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豊倉賢略歴
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2009 B-5,1:豊倉 賢 「川下から見た豊倉研究室晶析研究の50年(2)
                CFC 連続分級層形晶析装置設計理論の提出ーその1」

1)  はじめに;
  川下における研究成果の議論は、化学企業の技術者と企業内生産プロセスの検討を行った時によく話題になったことで、そこでの話題は、商品価値の高い化学製品の新しい生産技術の開発か、生産コストを大幅に削減できる新しい生産プロセスについてであった。一方、化学系研究者の議論では、川下の話が対象になることは少なく、工業化学分野では、特定機能を有する化学製品の生成や特性に対する化学的討議が多かった。また化学工学分野の研究者との検討では、実験装置内での新製品の生産に関する議論がよく行われたが、市場に供給される企業規模の生産技術に関する討議は比較的少なかった。一般的に化学工学分野の研究者は、生産プロセスの主要部分に着目したモデル装置内の主製品の生産に係わる定量的な議論や検討を行うことは多かったが、市場のニーズに応えるより安定な生産工程の開発や生産コストの軽減に関する技術に関する協議は必ずしも多くなかった。それは結晶製品の生産コストに直接関与する企業の生産現場で採用される工業装置・操作の設計や工業生産プロセスの開発に関する研究を行っている研究者が少ないためと考えている。

  豊倉は、城塚研究室で晶析研究を始めた頃、化学企業で要望される結晶生産に応えられる工業晶析装置の設計に適用出来る理論の提出を目標とした。その時は、運良くこの目標が達成出来ると、化学産業で嘱望される工業製品結晶を最も妥当なコストで安定生産できるような工業晶析装置・操作の設計が可能になり、それを採用することによって市場の要望に応えられる化学産業の川下結晶製品を生産出来るようになると考えて工業晶析装置設計理論を研究した。当時の工業晶析装置は、一部の製品に対して試行錯誤を繰り返した企業技術者の努力によって連続晶析装置は開発されていたが、まだ回分晶析装置も広く用いられ、それらの装置を設計する一般的な晶析装置設計理論は提出されていなかった。当時の化学産業では、無機化学製品を生産する化学工業は活発で、一部の製品は結晶として生産されていたが、その他の製品では結晶生産工程を避けて最終製品を生産できるのであれば、そのような工業プロセスを開発しようとする空気が強く、化学企業で活躍する技術者の話からは、晶析研究を行ってもその将来に疑問を感じている人は少なくないように思えた。

  このような状況下でも、一部の先駆的研究者や技術者は、将来の化学工業における晶析技術の重要性を予想して豊倉の晶析研究に高い関心を示して、産業界の晶析技術の現状や将来の発展に必要と思われた工業晶析について討議する機会も種々の形で協力を受けた。しかし、1960年代においても、工業操作の対象になる晶析装置の操作法や結晶製品特性の評価において一般的なコンセンサスは晶析専門技術者の間でも得られていなかった。そのような状況で大学研究者が提出した晶析装置設計法によって設計した晶析装置にて生産された結晶製品は、それまでに企業技術者が提出した自社技術によって設計した装置にて生産した結晶より安価でしかも所望製品結晶を安定生産出来なくては、大学研究者の提出した工業晶析装置・操作法は、企業技術者に相手にされないと考えて晶析装置設計理論を研究した。

  新しい工業晶析装置設計理論を研究することは、「近未来の化学工業界でコンセンサスが得られる所望結晶製品を生産出来る工業晶析装置を想定し、その装置を設計できる設計理論を提出し、それによって設計された装置にて所望結晶製品を生産できる晶析装置を設計する方法を提出」することだと考えた。そのため1960年代までに発表された文献にて、当時の化学企業で使用されてる晶析装置・操作法を調べ、その調査結果を日本の化学工場において結晶生産に従事していた先輩技術者の話と比較検討して、当時既にほぼ確立され・化学工場の生産工程で稼働していた拡散単位操作と比較して、近未来の化学工場の生産活動において貢献するであろうと推定した晶析装置・操作法を研究対象装置に決めた。ここで対象にした晶析装置内の晶析現象を初期晶析理論に基づいた定量的関係式で表現して提出した無次元因子を用いて、装置に設計に適用できる相関式をオリジナルに提出した。しかし、現実の工業装置内現象は、ここで想定した理想モデル晶析装置で理解出来たが、工業装置内の実際の状況はモデル装置のそれとは可成り異なっており、そのモデル式を検討して研究を重ね、工業装置に適用できるようにアプローチした。

