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2004 Cム1,0:工学理論の工業操作への適用―1         豊倉 賢


  卒業生から来たメールの中に、日常業務に追われているが、時には大学時代を振り返り、アカデミックに考えて現場の問題解決を行いたいと云うのが多かった。私、企業現場の技術的問題を企業の人々と討議した時、まずその問題点を伺い、次にそれと関連ある工学理論に基づいて意見を述べた。この方法自体はいろいろのものに適用できるが、そこで考える具体的方策は分野やその技術の歴史等のよって異なるので画一的に進めることは出来ない。生産に従事し、担当した仕事に真剣に取り組んで来た技術者はおのずと豊富な経験を身に付け、新に直面する問題に対して自信を持って具体的な解決策を出している。
一方、工学分野の研究者は工学理論を提出することが最も重要な職務であるが、その理論は企業現場の技術開発に貢献してはじめて評価されることが多い。卒業生の中には研究者もいるが、どちらかといえば、企業の技術者として活躍している人が多い。企業の生産技術開発に従事している人は、目先の問題を技術的な工夫で簡単に解決している人が多い。そのような技術を身につけた技術者はそれだけで、やはり優れた技術者として高く評価されている。しかし、そのような技術者が、目先の表層的な工夫で対処しているように見える技術も、最新の理論、あるいはその技術者が見付けだした新理論に裏づけられたものであると、その適用範囲を比較的容易に拡張することができ、またそのような経験を多く持つと、将来全く異なった分野の技術開発でも飛躍的発展に貢献することが出来る。このような経験は海外を含め異なる環境で、出来るだけ若い時代から積むようにすること大切である。
  
