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豊倉賢略歴
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2007 B-8,2:豊倉 賢 城石昭弘記−工業晶析における開発技術と学問的研究の発展経緯シリーズ第1回
        “晶析装置の設計理論と実装置への適用」についての誌上討論1-i-1
        
「1960年代の晶析装置設計に対する化学工学界の状況と発展」
          ・ ・・未来の新しい化学工学発展を担う研究者・技術者に対する期待

1 ) はじめに

  化学工学の歴史に関心のある研究者や技術者は、第2次世界大戦が終わってほぼ10年経過した頃の日本における化学工業界の状況を耳にしたことのある人は多いと思う。その頃の日本の経済成長は素晴らしく、今日の繁栄の基礎を確立している。それは、城石さんの連載記事に紹介されているように、日本人研究者・技術者の勤勉さと真面目な努力の結果で、良質な製品を安価に生産・輸出して日本人研究者・技術者の技術レベルは高い評価を得ている。しかし、これらの技術は、海外から移転されたものを改良したものが多く、日本でオリジナルに研究され成果を発展させたものは必ずしも多くなく、日本の技術立国を考えると工学系研究者・技術者の新たな活動が期待される。

  当時の化学産業は単位操作ごとに研究された技術を組み合わせて化学工業プロセスを構築し、その研究成果を適用して建設された化学工場で製品を生産していた。その単位操作技術が既に確立された分野では、新しい工場が順調に建設されて発展していた。しかし、装置・操作の設計法が確立されていない分野ではプラント建設が容易でなく、その分野の化学工学では装置・操作の設計法を早く提出ことが、産業界から要望されていた。この時代に高度な技術レベルに発展していた単位操作は、どちらかと云えば、液相や気相内の溶質拡散現象が支配的に寄与する操作で、晶析のように、固体結晶相が生成・成長する現象と流体相内の拡散現象を同時に考えなければならない操作法の研究はまだ一般的ではなかった。豊倉が大学院に進学した頃、国内の化学工学分野研究室では、東京大学の宮内研究室や東京工業大学の藤田研究室で既に晶析研究を行っていた。また、化学工学協会関東支部支部では、昭和31年に晶出に関するシンポジウムを開催していて、日本の化学工学研究室で晶析研究を真剣に取り組む環境が出来ていた。

2)1950年代の晶析研究:

  日本国内の晶析研究は主として、溶液の過溶解度や過飽和溶液内結晶の成長速度についてで、その成果は発表されていたが、晶析装置設計に関する研究はあまり行われていなかった。一方、ヨーロッパではBransomが連続混合型晶析装置から得られる結晶粒径分布と結晶成長速度に対する結晶粒径の影響を検討し、定常操作時の装置内結晶懸濁量と結晶生産速度、結晶成長速度・製品結晶粒径の関係を明らかにした。

  この研究はアメリカのSaemanらによって1940年代後半から1950年代に掛けて引き継がれ、工業連続晶析装置の装置内流動特性と製品結晶粒径分布の関係を示唆する成果が得られていた。一方Randolph & Larson は連続混合型晶析装置の晶析特性をポピュレーションバランスに基づいて提出した関係式から検討し、混合型晶析装置より分級脚を通して製品結晶を取り出したときの製品結晶粒径分布の表示特性の推算法やFines Trap(微小結晶除去装置)を設置した場合の装置内懸濁結晶粒径分布の推算法を提出した。また、この操作において装置内で発生する結晶核の発生速度の推算法なども検討し、定常操作時の装置内結晶核発生速度や、装置内懸濁結晶成長速度の推算法等を提出していた。これらの一連の研究は晶析装置内懸濁結晶の流動特性と装置内過飽和溶液の濃度分布・懸濁結晶粒径分布その他の特性を工業装置内の実態に合わせてモデル化し、そのモデルを定量的な関係式にて表現し、その式を工業操作で想定される特定な操作条件に対応した解としてそれらの操作特性因子相互間の関係を求めた。それらを検討して、ここで設計した装置の結晶生産特性を推算した。ここで推算した結果が工業装置の操業データと一致すれば、(一致すると見なされる範囲であれば)この研究で提出された関係式で装置設計は可能になったと認められた。

