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豊倉賢略歴
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2004 Cム2,6:鶴岡 洋幸 1970年大学院修士課程修了  (工学修士)


  鶴岡さんは豊倉がTVAの招聘を受けてアメリカに出掛ける前に、化学工学コースの3年生に在籍し、昭和42年度の卒業論文を晶析分野で行うことが決まっていた。そのような関係で、豊倉は当時の鶴岡さんをよく記憶している。豊倉が帰国した翌年昭和44年の夏休みに鶴岡さんは、卒業前にアメリカ旅行を単身でして来ると云って出掛けた。その頃は現在と違って、海外で卒業旅行をする学生は未だ少なかった時代で、その準備はすべて自分で行わねばならなかった。 その意味で、当時の海外旅行を実際に行うということは本当に未知の世界を自分の才覚で経験し、見聞を広めるすばらしい学習の機会であったが、また大変なことであった。当時海外旅行をする場合は、旅行社も余り当てにならないので、まず海外経験のある人からいろいろは話を聞き、それと今迄に受けた教育、読んだ書物やその他の情報で本人の頭の中に描かれていた外国に対するイメージの中から海外で実際に見聞し、経験したいことをよく考えて訪問先、日程を決めた。そのような背景で、鶴岡さんが旅行計画を立てるに当たっては豊倉も鶴岡さんが出来るだけ意義有る経験を積むように助言をした。そのようなことからか、鶴岡さんは豊倉が2年間滞在したAlabama州にあるTVAのFertilizer Development Centerを主な訪問先の一つにした。そのような関係で、豊倉がTVAで世話になった橋本さん夫妻、豊倉と机を並べ滞在中いろいろアドバイスを受けたD.Rindtさん、一緒に研究したC.Smithさんを紹介した。この人達からアメリカの様子、また豊倉のアメリカ生活の様子を聞いてくると豊倉が帰国後鶴岡さんや研究室の皆に話していることと比較して何か得るものが有るのでないかと考えた。この時のことを思い出すと、当時の鶴岡さんから江戸時代末期に海外に目を向け、欧米文明の修得を志した志士の気概を想像できる気がする。鶴岡さんはこのようにして海外旅行を経験した学生で、鶴岡さんの生まれ育った家庭、環境が如何に恵まれていたかを想像することが出来る。それと同時に鶴岡さんは自分の恵まれた状況を真摯に考え、それを生かす性格、実行力を持ちあわせていたことをご理解いただける思う。
  それから40年、種々のことを経験されて今年末に還暦を迎えられ、これから新しい目標を目指してスタートされようとしている。今回お寄せていただいた鶴岡さんの記事から種々のことを読み取られる方々が多いと思いうが、既に還暦を迎えられた方、近々に還暦を迎えられる方、還暦を迎えるまでにもう一仕事も二仕事もしようと考えてる方々が大勢いると思います。これらの方々もお時間の有る時、気が向いたら何時でも卒業生のHPに考えられることをお寄せ下さい。私も古稀を過ぎましたが、何時も3年か5年の内には過去の上に今迄に経験したことのないことを行うようにして来ましたが、これからも続ける積もりです。   (豊倉記)

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フランス企業の文化、外資系企業文化、貴(日本)企業文化について
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          ジャパン・エア・ガシズM(旧日本エア・リキードM)鶴岡洋幸

1)私は今年の末で還暦を迎え、定年が予定されて居ます。豊倉研を巣立って社会へ出てから化学系の二つの会社を丁度社会人としての半分ずつ18年x2社を経験した事に成ります。
前の会社は所謂中堅の純日本の総合化学会社で、旧国策会社からスタートし古くは肥料では超A級会社でしたが、石油化学への転換に遅れ、如何にして現A級化学会社に追付き復活するかを模索して来た会社でした。今の会社は工業用ガス(O2,N2,H2等の)と言う特殊な製品分野に特化して居りますが、世界トップシェア−の仏系多国籍企業の日本法人です。
 今の会社から18年前に移籍入社の勧誘が有った際にはとても迷って仕舞う状況に陥りました。その際に豊倉先生に相談に乗って頂き具体的なアドバイスを頂いた事が、社会人に成ってから一番感謝致して居る事です。先生は積極的に移籍を薦めはしませんでしたが、会社を替わると言う事への心構えに近い事を丁寧にお話頂いたと記憶してます。お陰でかなり気持ちが落ち着きました。改めて厚く御礼申し上げます。

