「スロー工学」のすすめ
化学プラントや設備の建設に携わり、瞬く間に30年以上の月日が過ぎてしまった。大学で学び、企業に入り身に付けた化学工学をベースとして建設プロジェクトに携わり、今まで大過なく過ごして来られたことは、非常に幸運であったと思っている。化学プラントや設備の建設の現場では、今までも、また、これからも化学工学の基本となる要素技術が、多くの局面で重要な役割を果たすものと確信する。我が国は物作りを生業としているわけであるから、物を作ることに必要な基本的な要素技術を身に付けることは非常に重要と考える。時代が変わり、身の回りのインフラも変わり、学び方も当然変わってきているとは思うが、基本的なところは変わらないはずである。今は、個々人が高性能なコンピューターを操り、計算はコンピューターにさせることが当たり前になっている。これはこれで非常にすばらしいことではあるが、反面、数式はコンピューターに入れた瞬間からブラックボックスとなり、数式の持つ特性を理解する機会を奪われることとなる。更に、出てきた計算結果は全て正しく思われ、非常に危うい話となる。私達が日常的に操る工学的な数式は、色々な形で制約がある。従い、使用しようとする数式の特性を理解するためには、出来るだけ視覚を通して確認する時間が必要で、可能な範囲で手を使い計算してみることが大切であると考える。ここにスローフードならぬ「スロー工学」をすすめる所以である。ここでの「スロー工学」とは可能な範囲で手を使い計算し、図表を作成し、結果をしっかり見極め、それを繰り返すことで、その結果、数式に含まれる各ファクターの関連が理解でき、どのファクターがどのように変わると計算結果がどのように動くかが明確に解るようになる。また、色々な局面で、どのような事象を押さえれば、目標に対して期待される結果を得ることが出来るかを考えることが出来るようになる。更に、それを繰り返すことで事象を見る目が出来てくるものと考える。実際の物作りの現場において、プラントを設計するということは、与えられた命題に対して絶対に答を出さねばならず、出した答は絶対に期待された性能を発揮しなければならないのである。このことは限られた時間内で「最終目標」に対してどのようにアプローチし、命題を解決するかが問われていることとなる。その過程では、技術者として「違いが分る」というよりもむしろ、「なにかおかしい」と感じることができるような臭覚を持っているかどうかが問われているように思われる。この「なにかおかしい」と感じるようになることを身に付けるためにも、正に、事象を目でしっかり確認し、手を使い計算し、その結果と事象を見極めることの繰り返しが大切ではないかと考える。筆者は、今まで幾度となく、この「なにかおかしい」と感じることができたことで、大過なく過ごして来られたものと思っている。大いに、「スロー工学」を行うことで、一人でも多くの一人前の技術者が育ってくれることを願っている。
以上
後記
この「スロー工学のすすめ」の根底を流れているものは正に城塚先生のお築きになった早稲田化学工学の真髄ではなかったかと、城塚先生の訃報に接し、改めて思われたため、僭越ではございますが、記載させて頂きました。城塚先生にお教え頂いた時間は私の人生の中でのほんの一瞬の時間でしたが、城塚先生のお教えが私の技術者人生の根幹をなしていることを思うと益々ご恩を感じる次第です。
最後になりますが、心より城塚先生のご冥福をお祈り申し上げます。合掌
2009年12月12日
千代田化工建設株式会社
グリーンマテリアル・プロジェクト部
技術士(化学)
若林 讓