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豊倉賢略歴
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2007B-8,1 城石昭弘、富山大学地域共同研究センター教授

 
  城石先生には6月掲示のホームページより8月のHPの3ヶ月に亘って、先生が長年行って来られた晶析技術の開発研究で経験された晶析理論、技術の開発法を執筆頂いた。これらはある特定物質の生産技術の提出と云う点からは、ほぼ確立されたものと見なすことができる。しかし、現在現代社会においては、工業製品に対する要望は日進月歩で高度化しており、同じものでも、後から生産する企業は、先発企業の製品より何らかの点で進歩したものでないと、その生産グループの仲間入りをすることは出来ない。そのためには、新技術の開発を行う技術者は常に新しい現象の解明、技術開発のための新開発法の創生に向けて研究を続けなければならない。その過程においても、最新の理論やその技術開発への新しい適用法を調査・勉学する必要がある。

  本ホームページで城石先生の記事を拝読し、それを基に誌上討論会を行う提案をしたのは、城石先生の記事は最新の技術開発に適用できると思ったからです。しかし、技術開発の対象によってはそのまま適用できない場合も有るが、それはHP誌上で討議することによって解決への糸口が見出される可能性が大きいと考えている。これまでの学会における研究発表では、質問者は発表者の応えられるような質問が多く、討議することによって、糸口が見出されるような討議は稀でしかなかった。しかしそれでは、研究発表の効果を充分期待することは出来ない。現代の競争の激しい時代を乗り切れる技術者を一人でも多く育成することは、開発研究を行う技術者が未解決な課題を討論することによってそれを解決することと同様に重要なことであり、それを出来る可能性が有るのが、本HP誌上討論の特徴です。そこで、本ホームページの執筆は、既存理論の記述にて成功したものを対象にした場合は、その装置・操作など条件を可能な範囲で記述頂き、また、自分が既に発表した理論を適用して、満足な成果が得られない場合は、その事実を明記して頂き、その問題解決のために、その理論提出者とその理論を使用して充分な成果が得られなかった技術者が協力して既発表理論の完成度向上に貢献できたらと期待している。

  次ぎに掲載する記事の最後の部分に城石先生は、
  「 豊倉らは連続プロセスの設計理論を回分にも適用できるとしてその理論の適用を試みているが十分とはいえない。」と記述していますが、今後そのような記述をした執筆者の「十分と言えない事実」を差し支えない範囲で具体的に記述頂けたらと思います。ここの記述対応することの豊倉の行ったことおよび経験では、連続装置設計理論を回分装置の設計にも適用出来る理論を、回分装置内の状況モデルに制約を与えますと数学的に成立することを示しています。そして、一部の系では、その理論を用いて回分テストデータの取得をしています。また、回分装置データから連続工業装置の設計も行っています。しかし、まだ、実績データは十分とは言えませんので、工業装置設計に適用するには、データの確認実験を継続する必要は有りますので、城石先生の云われるように「 十分と言えない 」と云う意見は勿論受け入れますが、その辺の事情の分からない人の誤解を招かないように進めたいと思います。  (07年7月、豊倉記)

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工業晶析における開発技術と学問的研究の発展経緯シリーズ第3回

有機多形結晶の晶相制御プロセスの開発
「 滴下晶析法による多形制御について 」

富山大学地域共同研究センター     
教授  城石昭弘       

  複雑な分子構造を有する有機化合物を晶析する場合にしばしば多形結晶と遭遇する。今回は筆者が経験した数少ない事例を念頭に置きながら、結晶の多形制御について議論してみたい。

1.はじめに
  結晶多形は分子量が500〜1000位でアミノ基、カルボキシル基、水酸基、あるいは電気陰性度の大きなクロライド基などの置換基を有する有機化合物を極性溶媒等に溶解させ、この溶液から晶析により上記の有機結晶を得る場合にしばしば現れる。開発の初期段階において当該物質についてどんな多形結晶が出現するかを溶媒や結晶化の操作条件を広範囲に変えて調べる方法がすでに開発され、研究ツールとして市販されているが、その解析方法が十分機能しているかどうか筆者はその詳細を知らない。通常は基礎実験で現れない有機化合物の工業化の段階で、溶媒の種類を変更したり、晶析温度や冷却速度、あるいはその系に共存する不純物が変わる場合に得られる物質の分子構造が全く同一であっても基礎実験と晶相の異なる結晶が生成する場合を多形結晶(制御)と規定して以下の議論を進める。

2.多形結晶と溶解度
  多形結晶のX 線回折パターンはわずかであっても必ず異なる。それは分子構造が同一であっても分子の充填構造が異なることに由来すると考えられる。また充填構造が異なることはその構造の熱力学的安定性にわずかであるかどうかは別にして何らかの差異があることを意味する。そのことは当該結晶の融点、融解熱(結晶化熱)等の物性値に幾ばくかの差異があることも同時に意味することになる。

