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豊倉賢略歴
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2008 B-6,1:豊倉 賢 「晶析工学100年の進歩 2
                ・・・・20世紀前半における晶析工学・技術ー1,1」

1)はじめに
  今年5月掲載の本ホームページ 2008B-5.1「晶析工学100年の進歩1」 では、20世紀に進歩著しかった晶析技術とその発展を支えた晶析工学の概要を記述した。本稿ではそれを受けて、前号に掲載された晶析操作及び晶析工学とその発展(5月ホームページの「項目1および2」)を支えた「晶析理論とその内容」がどのようなもので、さらに晶析理論、技術の継続的な発展にどのように貢献したかを豊倉が晶析研究を始める前の20世紀前半の状況を対象に記述する。その内容は、豊倉が晶析研究を始めた当時を思い出して全く勉強したことのない新しい分野の研究を始めた時、その分野の学習で行ったことを纏めたものです。それは、研究室の卒業生が卒業後に所属する部署の部下が担当する研究開発で、本人が経験したことのない新しい分野の生産技術開発に取り組む時参考になればと期待している。

1・1) 拙速だが時には短日時に成果を出す重要な技術開発
  企業の開発研究においては、既に高度なレベルに発展した技術(学問においても同様に考えている)を短期間にさらにより高いレベルに発展させ、ライバル技術者より少しでも早く成果を出して技術を完成させ必要があると考えている。そこでは、その技術を適用してより安価に良質な製品を安定生産して、世の中に出せるようにすることが大切です。この場合可能な範囲で開発時間を短縮し、開発費を節約することも必要で、その研究開発では既に提出された理論や生産技術を可能な範囲で出来る限り利用することが望ましい。その時、その技術開発の担当者は、開発する目的物質の特性や生産技術に精通している研究者や技術者の意見等をよく聞いて考え、それを十分理解してさらに発展的に適用できると確信のある場合は、その意見に従って開発研究を行うことは有効である。しかし、その開発研究を進める過程で、担当者がライバル研究グループに対して明らかに優位にある十分な根拠を見だせない場合最終的にはこの競争の勝者になることは難しい。また、その理論や考えを提唱した人が担当者本人の上司である場合、その方針に従って開発を進めることが明らかに優位であれば、当面その開発技術を適用して進めることは理解できる。しかし、その内容の主要部分に担当者自身のオリジナルな考えの関与がない場合は、その開発に対する自分の独創的な考えを早く纏め、それを生かした研究を進めることが必要である。多くの開発研究ではこのような経緯で行われることが多いが、その中に担当者の独創的な考えを生かすことは大切である。一般に、開発研究を志す研究者・技術者は抜本的にオリジナルな研究成果を目指して進めるものです。抜本的にオリジナルな研究成果を上げることは容易なことではないが、決して不可能でない。そこでは、自らの能力範囲において進めること大切で、一段ずつ階段を登り詰めれば、その先は見えて来るものです。それについては次に記述する。

1・2)独創性の高い技術開発
  豊倉が海外の著名な研究者や技術者と理論や技術開発の討議を行った時は何時でも、これまでに発表されたことのないオリジナルなアイデイアや方法に基づいて開発された理論や技術でないと話題(評価の対象)にならなかった。その意味では、オリジナルな研究成果を上げることは極めて重要であり、そのような研究成果を出すには、研究を始める前にどのような基礎学習をしておくべきかを考えておくことも重要ある。最近、日本における教育制度は広く話題になり、議論されている。しかし、それは、「過去に体系化された学問を勉強し、それを駆使して出される研究成果が、世の中の発展に寄与するとの考え」に偏り過ぎていると考える。このような考えに従って勉強すれば、いわゆる大学入試レベルの学問の勉強は、通常能力のある人は誰でもその内容は理解出来、既成の理論を使って開発出来る生産技術の開発も可能である。しかし、そのような勉強しかしたことのない人は、誰も研究したことのない技術の開発をすることは困難で、また、全く新しい研究成果を評価することも出来ない。最近日本でも世界に通用するオリジナルな研究成果を出せる人を養成する必要性を唱える人は多くなっているが、そのような人をまじめに育てようとする真の議論はあまり行われていない。オリジナルな研究活動の出来る人は日本国内にも多くおり、最近では、そのような活動をした人達はTV番組でも時々紹介はされるようになっている。しかし、日本の学校教育の多くは、進学のための入学試験の成績をよくするための教育にかたよっていて、オリジナルな研究に取り組むような環境での教育に対する努力はほとんどなされていない。

