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*「戸板康二ダイジェスト」制作ノート・更新メモ、2006年8月更新分(047-048)を当時のまま載せています。リンク切れはご容赦。




#047
年譜と著書リストを微調整(15, August. 2006)


前回更新の晩春から季節はめぐり、敗戦記念日がやってきて、「戸板康二ダイジェスト」はまたもや四ヶ月ぶりの更新である(もう何も言うまい……)。

今年5月に刊行予定だった、創元推理文庫の日下三蔵編「中村雅楽全シリーズ」の第1巻の『團十郎切腹事件』は8月に発売が延期、と思ったら、さらなる延期で現時点では9月刊行予定、というふうになっている。さーて、本当に出るのかな、西村賢太編纂『藤澤清造全集』とどっちが先に出るのかなと今でも半信半疑なので、あった。(当初はハルキ文庫で出ると聞いた「中村雅楽全シリーズ」刊行開始のニュースを初めて知ったのは今から6年前、2000年初夏のことだったなあと、遠い目。)

とかなんとか思っていたら、「中村雅楽全集」よりもずっと気になると言ってもよいような新刊ニュースに遭遇してムズムズ。権藤芳一著『近代歌舞伎劇評家論』(演劇出版社、昭和34年10月)が増補版(だったかな?)として、演劇出版社から再刊されるという。11日朝刊の広告でそれを知り、すぐさま本屋へ走ったものの発見ならず、いまだ手にとってはいない。今回の更新が終わったら、また探しにいくとしよう。

Chronology【私製・戸板康二年譜 】にちょこまかと追加。

数カ月に1度くらいの頻度だけど、ここ数年、休日に折に触れ、石川町からテクテク歩いて神奈川県立近代文学館の閲覧室に出かけている。戸板康二関係だと、たとえば、「冬夏」をたぶん日本で一番たくさん所蔵していたり(木下杢太郎旧蔵、らしい)、事前に申し込めば特別資料の戸板康二書簡を数通閲覧することもできたりする。で、つい先日も、炎天下をゼエゼエと急な坂道をのぼって文学館へ出かけたばかり。

戸板康二がらみで今回閲覧したのは、長年確認せねばと思いつつもあとまわしにしていた、『明治製菓40年小史』(明治製菓株式会社非売品、昭和33年10月9日発行)という本。武井武雄の装幀がなかなか洒落ていて、中のレイアウトも素敵だった。誌面構成とレイアウトは、「スヰート」編集部で内田誠の片腕として活躍していた香取任平によるもので、ワオ! だった(香取任平については、制作ノート #036に記載あり。)。と、チャーミングな造本に胸躍らせた『明治製菓40年小史』ではあったけれども、内容は「社史」という言葉がかもしだす無機的なものから一歩も出ることはなかった。しかし、「スヰート」の創刊と終刊の正確な年月がわかった(自分の目で確認して)のは収穫だった。ので、とりあえず年譜にこれを追加。現在、「スヰート」は全部で13冊、手元にある(戸板康二在籍時分はこのうち12冊)。ので、それらの発刊年月をついでに追加して、将来の更新につなげることとした。

横浜といえば、去年に放送ライブラリーで視聴した「人に歴史あり」第1回放映分、「池島信平・雑誌文化の裏方」で思いがけなく、戸板康二に遭遇して「うひょー!」と大興奮だった。東京12チャンネルの「人に歴史あり」については、はてなダイアリーのキーワード説明が簡にして要を得ている。
塩澤実信著『雑誌記者 池島信平』(文春文庫、1993年2月)の池島信平生涯ただ一度のテレビ出演を記すくだりには、《「人に歴史あり」は、日本文化に足跡を残した文化人をスタジオに招き、大勢のゲストとの対面によって、その人の人生を浮彫りにしていく "ワイド対談番組" だった。p308》というふうに紹介されている。当日の放送内容については、
当日の出演者は、芥川、直木賞の受賞作家約五十人という盛況ぶりだった。永井龍男、中山義秀、松本清張、村上元三の両賞選考委員をはじめ、開高健、五味康祐、安岡章太郎、吉行淳之介、生島治郎、五木寛之、今東光らと、同業者として扇谷正造、田辺茂一。それに池島と親しかった故坂口安吾夫人の三千代、故高見順夫人の秋子も花を添え、雑誌文化の裏方のかくれたエピソードを披露したものだった。
とあり、戸板康二もここで言う「芥川、直木賞の受賞作家約五十人」のひとりとして出演していたのであった。司会の八木治郎の差し出すマイクに向かって、池島信平には三つの顔がある、それは編集者と会社社長と歴史学者の三つの顔である、というようなことを、歌舞伎の専門家らしいレトリックでキリリと語っていて、若き日の癇性ぶりをちょっとばかし伺わせているような気もする鋭い口調が素敵だった。今まで視聴した戸板康二の映像では最古の「人に歴史あり」第一回放映は、昭和43年5月15日。というわけなので、とりあえず年譜に追加。

