カウンターの中の女は、直江と同じくらいの年齢に見えた。
器量が悪い訳ではないのに、愛想のないせいで実際より不美人に見える。
女のほうから話かけてくることは殆ど無い。
ウィスキィーを勧めると、「いただきます」といって、
眉の間にしわをつくり、にがそうな顔をして飲み込む。
何杯勧めてもそうやって飲んで、顔色も変えない。
客の顔を正面から見ることが無く、カウンターの床に目を落としている。
東京に来てまだ日が浅い直江は、週に二・三度その店で、その女の前で飲む。
濃密な人間関係を断ち切るつもりで、長野を後にした。
とつぜん予告された幕切れは、一人で受けとめようと決意した。
それでも、時として直江は耐えがた思いに駆られる。
いつも客の前で所在なげなその女は、直江には自分と同じように、
誰にも、なにも望まない人間のようにおもえた。
ウィスキィーのボトルをいつもの様に二人で一本近く空けたとき、直江がぼそりと言った。
「頼みがあるんだ」
「えっ?」
女は、ようやく直江の顔を見た。
「なぁに?」
直江はボールペンを借りて店のマッチに自宅の電話番号を書き、女に渡した。
「電話してくないか。週にいちど」
女の顔にかすかな好奇心が浮かんだ。
「で、どうするの?」
「どう、って訊いて欲しいんだ」
めずらしく、女が微笑んだ。
「それだけ?」
「あぁ、それだけ」
「いいけど。でも、あなたはお礼に何をくれるの?」
「ぼくも、きみが都合のいい時間に同じことをする」
「――面白そう…」
つまらなそうな口調で女が言った。
女は直江と約束したことを忘れかけていた。
携帯が鳴って、思い出した。
「はい」
「直江だけど――あの、どうなのかな?」
躊躇いがちな直江の口調に、女の口元が緩んだ。
「今、起きたばっかりなの。でも、あなたの声が聞けて嬉しい」
「そうか。よかった――じゃぁ」
OLをやめて、男と別れてから、いいことなんて何もないと思っていた。
狭い1人住まいのマンションで、女は携帯を両手で握ってソファーに寝そべった。
直江の思いがけずやさしい声と短い言葉がゆっくり胸に沁みこんで、
パジャマ姿でくしゃくしゃの髪をした女の顔が久しぶりに明るく輝いた。
おわり
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