Home | ホームページ設立の趣旨 | 掲載予定の記事について
豊倉賢略歴
| apppendix | 新規掲載記事

2008 B-8,1:豊倉 賢 「晶析工学100年の進歩 3
                ・・・・20世紀前半における晶析工学・技術ー1,2」
            基礎研究(過溶解度・1次核発生・結晶成長)と晶析操作

1)はじめに:
  2008年5月のHPに掲載した2008B−5,1に「晶析工学100年の進歩」について、豊倉の考えを記述した。「学問の進歩発展」に対して、高度な教育を受けた人は皆それぞれ自分の考えを持っていて、その考えに基づいて日常の活動をするものです。それについての自分の考えを文章に纏めてみると、その学問の将来に対する自分の考えが改めて分かるような気がする。その時対象にするものを自分の専門分野に限定すると、自分の考えているレベルがどの程度であるかもおぼろげに見えてくる。そこで、同じ分野で活躍している他の研究者や技術者の考えを思い浮かべてみて、自分の考えと比較検討すると自分の考えを深めることが出来、将来に対する展望をさらに広め・深めることができる。

  豊倉は08年5・6月のHPに、豊倉が晶析研究を始めた50年前、晶析工学分野の重要な基礎概念で、化学系研究者や技術者の間に広く知られていたMiersの理論に対する一般的な理解と豊倉がそれをどう考えているかを記述した。また、当時化学工学分野で既に研究実績のあった拡散単位操作の概念を適用して晶析操作を理解しようとしていた研究者や技術者の考えの一部も紹介した。それに対する意見や評価は読んだ人によってそれぞれ色々あろうと思うが、それから50年経った現在の研究者や技術者の意見と比較してみることは、これから新しい分野の研究を始めようとする研究者や技術者にとって参考になることと思う。

  今回の記事を始めたのは、今年3月塩工業会傘下の製塩企業所属の若手技術者対象に開催された「最近の晶析工学進歩とその晶析技術開発への適用」の勉強会講演内容を纏めておこうと考えたからです。その意味で、この記事は08B-6,1 の記事に続いて、20世紀前半の晶析工学・技術を紹介するが、それらを含めて当時の晶析工学・技術に対する評価およびコメントを今月掲載する記事の「結び」に併せて記述する。なお、今月記事を読む場合、もし、5月・6月の記事を読む時間のなかった人は、可能な限りそれらの記事も本号の記事を読む前に御覧いただきたい。

2)過溶解度と工業晶析装置内の操作過飽和度について:
  豊倉が博士論文を纏め、その成果としてオリジナルに構築した晶析装置設計理論を提出して企業技術者と企業プラントの討議をするようになった。その頃、化学企業の 結晶製品生産担当の企業技術者から「工業晶析装置より取り出される結晶懸濁液中の生産結晶を母液から容易に濾過分離出来るような結晶が生産できると工場は助かるのだが?」と云う話をよく聞いたことがあった。そのように濾過分離の容易な結晶を生産するには、濾過分離の容易な結晶とはどのような結晶を云うのか?具体的に「・・・」と云う結晶と適切に表現出来ることが有効と考え、議論したことがあった。その頃話では一般的に厚みのある、大きさの揃った大きい結晶が良いと云われた。しかし、実際に濾過分離をするとなると、スラリー溶液の粘度によっても分離特性は大幅に異なっており、特に粒径の小さい不溶性不純物が多くなると濾過分離が困難に成ることが多かった。そのような場合は製品結晶の粒径を出来る限り大きくしたいという話が多かった。その時、良く話題になる対策はMiersの準安定域で操作すると云うことであった。

  ある時、Miersの準安定域で操作しようと思って、論文にある過溶解度曲線を工場の実溶液を用いて測定する実験を行っているが、結晶核の発生のない過溶解度曲線を実測するのが難しいという相談を受けたことがあった。その時討論の対象になったことは、操作過飽和度を小さくすると結晶核の発生を小さくすることは出来ても、小さい過飽和溶液内では結晶の成長速度は小さくなって、結晶を大きくならずどのようにしたら良いかということであった。当時の企業技術者の中には過溶解度は溶解度のように平衡値と同じように考えていて、実験を繰り返すとそのうちに溶解度のように決定できるように考えていた。当時は今のように2次核発生現象に対する研究報告もなかった時代であったので、過飽和溶液の中に存在する結晶は成長するが、結晶核の発生のない安定域はあるかないか分からないという話をした。その一方で、後に記述するTing & McCabeのか溶解度についての論文を紹介し、Miersの過溶解度曲線に関する報告に対してはより柔軟に考えることを進めた。