  しかし、一連の研究で発表された数値は、提出された関係式から推算されたもので、工業装置の操作データと比較されたものは殆ど発表されていなかった。このような研究成果が発表されると、企業技術者は社内のプラントデータとこれらの研究成果を比較検討して、自社のプラントデータにそのまま適用できない場合はその理由を検討して、どのような修正を加えれば適用出来ることを見出す研究をしていることは多い。この内容は殆ど発表されることはないが、このような検討を加えることによって研究者が提出した設計理論が社内のプラント設計に適用できる判断された場合、その設計理論は工業装置の設計に適用できると云われることが多い。また、企業技術者が、社内の一部のプラントに適用できるが、他の装置、あるいは異なる操作条件に対して適用できない場合もあるようであった。そのような場合は、設計理論をよく勉強して、どのようなモデルに対して適用出来るようにその設計理論が提出されたものかを理解する必要がある。その設定モデルを充分理解した段階で、その理論が適用できなかったプラントの装置特性、操作条件が設定されたモデルとどのようにずれていたかを検討することが、必要である。それが、明らかになった段階で、補正係数を加えることによって修正する場合と、設計理論を提出した時に設定したモデルを抜本的に変更して新しい設計理論を提出するように研究する場合とがある。企業技術者は多くの場合、可成りのとこ3=ろまで前者による修正を加えて、短時間に工業装置設計に適用できるようにしている。 しかし、大学研究者は設計理論の一般化を図る使命を果たすために、別のモデルを設定して、新しい設計理論体系を提出を研究することが多い。

3)新モデルの提出による新しい設計理論の提出:

  豊倉が、早稲田大学大学院に進んで、城塚研究室に所属した時、産業界から晶析装置設計理論を提出するようにとの要望は(後になって分かったことであるが)多かった。その後、城石先生が日産化学に入社時に直属上司であったK氏(豊倉の早稲田大学応用化学科先輩)は、ある無機化合物の晶析装置を設計するためにパイロットプラントテストを行い、そこで取得したデータを使用して装置設計を行った。その詳細は化学工学に発表されたが、その考え方を紹介すると、パイロッテプラントテストで生成した結晶粒径と結晶生産速度を実測して、そこで得られた結晶と同質の結晶を工業装置で生産するために、工業装置の断面積当たりの結晶生産速度をパイロットプラントのそれと等しくなるようにして設計していた。この方法は、後にスイスのSulzer Chemtech 社でMWB晶析装置を設計するのに用いていた方法を討議したとき、その技術者が行っていた方法は、K氏が行った方法と酷似していた。それを知ったとき、化学工場で装置内の現象が複雑なプラントを設計・建設し、所望の結晶製品を安定状態で生産できる装置を設計するためには、K氏の進め方は複雑な現象を解明することなく、短い期間の作業で目的を達成できる優れた方法で、これは、企業技術者の現場経験から生まれた優れた設計法の一つと思った。しかし、大学研究者として設計理論を提出する場合、その理論は長期にわたって使用することが出来、しかも特性の可成り異なった結晶の生産装置の設計に使える一般的なものでなければならないと考えた。そこで、豊倉はその当時拡散系単位操作に対して広く用いられて方法を準用して設計基本式を立ち上げる方法を選んで、一般的な晶析装置設計理論を提出を目指した。 その時、Saemanが1947年にChem. Eng. Prog. ;vol. 43. 667(1947)に発表した分級層型晶析装置の設計理論を提出した時に想定した装置・操作モデルは既に世界の晶析技術者に認められていたので準用することとしたが、その妥当性については独自に見当して、一般的な装置設計理論提出のための設定モデルとして妥当性が疑問視されるものに対してはSaemanモデルとは異なった考え方で独自なモデルを提案した。以下に、ここで装置・操作のモデル設定において検討したことを列記する。

a) 装置設計式を提出するためには、装置内の溶液や懸濁結晶状態を理解しやすい ように単純モデル化することは重要である。しかし、主要項目に注目してモデル化することは装置内の実情を歪めることに可能性があるので、それが、操作条件と製品結晶との本質的な相関関係を変えないように注意することが必要である。また、複雑な現象を厳密に正しく表現しようとすると関係式は複雑になり、その相関関係を簡単な定量的計算によって理解することは難しくなる。最近コンピューターを使用することによって、可成り複雑な計算を簡単に行えるようになっているが、それをそのまま利用すると膨大な計算量になり、費用・時間も膨大になって、しかもその計算結果に対する妥当な判断も難しくなる傾向があるので、計算量を少なくして主要因子の関係が得られるような式を作成するが有効である。

b) 上記a)のようなことを配慮して妥当なモデル設定をすることを考えた。装置内 の溶液濃度や懸濁結晶粒子の分布については溶液流動状態が装置半径方向に分布のない均一流れであると設定し、また高さ方向については流動層の流動特性によって決定される均一粒径の結晶が特定位置に懸濁していると考えた。そのように考えると装置内を底部より上方に向かって流れる溶液空筒速度はほぼ一定と考えられるので、装置内各個所における結晶懸濁密度を規定することによって高さ方向に懸濁している結晶粒径を決定出来る。初期の設計理論においては装置内で結晶核の発生は起こらないと想定した。このように考えた流動層装置内の微小高さの円筒状結晶流動層を考えるとこの微小層高円筒に流入する過飽和溶液はそこを通過する間に、過飽和濃度を低下する。その一方、その円筒内に懸濁する結晶はそこでの溶液過飽和度の低下に相当する分だけ成長することになる。このように結晶が成長すると、そこに懸濁する結晶粒径は成長するので、安定流動層を形成するためにはより懸濁密の高いところに移動して、そこに懸濁するようになると考えられる。このように考えると流動層を形成する分級層型晶析装置の概要は次のように整理することが出来る。