  豊倉の育った戦後の日本社会は、大人は食べることにきゅうきゅうとしていて、子供は自由奔放に育つことは出来た。そのため子供は現在と比べて自分の考えに従って好きなことをすることが出来た。それは当時の子供は現在の子供より独創的であったと云うことになるわけではないが、自主的に自分の時間を使えたことは間違いなかったような気がする。そのためかどうかは分からないが、豊倉研究室の研究では指導教授と学生の間で、自分の意見を自由に発言した討論を頻繁に行った。その内容は、現象の把握や定量的に測定されたデータの解析、それを集約して纏めた成果の晶析装置・操作設計への適用など、既発表研究成果との比較検討を通して行った。これらの研究成果の評価は、既往の理論にとらわれることなく独創的に進められた。そこで纏められた研究成果は、これまでの常識と可成り異なっているものもあって、その内容やその生産プロセス開発の適用への検討も新しい考えの提出となっていて、卒業生が大学を卒業してから活躍しているそれぞれの現場での討議や纏めの参考になっていると思う。その参考例としては、本号のホームページ、2)「項目3」における「習得晶析工学理論・晶析技術」に、新しい研究分野として初めて選択した分野の学習で勉強した既往研究成果の習得も記述する予定である。豊倉が晶析研究を実際に行いながら、実験をしつつ自分で対象にする晶析工学分野基礎概念の構築と、自分たちで取得したデータを纏めて晶析装置・操作や晶析プロセス設計理論の構築、およびそれを工業プロセスに適用した例を「項目4」として次回以降のホームページに記述する予定である。

  これらの記事を読んだ卒業生は、大学の研究室時代に豊倉と一緒に研究したことを克明に思い出して、部下の研究活動を支援するのに役立つ指導や助言の参考になればと考えている。このような開発研究をする場合、担当する若い研究者がその分野で高度にオリジナリテイーのある研究をするのに相応しい専門研究者・技術者としての知識等を習得する期間は必要である。その一方、そのような専門知識を充分習得し、その上経験を積んで、新しい理論・技術を提案してそれを完成させると同時にそれを使って社会の発展に貢献出来る製品をオリジナルに生産できるようになって活躍するために必要な修行期間とがある。現実にはこの両期間の間に遷移的な期間も考えられるが、豊倉の過去の経験からは高度の専門研究者・技術者に相応しい知識の習得は、自分でオリジナルな研究を行いながら他の研究者の研究成果と比較検討することによってなされるもので、後者の期間において研究の進展と同時に進むものである。その意味で、開発研究のウエイトの軽い前者の習得内容は「項目3」と考えて今回のホームページ記事等の対象にする。しかし、後者の自分がオリジナルに進めた研究の成果の上に発展的に構築された理論体系や技術体系の内容は「項目4」として次号以降に記述する予定です。

2)「項目3」において習得する「晶析工学理論・晶析技術」
  初めて新しい研究を行う人は、これまでその分野で研究して来た人々の研究成果を学習し、それを種々の観点で考察・検討を繰り返して最新の装置内現象や装置・操作の設計にそのまま適用できると判断される場合は、既往の成果を妥当な概念・理論・生産技術として利用することが出来る。しかし、過去において長い間利用されてきた概念や理論においても、最新の装置内現象や生産技術にそのまま利用できない場合もあり、それに補足・修正を加えて、新しい現象にも適用できる概念・理論とすれ必要がある。時にはその概念を抜本的に変更しないと最新の製品を生産する装置、操作の設計に適用できないこともある。研究者や技術者が活動する場合、自分の信じる方針に従って研究を進めて研究目的に対してそれなりの成果をあげなければならない。豊倉が1959年早稲田大学大学院に進学して化学工学分野の晶析研究を開始しておよそ50年間、晶析研究を続けている。今回はこの晶析研究を開始した時を基準に学習内容がその研究進捗状況に応じてどのように変わったかを記述する。