  Miers の過溶解度曲線の評価に対しては20世紀に後半の2次核化現象に対する研究が進み、その核化現象が起こらない範囲の工業操作において扱う場合はその信憑性は高くなっていると思っている。しかし、後に議論する一次核化現象の待ち時間の影響は過溶解度曲線にあるので、それに対する注意を疎かにすることは出来ない。

  一方、Ting & McCabeはInd. Eng. Chem. 26, 1201, (1934) は工業晶析操作に適用される操作条件の過溶解度に対する影響を研究し発表した。この研究では、装置内溶液に撹拌を与えたり、添加種結晶の粒径や量を変えた時の影響、および過飽和溶液を種々の異なる速度で冷却した時の影響などを調べた。この実験では、ゆっくり徐冷して操作したので過溶解度は殆ど大きくなることなく推移し、発生する結晶核数も初めはごく僅かで、注意深く観察するとやっとその発生を確認できる程度だった。この時の過溶解度は第一過溶解度と名付け、それより小さい過飽和溶液では結晶核は発生しないと考えられた。その後も徐々に冷却を続けると過飽和溶液内の微小結晶数は徐々に増加したがその発生数の増加は僅かであった。しかし、この操作を暫く継続するとある段階で急に微結晶の発生が激しくなり、この時の過溶解度を第二過溶解度と名付け、この二つの過溶解度の間に数度の温度過飽和度の差があった。同様な研究報告は東京工業大学の藤田・谷本先生らも1960年の化学工学協会年会で発表している。早稲田大学の豊倉研究室でも一連の晶析実験を通して経験した過飽和溶液内の核発生現象に対する操作条件の影響は大きく、その傾向は定性的にはほぼ同程度であった。しかし、その操作条件の結晶核発生速度に対する定量的な関係は複雑で、準安定域過飽和状態を理解するためには結晶核発生およびその発生速度の研究を行うことが必要である。

3)結晶核:
  晶析操作では、過飽和溶液の中に存在する結晶核が成長して、所望粒径になった時その結晶を製品として取り出される。しかし、この操作では結晶核が過飽和溶液の中に存在することが必要で、しかも所望製品結晶量の生産に見合った結晶核数を装置に供給することも必要です。この晶析装置内の過飽和溶液中に製品結晶と同じ特性を持った微小結晶を多数存在させ、それらをこの過飽和溶液中で、成長させる時、この溶液中で成長する結晶中の最小結晶を結晶核と考え、それを結晶核の定義として学問的に明確にすることは結晶核を研究をする上で重要です。そこで、粒径が0よりある大きさまでの間に分散している微小結晶が同一濃度の過飽和溶液中に存在する場合を考え、その微小結晶は過飽和溶液中で相変換して、微結晶になった時の自由エネルギー変化を熱力学的に表示して、それより結晶核生成のエネルギーを数学的に表示する研究が20世紀前半に行われた。LaMer,V.K.はその定量的な関係等をInd. Eng.Chem.44, 1270 (1952)に総括的に纏めている。以下にその概要を紹介する。ここでは厳密に扱い易くするために、過熱水蒸気相中に半径rの水滴が生成した時のその系全体の生成エネルギーG変化量を数式で表すと式( 1 )となる。

     G = σ( 水滴の表面積 ) + ( pw ー pv )( 結晶体積 )    ( 1 )

  ここで、蒸気相中に生成した水滴の体積をV、またその水滴のケミカルポテンシャルをpw, また、この水滴の生成によって減少した水蒸気相の体積は生成水滴相体積と等しく、またその水蒸気相のケミカルポテンシャルをpvで表している。また水蒸気相と生成水滴相の界面エネルギーはσで表わされるとする。そこで、話を簡単にするために水滴形状を球近似出来ると仮定し、その半径をrで表示すると 式( 1 ) は 式 ( 2 ) となる。

      G = 4πσr2 + 4πr3( pw ー pv )/3       ( 2 )

