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豊倉賢略歴
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2008 B-5,1:豊倉 賢 「晶析工学100年の進歩 1」

1)はじめに;
  今年は豊倉が1959年4月、早稲田大学大学院理工学研究科城塚研究室で晶析研究を始めて 50年目になる。この50年を振り返ってみると、あっと云う間に過ぎてしまった気がするが、その区切りを追ってみると数え切れない頻度で新しいことにぶつかっていた。その度ごとに城塚先生の御指導を受けながら、一緒に研究していた城塚研究室に所属して卒業論文で晶析研究を行っていた学生と検討を重ねてきた。その個々のことは厳しい辛いこともあったが、今から思い出すと楽しかったことに置き換わっており、それらは頭の中に残っていると同時に、必要な時に何時でも新しい研究に役立てられるよ前向きな検討を繰り返して来た。今も、その生活は変わっていない。

  先月末、日本国内のある特定製品工業会に所属する法人会員・若手技術者対象に、結晶製品の生産工程で重要な晶析操作の勉強会を行った。その時、豊倉は参加した技術者を、この分野の将来を背負って行く気にし、そのため頑張って晶析勉強をするようになる話をしてはと云われた。それは、難しい課題であるが前向きに考えて取り組むことにし、次のような構成で話をした。
  1. 晶析操作は難しいが、その特徴を理解したうえで理論・技術を勉強し、それから新理論・技術を開発すれば、これまで容易に生産できなかった製品を社会のニーズに応えるように生産でき、人類の発展に貢献できる可能性が大きいことを理解できるように「項目?」を話す。
  2. 晶析は、固体結晶を工業的に生産する技術等を支える化学工学で、基本的には液相中にて結晶核を発生させ、それを所望粒径・粒径分布に成長させる装置・操作法を設計する工学です。ここで生産される結晶は、所望特性の製品を所定量、市場の要望に応えるコストで安定生産する必要がある。それに応えるために、晶析工学が発展して来た経緯を纏め、将来の発展に対する可能性を「項目?」で討議する。
  3. 20世紀における晶析工学・技術発展の概要を豊倉が晶析研究を始める前の20世紀前半「項目?」とそれ以降「項目?」に分け、しかもその内容を、化学工学晶析理論とそれとの関連で発展してきた晶析技術に分けて纏める。
  4. 晶析技術の将来に対する期待「項目?」

    今回はそのうち i 、ii を対象に視野を広げて記述する。

2)晶析操作「項目1」
  地球上の物資は「気体・液体・固体のいずれかの形態で存在している。」と考えられており、 それらは相図に示されるように温度・圧力等の影響を受け、その形態は内部エネルギーによって決まる。また、物質が他物質と共存している時にはその影響を受けてエネルギーレベルは変化し、系全体のエネルギーレベルが安定化する方向に向かって変化する。しかし、この変化はある励起状態を経過して起こり、状態Aから所望の固体結晶状態Bに変化する場合も状態Aが状態Bに変化するに必要な励起状態を超える必要がある。またこの状態Aのエネルギーが状態Bに変化するための励起エネルギーを超える程度に応じた速さで状態Aは状態Bに変わる。また、この変化する時の環境状態が変わると生成する固体結晶Bが異なることがあり、また励起状態のエネルギーレベルも異なることがある。このように生成する固体結晶Bは、種々の因子の影響を受け、同一物質からスタートしても特性の異なる多種多様な固体結晶Bになることがある。人類社会の発展を考えると、このように種々の結晶Bの中から現代社会で必要とされる有用結晶を探し、生成(あるいは生産)することが必要である。

  人類の長い歴史においては、自然界に存在する多くの固体結晶を探し、その中で人間社会の発展に有用なものを探して選別し、それを利用して来たことが多かったのでないかと想像している。その固体結晶に強い関心を持った人は、それを研究して新しい事実を発見した。それらは、さらに後継者によって引き継がれて結晶に対する学問が構築され、結晶学に発展して来たのでないかと思う。その固体結晶の中には、自然界の摂理に従って人々が生活する環境の中で生成したり、消滅したりするものがあり、これら現象の観察・データの実測と考察、検討などから固体結晶を人為的に生産するようになったと推察している。このようにして、自然界に存在するものが、人為的にも生産できるようになり。それがさらに進むことによって、自然界に存在してないものまで人は作り出せるようになってきている。

  人類が作り出したものは、固体結晶のみでなく、液体、気体など非常に多くのものがあるが、固体結晶は元素等の構成要素が、結晶に特有な結晶格子に規則正しく配列して構成されている。また、その配列を変えると構成元素は同じであっても特性の異なった結晶になる。このため、地球上に存在する元素の数は限られているにもかかわらず、それらを組み合わせて作られる化学物質は人類が把握出来る数を超えた無限数であり、また、それらが異なる結晶格子に違った配列をしてさらに異なった物質になるので、地球上に存在する可能性のある固体結晶物質数はさらに高次の無限数になると考えられる。その全てが人類に有益なものでないかも知れないが、結晶学や晶析工学を研究することによって、人類の発展に貢献するものが開発される可能性は無限である。

