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豊倉賢略歴
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2010 S-2,1: 特集(城塚先生を偲ぶ) -2,1
        豊倉 賢  「大学院学生時代の思い出・・(2)  大学院学生時代の研究実験を通して」

1)大学院修士課程の晶析研究
  大学院入学後の晶析研究は、その研究内容が化学工学分野で評価される価値のあるものでなければならないと城塚先生からご指導を受けた。そこで評価対象になる研究は、化学工業界が目指す新しい目標達成に貢献するもので、具体的には新理論や新技術の開拓に貢献するものや、化学工業で困っている問題解決に有効な研究成果であった。城塚先生から頂いた研究課題は、研究室でこれまで行われてきた研究テーマと異なった晶析操作に関する研究で、実際どのような結晶製品を産業界が期待しているかを調べる調査から始めた。当時、製塩・精糖等の工業界では結晶製品を生産していたが、化学産業で結晶製品を生産していたプロセスは少なく、その一部の製品結晶の生産過程で話題になっていた効率よく安定生産するために重要な研究課題を抽出し、それを理解するために結晶生産プロセスの過程を対象に検討した。

  結晶製品を生産する工業プロセスでは、晶析装置内で所望組成の結晶を析出させることと、その結晶が懸濁しているスラリーから効率よく分離することが重要であった。この前段の晶析操作で所望結晶製品を生産する操作条件は、物理化学的に研究された相図によって容易に検討することは出来たが、後段の晶析・分離操作では、液相から生成する結晶を懸濁しているスラリー溶液から結晶製品を単離することが律速になることがしばしばあった。通常、この単離操作は濾過器や遠心分離機によって行われていた。しかし、当時の晶析操作では、生産される結晶の粒径が小さいことが多く、その結晶が堆積して作る結晶ケーキ層を通過する母液流に対する抵抗は大きくて、所定量の母液が通過するのに要する時間が長くなることや分離が工業的に困難なことがあった。またこのように小結晶のケーキ間に残留する母液量も多いこともあって、装置容積当たりの生産速度も製品結晶品質も低下し、それは晶析操作の大きな課題になっていた。このような問題を解決して、高品質の結晶を安定生産するためには、製品粒径の大きい結晶を生産することが大切と考えられていた。

  一方、所定量当たりの結晶粒径と結晶個数の間には、( 結晶個数 )と( 結晶粒径の3剰 )の積は一定の関係があって、生産する結晶粒径を大きくするには、装置内で発生する結晶数を結晶粒径の3剰分の1にすることが必要で、装置内で発生する結晶個数を制御する操作法を開発した技術者は、結晶生産を制することが出来ると考えられていた。

  過飽和溶液内の結晶核発生現象については、1990年代にMiersの理論が提出されており、それは化学工学便覧等で広く紹介されていて、それでは、晶析装置内の溶液過飽和度を準安定域内に保って操作することによって、その溶液内では、結晶核発生を起こすことなく存在する結晶のみを成長させることが出来ると考えられた。それより工業晶析操作は、結晶核発生の起こらない準安定域過飽和溶液内で操作すると、装置内に懸濁する結晶のみ成長させることが出来、その過飽和溶液内に結晶種を添加して、所望粒径に成長するまで滞留させる方法を研究することによって、所望の結晶を生産できる装置・操作法を開発出来るのでないかと考えられていた。豊倉もこの考え方で所望結晶を生産する晶析装置・操作法の開発を研究すべく城塚先生のご指導を受け、Miers理論で考えた結晶核発生の起こらない準安定域過飽和溶液での実験を行った。

2)尿素添加系塩化アンモニューム過飽和溶液の晶析実験

2・1) 最初の晶析実験とその失敗・・・そこで修得した掛け替えのない経験
  一連の文献調査で学んだ操作法を参考に準安定域過飽和溶液を調整し、そこに種結晶を設置して成長させれば、その過飽和度に対応した結晶成長速度を測定できると考えて晶析実験を行った。系の選定は旭硝子の守山氏が旭ガラス研究所報告vol.4,no.1,107 (1954)に発表した尿素添加系塩化アンモニユーム結晶の成長速度についての論文を参考に行った。

  工業操作で対象になる結晶は工業製品として使いやすい形状のものを生産することが必要でした。しかし、塩化アンモニューム結晶は純系水溶液から常温で晶析させると、非常に脆い樹枝状結晶が析出するため、守山氏は媒晶剤に尿素を添加した塩化アンモニューム水溶液から立方晶塩化アンモニュームを晶析させて実験を行っていた。豊倉は、最初の実験を進めるに当たって、守山氏の研究論文から学んだ知識と、晶析についての文献調査で修得した知識を参考に立方晶塩化アンモニューム結晶が析出するよう尿素添加塩化アンモニューム過飽和水溶液を調整した。その水溶液を、0,02度の温度制禦が可能な恒温槽中に設置した撹拌翼を備えた三角フラスコ内に入れて冷却晶析実験を行った。この実験では、まず、所定操作温度で飽和した塩化アンモニューム水溶液を調整し、その溶液を調整飽和温度より10度程度高い温度に保って良く撹拌し、溶液内の目に見えないような微結晶も充分溶解してから結晶核の発生が認められるまで徐々に冷却した。次のその主な実験経過を記述する。