  ここで、もし結晶が球形近似可能で、結晶が過飽和水溶液中から生成したときの結晶体積は結晶生成のために減少した過飽和水溶液体積と等しいと考えると、ここに示された式( 2 )はそのまま、過飽和水溶液からの結晶生成現象に適用することが出来る。そこで、式( 2 )の右辺に着目するとpw ? pvは一般的には負であるので、半径rの増大に対するGの変化はrの小さい範囲では増大するが、rがある数値を超えて大きくなると減少すうようになる。ここで、熱力学の第2法則を適応すると、自然界の現象が進む方向は自由エネルギーの減少する方向である。従って過飽和溶液の中に存在する粒径の異なる微結晶は、小さい結晶は粒径を減少する時Gが負になり結晶は消滅する方向に進むが、粒径の大きな微結晶は逆に粒径を増大する方向、即ち成長することを示している。ここで過飽和溶液中に存在する微結晶に着目して、その粒径が成長する微結晶のうち最小粒径結晶を前述の定義のように結晶核とすると、その時の結晶粒径は式( 2 )のGを粒径rで微分して dG/dr=0とした時のrになるので、それを求めて臨界粒径rcとして表示すると、それが結晶核の半径であり、式( 3 )となる。

            rc = 2σ/ ( ps ー pc )       ( 3 )

  ここで、ps , pc は熱力学の関係式より過飽和溶液および飽和溶液の蒸気圧に置き換えたもので、それよりさらに過飽和溶液の無次元過飽和度αに置き換えることによって結晶核粒径rcの関係式は式( 4 )となる。ここでV*,R,Tはそれぞれ、分子容、気体常数、絶対温度である。

            rc = 2σV* / RT  lnα      ( 4 )

  これより、過飽和溶液内で結晶核となる臨界粒径rcは式( 4 )に示される無次元過飽和度αによって表される。

  ここで、式( 4 )の意味を考えてみると、過飽和溶液中に極微小な結晶が存在した時、その結晶粒径がこの式で示されるrcより大きい場合はその過飽和溶液の中で成長して粒径は増大するが、逆にrcより小さい時には粒径は減少の方向に進み、消滅することを示している。しかし、この式では、その微結晶はどのような現象を通して生成したかは示しておらず、このような結晶核付近の結晶粒径はどのような速さで変化をして行くかは明らかにされていない。そのような動的な現象に対する研究も20世紀前半に始められており、Turnbullらは、一連の研究成果をJ.Phys.Chem.等に発表している。( J.Chem. Phys.,17, 71(1947), ibid. 18, 768 (1950), ibid. 20,411,(1950), Ind. Eng. Chem. 44. 1292 (1952), J.Phys. Chem.68, No.4,609, (1962) ) これらの結晶核発生に関する研究は過飽和溶液内の三次元的な核発生に対するものが中心であって、重要な基礎現象であるが、それは直接工業晶析操作の核発生現象の解明になっていない。しかし、20世紀後半活発に研究された2次核発生に関する研究は、これらの一連の研究成果を踏まえて、工業装置内現象を研究することによって発展したものである。

  これらの関係式から、均一系過飽和溶液から結晶核が発生するのに必要なエネルギーの推算式も提出され、それより、結晶核発生速度の推算式もTurnbullらによって研究されている。しかし、これらの関係式は研究者が想定したモデルに対して提出されており、結晶核発生速度の推算を試みるという点で、当該分野の学問発展に大いに貢献している。しかし、工業晶析装置設計にそのまま適用できる工業晶析装置内の核発生速度の推算にはなかなか結び付いていないのが実情である。

  また、式( 1 ) ~ ( 4 )に示した、3次元均一系核化現象に対する熱力学的関係式は、過飽和溶液内に存在する固体不純物表面上に発生する不均一核発生現象に適用して、固体表面上への結晶析出現象検討の糸口ともなっており、晶析装置壁面上でのスケール生成の研究や工業装置配管内の閉塞問題の検討に適用されている。

  結晶核の発生は、前述の第一過溶解度近傍の過飽和溶液内の核発生実験で経験されることですが、結晶核の発生が期待される操作条件にした時直ちに発生することもあるが、通常の工業操作では、結晶核が発生する操作条件にしても結晶核は発生しないことがしばしばある。その場合、その過飽和溶液に刺激を与えたり、時にはその過飽和状態に長時間保持することによって、初めて結晶が発生することがある。そのような結晶が発生するまでの時間は「誘導時間」とか「待ち時間」と云われ、それに関する研究も20世紀前半に行われている。これらの一連研究から、結晶核発生速度の測定法の研究も行われていたが、次の発展に繋がる成果が提出されるには、未だ可成りの時間が掛かりそうである。しかし、これらの一連の研究成果の中には結晶化特有な現象が報告されているので、これらの研究を行う段階で参考になる実験事実を調査する必要がある。

