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2005C-4,4 鵜池 靖之 1972年学部卒 (工学士)

  鵜池さんはこのホームページに2004年4、8,10、12月の4回記事を書いているので、多くの卒業生は鵜池さんをよく知っていることと思う。鵜池さんの紹介は記事を掲載した時に行っているので、思い出せない人はそれらをご覧いただくことにして、ここでは今回鵜池さんが記述した記事を読んで豊倉が受けた印象を紹介する。

  鵜池さんとは卒業後ヨーロッパで数年おきに会っており、晶析現象や晶析技術の開発について時々討議し、意見の交換をした。今回の鵜池さんが書いた記事は、鵜池さん自身が実際に行った数ミクロン粒径の結晶を工業的に生産する技術開発についてで、この技術は現在でも難しい工業晶析分野の課題である。鵜池さんが成功したポイントは研究室の倉庫隅に置いてあった誰も使っていない超音波振動発生装置に目を付けそれを使ったことで、それを行ったことに極めて重要な意味がある。鵜池さんが研究していた頃は超音波発信器を使うとうまく行くかも知れないと気がつく人は余りいなかったろうと思う。まして、小粒径の結晶を生産するには装置内で非常に多くの結晶核を発生させる必要があるが、装置内で過剰な結晶核を発生させるとそれらは容易に会合して粗粒凝集物を生成しやすく、その様な凝集物が生成すると微粒結晶を生産することは出来ない。この様な凝集物を生成させないで微粒結晶のみを生産するとなると、単に結晶核の発生速度を大きくするだけで目的とする結晶の生産が出来るものでない。鵜池さんが書かれた記述の中には、苦労して色々研究してやっと今までの人が余り行ってない方法に気付き、所望製品の生産に成功したときの喜びがにじみ出ており、鵜池さんのような技術者が研究室の卒業生の中にいることは誇りに思えた。この記事を読む時は読者が経験した開発研究を思い出しながら読むと、研究開発時に注意をしなければならない種々のことに気がつくことと思う。

  ここで、上記のポイントを補足すると、鵜池さんは学生時代から種々の利用されてない機器を見ては、これは何かに使えるのでないかと自分で工夫していて、本当に素晴らしい性格の持ち主であると見ていた。ヨーロッパで会った時も、この様な装置を工夫して作り、実験したらうまくいったと言う話をよく聞いていた。一方新しい機器に対する好奇心も旺盛で、カタログの使用法のみでなく、その原理を常に考え、それを理解して自分の抱えている課題に利用したら面白い結果が出るのでないかと何時も考えていた。今回のHPの記事で鵜池さんが紹介した技術開発成功の陰には、平素から行っていたこのようなことが実を結んだわけで、人は皆その人が得意とするものがあり、それを繰り返し色々のものに試して勉強し・研究することが将来のプロジェクトXに繋がるのでないか? (05年7月 豊倉記)


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(鵜池 靖之)

「 微粒径結晶の発生 」

私がそれまで勤めていた製薬会社を退職してもう7年が過ぎてしまいましたが、それまでの長い職業生活の中で自分が体験し経験してきた技術的な開発実験などの思い出は長く記憶にも残っています。その当時抱いていた目的とした結果への期待や、思い通りに事が進まなかった時に悩んだ失望など、それらを時々思い出し、考え直してもう一度当時の自分と同じ状況に帰れるとすれば、今回はどのような方法でその事を処理するであろうか、などと考えたりする時には、日常生活で起こった他の想い出について回想するのとは比較に出来ないほどの贅沢な楽しさを与えてくれます。

最終的には私にとって生涯の勤務先となってしまったスイスの製薬会社「SANDOZ」は自然界に存在しているペプタイド分子:「Cyclosporine」を、後でその発見者となった一人の研究者がスカンディナビアへ休暇旅行にいった時に採集し、研究室へ持ち帰ってきたノールウェーの土壌の中に見出し、それを分離・精製して、それが生物学的活性(Biological Activity)を持つ事を発見し、更にそれを臨床医学に応用するための研究開発にも成功して、「SANDIMMUN」という商標で臓器移植において必要な免疫抑制効果を持った医療薬品として市場に出し、この製品から得られる企業利益によりSANDOZ社は世界企業としての規模に大きく発展してきました。

この分子Cyclosporineが持つ免疫抑制作用を関節炎の治療に使い、それまで多く使われてきたが副作用の強いコーチゾン「Cortison」の代用にしようとするProject−Teamに私は関与しました。このTeamでは、当時は製造原価がキロ当たり数百万円へと低下していたサイクロスポリンを3キロ貰い受け、それをStarting Materialとして使用し、その微小粒径の晶析方法について研究しました。