  この装置の定常操作時の底部の状況を考えると、装置内で最大過飽和度である溶液が底部に供給され、その付近の溶液過飽和度はほぼ供給溶液の過飽和度に保たれている。一方、装置塔頂部に供給された微小結晶は装置内を上昇する過飽和溶液と向流接触することによって徐々に成長し、最終的には塔底部に到着し、そこより製品結晶として取り出される。このように考えると、塔頂部の溶液は飽和濃度を到達することは殆どなく、必ずある残留過飽和度を有していると考えるのが妥当である。しかし、1950年代に分級層型晶析装置特性を検討した論文では塔頂部溶液濃度は飽和濃度になっていると見なして検討していた。(現在でも一部にはそのように見なして研究している技術者はいるが、それは可成り特殊な系や操作を対象にした場合のみにしか適用し得ないことである。)それは上記Saemanの論文でも同じであった。豊倉はこの分級層型晶析装置の設計理論提出するのに、塔頂部溶液は残留過飽和度を考えることにした。一方当時の晶析理論では、安定操作状態の晶析装置内溶液は準安定域過飽和状態であると考えられていたので、塔頂部に懸濁する結晶粒径は、必要種結晶として外部より供給された微結晶と考えられていた。実際の晶析操作では、別に調達した種結晶を種晶として添加することも行われていたが、多くの場合内部で発生したものを種結晶と使用していることが多かった。そこで、安定した工業操作を前提にした流動層型晶析装置を考えると、重要なことは晶析装置内に安定した結晶流動層を形成させることと判断した。そのように考えると、安定した流動層を形成する時の装置内懸濁密度の範囲で操作することが重要であるとの考え方を提案した。その数値として暫定的に装置内の最小懸濁密度を10%と考え、円筒型分級層型晶析装置の設計理論を提出した。(この10%の妥当性については、設計理論を提出後現在に至っても工業晶析装置運転の経験豊富な技術者と機会を見つけては討議を重ねており、またその数値がプラスマイナス数%の範囲で変化した場合の晶析操作に対する影響をモデル装置の数値計算で検討し、通常の晶析操作ではほぼ許容される範囲であると考えている。)

  このような考えで提出した連続円筒型晶析装置の設計理論は標題「連続式分級層型晶析装置の塔高算出法について」として 化学工学29(9)、698(1965)に発表した。この研究で提出された塔高zの算出式はその系の結晶成長速度が拡散段階支配であるか表面晶析現象支配であるかによって式(1)あるいは(2)によって表される。

   ZD   = αD  x  (C. F.D.)          ( 1 )

   R   =  αR  x  ( C. F. SR. )        ( 2 )


  ここで、下付D、Rはそれぞれ拡散律速支配および表面晶析段階律速支配を表し、またαは製品結晶粒径、装置断面積当たりの所望結晶生産速度および装置内溶液の最大過飽和度によって決まる数値です。また C.F.D.および C.F.SR. 塔底および塔頂に懸濁する結晶粒径比および塔底および塔頂の溶液過飽和度比によって決まる晶析操作特性因子で、それは結晶粒径の絶対値および溶液過飽和度の絶対値や系に関係なく決められる無次元数で、晶析操作に対しては初めて提出された概念であった。先程紹介したK氏のデータをこの理論にしたがって整理すると、式(1)に包含されてる修正係数を直線点綴の勾配から求めることが出来、その補正係数を使用することによって工業装置設計の可能性を見出すことが出来た。

  式(1)、(2)に示されたような関係式は異なる装置形式の装置に対しては、その都度誘導しなければならない。しかし、その関係式は式(1)および(2)式のような特性を持つαや晶析操作特性因子によって構成されることが期待できる。その意味ではこのような関係式によって晶析装置設計の体系化を行うためには、主要な工業晶析装置形式の全てに対して、上記のような設計式が提出されることが、必要になってくる。

  豊倉が今回のホームページに寄稿した記事は、1960年代に行った研究より提出することが出来た晶析装置設計理論の裏話を紹介した。これは、将来の化学工学発展に貢献することを目指して活躍する若い研究者の参考なればと思い、豊倉が晶析装置設計理論の研究を行った頃を思い出しって記述した。しかしこの段階に到達すると、その理論を適用して晶析装置の設計を容易に・簡単に出来ないかという企業技術者の要望が随所から聞かれ、そのための研究を続けた。そこでは、新たな検討をすることによって、更なる期待に応える成果を出すことによって新しい評価を受けることになって、さらに理論を発展させることが可能になってくる。それらについての記述は、来月以降の誌上討論で継続する予定である。


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