  今回の記事は豊倉の博士論文の中核になった、化学工学29巻9号698(1965)に発表した報文「連続式分級層型晶析装置の塔高算出について」の裏話と関連文献、および本報文のオリジナルな点と工業装置の設計への適用に焦点を絞って紹介する。なお、ここで扱う図表および式は原著論文の番号をそのまま使用しているので、必要に応じて原法を当たっていただくことを前提にして、この記事ではその内容の意味を中心に記述する。通常、報文を読む場合、記述を詳細に検討ものであるが、ここでは、木を見て森を見ずとならないように詳細な記述は簡略にした。そのため、主要な関係式の誘導などの詳細は、原著報文や報文の詳細解説記事;化学工業社発行ケミカルエンジニヤリング(7)、77(1966)” 晶析装置および操作の設計法(?)第3部晶析装置と操作法(?)分級層型晶析装置 “を参照いただきたい。なおこの原著報文および関係式の誘導等を扱った記事の全文コピーは1992年に豊倉が発行の著書「晶析工学の進歩」pp.293~299およびpp.272~283に掲載しているのでそれも参照されたい。なお、上記3文献を引用する場合は。その文献をA (原著報文)、B(化学工業社発行雑誌)、C(豊倉発行著書)の記号で記述するのでその中の入手し易い文献を御覧頂きたい。

2)20世紀前半における連続分級層形晶析装置設計理論
  2・1)20世紀後半の工業晶析装置;
  晶析操作は20世紀前半において既に化学工業における重要な単位操作として先駆的な研究者によって指摘されたが、その現象が複雑で化学工学的研究は少なく、一部の製品を対象にした生産技術は開発されたのに過ぎなかった。第2次世界大戦後、世界経済が復興し、各種産業が活発になった1950年代にようやく化学工業関連雑誌に、当時の化学工業で使用された晶析装置・操作や工業結晶製品の特徴とその生産技術が紹介されるようになった。その多くは目的結晶成分を溶解した槽内の溶液を濃縮あるいは冷却し、過飽和状態にすることによって目的結晶を析出させ、その結晶を溶液から分離して製品とすることが基本操作であった。この操作の中心となる極めて重要な晶析現象は結晶核発生と結晶成長であり、それらの速度、すなわち、結晶核発生速度と結晶成長速度は所望粒径の製品結晶に成長する操作条件を決める重要な数値である。これらの速度に関与する推進力は晶析現象が進行する溶液中に過剰に溶存している溶質濃度、即ち過飽和度であり、これらの異なる3数値は工業晶析装置の形式、操作条件等の影響を受けて変化するので、それらの関係をよく把握して計算できるようにすることが大切である。それが出来るようになって、初めて設計した装置で生産される製品結晶量と結晶粒径を推算することが出来る。それを逆に辿ることによって、所望の製品結晶を生産出来る工業晶析装置も設計出来ることになる。まず、これらの3因子が晶析装置で生産する製品結晶に関与する概要を紹介する。

  晶析装置内溶液で生成する結晶核発生速度は、溶液中に溶存する溶質濃度がその操作温度における溶液飽和濃度以上の部分を示す過飽和濃度の大きさによって非常に大きく異なる。それはさらに装置内溶液の流動状態や溶液中に共存する不純物の影響を受けるので、その結晶核数の制御は非常に難しく、20世紀前半においては殆ど不可能と考えられていた。しかし、20世紀後半の研究では、装置内の操作条件を適切に選定することによって、結晶核発生速度を操作条件の変化に対して適度の速さで変化させることが可能になってきている。このように結晶核の発生速度が適度に変化する操作条件は、晶析操作の対象になる系や装置形式および操作法によって異なっており、それを見つけ出すことは、良質結晶製品を生産するために極めて重要であった。現状においてもそれを的確に見つけ出す一般的な方法は確立されていない。しかし、最近では、急激な核発生速度変化の緩和化に成功した操作法が種々の系で報告されるようになった。それらを参照することによって開発対象系の操作法を改善し、比較的容易に所望の結晶製品を生産できる晶析装置・操作法を開発することが可能になっている。