この新薬開発研究の基本方針はCyclosporineのミクロン結晶粒を懸濁液とし、それを関節部へ直接に注射してサイクロスポリン結晶の自然溶解と体内局部への吸収により治療域において長時間にわたり徐々に医療効果を与えるようにすることでした。そのためにはサイクロスポリンの微粒径結晶の製造方法を研究・開発し、動物試験そして臨床・人体試験に必要な量のサンプルを製造することがこのプロジェクトで受け持った私の作業分野でした。臓器移植のために生産されているサイクロスポリン−Aの結晶はTetragonal(四面形)系ですが、このプロジェクトのためには溶解速度の遅い熱力学的により安定したOrthorhombic(正菱面形)の結晶系を必要としたので、その晶析方法を考案する事が最初に解決しなければならない問題でした。

試行錯誤の後に人体に対しても害の無い医療薬品にも多く使用されているポリエチレン・グリコールを溶剤とした場合にOrthorhombicの結晶系を晶析させる方法を見つけましたが、結晶の成長を制御してミクロンサイズの微粒径結晶をどのような方法で作るかを解決しなければならない技術的な問題でした。核発生をさせた後にその成長を防止するという事は最初に考える方法として当然の選択でした。汎用の研究室用機器装置を使って晶析させる方法では、その撹拌の強さを増大させると、それに相応して結晶粒径は小さくなりましたけれども、それはミリメータ範囲の製品粒径結晶のことで、ミクロン範囲の製品結晶を生産する技術の対象にはなりませんでした。更に結晶粒径を桁違いに縮小させるためには、メカニカルモーションによる液相攪拌を超越した高周波振動による伝達波攪拌を与えることができるならば、発生した結晶は安易な自然発生的な成長は妨げられ、微粒径の結晶として留まる効果が現れるであろうということが最後に到達した推測でした。そのための方法として、何か使えるものが無いかと探していたら、たまたま、実験機器の地下収納倉庫の奥で形式は古くて使われたことのない、誰が何のために買ったのか周りの古い人でも知らない超音波振動発生装置を見つけたので、それを使って晶析をさせてみましたら、初めてミクロンサイズの結晶を顕微鏡で見ることが出来ました。それで「この装置」がそれまで進行を止めていた基本問題を解いてくれるIce-Breakerとなりました。 「Piezoelectric Effect」はPierre Curieが発見し、その妻Marie Curieと共に定性・定量的に研究しましたが、その後においてこの現象の取り扱いは科学の領域を超えませんでした。しかし、このPiezo-効果を基にして超音波発生装置が開発されて第一次世界大戦の時には海中に潜む潜水艦の探知機として実用的に使用され始めました。その後、高周波振動を物質に対し圧接触すると局部的に発生熱を与えるのでビニールなど熱可塑性をもつ合成樹脂フィルムの溶着など工業的にも広く使用されました。

晶析においては超音波・高周波振動による攪拌効果と混合系にもたらされる振動熱発生の両方をうまく制御する必要があります。溶剤の選択と混合系の濃度と温度との組み合わせにより、10ミクロン以下の粒径をもったサイクロスポリンの結晶を初めて見た時の喜びと、自分の努力に対する安心感はやはり今でも一番の良い想い出となっています。

結晶懸濁液を体内へ直接に注入するために所望されていた6ミクロンのサイクロスポリン単一結晶を発生させるこの晶析製法過程では更にSterillized製造方法にすることが要求されました。そのため、材料の投入と晶析過程から分離過程までをすべて密封にした連結装置へとする考案も必要でした。

この仕事をしている時に得た新しい発見の印象として残っている事は、高粘度のPolyethlene−Glycolにこのような微粒径の結晶を多く含む流動度の低い懸濁混合物であってでも、それに含まれている結晶の粒径分布が極端に狭い均質の晶析混合物である場合には、結晶物体の分離が極めて容易であるという事を自ら体験し、実験でそのことを繰り返し確認した時でした。良好な晶析条件を与えればその次に来る分離と後処理も容易であるという極めて幼稚な結論でした。Shakespeareの言葉に真似て、「初めよければ終わりもよし」 との独り言葉を作り、その他の晶析実験や合成化学実験をする場合に於いても、更に可能な良い条件を工夫し確定してから最終的な製造法プロセスとしそれを生産プラントへ譲渡するようにと自分に言い聞かせていました。

私達がある目的に向かって行動している場合、自分が持っている知識と経験だけでなくそれまでにどこかで聞いたことのある事などについても参考として思い出し、今は目前に立ちはだかっている困難な課題と比較・連想させてみると、それまで解決できなかった課題解決への可能性を見出し、それによって目的としていたものへ急に到達できる事があるものと感じています。

2005年7月 鵜池靖之(スイス在住)

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