  一方、待ち時間は工業操作の無駄時間になることもあるが、それを短縮する操作法を開発することによって今までにない新しい結晶生産技術の開発も期待されている。これまでに明らかになっている研究成果から工業装置内の装置形式や系に特有な生産技術開発の定性的な根拠になっていることも多く、この種の研究に着目している人もいる。

4)結晶成長および結晶成長速度について:
  結晶成長現象は生成する結晶の形状、強度、純度、その他製品結晶特性の形成に大きく関与をしている。それに対して、結晶成長速度は、結晶成長現象同様製品結晶の特性形成に重要な寄与をすることもしばしばあるが、どちらかと言えば、所望粒径の結晶を生産するために晶析装置内に滞留させなければならない結晶の滞留時間や所望粒径の結晶を所定量生産するのに適切な装置の決定とその詳細設計を行う極めて重要な分野です、この二つの用語は結晶成長という文字からはどちらも似たような研究に関与するように見えるが、前者は可逆的な現象を主な対象にしているのに対して、後者は、時間因子を考えた不可逆的な現象を定量的に扱う分野で異なった二つの捉え方をすることによってそれぞれの分担ははっきりしてきます。

  結晶成長現象は、20世紀前半における主要な晶析研究で、主にケミストに中心に研究された。それに対して結晶成長速度に関する研究はどちらかと言えばケミカルエンジニヤー中心に研究される分野であったが、20世紀前半では未だ化学工学的な研究として緒についた段階であったが、そこで得られる情報は非常に異なったものです。グローバルに発展している現代社会では、その両者のバランスの取れた学問の上に技術を発展させないと学問・技術の真の発展(現在のように生い立ちも日常生活・文化の異なった非常に多くの人々が共に生きていく地球規模の国連国家の永続的発展)は望めない。特に、未来志向的な産業立国、それを支える科学技術、その一つである晶析工学・晶析技術等の発展はそのミクロ的な検討とマクロ的な検討の両者が必要で、その両者の差異は大きいが、そのどちらも軽視することは出来ないことです。ここでは、20世紀前半において行われたこれらの研究に焦点を絞って記述する。

  結晶成長現象は結晶を構成する分子等が過飽和溶液中を拡散し、それが、結晶核あるいはそれより大きい結晶の表面に到達すると、次にその表面上を移動してエネルギー的に安定な所に着き、そこに固定されて結晶成長となる。結晶の形状については既に19世紀に研究されており、その結晶を構成する物質の配列がエネルギー的に最も安定な形状なるように配列する。その形は一口に晶癖と云われ、操作温度、溶液構成する溶媒や不純物、その他操作過飽和度等の影響を受けて決まる。不純物の影響には、不純物が溶媒に溶けて物性値を変化させ、拡散現象に影響を与える場合と、結晶系特有の晶癖に従って成長している結晶の特定面に吸着し、その系特有の成長を妨害するように作用するものがある。このように対象とする系特有の晶癖を変える不純物は、また時には結晶核の発生等にも影響して、結晶の形状や特性を大幅に変えるような作用をすることがある。産業界では時としてその特性変化を利用して、特性の異なった結晶を生産することがあり、そのために特定の不純物を添加することもしばしばある。このような目的で添加される不純物は通常媒晶剤と云われ、20世紀前半において化学者や化学系の技術者によって広く研究され、当時の工業晶析操作で生産される製品結晶特性を希望の特性に近づける方法として適用された。また、新しい媒晶剤の開発やその適用法の研究は活発に行われ、媒晶剤の作用機構はある程度は明らかになった。試行錯誤法で行われた新しい媒晶剤の開発研究は20世紀後半にtailor made habit modifierの研究が進み、それを利用した新しい結晶生産プロセスの開発も行われるようになっている。

