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由香里さんが書いたサイドストーリー 「白い影−命の輝くとき」


■ 倫子の想い 3

夕日が沈みかけた川岸は急速に気温も下がってきたようだった。耳元を吹きすさぶ真冬の風も一段と冷たさを増してゆく。庸介は軽くかがんで、倫子の膝に付いた土を払い落とした。
『あ・・・すみません・・・』
庸介は2、3度倫子の膝をはたくと立ち上がりながら言った。
『この後、時間・・・あるのか?』
『え・・・?』
『食事、行かないか・・・』
倫子は目を見張った。
『連れて行ってくださるんですか?先生・・・?』
『ここは寒い・・・』
はにかむような笑みを浮かべてそう言った庸介は、土手に繋がる小道に向かって歩き出した。
”先生・・・” 素直に嬉しかった。

『・・・はい!あ、タンポポ・・・。取ってきます、先生・・・あそこに・・・』
庸介が振り返ると、倫子が摘んだタンポポのバケツが川の岸辺にポツンと置いてあった。
倫子は急いでタンポポを入れたバケツを取ってくると、大事そうに抱えて庸介に見せた。
小さなバケツの中で、数本のタンポポは身を寄せ合うようにして、ささやかに顔を覗かせている。
目立たず控えめに、ひっそりと咲いているこの小さな花にも、力強い生命力が宿っているのだろう。冷たい冬の弱い日差しの中でも懸命に花びらを広げて咲き誇り、その姿はいじらしいほどの可憐な愛らしさに満ちている。
『こんな寒い冬なのに、咲いていたんですね。一生懸命に、タンポポ・・・』
倫子は小さな花にそっと手を添えて微笑んだ。
『ん・・・』
庸介は倫子からタンポポのバケツを受け取ってやりながら、遠い目をして夕日を仰ぎ見た。
『じきに日が暮れる・・・。いいところを見つけたな。春も・・・もう近くまできてる・・・』

庸介と倫子は川岸から続く小道をゆっくりと歩いていった。
さっきまでせわしげに鳴いていた水鳥達も、いつのまにか皆、巣に帰ってしまったのだろうか。
夕日はもう遠くかなたに沈み、金色に輝いて眩しかった西の空も、次第に紅一色にその色を変えつつある。
肩を並べて歩く二人の影は長く薄く尾を引き、夕日の沈んだ空は暗い川の水面をかすかに染めていた。
夕日を背に静かに歩いてゆく庸介と倫子の影は、紅色の空の下で淡く薄らいで浮かび上がり、ゆっくりと触れあうように揺れている。
その影を見つめながら倫子は、自分の心が庸介といることで、次第に満たされてゆくぬくもりを感じていた。

嵐のように感じた緊張感は今、倫子の中でゆっくりと解けてゆき、優しい安らぎへと変わりつつある。胸の熱い鼓動を意識しながら、並んで歩く庸介をそっと見ると、目を細めて迫りつつある夜空を遠く静かに眺めている。
さっきまで倫子の中で止まったように感じていた時の流れは、川のゆるやかな流れと重なり、再び二人の中でゆっくりと動きはじめているようだった。
庸介は言葉無く、ただ静かに歩いている。そんな庸介の手元の先で、可憐なタンポポの花が揺れていた。
歩きながら倫子は庸介に抱かれた時のことを思い返した。
あれは一瞬の出来事で、今でも倫子には夢のようにも思えたが、自分の身体の感覚に今も庸介のぬくもりははっきりと残っている。かすかに肌に感じた彼の熱い吐息さえも甘く・・・。

”あの時の、先生とは違う・・・”
溢れるような庸介への想いの中で、倫子はあの時の拒絶された夜のことを思い出していた。
”先生の中で・・・何かが変わった・・・?” 倫子の心は不思議な思いに揺れつづける。
あの拒絶された夜のことを思えば、庸介に抱きしめられたことは、倫子にとって予期しない意外なものではあったけれど、その熱い抱擁には、今まで倫子が異性から感じたことの無い豊かな情感があった。倫子のすべてを受け止め、暖かく包み込むような、深く、熱い情愛が感じられた。
その溢れるような熱い実感はときめきとなり、倫子の心の奥底の深い部分をゆっくりと潤している。
そして穏やかな庸介の優しい微笑が、倫子の心の中に確かな安堵感を与えていた。

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