  ここで、私が、30歳代前半にアメリカの研究所で行った生産現場に直接適用出来る生産技術の開発研究で経験したことを卒業生の参考になればと思い紹介する。そこでの課題の一つは燐硝安の生産プロセスにおいて生成する硝酸カルシュウム4水塩を母液から容易に濾過分離出来る大きさの結晶に成長させることであった。この課題は現在の晶析理論を理解し、晶析実験を経験したことのある技術者にとっては必ずしも難しいことではないが、当時は産業界の困難な課題の一つであった。
  晶析理論に従うとハイドロキシアパタイトと硝酸との反応によって生成する溶液は使用する硝酸の濃度と量によって、晶析する硝酸カルシュウムの結晶水〈多形が存在する〉と反応生成溶液中の硝酸カルシュウムに対する飽和温度は異なるが、生産コストを安価にする操作条件とそれから生成する結晶を所望粒径に成長させる操作法を決定することがこの時の最初の課題であった。私が、米国の研究室に着いた時そこで担当していた技術者は工業原料の対象になるフロリダ産燐鉱石を用い、所定量の燐鉱石に対して使用される硝酸の濃度・量を決定し、回分操作で何とか濾過分離できる結晶は生成できるようになっていたが、工業プロセスを確立するためには、再現性良くより容易に濾過分離出来る操作法を確立する必要があった。
  晶析理論に従って所望結晶が生成する装置内現象を考えると、装置内での反応によって硝酸カルシュウム4水塩がほぼ飽和になる操作温度を知る事が必要である。次にその溶液内に結晶が懸濁した時結晶核の発生がほとんど無視出来る範囲の操作過飽和度を見つけだし、その時の結晶成長速度を測定して知ることが重要である。この基礎特性値が既知であると、それらと晶析理論を用いることによって晶析装置・操作法は決定できる。
  以上の理論的モデルストーリーを立てて、これらの基礎特性値実験的に決定することを行った。そのための実験として、不純物をほとんど含まない試薬と工業原料の対象となるフロリダ産燐鉱石を使用したテストを考えたが、 まず、最初の確認実験として試薬によるテストを始めた。(研究目的から考えると、試薬によるモデルテストは、たとえ、所望のデータが得られてもその数値を使って工業プロセスを組み立てる事は出来ないので一見無駄のように考えられる。しかし、この系や類似系についての経験がなく、燐鉱石の反応と生成溶液の特性および硝酸カルシュームの晶析特性が、通常の晶析理論で考えられるモデル適用の可能性を確認しておく必要を感じていた。それは、アメリカで所属した研究室内には晶析の経験者がほとんどいなくて、この研究は持て余し気味の課題であったので、周囲の信頼を得るには今迄の担当者の知らない方法で新しい結果を出しておく必要あった。また、泥水のような燐鉱石の分解液中での実験で最初から失敗することは出来なかった。 ・・・後に、イギリスから来た某博士は硝酸カルシュウムの粗大結晶の生成に失敗してこのプロセスの工業化は不可能との結論を出して、半年間の研究で帰国したとの話も聞いて、慎重に進めてよかったと思った。 ) この研究を始めたのは研究所の研究員がクリスマス休暇を取り始めた時で、これらの研究員が、クリスマス休暇から帰って出勤し始める数週間の実験と考えて計画した。試薬を用いた実験では次のテストを行った。
1) 試薬硝酸カルシュウムをイオン交換水に溶解し、ほぼ飽和の溶液を作成し、それを静置徐冷することにより過飽和溶液とした。それを一晩恒温に保った実験室内に置くことによって一辺が1cmくらいの直方体結晶を作成した。
2) 1)で作成した結晶を試薬ハイドロキシアパタイトと硝酸を反応させて調整した恒温溶液に入れ、所定時間その溶液中に置くことによる結晶重量の変化を実測した。それより結晶重量変化の起こらない溶液温度(この溶液の飽和温度)を決め、それより種々の反応条件によって生成した反応液の硝酸カルシュウム4水塩に対する飽和温度を決定した。
3) 2)で決定した飽和温度を基準に決定される過飽和度既知の溶液を用いて1〉で調整した種結晶の成長速度を実測し、種々の操作過飽和度に対応した結晶成長速度を求めた。これより濾過分離が容易に行える粗粒結晶を生成する操作条件を決定した。
以上の試薬テスト結果を参考にフロリダ産燐鉱石と硝酸の反応にて調整した溶液より粗粒硝酸カルシューム4水塩結晶の生成実験を行った。ここで調整した反応生成溶液は不溶性不純物が懸濁し、そのうえ、鐡やシリカなども溶存した褐色の溶液で、その比重や粘度もハイドロキシアパタイトより調整した溶液より遥かに大きく、これら不純物の硝酸カルシューム4水塩結晶の生成に対する影響が心配された。一般に過飽和溶液内に存在する不純物は析出結晶に媒晶作用を示すことがあると云われる。 この系のように、天然物を原料に用いると、生成する反応溶液中には無数の不純物が存在する考えられる。そのような場合、共存物質を想定してその媒晶作用を考えるよりは、試薬系におけるテストとほぼ同様な条件でテストを行い、目的製品を生産するのに抑制しなければならない現象が起った場合にそれを如何に押さえるかを検討する方針で実験を進めた。 この二つの異なるテストにおいて、試薬から調整した反応液のテストでは、過飽和溶液内で発生した結晶核の挙動を観察することが容易で、その核の数変化や成長過程を定量的に実測することも出来たが、燐鉱石からの反応液を用いたテストでは、そのような状況変化を観察することも、直接実測することも出来なかった。しかし、生産プロセスでは生産される製品の評価が最も重要であり、それは、装置から取出されたスラリーとその中の結晶が製品に対する要望を満たしたものであれば、当面生産技術として目的を達成しているものと判断した。そこで、1)で調整した結晶を用いて、2)および3)に示した実験をフロリダ産燐鉱石と硝酸で調整した反応液にて行い、結晶成長速度を実測した。ここで得られた操作過飽和度と結晶成長速度の相関式そのものは係数や定数は試薬によるテスト結果から誘導されたものと異なっていたが、実測された結晶成長速度の絶対値そのものはほぼ同程度であった。その結果、試薬を用いたテストで得られた測定結果から討議された結果の多くは、フロリダ産燐鉱石を原料に用いた工業プロセスに適用出来る可能性があると判断し、試薬テストの結果を参考に工業化のための研究を進めた。

一般に工業プロセスで起こる現象は主要因子に着目して理論的に構築されたモデルプロセスのそれとは一致しないと考えられている。しかし、その差異は何によって起るかを充分検討することによって、モデルプロセスのモデル製品より、工業プロセスの製品を予測出来ることがある。アメリカの研究所での一連の経験は、以降の工業プロセスの検討を効果的に行うのに大いにプラスになっている。世の中は時間の経過とともに変化しており、全く同じことを期待することは出来ないが、過去の経験は、周囲の状況の変化を考慮して調整することによって、これからのことに役立たせることが出来ると思っている。



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