  成長を続ける結晶表面に見られるステップの移動や結晶表面に接している溶液の過飽和度分布および結晶周辺の溶液濃度については、Bunn,C.W. &Emmett,H.がDisc. Faraday Soc., 5,119, 132 (1949) に発表している。その詳細は豊倉が1992年に出版した「晶析工学の進歩」pp. 101~105に紹介している。それを見ると結晶表面に拡散してきた溶質分子が結晶表面上を2次元的に移動して結晶表面のエネルギー的に安定なステップやキンク到達して固定化され、成長していく様子を良く理解出来る。また、結晶成長は単に操作過飽和度によってのみ成長するのではなく、結晶表面に到達した析出分子等が固定されやすいエネルギー的に安定な個所が高い密度で存在することが必要であることも理解できる。しかし、このエネルギー的に安定な個所は析出分子等の配列によって埋め尽くされると、その状況によっては、エネルギー的に安定で結晶表面を移動してきた析出分子等が固定されやすい個所が次第に減少することが想像できる。そのような場合は成長結晶表面のステップやキンクが減少して、結晶表面に接している溶液過飽和度が高くなっても結晶はほとんど成長しなくなる。このような場合、その表面上に2次元的な結晶核発生が起こり、その表面に新しいステップやキンクが生成する。そこで、再び結晶成長が始まり、結晶表面に接している溶液の過飽和度は低下を始める。このように考えると、結晶成長速度は短期的に変動しても個々の結晶単位の成長を捉えると、平均化されてあたかも一定な速度で安定成長しているように見えるようになると考えている。このような現象を裏づける実験結果は、20世紀後半に種々の系のデータで見られている。工業晶析装置内現象は、複数の現象が同時に起こり、複雑と思われるデータは沢山あるが、それらは重なり合と同時に支配的に関与する因子も変動を繰り返すことが多く、それらを整理しながら纏めて整理すると、比較的簡単な関係式に整理出来ることもあるのでないかと思っている。

  20世紀の前半においては、結晶成長速度の実測に関する研究は極僅かであった。それは、化学工学分野で晶析研究を行った研究者が少なかったためと思えるが、それと同時に工業晶析装置・操作の設計法もほとんど研究されていなかったため、結晶成長速度を実測してもそれを工業晶析装置、操作の開発にどのように使用するかも定かでなかったためである。1962年に化学工学協会会誌「化学工学」に晶析レビューの掲載が企画され、豊倉は「結晶成長」の執筆を分担した。その中に,1951年にHixson,A.W.ら(Ind. Eng. Chem.,34, 2144(1951))やMcCabe, W.L.ら(Chem.Eng.Prog.,47, No.4. 168(1951))の研究成果の紹介をしたが、これらの論文発表はその後の結晶成長速度の研究成果発表に寄与している。また、初歩的な晶析工学の書籍には、装置内に懸濁している結晶の成長速度に対するΔL法則が扱われている。その内容は「同一晶析装置内に懸濁している結晶の個々の結晶面成長速度はその同一溶液に懸濁している別の結晶の対応する面の成長速度と結晶粒径に関係なく一定」である。この内容信憑性については、比較的多くの研究者・技術者は疑義を感じていたが、同一晶析装置内に懸濁している結晶成長速度の検討には比較的多く引用されている。豊倉も当初は可成り疑義を持っていたが、その後種々の検討を行って可成り適用できる場合のあることを確認している。
*(その詳細は本シリーズ;20世紀後半の晶析工学・技術に掲載する予定です参照)

5)結び(20世紀前半の晶析プロセスを含めて)
  欧米先進国の化学産業は前世紀において既に高いレベルに発展していたようで、既に初期的な晶析装置は稼働していたようです。しかし、充分な調査を行っているわけではないが、確かなことは記述できないが、前世紀末には撹拌翼を備えた晶析装置はドイツで開発されていたようであった。一方、日本国内初期の晶析装置・操作は溶媒の蒸発や高温に保持された高濃度溶液の冷却によって、溶液中に溶存していた溶質を析出し、製品にしていたようで、晶析操作は熱交換器の能力で決まる結晶の生産量を中心に操作を決めていたようであった。そのように考えると、企業によっては自社技術の開発によって高度は生産技術を持って効率良く、良質の結晶を生産していた企業もあったことと想像しているが。今から40年位前の日本の化学企業を訪問した時聞いた工業晶析装置・操作の話では各回分操作毎に装置壁面上に析出した結晶を砕いて取り出すのが晶析缶担当者の仕事だった。また、25年くらい前でも植物からメタノール抽出した成分をドラム缶に保存し、それを1週間掛けて静置自然冷却して晶析させ、それを遠心分離して生産していた工場もあった。このような生産技術にもそれなりの経験から修得したknow-howはあったようであるが、これが20世紀前半の日本の晶析生産技術であったと考えると、本稿で記述した1) ~ 4 )で紹介した晶析基礎理論・工学とは非常に大きな差異を感じた。日本で研究された晶析工学は、1960年代以降急速に進歩して、世界の最新晶析技術と肩を並べられるようになり、討議出来るようになっていることを思うと、今年の秋から記述する20世紀後半の晶析工学の進歩とこれまで記述してきた20世紀前半の晶析工学との関連をよく考えてみたいと思う。

top

Home | ホームページ設立の趣旨 | 掲載予定の記事について
豊倉賢略歴
| apppendix | 新規掲載記事