 HPの設立に因んだ寄稿文の中の鵜池靖之さん(1972年卒)のモデルを真似て、社会人を30数年やって来てこれまでの人生を晶析現象に例えれば以下の様に成ります。
 大学での学部・修士研究室の生活: 人生・技術・研究への核発生
 2社での最初の10年: 人生・仕事の結晶成長
 2社での後半の8年: 人生・仕事の晶析過程・装置の最適化
 未だ私の最適化は終わって無く、これからマダマダだと思って模索を続けて居ります。
そして自分の体験を振返り、人生の意義とか仕事のノウハウとかが、丁度CFC設計理論式で相関された核発生・粒径・成長・生産・結晶懸濁密度を線図化した設計線図の様にモヤモヤと纏まって来つつ有るような気がして居ります。でも私の設計線図は未だかなりfuzzyで有るように感じます。

2)さてHPでやり取りするには何かSubjectが必要です。従って私に聴かれた場合に少しでも意見を言える事は何なのかを考えて見ました。そしてそれが皆さんにも役立つ事で有れば良いと考えました。
 最近では結構多くの人が外国企業と仕事のお付合いをしたり、もっと身近に私の様に外国企業の社員に成った人も居ると思います。今の会社では多くの上役がフランス人で有り世界会議に参加すると各国の代表や中央で纏め役をやって居るフランス人との交流のやり方にknow-howが有ります。その時に重要な事は、違う国(特に今の会社では親会社のフランス)文化や企業文化の理解がとても重要なのです。そして重要な割には誰も教えて呉れないし自分の試行錯誤で失敗しながら体得して行かなければ成らないのですが、それが文化と言うものなのでしょう。
身に付けるには大変だが、判るととても役立つのが、(異国の)企業文化だと考えます。

 −従ってフランス文化や、親会社Air Liquideの企業文化については私の体験から、相談を受ければそれなりにお話出来ると思います。
 −今判った企業文化を私が転職した18年前に身に付けて居たら、モット上手く立ち振る舞えて、仕事もモット上手く進められたと確信して居りますから。

3)今日本企業に問われて居るのは、強靭な企業文化を如何様に創るかです! 製品でもサービスでもそれを作るのは人間であり企業文化だと思います。強い会社は強い製品とそれを育てた強い会社文化が有るのです。そして個人である皆さんには自分の人生の軸を複数で持って、夫々の軸を出来るだけ逞しく鍛えて置く事をお薦めします。
第一軸:自分の専門(技術)分野(大学で学んだ晶析、会社で学んだ専門・技術分野、他)
第二軸:自分や会社の関係するビジネス分野(今取組んで居る課題を高度に処理する為のKnowledgeや新規開発のやり方、同業との付合いやネットワークの構築、他)
第三軸:良い企業文化の創生、異文化企業と上手く付合う方法、企業哲学、人生哲学

4)私は今のフランス企業の社員で居る残りの半年間に、フランス企業やAir Liquide企業文化の特質について纏めて見ようと思って居ます。例えば日産自動車で起こった、外資が入って外人社長に変わる事が、旧日本企業文化の何を変えたのか?をヒントに純日本企業がこれからのGlobal businessの中でどうSurvivalして行けば良いのかを考えるヒントに出来ればと思って居るからです。

⇒ フランス企業文化、外資企業文化、貴(日本)企業文化に付いてのお考えや情報を持って居られる方、是非折り返しでメールにてお教え・ご連絡頂きたくどうか宜しくお願い致します。 必要なら御社へ伺ってじっくりお聴きしたく思って居ります。

Mail address:会社:Hiroyuki.Tsuruoka@japanairgases.co.jp
自宅:h-tsuru@dp.u-netsurf.ne.jp





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