Home | ホームページ設立の趣旨 | 掲載予定の記事について
豊倉賢略歴
| apppendix | 新規掲載記事

2010 S-2,2: 特集( 城塚正先生を偲ぶ ) -2,2
           「 トライアルアンドエラー 」
        名手 孝之;1959年早稲田大学理工学部応用科学科卒業、工学士
        米国テキサス州立大学大学院化学工学研究科修士課程修了、 工学修士

  昨年アメリカに長期滞在して年末に帰国し、新しい年が明けてから初めて、城塚正先生の訃報に接しました。遅ればせながら、衷心よりお悔やみ申し上げる次第であります。

  私は、応用科学科卒論時および一学期間だけ在籍した修士課程では、山本研一先生と森田義郎先生の研究室に属しましたが、在学中はもとより、米国留学を終えて以後の私の人生においても、公私ともに城塚先生のご薫陶をお受けいたしました。英語表現でいう“Mentor”のご指導を頂いた、たいへん幸運に恵まれた学生・卒業生であったと思います。 私の性格が厚かましかったこともありますが、“Mentor”ご指導を頂いた山本、森田両先生以外には、研究室の垣根を乗り越えてこの特別ご指導を頂いたのは、正しく城塚先生と、そして加藤忠蔵先生でした。「化学工学」という名前を初めて知り、世界的にその先端をゆくアメリカの英文の原書を使ってのご講義を初めて受けたのは城塚先生からでありました。

  標準語の東京弁すら上手く喋れず、田舎者丸出しの私にとって、米国ご留学から帰国されて本場の英語で“Chemical Engineering”という単語を何度も発音され、先生の特徴ある貴族的ご風貌とともに、強烈な印象を焼き付けて頂いたことは確かです。教科書に使ったTreybalMass Transfer Operationや、SmithChemical Engineering Kineticsの原書は、懐かしい城塚先生の思い出とともに今も大切に持っています。

  私が山本・森田研の修士課程に進んだ間も、城塚先生には可愛がって頂きました。その間は私の米国留学熱が急速に高まった時期だったのですが、その導火線の火の勢いは、城塚先生が加速して呉れたのではないかと思います。私は、自分で書いた英文の嘆願書をアメリカの十数大学の化学工学部宛に航空便で送り、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる(?)とばかりに、先生が教えてくれた化学工学実験でのTrial and Error Methodをこれに応用してみた訳です。幸運にも、物好きな?というより、当時の昭和34年頃は石油化学工業の開花期にあたっており、資金的にもRichなテキサス州立大学のDept. of Chemical Engineeringから、私のような学生にも奨学金を出してくれることになり、早稲田大学応用化学科の大学院を中退してその年の8月に、最も安い貨物船をつかまえ太平洋を渡りました。実は、このテキサス大学化学工学部から届いた一通の手紙をお見せして、私を激励して下さったお二人のMentorは、山本先生と城塚先生でした。田舎者の多感な青二才にとって両教授の暖かい激励は、正に天にも昇ると言ってよい人生のイベントでありました。両先生のMentor-shipは、生涯忘れることが出来ません。

  もう一つあります。
留学初期に私は、高熱が続く土着の風土病に丸一週間悩まされて入院までしたり、授業での英語が聞き取れなかったりして、その結果成績に“D”がつき、奨学金が最初の一学期間で打ち切られたりして、修士号の獲得に二年半もかかりました。帰国は、地球の反対側を貨物船やヒッチハイクなどの手段で約30カ国を廻り、”何でも見てやろう“して日本の土を踏みました。その後、この留学・世界旅行の体験談の本を新聞社から出版したのですが、この本の題名を「とらいある・あんど・えらー」としたのです。これは、城塚先生から数々の教室や実験室でご指導を頂いた工学実験における基本理念として、「試行錯誤法」の重要性を焼き付けられたからです。先生は繰り返し、実験で新しいことがみつけられるのはTrial and Errorするからだと仰られました。本の出版の時に、先生にお見せしたら、「名手君の生き方にぴったりの題名だね。出版おめでとう」と褒めて頂き、嬉しかったですね。その次に山本先生からも同じコメントを貰い、応用化学科の学生諸君の前で講演する機会も頂きました。

  本年初頭に開かれた「早燃会」(山本・森田・菊池・松方の四教授の研究室の会)で、菊池教授が会の冒頭のご挨拶の中で、「最近の学生諸君の多くは、失敗することを極端に恐れる傾向が強い」と言われました。私は、理工学系の実験では当然のことですが、人生での生き方においても、積極的にこの試行錯誤法・トライアルアンドエラー主義を実践することは、特に若い学生諸君にとっては、“特権”ともいうべき天賦の権利であると、私の拙い人生経験から断言することが出来ます。
失敗を恐れていては、何一つ発見出来ません、新しいアイデアや解決策を見出すことは不可能です。ただ単に失敗を恐れている人生を過ごしていては、良い運命やチャンスに遭遇することは、まず不可能でしょう。正に、「虎穴に入らずんば虎子を得ず!」でしょう。

  私は現役時代、石油化学製品の製造工場の、既に大規模に工業化されている化学プロセスにおいて、或る油分と水分を分離する単位操作で、小規模の実験装置では綺麗に分離できるのに、現場ではうまく分離できない、その問題を解決せよと命じられたことがあります。何度もそのエマルジョンの臭いと手についたベタベタに悩まされ、その結果装置内に気泡混入の失敗をやらかし、そのために、アイデアが閃いて問題を解決することが出来たのです。即ち、空気をほんの少しだけ混入させると簡単に分離できることを見つけたのです。これ自体もTrial and Errorをしたから出来たのですが、次のもっと大きな壁は、常に爆発の危険性のある石油化学の大工場の中です、如何にして上司、製造部長、工場長を説得するかです。例えppmオーダーのO2 でも実際の製造装置の中に混入させるなんて、モッテノホカです。

  私はここでも慎重に「試行錯誤法」を使いました。少し時間を要しましたが、説得用の装置を手造りし、下位から上位の方々の前で説得と実証を試み、失敗したら証明方法を変え、同意者の数を増やし、最終的に工場長の許可を得て念願の現場実験の許可を得ました。そして、実プラントでピタッと瞬時に、油と水のEmulsionが分離して呉れたのです。

  ここでも、城塚正先生の化学工学実験での、そして私の人生上でも、先生のMentorとしてのTrial and Error Methodが生かされ、その実践のご指導のおかげと、今思い起こしても懐かしくまた有難く、私の脳裏に蘇ってまいります。

  併せてこの機会に、前途に夢多き若い学生諸君に言いたい。どうか自ら積極的に、進んで“失敗を恐れない”人生と新しい理工学の実験に、挑戦してみてください、と。「天は必ず、自ら助くる者を助く」であります。

  最後に、改めて城塚正先生への満腔の感謝を申し上げ、先生のご冥福を心からお祈りしたいと思います。                                    

top

Home | ホームページ設立の趣旨 | 掲載予定の記事について
豊倉賢略歴
| apppendix | 新規掲載記事