のちに判明したところでは、戸板康二の「人に歴史あり」出演はわかっている範囲では以下のようになっていて、当の戸板康二をメインゲストに据えた回もあり、さらに心躍るのだった。
  1. 池島信平、昭和43年5月15日放送(第1回)にゲスト出演。
  2. 尾上梅幸、昭和43年6月12日放送。ゲストとして戸板康二と串田孫一が出演。
  3. 池田弥三郎、昭和46年12月24日放送。ゲスト出演。
  4. 橘家円蔵、昭和50年3月21日放送。ゲスト出演。
  5. 戸板康二「私は劇場の椅子」、昭和50年5月2日放送。ゲストとして尾上梅幸、池田弥三郎、金子信雄、村松英子が出演。
  6. 尾上梅幸、昭和50年7月4日放送。ゲスト出演。
  7. 春風亭柳橋、昭和50年8月29日放送。ゲスト出演。
  8. 中村勘三郎、昭和51年3月26日放送。ゲスト出演。
合わせて、これらを年譜に追加。

年譜にはほかにもいろいろと追加中なのだけれども、またいずれ書き記すことにして、今回のもうひとつの更新はいつもの通りに著書リスト。 List【戸板康二の仕事・全著書リスト】に三月書房版『夜ふけのかるた』[*] を追加。

先日、松屋裏の奥村で購入。旺文社文庫の3冊のエッセイ集は(129/130/131)は戸板康二に夢中になる起爆剤ともいえそうなくらいに愛着のある本で、その元版は、三月書房の戸板康二著書の最初の3冊となっている(054/061/073)。いずれもチャーミングな小型本なのがいかにも似つかわしいなアと、今でも惚れ惚れなのだった。三月書房の小型本は再版も多く出回っているけれども、どの著者も初版の造本がいつも一番好きだ。

それから、微調整として、上記3冊とおんなじように、3冊セットで愛着たっぷりの河出新書の戸板康二著書全3冊(017/021/025)のカヴァーが揃ったので、書影を追加した。


いずれも串田孫一によるデザインが眼にたのしい。最初の2冊は長らく未見だったので、感激もひとしおだった。串田孫一装幀の戸板康二といえば、渡辺保が一番に推す『劇場の椅子』[*]と並んで、最初の著書『俳優論』[*] がながらくのおなじみなのだけれども、奥村で2000年初夏に購入以来大切に架蔵している『俳優論』はカヴァーのみで函がなかった。蒐集歴も数年になると、おのずと買い物もマニア的になってしまうのはいかんともしがたい。今年4月に念願の函入りを入手したのであったが、そちらは本体にカヴァーがない。『俳優論』には二種類の造本があるのだろうか、それともカヴァーの上にさらに函を加えたものが「完本」なのかどうなのかとモヤモヤと疑問を残すことになり、現在に至っているのだった。ほかにもっと考えることがあるような気がするけれども。


本日の追悼:七尾伶子と村上元三

戸板康二と関係の深い人物といえば、七尾伶子の訃報(2006年7月2日没)が記憶にあたらしい。2002年1月に信濃町の文学座アトリエで久保田万太郎『大寺学校』を観覧し、そこで入手したチラシで「みつわ会」のことを知り、同年3月、六行会ホールで久保田万太郎『水のおもて』と『螢』を観覧して、文学座に引き続いてたいへん感激した。久保田万太郎の芝居に接したことはわたしのなかでは戸板康二読みという点でもとてもエポックメイキングな出来ごとだったように思う。その六行会ホールでは七尾伶子・臼井正明夫妻のふたりで150歳記念(だったかな)と銘打った朗読会のチラシを入手し、頭のなかは一気に戸板康二の『わが交遊記』、チラシ片手にひとりでジーンとなった。その会には行き損ねたことは、当初思っていた以上に悔恨の種となり、次の機会には絶対に行こうと決めていたのだけれども。水木京太はもちろんだけど、大岡龍男との関係においても、戸板康二からつながる人物として、七尾伶子は心に残る人の筆頭だったので、その訃報は一言で言うと、ただショックだった。