  ここで対象になる固体結晶の構成を考えた時、それらを構成する分子はそれぞれ固有の特性を持っており、それらが配列する結晶格子やその配列には種々の制約があることは、誰しも想像出来る。しかし、それが何であるかはこれまれで調査・研究された限られた成果を除くとほとんど明らかでない。しかし、新しい特性を持った新物質を発見することは、化学者にとって極めて重要なことであり、結晶製品に携わったことのある人は皆、自分が学び・研究した結晶学等に関する経験を生かして新物質を見つけ出すことを心掛けている。このような課題研究は人類の未知な世界であり、その研究を進めて成果をあげるには高度な独創的アイデイアに基づいく努力が必要である。このような課題研究は、真の研究を志す研究者・技術者にとって魅力有るものです。その新しい研究課題への挑戦では、すでに完成した学問についての経験は余り役に立たないことで、研究者にとっては皆対等の立場に置かれている。そこで、強いて成功する可能性の高い挑戦者を上げれば、それは、先入観に囚われない緻密な思考力のある、骨惜しみをしない活力と忍耐力・体力のある人物でないだろうか? これは熱意のある挑戦者であれば、誰しも持っているものである。過去にオリジナルな研究成果を上げた人は、その成果について他の誰よりもその価値を知っている。それを発展させる研究では過去に研究成果を上げた研究者本人が真剣に取り組む気持ちを持って行うのであれば、優位に有ることは疑う余地はない。しかし、全く別の研究課題に挑む場合は他の挑戦者と対等の立場であることを肝に銘じて努力すべきである。若い・活力の有る研究者はこのような場合優位であり、挑戦しようと考える研究分野の将来を背負う意欲のある若い研究者の活躍を期待している。

  ここで扱って来た新しい固体結晶の創生は、どちらかと云えば分子レベルの組成を固定した物資を対象にしている。それは、純粋培養で結晶固体を創生する時のことであって、結晶生成の推進力が極端に小さい時に生成する結晶です。これは、ある理想的な環境条件で得られる結晶ですので、その結晶が生成する環境条件を慎重に準備して同様な操作をすることによって、再現よく同じ結晶は得られ易いものです。その意味では、そこで得られる結晶は、一種の基準的な操作条件で生成される標準的な結晶と考えることが出来る。この結晶の特性等を検討することによって、工業製品としての商品価値が認められると、市場のニーズに応える製品として生産されるようになる。ここで生産される工業製品は、前段階で確認された標準的な結晶と同じ特性を持ち、そのうえ、市場のニーズに応える量の製品を安価に安定生産することが必要となる。その意味では、工学分野の研究者や技術者は、標準的な結晶の生成を対象にする研究者とは異なった研究課題を解決しなければならない。また、工業製品としても結晶製品を生産する場合、目的製品とは別に副産物が出来ることが多い。それを有効に利用することも同時に検討しなければならない。そのことと関連して、晶析プロセスの原料の選定においては、原料に含まれる不純物を副産物として利用しやすいような生産プロセスを選定することも重要です。また、結晶を生産する操作法として、必要なエネルギーを節約するような省エネルギープロセスの開発も重要になっている。

3)晶析工学とその発展概要および将来の期待「項目?」
  晶析工学は固体結晶を工業的に生産する技術等を支える化学工学で、主に液相中にて結晶核を発生させ、それを所望粒径・粒径分布に成長させる装置・操作法を設計する工学です。これによって設計された装置で生産される製品結晶は、装置内で起こる結晶核発生や結晶成長現象によって影響され、それとの関連で装置内結晶懸濁密度や滞留時間を理解することが重要です。また、晶析装置で生産される結晶製品の要件を整理し、その要件を満足する結晶製品を生産するのに重要な装置内での晶析現象や操作因子を検討して、目的製品を生産するのに適した装置の選定や装置・操作法を最適設計するのに重要な因子を検討する。それを基にして実際に結晶製品生産のために有効な晶析プロセス設計を行ってプラントを建設し、生産を開始する、ここでは、工業生産における晶析装置・操作法を対象にして、市場からの要望に応える結晶製品の生産を考えて目的製品結晶生産への道を記述する。

