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「卒業から10年経過して」
私は、1995年に院卒後、同年、医薬品メーカーの藤沢薬品工業株式会社に入社し、生産技術研究所・製薬技術に配属になり、特に抗生物質の原薬製造における工程改善(合成・晶析・濾過・乾燥等)に関わる仕事をしました。その当時は化学工学会や晶析分科会で豊倉先生に直接お会いする機会があり、その都度、先生からパワーを頂き、私もがんばっていこうと思ったものでした。
2000年4月から同社の富山県にある高岡工場へ転勤し、抗生物質の経口剤の原薬製造現場へ配属となり、ヘルメットをかぶって汗水たらして働きました。そのお陰で豊倉研究室時代よりスリムになったかもしれません。しかし、富山県は海・山の自然に恵まれ、水、米、野菜、肉、魚がおいしいところです。冬の寒ブリは最高です。食べることが好きな私には最高な場所かもしれません(雪が大変多いのは嬉しくありませんが)。
医薬品業界においても、数年前から様々な選択を迫られており、私の所属する工場は2003年に分社化(グループ会社)されて、300名程度の製造に特化する会社になりました。同時に私も転籍となり、藤沢薬品を退職した形になりました。また、2005年4月には、藤沢薬品と山之内製薬が合併してアステラス製薬Mが発足したことにより、私の会社も2005年10月には「アステラス富山M」に社名変更になります。このような状況下でモチベーションを維持して、仕事を続けていく大変さはありましたが、唯一の救いは、昨年から再び技術職に戻ることができ、工場への新製品導入に関わるPJの一員として仕事をしていることです。
先生からの投稿依頼を受けてからHPを拝見しました。そこには世代を超えたバーチャルな豊倉研究室が存在するのですね。この場に参加できたことは嬉しく思いますし、これからは毎月のHP更新を楽しみにしています。先生をはじめとして、先輩・後輩の皆様から教わることは多々あるでしょうから。
今後、更に暑い日が続くと思います。豊倉先生をはじめ、皆様方、夏風邪などひかぬよう十分お気をつけください。