一方、村上元三の訃報(2006年4月3日没)に接したときにまっさきに思ったことは、失礼ながらも「存命だったのか」ということだった(本当に失礼だ)。戸板康二との関連において顔を出す村上元三というのがそこはかとなく好きで、年譜にこっそり追加して悦に入っている。戸板康二は(臆面もなく)公衆の面前で宝塚の歌を披露したことがわかっているだけで2回あり、その1回目が、
昭和36年2月、東京宝塚劇場にて日本演劇協会の「演劇人祭」開催。会員の「紅白芸能試合」なる番組が挿入、司会は徳川夢声。このとき、壇上で村上元三とふたりで「すみれの花の咲く頃」を歌う。
というもの(昭和36年2月というのは正確なのか大いにあやしいが……。あとでこっそり訂正したい。)。この挿話は『五月のリサイタル』所収の「『リラ』と『スミレ』」(初出は「歌劇」昭和51年)に詳しい。ここに登場する夢声がいいなア!

と、いろいろな人たちに思いを馳せつつ、本日の追悼としたい。



#048
権藤芳一著『増補版 近代歌舞伎劇評家論』、戸板康二解説の文庫本リスト(31, August. 2006)


前回更新の敗戦記念日から二週間が過ぎ、早くも8月末日となった。創元推理文庫から9月発売となっていた『團十郎切腹事件 中村雅楽探偵全集1』は現在、「10月刊行予定分」というふうになっている(→ 東京創元社ホームページバックナンバー)。当サイト次回更新時にはいったいどうなっていることだろう。予断を許さない状況である。

しかーし、中村雅楽よりも実はずっと気になる新刊ニュースがあるのであった。権藤芳一著『増補版 近代歌舞伎劇評家論』(演劇出版社、2006年)である。今月11日の朝刊の新聞広告で刊行を知ってからというもの、毎日毎日本屋の歌舞伎書コーナーに出かけては毎日毎日発見ならず、いつになったらお目にかかれるのだろうと気が急くばかりなのであったが、8月末日にして、ようやく入手することができた(丸善本店にて購入)。待ちかねたわやいと奥付を見ると「8月5日初版刊行」というふうになっている。いったいどういうことなのだろう。とっくに出ていたということなのだろうか。しかし、今日も丸善の歌舞伎書コーナーには並んでいなくて、ためしに端末で検索すると「僅少」表示。在庫なしではないということなのかしら、ハテと店員さんに尋ねたところ、どこからか持ってきてくださって、やっと買えたのであった。さっさと問い合わせをすればよかったのかもしれないけれど、まあ、無事に入手できて、よかった。

さて、権藤芳一著『増補版 近代歌舞伎劇評家論』(→ bk1 での詳細表示)。初版はすでに入手済みだけど(入手までにだいぶ時間はかかり、2004年8月末、奥村で加藤道子宛て署名本を買った。ちなみにわが書棚の大岡龍男『嫁』も加藤道子献呈署名入りなのだった。2004年1月に他界の加藤道子のものが流れて2冊わが書棚に収まったというめぐりあわせ。合掌)、いったい何がどのように「増補」されたのだろうと、喫茶店にかけこんでページを繰ってみると、「1 劇評論」で4篇増補、「2 劇評家論」で三木竹二論が増補されていた。そして、さらに「補遺」として章が1つ追加、ここで新たに武智鉄二『かりの翅』、戸板康二『歌舞伎の話』、郡司正勝『歌舞伎入門』の書評を読むことができる。というわけで、これはかなりの充実度! と大喜びであった。さっそく戸板康二『歌舞伎の話』[008/191]の書評を読んで、さっそく興奮。郡司正勝の『歌舞伎入門』は奇しくも今月、岩波現代文庫に入ったばかり(→ 岩波書店ホームページの詳細表示)。こうなったら、武智鉄二の『かりの翅』もどこかで完全復刻の文庫化(詳しい解題と解説付きで)してほしいなあと思ってしまう。