  また当該物質のある溶媒に対する溶解度の温度変化は次式に示すように熱力学第2法則から直接的に導かれるクラジュウスクラペイロン型溶解挙動を示す場合が多い。

logCs= A + △H/RT   Cs:溶解度: △H:結晶化熱  R:ガス定数  T:温度

  多形関係にあるα結晶とβ結晶は溶解している状態ではエネルギーレベルに差異はないが結晶構造にエネルギーレベルの差異があるので結晶化熱△Hαと△Hβは僅かながらでも必ず異なる。logCsと1/Tは直線関係にあるのでその直線の勾配△H/Rは必ず異なる値をとる。直線の勾配が異なるということはこの2つの直線はどこかの温度で必ず交わることになる。一般に溶解度が小さい結晶を安定型と呼んでいるが2つの溶解度曲線は必ずどこかで交わるので温度領域によっては安定型がα結晶になったりβ結晶になったりする。γ結晶、δ結晶等が出現する場合も同様の考え方で整理される

3.多形結晶の溶媒媒介転移
  また一般にα晶とβ晶の等量混合物(等量でなくても良いが)を溶媒中で懸濁させておくと(擬平衡と考えられる程度の時間内で。この実験のタイムスケールという考え方は非平衡の操作では特に重要である)不安定型の一部(全部)が安定型に変化する。このとき此の懸濁液中の溶液における溶質の濃度は安定型の溶解度であるはずがないしまた不安定型結晶の溶解度を超えることはないはずである。即ち不安定型と安定型の溶解度の間にあるはずである。またこの状況では溶液中の溶質の濃度は安定型結晶に対しては過飽和であり、不安定型結晶にとっては未飽和であるから安定型は結晶成長し、不安定型が溶解するので簡単に溶媒媒介転移を説明できることになる。

  一方100%α晶を用いてこの結晶が不安定型となる温度領域で懸濁液として攪拌しても直ちに安定型であるβ結晶が生成するとは限らない。その理由は懸濁液中の溶質の濃度がβ結晶に対して過飽和であるとしてもβ結晶の核化がおきなければ、β結晶の成長も起こりえず結局溶液中の溶質濃度はα晶の溶解度をそのまま維持することになる。このことはまた不安定型結晶の溶解度を実際測定することが可能であることの証明にもなる。

  しかしながら事実はもっと複雑なようである。懸濁液中の溶質の濃度が不安定型結晶に対して飽和または若干未飽和であるとしても結晶の破砕等により不安定結晶の微粒子(核化)が生成してもおかしくない。またこの結晶が不安定型であったとしてもそれに安定型結晶であるβ結晶にたいして溶液中の溶質濃度は過飽和であるから微結晶としてのα結晶を核としてβ結晶が成長してもおかしくない(エピタキシャル成長の一種と考えてもよい)。 実際の実験では100%α晶を用いてこの結晶が不安定型となる温度領域で懸濁、保持しても、実験のタイムスケールと不安定性の限度内では不安定型に容易に転移することはない(徐々には転移するのであろう)。

4.回分冷却晶析による多形結晶の出現
  回分晶析で所望の結晶量を析出させるためには冷却開始時と終了時の溶解度差が20%程度あることが理想的である。そのために調整される溶質濃度を不純物が生成しない限りできるだけ高温とし濃厚な溶液を調整する必要がある。ところがそのような高温での安定型が所望の結晶でない場合(即ち所望の結晶が安定型となるのが低温である場合)高温から冷却する過程で不要な結晶相が安定型となる温度領域を避けて通れない。不安定型が生成しようと低温熟成すればいずれ所望の結晶に溶媒媒介転移するのであるからそれでも良い場合もあるがワンバッチの操作に長時間が必要となる。

5.滴下晶析法
  所望の結晶が低温で安定型となる場合にこの結晶を効率的に析出させるには以下の滴下晶析法が望ましい場合がある。すなわち高温で濃厚な溶液を調整しておきこれを予め低温に保持された結晶槽に順次導いて結晶を析出させる方法であり、滴下に先立ち少量の溶媒を結晶槽に張り込んで置いたほうが良い、滴下開始時は結晶槽の液面が低位にあり結晶槽の冷却能力も小さいので滴下速度も抑えておくが液面の上昇に伴い冷却能力も増大するので、滴下速度を上げることが出来る。結晶槽が結晶スラリーで満杯となったらワンバッチの終了である。   本法をキザロフップエチルに適用した結果を以下に発表している。

  Shiroishi A.,I.Hashiba,R.Kokubo,K.Miyake and Y.Kawamura;ACS Symp.438,261(1990)

6. その他の回分晶析法
  酸沈法をはじめとする様々な反応晶析法が工業的に行なわれているが経験技術と基礎実験をそのまま工業化したものが多く、回分晶析装置の設計操作理論はいまだ確立されていない。 特にナトリウム塩を酸で中和して溶解度の小さい有機酸を結晶として得る場合の反応のプロファイルと結晶の成長速度や核化速度を組み合わせた装置の設計及び操作理論については今後の課題となろう。一般には反応のために添加する酸やアルカリを数回以上に分割投入して反応を進行さ、結晶の成長速度と核化速度とを経験的にマッチングさせた操作法が各社で開発されノーハウとして蓄積されている。豊倉らは連続プロセスの設計理論を回分にも適用できるとしてその理論の適用を試みているが十分とはいえない。不純物を用いて多形制御を行う方法も発表されているがそのメカニズムは十分解明されていない。

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