3・i )目的製品結晶生産の概要;
工業晶析プロセスで生産される結晶製品は、所望の結晶粒径と粒径分布、生産量、および その他( 所望の結晶形状、純度、結晶強度その他の特性 )等の要件を備える必要がある。その上、工業生産の観点からは、安定操業が可能なようにトラブルの少ない操業の行い易い装置・操作法を選定することが重要であり、また、省エネルギー操作法を開発して、生産コストを低減出来る最適プロセスを開発することが必要です。これらの条件を全て考慮して最適設計を行うことは将来的には可能になると考えるが、晶析操作は多種多様な結晶製品を対象にするので、全ての製品結晶生産に適用出来る一般的な最適設計法は現状では確立されていない。しかし、特定の一部製品については既に可成り研究されており、分野によっては必要とされる工業製品を生産できる工業晶析プロセスの開発はほぼ満足出来る段階になっている。

3・ii )比較的容易に開発が可能と考えられる晶析プロセス;
 工業プロセス開発で対象になる液相からの晶析操作では、その系の溶解度曲線が分かるとその系の晶析プロセス開発に必要な予備実験は容易に行うことが出来る。この実験はテストする人が使い慣れた形式の装置を使用するとよい。溶液は工業プロセスで対象になる溶液を用い、それを装置内に入れてほぼ均一状態になるように適度の撹拌を与える。実験は、対象溶液の飽和濃度が10?40%程度の操作条件を選んでテストし、結晶を析出させる。その時の操作過飽和度は飽和濃度の1%過剰を目安に考えるとよい。この操作で、溶液内に結晶核の発生が確認されてより微結晶数は徐々に増加し、数分後に装置内溶液は白濁するようになる。この操作は、ほぼ一定温度に保って2時間程度継続する。装置内で結晶核の発生が確認されて以降10?15分間隔で懸濁溶液をサンプリングし、それらを操作温度に保たれた恒温槽中に静置した容器内に採取ごとに別々に入れて、結晶が容器底に沈降するのを待つ。

 その時、容器は蓋をして、蒸発等により液濃度は変化しないように注意し、溶液内懸濁結晶のほとんどが沈降する時間を測定する。その段階で、静置された容器内の結晶量および最大粒径を測定する。それらをサンプリング時間に対して点綴して、その勾配よりこのテストにおける結晶成長速度を、また光学顕微鏡等より得られた結晶の最大粒径を求める。このテストは回分操作で行い、装置より懸濁液のサンプリングを終了した後も装置内懸濁液の撹拌は数時間続け、溶液の過飽和度を懸濁結晶の成長に費やして脱過飽和させた段階でそのテストランは終了する。この一連のテスト終了後、全てのデータを検討し、その信憑性を評価して妥当なデータより結晶の粒径成長速度、各テストおよびサンプリングで生成した結晶数および最大・平均結晶粒径、粒径分布などを決定する。また、このテスト結果より結晶形状、純度その他得られる情報は可能な範囲で記録に留めて、次の工業化に進めるための検討に適用する。

  工業晶析操作において製品結晶粒径は、結晶特性を規定する最も重要な因子の一つで、所望粒径結晶をより短い時間に生成することが望まれる。そのためにはより大きな結晶成長速度で装置内結晶を成長させることが必要です。予備テストで得られる成長速度を大きくすることは、それを発展させて効率よい操作法を開発するのに有効です。近年、晶析分野における研究成果は工業装置内おける結晶成長速度を大きくするだけでなく、それをさらに検討して、結晶核発生速度や結晶純度等との関係においても著しい発展をしている。次号では20世紀前半における晶析工学や晶析技術の研究成果と産業界発展への貢献を、次々号においては20世紀後半におけるそれらを概観して、晶析工学の将来に対する期待を記述する。

4)むすび
  晶析製品は、製塩や精糖工業界で古くから主力製品であって、晶析操作はこの業界の重要な単位操作として研究され、それら産業界の発展に貢献してきた。一方、化学工業界でも20世紀半ばには、燐酸製造・その他一部の産業で重要な生産技術として産業界の発展に貢献してきた。しかし、化学産業全般における生産工学・生産技術と比較して晶析は現象が複雑で、難しい工学・技術として、避けて通れれば避けたいと云う空気が研究者・技術者の間にあって、晶析工学を研究する研究者は限られていた。20世紀後半には、ヨーロッパ、アメリカ、日本において、一部の先駆的な化学工学分野における研究者がこの分野の研究を活発にする必要性を痛感し、1960年代末にはその声は益々大きくなった。1969年にはヨーロッパ化学工学連合(EFCE)傘下に晶析研究会(WPC)が、また日本でも化学工学協会に晶析に関する研究会がそれぞれスタートした。その結果1970年代には、世界規模の国際会議が開催され、以降3年毎に定期的に開かれるようになって、晶析研究・技術は急激に進展した。1970年代に発生したオイルショックを機として、重化学工業からファインケミカル工業への転換が行われるようになり、晶析工学は化学産業の改革・発展に貢献してきている。次号・次々号では20世紀において化学工業界で発展した晶析技術とそれを支えた晶析工学の発展を併せて概観する。

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