黒い世界。
暗闇の中に沈んでいる。
この二年、何度こうして暗闇を見つめただろう。
死を、感じる。
暗闇に、恐怖に包まれて、死を感じる。
ぼんやりと世界が変わっていく。
段々と目が慣れてくる、見慣れた天井。
今、何時だろう。
ため息をつきそうになった時、白く細い肩が目に入った。
小さな寝息が聞こえ、肩が微かに上下している。
君がそこにいてくれる。
患者と向き合っていなければ、僕は一人だった。
一人でいれば、死を感じた。
死を感じたくなくて、酒におぼれ、ぬくもりを求めた。
でも、いつからだろう、君以外のぬくもりが欲しくなくなったのは。
君ばかりを求めるようになったのは。
君だけを求めながら、でも、君だけを拒絶した。
それでも君は、僕を求めてくれた。
僕は、抗うことができなかった。
恐怖も絶望も誰も愛さないという決意も、君の強さに勝てなかった。
僕の心は、嘘をつけなくなった。
「う…ん。」
不意に、君がこちらを向いた。
幼い、かわいい寝顔。
自分を抑えられずに、そっと唇にキスをした。
自分で自分に驚かされる。
病に冒される前でさえ、こんなことをしたことはない。
病に冒されてからは、なおのことだ。
なぜだろう、君は…。
「せんせ?」
「すまない、起こしてしまった。」
「うぅん、いいんです。」
少し寝ぼけて君は微笑んでいる。
もう、それだけで、良い。
「寝付けないですか。お水でも、持って来ましょうか。」
ベッドから出て行こうとする君の腕をつかんだ。
「いいんだ、そばにいてくれ。」
君はうれしそうに腕の中に入ってくる。
僕は、君のぬくもりを求める。
君の匂い、柔らかさ、ぬくもり。
そのすべてに埋没していく。
指と唇で、君の体を求める。
君とひとつになり、君の指が髪をなで、君の吐息が耳にかかる。
僕の中から、暗闇が、死が、恐怖が消える。
君が、僕のすべてになる。
怖いくらいの愛おしさで、僕はめまいがする。
これ以上考えられない、何も望めない。
これ以上の何かが、存在するのだろうか。
君は、なんなんだろう。
「先生?」
「ん。どうした。」
「このまま、腕枕のままで寝ても良いですか。」
「あぁ、眠ればいい。」
「しびれちゃうかもしれないけど、いいんですか。」
「心配しなくても、そんなにヤワじゃない。」
「良かった。もっともっと、そばにいたいんです。」
胸に顔をうずめて、君は柔らかく微笑んだ。
僕は、空いている手で、君の手を包む。
「君は、あたたかいな。」
「え?」
「いや、なんでもない。もう、おやすみ。」
君のぬくもりは温かくて暖かい。
もっとそばにいたいのは、僕のほうだ。
君が思うよりも、僕は、君を強く想っている。
君よりも、大切なものなどない。
僕のほうが、先に君を求めたんだ。
あの、桟橋での出会い。
本当は、こう言いたかった。
『君は不思議な人だなぁ。こんな僕を素直にさせる。』
なぜ、君なんだろう。
君はなんなんだろう。
きっと、君は、黒い世界にいる僕のたったひとつのぬくもり。
そう、白い影なんだ。
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