  晶析操作で生産される製品結晶量は、晶析装置に供給される溶液過飽和度の装置内での低下量によって決まる。その意味で、晶析操作で処理される溶液量を少なくして結晶生産量を多くすることは、晶析装置当たりの結晶生産量を大にする可能性を示すことがあり、生産コストの軽減に寄与する。そのために晶析操作開始前の溶液過飽和度を大きくすることは有効である。しかし、操作過飽和度を大きくすると操作時の溶液内結晶核発生速度が過多になる危険が高くなることがあり、良質な結晶を生産することが困難になることもある。そのため、晶析装置容積当たりの結晶生産量を増大させるために実質操作過飽和度は大きくすることは工業晶析操作で有効であるが、装置内結晶核発生速度を過多にする操作過飽和度は避けなければならず、その両者が両立するような装置形式・操作法を考案することが大切である。このような工夫をすることは晶析操作の開発を難しくすることで、現実の課題に余りなって来ない問題であるが、特に操作過飽和濃度を大きく取れないような難溶性物質の反応晶析操作では結晶多形転移を利用した隠れた大過飽和度利用操作法が開発されることもある。

  20世紀前半の初期工業晶析操作における重要な研究課題は、晶析操作で生産される結晶が懸濁するスラリー溶液から容易に分離できる大きさの結晶を生産することであった。その問題解決には、晶析装置内の結晶核発生速度を結晶の生産量に均衡した個数だけ発生させることと、装置内で成長する結晶が容易に分離出来る大きさに成長するまで装置内に滞留させる両面を同時に解決する装置形式・操作法を設計することである。ここで、実際に製品結晶が母液から容易に分離できる大きさは、母液の粘度やその液中に共存する微粒不純物によっても異なるので、その粒径を一概に決めることは出来ないが、その分離法等を決めると製品結晶の粒径分布等を考慮して分離可能な代表粒径を決定することは出来る。ここでは話を簡単にするため、晶析装置内の結晶成長速度はΔL法則に従い、また晶析装置から取り出される結晶粒径は均一粒径である場合を対象にすると、実験室の予備テストで所望品質の結晶が生成する時の結晶粒径成長速度を決定し、この成長速度で所望結晶粒径を割ることによって結晶の晶析装置滞留時間は決定できる。この滞留時間は所望結晶を生産できる晶析装置を設計するための重要な要件の一つである。装置内の結晶懸濁状態が均一でまたΔL法則が適用できると、装置内懸濁結晶の滞留時間は結晶粒径基準の滞留時間の1/4になるので、晶析装置容積は製品結晶粒径と結晶成長速度から容易に決定できる。

  ここに纏めた工業晶析装置設計に重要な3種の数値を組み合わせて考えた次の算出法によって、全形式の理想連続晶析装置定常操作時の必要装置容積は次のように決定出来る。そこでは、対象とする晶析プロセスで生産する結晶粒径および生産量は当初に設定されるとする。また、この晶析操作では、装置内で発生した結晶核は設定された製品結晶に成長するまで装置内に懸濁し、その粒径になったもののみ装置内より取り出されるとすると、結晶核が発生してから製品結晶に成長するまでに滞留する時間 RTC (Retention Time of Crystal)は、製品結晶粒径を結晶の粒径成長速度で割ることによって容易に算出できる。またこの操作が定常状態になると、単位装置内に懸濁する結晶量ASC/UVE(Amount of Suspended Crystal/Unit Volume of Equipment)は(単位時間、単位装置容積当たりに発生する平均結晶核発生数)・( 結晶形状係数・ 結晶密度・装置内懸濁結晶粒径の3剰について、粒径0より製品結晶粒径の範囲で積分した値 )にて算出できる。ここで、対象にしている理想モデル連続晶析操作では、装置に供給される溶液中に結晶核は発生してない所定過飽和度の溶液を供給し、装置内ではどの場所でも結晶懸濁スラリーの状態および溶液の過飽和度は均一で、装置から排出される溶液は全ての過飽和度は脱過飽和された飽和状態となっており、また晶析装置から排出される製品結晶は所望粒径に成長した均一粒径結晶のみ取り出されるとする。この時の装置内結晶の懸濁密度を安定操作が可能な範囲の最大値MSD(Maximum Suspension Density)で表すと、単位装置容積当たり、単位時間内に生産出来る結晶量は  (ASC/UVC)・WSDとなる。従って、均一所望粒径 DHSC(Desired Homogeneous Size of Crystal)の結晶を上記仮定の理想モデル晶析装置では単位体積当たりに生産できる結晶量は4・(ASC/UVC)・WSD/RTCとなり、その結晶を所望量生産RAPC(Required Amount of Product Crystal)するために必要な装置容積RVC(Required Volume of Crystallizer)は(RAPC・RTC)/(4・(ASC/UVC)・WSD)となる。