○ 恒温槽内に設置した上記前処理を施した塩化アンモニューム水溶液を、その水溶液 飽和温度に保って撹拌したまま飽和温度に安定するまで続けた。その後、恒温槽温度を1度下げ、水溶液温度が安定するのを待ってその温度に30分間保持して槽内の状況変化を観察した。その間何も変化が認められなかったら、さらに1度下げこの実験を繰り返しながら微結晶が発生する時点を確認出来るまで観察した。この水溶液中での微結晶発生確認までの時間は。実験ランよってある程度のばらつきがあった。この実験では温度降下を階段的に数回繰り返してる間で、三角フラスコ内の温度がまだ低下し続けている水溶液内に僅かに微結晶らしきものが循環するのが見えた段階で撹拌を停止し、フラスコ内の状況変化を観察した。そうすると、微結晶はフラスコ底部中央より上昇する水溶液流に乗って上昇し、フラスコ内水溶液表面付近まで上昇した微結晶はさらにフラスコ内側面に向かって流れを変えて循環を始めた。この循環結晶は粒径が増大するのにつれて量も急激に増えたが、その循環流は急に流速を落としてフラスコ内で発生した結晶は底部に沈積して静止状態になった。

2・2) この実験のフラスコ内で起こった状況変化を整理すると;

 i ) 操作水溶液内に微結晶の発生が確認された時の過溶解度は、当初予想したより大きく、温度過飽和度表示で数度に達していた。その結果、微結晶が発生したと確認された時には、既に多数の微結晶が発生していたようで、その時点の発生速度は大きかったと推測した。またこのフラスコ内の溶液は恒温槽中の冷媒にて冷却されたので、冷媒による冷却が開始した当初のフラスコ壁面温度はフラスコ内で最も低く、その壁面付近の水溶液温度の低下となって、壁面付近の水溶液密度は上昇し、それによってある程度の下方向への水溶液対流は生じたと推定した。その水溶液内で結晶核の発生が起こると、その結晶核は成長して出来た微結晶もその流れに乗って成長しつつ循環するようになり、それらの結晶の一部はフラスコ底部に集まって活発な結晶成長を起こすようになったと推定した。ここで、発生した多量の結晶化熱によって、さらに活発な循環流が起こり、多くの結晶も同伴されてフラスコ内水溶液相の可成り上部まで舞い上がるようになった。フラスコ内水溶液温度が設定恒温槽温度に近づくとフラスコ内水溶液過飽和度はフラスコ内水溶液に懸濁している結晶の成長によって次第に低下し、その溶液濃度も操作温度の溶解度に近づいて結晶の成長は低下して止まった。また、フラスコ内を循環していた水溶液の対流も認められなくなり、結晶はフラスコ底部に沈積した。

ii ) この実験で、晶析した塩化アンモニューム結晶形状を観察すると、すべての結晶は木の枝のような形状をした樹枝状晶で、その枝は細長く、その長さは1?以上のものも見られた。しかし、その結晶は非常に脆く、僅かな撹拌を加えて混合するとその形状は砕けて容易に微粒になってしまって、工業生産の対象に考える結晶製品にすることは出来なかった。一方、守山氏の報告では、直方体の綺麗な6面体結晶が得られており、 今回の実験は守山氏の操作法と本質的には同一で考えていたが、全く異なった形状の結晶しか得られなかった。このことより晶析現象は予想を超えた難しいものと思えて、これからのことについて内心不安を感じた。しかし、このままで投げ出すことはできないと思い、実験終了時の樹枝状晶と母液の入ったフラスコにコルク栓をつけてそのまま自分の机の上に置いて、以降毎日観察を続けた。しかし、フラスコ内のほぼ飽和した水溶液内に静置された塩化アンモニューム結晶の形状は一向に変化を起こす気配は見られないまま数日が経過した。

iii ) この実験で得られたフラスコ内水溶液内のサンプルは、1週間程静置しておいたある日の朝、三角フラスコの中を覗くと、樹枝状晶の枝の先が1週間前に机上に置いたと時と少し違ったように見えた。そこで、このフラスコ中の結晶はこの一週間の間に変わったかも知れないと期待しながら注意深く観察すると、全ての樹枝状晶の枝の先に小さな立方晶が付いているのを確認できた。そこで、この一週間にフラスコ内水溶液の中で起りそうなことを想像してよく考え、フラスコの中の塩化アンモニューム水溶液濃度が変化したのでないかと次のモデルを考えた。