3) 豊倉の晶析研究初期に行った学習(晶析工学)内容
  豊倉が大学院に入学し、はじめて指導教授の城塚先生にお目にかかって大学院での研究テーマのお話を伺った時、君は晶出をテーマにしてはどうかと云われて日刊工業新聞社で出版された新化学工学講座の晶出(八幡谷正著)と昭和33年に化学工学協会関東支部主催の晶出に関するシンポジウムの講演要旨集をいただいた。その当時の晶出現象は過飽和溶液内の析出分子が種結晶表面に拡散してそこで成長する現象が主であり、それは、城塚研究室で長年研究してきた抽出操作の拡散現象と共通するところがあるので、それを参考に研究を進めてはと御指導を受けた。その一方、化学工学分野における結晶生産装置の設計理論はまだ確立してないので、世界の誰よりも早く装置設計理論を提出するようにと目標を与えられ、拡散操作に関する装置設計理論を参考にするようにともご示唆を頂いた。

  そこで、豊倉は、結晶の成長現象を理解するために、結晶成長現象に関する文献を調べ、その概念を理解するための実験を行った。そこでは実験の記述が丁寧で、比較的追試しやすい論文を参考に追試実験を行って結晶成長現象を確認し、その内容を理解する努力をした。この研究をさらに発展させて大学院修士課程の主要研究テーマとした。一方、結晶生産装置の設計を研究するには、まず、製品結晶の特性を理解し、そこで必要とされる製品を効果的に生産するにはどのような装置・操作法が有効で、その製品を効率よく生産する装置の設計式を提出するために必要な勉強を行うことにした。しかし、実質的な調査・研究活動は大学院博士課程に進学してから行った。これらの調査研究の進捗状況はそれぞれ、次の4)および次号のホームページの(項目4)で記述する。

4)結晶成長現象の調査研究と確認実験
  結晶成長現象を研究するには、過飽和溶液中に種結晶を1個固定し、その成長状況を観察すると同時に時間あたりの成長速度を実測する方法と、装置内過飽和溶液内に多数の結晶を懸濁させ、その懸濁状況を観察しながら成長させ、懸濁結晶の粒径分布を実測しながら、装置内の結晶の成長速度等を実測する方法とがある。ここでは、装置内で起こっている種々の現象を明らかにし、この系を工業生産する時の装置形式、操作法等に対する情報を収集する。通常の工業装置では、装置容積あたりの結晶生産速度を大きくする必要があり、そのために懸濁結晶の流動状態は極めて重要である。しかし、高懸濁状態で良質な結晶を安定成長させることは、固定単一結晶を成長させるより難しいことは容易に推察出来るが、これらを総合的に判断して研究を行うことが大切である。その詳細は次号ホームページ(項目4)に記載の予定です。

5)操作過飽和溶液の調整法と準安定域
  過飽和溶液特性については19世紀末から20世紀初頭にかけてMiersらが一連の研究成果を発表した。それは、化学工学便覧等多くの文献で引用紹介されているので(または、 豊倉編「晶析工学の進歩」p.87 )晶析に関心のある研究者・技術者はそれを読んだことがあると思う。この概念は晶析操作を理解する上で非常に便利であり、20世紀前半の晶析研究は、この概念に基づいて行われるが多かった。しかし、実際の工業晶析操作ではこの概念にのみ頼ると誤解を招く危険があり、最近の研究者・技術者は工業操作への適用を慎重に行うようになっている。

