雫石さんを含めて15人。 昆虫に興味のある年齢層が中高年であることを反映してか、 リタイアしている人たちが多い。 その中には70才代後半の方が3名も含まれている。 計算上は、筆者もあと20年はネットを振ることが出来ることになり、 勇気づけられる。
 スラウェシ島へは、日本からの直行便はないので、 目的地のPalu(中央スラウェシ州の州都)にはSurabayaで一泊して1日半がかりの行程である。 熱帯の地に飛行機から最初の一歩を踏み出すとき、 いろいろな香りの混ざったむっとするような濃厚な空気が身体をつつむ。 その雰囲気がいかにも別世界に来たことを実感させてくれて好きなのだが、 今回は深夜Surabayaの空港に降り立ったとき、 少し暑く感じただけだった。 感覚がにぶくなっていたのかもしれない。 また、熱帯の雨季にもかかわらず、 滞在中を通じて蒸し暑さをほとんど感じなかったのが少々意外だった。 むしろ東京の夏より過ごしやすかったと言っていい。
 Paluに着いてからは、Palu Golden Hotelに6泊して朝から晩まで昆虫三昧の毎日だった。
 季節は雨季なので天候を心配する参加者もいたが、 幸い雨で予定が変更になるようなこともなく、 毎日ネットを振り、たくさんの蝶を見ることが出来た。
 昆虫の採集、観察に回った場所は三カ所である。 Paluの東郊にあるPaneki、北部のTawaeli、 それに南に車で2時間弱下ったPaloloである。 右に並べた写真はそれぞれの採集地の風景である。
 晩の食事時やホテルでビールを飲んでくつろいでいる時間も、 周りは同好の士ばかりだから虫談義に花が咲き飽きることがなかった。 筆者はどこの同好会にも属していないので、 普段の蝶の観察、撮影には一人で出かけることが多い。 そんなわけで今回の採集の合間に交わす会話は刺激的でもあり、 参考になる点が多かった。
 非日常的な夢のような一週間を満喫して、 心豊かな気分で冬空の東京に戻ったのは年が明けた1月2日の深夜。 帰ってからも採集品の整理が待っているので、 のんびりしていられない。 春の蝶の観察と山登りの活動を再開する前に、 展翅と標本整理を終えなければならないので、 例年になく忙しい冬の週末を過ごさなければならなかった。

 滞在中、蝶の写真撮影も試みたが、 狙った蝶が花や葉に長く止まっていることが少なく、 撮れたのは吸水中かトラップで吸汁中の蝶がほとんどで、 満足のいく写真というにはほど遠かった。
 花では、Paloloの山奥で見つけたラン(だと思う)が印象に残っている。

 めったに行ける土地ではないので、 現地の人たちの生活ぶりにも接してみたかったが、 蝶を追いかけるのに忙しくて、 時間を十分に取れなかった。 そんな中で、スラウェシの人たちの生活の一端を垣間見た感じのする 光景を数点紹介する。

 セレベスといえば、 多少とも生物に興味のある人には忘れることの出来ない人物として、 博物学者のウォーレス(Alfred Russel Wallace)がいる。 筆者も彼の著作「マレー諸島(The Maley Archipelago)」を日本語訳で読んだことがある。 その中でセレベスの蝶に触れていたことが記憶に残っていたので、 帰国後、もう一度この本を取り出して、セレベスの生物に関する部分を読み直してみた。 蝶についての記述にもかなりの分量が割かれているうえ、 彼の観察力の鋭さに改めて感心することしきりである。
 ・ウォーレスの記述への考察


最後に、今回のスラウェシ島旅行で筆者が採集して標本にした蝶のうち、 状態の比較的よい蝶を写真で紹介する。
採集に対して筆者は、同一種類の蝶は状態のいい2頭があれば十分と考えているので、 目の前に現れた蝶がすでに採集済みと判断したらネットを振らないことがあるし、 いったんネットに入れても放すことがある。 しかし擬態を含めて似たような模様の蝶は多く、 筆者の浅学から判断を誤ることもありうるわけで、 見逃してしまった蝶も結構ありそうである。
採集品の中に、シジミチョウの仲間が少ないことにお気づきの方もいるだろう。 小さな蝶を持ち帰って軟化展翅をする自信がないので、 シジミチョウの仲間を積極的には採集しなかったたためである。、
 ・Sulawesi島で採集した蝶(1)
 ・Sulawesi島で採集した蝶(2)
 ・Sulawesi島で採集した蝶(3)

蝶の同定には、むし社の雫石さんのご協力をいただきました。 感謝いたします。
 種名に自信のないものもあるので、 間違いにお気づきの方はご一報ください。
 2007年にアンボン、セラム島を訪れた際、 行き帰りにSulawesi島のBantimurung周辺で採集を行った。 その時の採集品の写真も、2008年4月に追加した。


 Paluの東郊Panekiの渓谷。穏やかに流れる川の水はきれいで、 日本の渓流を思わせる。 この流れに沿って小道が上流へと続いていて、 たくさんの種類の蝶が見られる。 時には、キシタアゲハが後翅を金色に輝かせながら、悠然と上空を飛んでいくことがある。
 ここでは、蝶以外にも生きたスカラベを見るという幸運にも恵まれた。 同行の森さんに教えていただいた。 こういう経験は甲虫に詳しい人が一緒にいたからこそのものだ。

 Panekiの集落にあるモスク。 Paluの周辺ではいたるところにこのようなモスクを見かける。

 Paluの北にあるTawaeliという町から8kmほど山の中に入った川原で出会った光景。 数日前の大雨で荒れ果てた川原を、牛車に荷を引かせていた。 牛車が輸送手段の主役というわけでもないようだが、 このように道路でないところで物を運ぶには、トラックより役に立つようだ。 見かけた牛は白いのがほとんどだった。 この場所は川原が荒れていたためか、蝶の数は少なかった。

 Paluから南へ車で約2時間のPalolo。 Lore Lindu National Parkの中にある。 オートバイなら通れる道が山の中へと通じていて、 小一時間歩いて登ると広場に達する。 そこから先は本格的な山道となり、さらに奥へと延びている。 標高が700mほどあるため、 ブルメイアゲハなどPanekiなどの低地では見られない種類の蝶が飛んでいた。
 この地へは、昆虫を扱う業者や採集者が時折来るらしく、 我々がネットを持って歩いていると、クワガタや蝶を手に近寄ってくる住民もいる。 うまく売れれば手っ取り早い現金収入となるわけである。

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