  実験終了時のフラスコ内水溶液濃度は飽和濃度に近づいても、依然として過飽和状態であったのでないか推察した。しかし、当時の早稲田大学化工研究室は、室温制御は行っていなかったので、昼間は室温が上昇し、それにつれたフラスコ内の水溶液温度も上昇して水溶液の濃度は飽和温度に近づき、時には未飽和状態になったのでないかと推察した、そうなると水溶液内の結晶は多少溶解することも予想した。一方、夜間では温度は降下し、水溶液は未飽和状態から静かに過飽和状態に移行し、フラスコ内の結晶は成長するようになることもあったろうと想像した。このような室温の変化があると、フラスコ内の水溶液過飽和度は変化し、全体的に見るとフラスコ内の水溶液は小さな過飽和状態と未飽和状態を繰り返し、水溶液中で晶析する塩化アンモニューム結晶は尿素の媒晶効果を受けたと推測した。そのことより、当初の実験で、尿素を塩化アンモニューム水溶液に溶解しても、樹枝晶しか析出して来なかったのは、このテストで行った実験の操作過飽和度が過大であったためでないかと推察した。そこで、最初の実験で行ったより小過飽和度の尿素添加塩化アンモミューム水溶液を調製し、それを静置して長時間保って微結晶の析出実験を行った。ここで、過飽和度の小さい範囲で、数通りの尿素添加塩化アンモニューム過飽和溶液を調整し、室温の影響を受けないように、調製過飽和溶液を入れた栓付きフラスコを所定温度に設定された恒温槽に一晩静置した。その結果、結晶の析出しなかったフラスコもあったが、フラスコ内部に数個の結晶が析出し、それらはすべて直方体形状の塩化アンモニュームであった。そこで、得られた直方体結晶は、長辺が5~10 mmのものであった。その結晶は、以後の成長実験の種晶に適用した。

2・3) 実験結果より学んだこと;
実験を開始して1ヶ月程度のテストであったが、自らの浅学を恥ながら、城塚先生 に一連の経過を報告したら、先生は穏やかな顔をされて、これから実験も研究もスタートだねと云われて、ホットした気持ちになれた。この実験は初めての晶析実験であったので、失敗するのは許されたとしても、2度と同じような失敗をしてはならいと思った。この時の経験をこれからの研究の参考に纏める。

i) 城塚先生は、守山氏の論文に記載されたような結晶を作り、それを種晶として研究を進める方針をご了承して下さっていました。その実験の状況は時々御覧頂いたが、その時、不慣れな手つきの作業を見るのみで、種晶が作れる見通しが立つまで我慢して下さいました。その時城塚先生は、私の研究していた先を考えて見守って下さっていたことを後で伺い、本当に有難かったと感謝の念でいっぱいでした。もし、途中でご指示を頂いていたら、壁にぶつかった時は何時も安易に先生のご指示を仰ぐようになったのでないかと思った。この最初の実験で、媒晶効果と操作過飽和度との関係や種晶作りの新しい体験をして、研究の喜びを初めて味わい、その後の研究活動に自信を与えていただきました。

ii) 一連の実験で、冷却法による結晶核発生時の操作過飽和度を測定したが、その測定値は過飽和溶液の調製法や操作条件等によって予想を超える違いのあることを経験した。その意味で晶析研究においては、これまでに明らかになっている現象に基づいてモデルを設定して実験してもその結果は想定外ことになることがあって、この想定外の現象も予め謙虚に考えておくことが大切であることを学んだ。この最初の実験で経験した想定外の現象は、後の工業プロセスにおける研究でも経験したことがあって、そのような現象に遭遇する度に、城塚先生のご指導を思い出して問題を解決してきた。

iii) 文献で良く紹介されていた媒晶剤”尿素”の塩化アンモニューム晶析現象に対する効果で、操作過飽和度の影響を複雑に受けることを経験した。そのことは、後の工業晶析プロセスの開発研究で晶析装置設計理論を適用する時にも大いに役立った。この最初の研究で経験した内容は、印象が強く、その時城塚先生にご教授いただいた研究哲学とも重なってその後の研究活動で鮮明に蘇って工業操作の開発に貢献した。特に工業操作で対象となる系では多くの不純物が存在しており、それを無視して工業プロセスを開発することは至難なことで、媒晶剤の影響で経験した知見は大きな武器になっている。

3)むすび
  人は、過去に経験したことをベースにその上に新しい文化を構築するものと学んできました。次号では、初期の研究経験の上に提出した晶析装置設計理論とその過程で構築した別の文化を振り返って、城塚先生から受けた晶析装置設計理論の提出に対するご指導を思い出し、在りし日の先生を偲びます。

  次号は
   ○ 以降の晶析研究への展開

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