  Miersらの過溶解度概念を、温度上昇によって飽和濃度が増大する溶液系を対象に考える。まず、溶液を一定の所定温度に保ち、その中に懸濁させる結晶を溶かせるだけ溶かしても十分な量の結晶が残るように十分な量の結晶を添加する。その結晶を溶液内全体にほぼ均一懸濁状態に保って数時間撹拌を続けるとその操作温度の飽和溶液が生成される。そこで、暫く静置すると懸濁していた結晶は装置底面上に沈降する。その上澄み液を静かに別容器に入れ、それを撹拌しながら徐冷するとその溶液中に微結晶が発生し、それは成長して比較的粗粒になったものは容器底部に懸濁して成長を続ける。ここで生成した結晶の大きさや量は冷却速度や容器内溶液の撹拌条件などによって異なるので簡単に議論することはできない。そこで、次の簡単な実験結果で過飽和溶液内の状態変化を検討する。上記のようにして調整した飽和溶液を撹拌しながら飽和温度に保って後、溶液温度をステップ的に僅かに下げて所定温度に一定になるのを待ってから30分程度撹拌をし、溶液内で微結晶が発生するか否かを観察する。ここで、微結晶の発生が認められない場合は、同様の操作を繰り返して容器内過飽和溶液の温度を降下させ、微結晶の発生が確認されたか否か慎重に観察して過飽和溶液内に微結晶の発生が確認されるまで繰り返して続ける。そこで、微結晶の発生が確認された時の溶液温度を実測し、その温度と飽和溶液を調整した時の温度差を算出するとその温度差は結晶核が発生した時の溶液の温度過溶解度である。この操作で微結晶発生を確認するために下げる一回の降下温度を小さくすると結晶核が発生した時の温度過溶解度を精度よく実測できる。この温度過溶解度を実測した時の操作温度に対応した溶液飽和濃度とこの実験に使用するために調整した飽和溶液濃度との差を算出すると、それは結晶核が発生した時の溶液の過溶解度となる。この溶液の過飽和濃度を操作温度の飽和濃度で割ると無次元過溶解度になる。ここで得られる過溶解度を操作温度と相関すると、それは過溶解度曲線であり、それと溶解度曲線との間が準安定域過飽和域である。この準安定域過飽和溶液内に懸濁している結晶は成長して溶液濃度は低下するが、結晶が存在しない場合は溶液濃度の減少は起こらないと考えられている。

  一方、この操作で調整された飽和溶液をその飽和温度より10℃見当高い温度に保って30分ぐらいよく撹拌した後に、上記と同様な方法で階段的に操作温度を下げると、微結晶の発生が確認される操作温度はこの加熱操作を与えない場合に比して著しく低下することがある。これは、調整直後の飽和温度近傍に保持された溶液中には、溶質分子が会合したと思われる胚種が多数存在していることがあり、それは比較的小さい過飽和状態でも結晶核の発生となることが考えられるからである。このような胚種の存在は過飽和溶液の調整法によっても異なってくる。また、上記のような階段的溶液温度の降下法においても、一定温度に保つ時間を長くすると核発生の認められる過飽和度は小さくなることがあり、また逆に、ステップ的に降下させる温度を大きくすると、核発生が認められる操作過飽和度は大きくなることもあると考えられる。このように過溶解度は種々の操作条件の影響を受けることがあり、それによって良質な結晶が成長すると考えられる操作飽和域の範囲は変わってくる。

  晶析実験や工業晶析プロセスでは、過飽和状態は極めて重要な操作因子であり、結晶の成長速度や結晶核の発生速度に影響する。工業操作で生産される結晶製品は、その粒径やその他の結晶物性によって評価され、それらは結晶核の発生速度や成長速度の影響を受けることが多いので、それらとの関連で研究する必要がある。これらの研究は、晶析研究が活発になった20世紀後半に行われた。

6)結び
  晶析工学の基礎概念は理学分野の研究と工学分野の研究があるが、晶析工学分野の技術開発がまだ始まった当初の頃は、理学的な基礎研究成果を基に工学分野の現象を考えようとされることが多く、20世紀前半の工業晶析の基礎概念はほとんど理学的な研究成果に基づいて構成されていた。そのこと自体正しいことであるが、工業生産で対象に考えることとは必ずしも一致しておらず、次号では理学と工学で対象にする結晶生成を検討し、その上でここで触れなかった晶析工学基礎現象を扱う。

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