スラウェシ島で採集した蝶と「マレー諸島(ウォーレス著)」

 ウォーレスは、著書「The Maley Archipelago(マレー諸島)」のNatural History of Celebes の章で、鳥類について述べた後に蝶についてかなりの分量を割いて説明を行っている。 その中で、セレベス(スラウェシ)が近隣の島々に比べていかに特産種が多いかを説明した後、 その特徴としてまず西方の島々の蝶に比べて大きいこと、 そしてその大きさ以上に、形が特徴的であることを記している。 原文には以下のように書かれている。
It is most strongly manifested in the Papilios and the Pieridea, and consists in the fore-wings being either strongly curved or abruptly bent near the base, or in the extremely being elongated and often somewhat hooked.
 続いて彼は、3つの例を図示して解説している。 Papilio gigon(オオオビモンアゲハ)、Papilio sarpedon(アオスジアゲハ)、 Tachyris nero(Appias nero,ベニシロチョウ)である。
 そこで、筆者もウォーレスの著書にならって、 蝶の前翅を用いてスラウェシ島とマレー半島産について比較を試みることにした。(下図参照)  スラウェシ島の近隣地域の手持ちの標本といえば、 1998年にマレー半島で採集した標本しかないからである。 ウォーレスが図で示したPapilio sarpedon(Graphium sarpedon)と、 彼が直接には言及していないGraphium dosen(ミカドアゲハ)、 Menelaides polytes(シロオビアゲハ)、Hebomoia glaucippe(ツマベニチョウ)の合計4例である。 Photoshop LEを使用して、スラウェシ産の蝶の写真にマレー半島の蝶の写真を重ね合わせてみた。 重ね合わせた蝶同士は同じ縮尺にしている。 いずれの例も外側の大きい方がスラウェシ島の蝶で、 内側の白線で縁取られているのがマレー半島産である。 したがって白線内の模様はマレー半島産のものが見えている。 採集者はすべて筆者である。
 こうして見ると、スラウェシ島産の蝶が圧倒的に大きいことは一目瞭然である。
 ただし今回のスラウェシ島とマレー半島の蝶の翅形の比較は、 私の持っている少数の標本から抜き出した一組に基づくものであることをお断りしておく。 翅の大きさや形には、個体差、地域差、季節差などがあることはよく知られている。 スラウェシ島自体、東西南北に約700kmにも亘る大きな島なので、 その一部で一時期に採集した蝶がスラウェシ島の代表的な形をしている保証はないことは承知の上である。マレー半島産の蝶も同様である。 それでもいづれの種の場合も同様の傾向を示していることは、 ウォーレスの記述と一致していて興味深い。
 次に浮かぶ疑問は、なぜこのような翅形の違いが生まれたかである。 食虫動物の影響だというウォーレスの推測は面白いが、 本当のところはどうなのか興味が尽きない。


 Graphium milon(ミロンタイマイ、注1)に、 Graphium sarpedon(アオスジアゲハ、注2)の左前翅を重ね合わせた。 Graphium milonとGraphium sarpedonはごく近縁の種類と言われている。 ウォーレスも同様の組み合わせの例(Papilio miletusおよびPapilio sarpedonと記載している)を図示して、 Graphium milonの前翅前縁の基部が急に折れ曲がっていると説明している。 しかし、私の採集したGraphium milonでは、 ウォーレスの言うように前縁の基部が本当に急に折れ曲がっていると言えるのか微妙である。
 注1)Sulawsi島Tawaeliで2004年12月27日に採集。前翅長50mm。
 注2)13 Miles to Tapah, PERAK MALAYSIAで1998年5月2日採集。前翅長37mm。

 Graphium meyeri(セレベスミカドアゲハ、注1)に、 Graphium doson(ミカドアゲハ、注2)の左前翅を重ねた。
Graphium milonと同じく前翅の先端が尖っているのがわかる。 また、ウォーレスがスラウェシ島の蝶の特徴に挙げた基部が折れ曲がっている様子は、 Graphium milonよりはっきりしているようだ。
 注1)Sulawesi島Panekiで2003年12月28日採集。前翅長52mm。
 注2)Kuala Woh Tapah, PERAK MALAYSIAで1998年4月30日採集。前翅長40mm。

 Menelaides polytes ♂(シロオビアゲハ)の例。 スラウェシ島産(注1)に、マレー半島産(注2)を重ねた。 スラウェシ島産は、マレー半島産に比べて著しく前翅先端が外側に突き出ているのは、 ウォーレスの言う"being often somewhat hooked"にあたるのだろうか。
 注1)Sulawesi島Tawaeliで2004年12月27日に採集。前翅長56mm。
 注2)Kuala Woh Tapah, PERAK MALAYSIAで1998年4月30日採集。前翅長44mm。

 上の3つの例はアゲハチョウ科だったので、 最後にシロチョウ科のHebomoia glaucippe ♂(ツマベニチョウ)の比較例を示す。 スラウェシ島産(注1)に マレー半島産(注2)を重ねて図示した。 スラウェシ島産は、まずその大きさが目を引くが、翅形もアゲハチョウの場合と同様の傾向、 つまり前翅の先端が突き出ていることがわかる。
 注1)Sulawesi島Panekiで2003年12月30日採集。前翅長57mm。
 注2)13 Miles to Tapah, PERAK MALAYSIAで1998年5月2日採集。前翅長45mm。

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