    ここに記述した所望粒径結晶を所定量生産するに必要な晶析装置容積の推算法は、この推算に使用した工業晶析装置内で起こる結晶核の発生、結晶成長その他全ての現象や操作が解明されていて、期待通り都合良く制御されている理想モデル連続晶析装置を対象に提出したものです。しかも、装置容積当たりの結晶生産速度は規定された個々の数値の最大値を用いて推算した装置容積当たりの生産速度最大の連続モデル装置です。しかし、現実にこのような装置を設計して稼働した場合は装置の建設費や稼働のためのユーテイリテイーコストを含む運転費は非常に高価になることは想像される。その意味では非現実的と考えるべきです。しかし、この設定理想モデルを、現実味のある修正理想モデル値にすることによって、実現性の高い装置が考えられる。20世紀前半にヨーロッパで開発されたモデル装置の代表例として、Crystal-Oslo型装置が考えられる。

  2・2) 欧米におけるCrystal-Oslo型晶析装置の設計モデル;
  Crystal-0slo型晶析装置は、製品粒径の揃った粗粒結晶を生産するためにヨーロッパで20世紀前半に開発された装置で、装置底部に準安定域の所定過飽和度に調整された溶液を供給し、装置内を底部より上方に向かって上昇して装置内の結晶を懸濁させる。その時、結晶は上方向に流れる溶液の過飽和度によって成長するが、この成長した結晶はその粒径によって決まる沈降速度で降下して、装置内を上昇する溶液流速と釣り合ったところで流動層を形成して装置内の所定の場所に懸濁するようになる。この操作を続けると懸濁した結晶は、成長するにつれて装置内を徐々に降下し、底部に到達したところで粗粒結晶は製品として取り出される。一方、装置上部に到達した溶液は晶析装置本体より排出し、その上方に設置された蒸発室で濃縮され、所定の過飽和濃度になったところで再び装置底部に送付され、装置内を循環するようになっている。一方、この装置で製品になる結晶は、装置上部の溶液に供給された種結晶が装置本体内の過飽和溶液中で成長したもので、この操作中は新たな結晶核の発生も種結晶の消滅もない。

  一方、このCrystal-Oslo晶析装置設計理論はMiller & Saeman によってC.E.P., 43,667(1947)に発表された。この理論では装置底部に供給された過飽和溶液は装置内の結晶懸濁層を通過し、装置上部に到達した時には過飽和度は解消して飽和溶液になっており、この装置の結晶生産量は装置底部に毎時供給される溶液量と過飽和度の積で表され、また、粒径1?近傍の結晶は装置内溶液中の沈降速度テストより近似的に求めた (沈降速度) =(定数A)+(定数B)(粒径の1/2剰) の式を用いて装置内結晶層高の検討を行ったが、必ずしも満足した結果は得られてないようであった。

  豊倉は、一般的には,Crystal-Oslo装置本体上部に到達した溶液の残留過飽和度は無視出来ないと考えて残留過飽和度を考慮し、さらに諏訪らが円筒パイプ中に入れられた食塩結晶粒子群底部に飽和食塩水を供給して作成した上昇流にて形成した液体流動層実験より提出した関係式を適用して、オリジナルに連続式分級層型晶析装置の塔高算出法を提出した(文献A参照)。 その詳細は次号tc-pmt に掲載の予定です。

3)むすび;
  化学産業の発展を考えた時、利用価値の高い新しい化学製品が開発されると、その製品に関心のある化学工学分野の研究者や技術者は誰でもその製品を生産できる装置、操作法を設計して生産できることは、人類社会にとって有益なことである。第2次世界大戦が終結して60年余を経過し、新化学製品の開発技術は発展し、有益な新製品として開発された結晶製品の生産技術の開発がより簡便になればと願っている。これからの生産技術の開発を志す技術者の参考になればと思い執筆を続ける積もりです。

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