なにぶん今日買ったばかりなので詳しい感想は書けないけれども、『増補版 近代歌舞伎劇評家論』のあとがきに、
戸板氏の『歌舞伎の話』は、メモを採りながら何度も読み返し、その矛盾する論点をきびしく批判して、氏へも直接送った。ザラ紙にガリ版ですった冊子で、今回自分で読み返しても読みずらいものだ。戸板氏からは折返して丁重なお礼の手紙をいただいた。以来、氏との交りが始まり、晩年まで、京都へこられた時は、呼び出しがあって、行きつけの酒房で一夕を共にするまでに親しくしてもらった。
という一節があって、嬉しかった。渡辺保の初の著書、『歌舞伎に女優を』(牧書店、昭和40年)所収の戸板康二論にまつわる挿話を思い出した。

権藤芳一といえば、「上方芸能」の連載中の武智鉄二記事を毎号、たのしみに立ち読みしている。単行本になればいいなと思う(ならないだろうけど)。武智鉄二といえば、歌舞伎学会誌の「歌舞伎 研究と批評」第26号(2000年12月)に掲載の「武智鉄二とその時代」と題した座談会(今尾哲也・権藤芳一・堂本正樹・山田庄一)がたいへんおもしろくてためになり、以来ずっと珍重しているのだったが、ひさしぶりに読み返したくなった。

Collection【戸板康二解説の文庫本を探せ!】を整理。

当サイト開設当初からある、戸板康二が解説を寄せている文庫本一覧ページを約3年ぶりに改訂。きちんと調べたわけではないので、まだ遺漏はあるかと思うけれども……。添えている文章が手抜きなので、それも合わせて、徐々に改訂する、つもり。

ちなみに、瀬戸内晴美『お蝶夫人』はNさん、林えり子『仮装』は金子拓さんからのいただきもの。ここでこっそりあらためて感謝申し上げます。

今月から月2回更新をめざしてゆく所存の戸板康二ダイジェスト、次回更新は9月15日予定。来月はひさびさに(黄金週間以来)歌舞伎座へゆくのがとてもたのしみ。『寺子屋』よりもダンゼン、『引窓』がたのしみ。思えばもうすぐ改築するという歌舞伎座。戸板康二が劇場の椅子に座っていたころの歌舞伎座との残り少ない歳月を大切にしないといけないなあと、ふと思う。


本日の推薦文


● 加賀山直三『歌舞伎の視角』角川新書(昭和31年10月)

《いい役者の演じたいい芝居を見たという、貴重な資産をゆたかに持っている著者が、その経験でつちかわれた鑑賞眼によって、歌舞伎の古典を解説、詳述したのが、この本である。理論で本質を掘り下げる態度は無論、歌舞伎の見方の本道だが、それ以外に特殊な演劇は官能、感覚で知るべきだという主張を、加賀山氏は終始語りつづける。近代劇評家として最もよく分った人、岡鬼太郎直系の著者が、楽しい歌舞伎の絵解きをしてくれた書物である。》

加賀山直三『歌舞伎の視角』

★ 戸板康二がカバーに推薦文を寄せている本はいったい、わが書棚にどれくらい埋もれているのだろう。解説を寄せている文庫本とおなじく、一覧ページを作ってみたいと思いつつもそれっきりなので、ここで少しずつ紹介していけたらと思う。
★ 加賀山直三のこの本はいつかの古書展で200円で拾った。表紙は、岸田劉生による《芝居絵》大正11年作。戸板康二の推薦文よりも表紙が目当てで買ったのかも。
★ 「幕間」に「歌舞伎鑑賞手引」と題して連載していたものを編んだ一冊。著者前書きに、《最後に、この書の出版については、三島由紀夫氏、歌舞伎座舞台監事室の永山武臣氏、および戸板康二氏のお骨折をいただき、さらに、戸板氏からは題名をいただいた。》とある。『ある女形の一生 五代目中村福助』(東京創元社、昭和34年2月)も戸板康二の命名であった(『回想の戦中戦後』p106-107)。



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