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豊倉賢略歴
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2007B-6,2 城石昭弘、富山大学地域共同研究センター教授

 
  城石さんは、1966年春、当時日産化学工業株式会社富山工場の技術部課長だった、早稲田大学先輩のK氏から、東北大学出身の若い技術者に晶析のスペシャリストになってもらおうと思うので、面倒をみて貰えないかと紹介されたのが城石先生であった。その時の研究課題は、富山工場で稼働していた晶析装置で生産していた物質を、これまでの操作法を変え、母液の回収も兼ねて組成の異なった原料液を使用して所望製品結晶を生産できる装置・操作法を設計することであった。城石さんは約一ヶ月早稲田大学に来て、装置・操作の設計に必要な結晶成長速度の測定を行って、その測定法を修得した。その頃、大学は夏休みに掛かっていたので、実際のデータ取得は富山工場に帰って続けることにした。それから2〜3ヶ月経った頃、K課長から、城石さんがデータを取ったので見てくれないか? 秋には化学工学協会関西支部主催の秋季大会が富山で開催されるので、学会参加を兼ねて城石さんのデータ検討会を富山工場で行ってはとお誘いを受けた。その時、城石さんは早稲田大学の研究室で行った結晶成長速度の測定法は理解していたが、そのデータから工業装置設計が本当に出来るか? 実のところ不安もあった。このデータの検討会では、何が起こるか分からないと言う配慮から、K課長はその検討に丸一日予定された。城石さんが実測したデータの取得法については十分検討されていたので気になることはなかったが、この方法で取得したデータを使って工業装置の設計をしたことはなかったので、設計できるかどうか一抹の不安はあった。

  豊倉が富山に着いた翌日は、工場の始業時より討議を始めた。城石さんの取得されたデータは、工業装置・操作の設計や検討に適用する前提で、実験条件のデータへの影響を含めてオリジナルデーターシートをチェックしながら検討した。その段階では、結晶核発生速度は実測してなかったが、装置内の結晶懸濁密度やそこでの粒径分布を示す代表結晶粒径が製品結晶生産時のそれらとほぼ同程度で、しかもそこで得られる結晶形状や品質特性も製品結晶として容認されることを確認した。そのことは、工業装置内結晶懸濁密度・スラリー溶液の流動状態を実験室で操作した時とほぼ同一に保った場合、実験室で測定された結晶成長速度を工業装置内で再現すると工業装置内の結晶核発生速度は実験装置内のそれに近くなると考えて実験をした。(当時は結晶核発生速度の研究はまだ殆ど行われていなかったので、この妥当性は実験をしながら感じ、納得して実験を進めなければならない時代で、そのことを感じ取って実験できる実験者のデータを使用することが、工業装置設計の成功に結びついた。)実際使用した装置は、ほぼ1リットル容量の撹拌回分装置で、そこで得られたデータを整理して結晶の懸濁密度、懸濁結晶のモード径、結晶の粒径成長速度を決定した。このデータより所望のモード径を有する結晶を連続的に生産するのに必要な装置内結晶滞留時間を算出した。この数値を用いて、当時社内で稼働していた溶液内不純物濃度の異なった装置の操作条件下で推算した結晶生産速度は工業装置の生産速度と良く一致した。そのことより、城石さんが取得したデータは工業装置の設計に適用できると判断して、当初より目標としていた晶析装置の概要設計を行い、その日の検討は午前中で終了した。

  その後、間もなく豊倉はアメリカに留学したので、どうなっていたが気になっていたが、分からないままであった。渡米して1年程経過した頃、豊倉が留学していたTVA公社の研究所に日産化学工業(株)ニューヨーク駐在員が出張して来られ、豊倉が渡米前に富山で城石さんと検討した晶析装置はどうなっているか尋ねた。その時、彼は製品がアメリカに予定通り輸出されているので、装置は無事稼働しているのでしょうと話していたことがあった。その時、改めて豊倉が渡米前に城石さんと検討した装置が建設され、製品を生産できたと知った。それと同時に、城石さんは化学工学技術者として素晴らしい素質を持ち合わせた技術者であると再認識した。

  豊倉は帰国した1968年以降も、城石さんにお目に掛かる機会があって時々晶析技術について討議を行った。城石さんは、特に化学工学協会晶析研究会にしばしば参加され、晶析理論と現場晶析技術の狭間のことを討議したことがあった。今回城石先生に記述頂いた記事は、長年にわたり種々の系で経験された、晶析技術を鍵とした化学企業生産プロセスの開発をベースに、種々の話題を扱っている。企業の開発研究では限られた時間内に所望製品の生産技術を開発しなければならないことが多く、その過程で城石先生のアイデイアで難問を解決して進まれた技術者としての才能を垣間見ることが出来る。そのような技術開発を経験したことのある人は、城石先生特有の技術開発手法を見逃すことなく楽しみながら読むことが出来ると思う。この記事を繰り返し読むことによって技術開発哲学を教えられる気を感じた。 。   (07年5月、豊倉記)

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略歴
1965年 東北大学工学部化学工学科卒業
同年 日産化学工業入社
メラミンプロセスの開発はじめ晶析工程を有する多くの化成品、肥料、農薬製造プ セスの開発研究やプロセス改善研究と取り組む
1992年 同社富山工場技術部長

1993年

1993 同社研究開発センター長
1997年 1997 博士(工学)取得
学位論文:晶析プロセスにおける結晶形状制御と溶液側の移動現象論的研究
2001年 同社退社
同年 富山大学地域共同研究センター教授
現在に至る
現在:日本粉体工業技術協会晶析分科会コーデネーター


工業晶析における開発技術と学問的研究の発展経緯シリーズ第1回

「 晶析装置の設計理論と実装置への適用 」

富山大学地域共同研究センター     
教授  城石昭弘       

1.はじめに
  溶液を冷却するか溶媒を蒸発させて結晶を析出させる操作は昔から行われてきた何の変哲もないきわめて原始的なものであるが、これが工業的な結晶製品の生産技術として問題となったのは1930年代頃からと記憶している。結晶を析出させたら、その結晶の分離(ろ過、脱水)が必要となるが、工業的には結晶槽の制作費より、分離機の制作費のほうが格段に高価であっったし(現在も基本的には事情は変わらない)、またろ過ケーキの含水率が高いほど、乾燥に要するエネルギーが多大となり、また結晶製品の純度も悪くなることは明らかである。1930〜1950年にかけて各国の工業化が進展するなかで、塩、砂糖、硫酸アンモニウム(これらはいづれも白い結晶であり、工業化を牽引する基本工業製品であったことから、その時代の景気を三白景気と呼んだ)の大量生産が求められ、当該技術者達は、大きい結晶を作ればその後の工程が飛躍的に改善されることから、競って粗大結晶の生産技術の開発と取り組むことになった。

  結晶径が200ミクロン程度を境にそれより大きい結晶の分離はろ材ろ過が可能で、分離も連続遠心脱水機が使用可能であり、ケーキの含水率も2〜5%程度となるが、それ以下の粒子径の結晶ではケーキろ過による(ろ材ろ過では目漏れが大きい)回分脱水機(自動回分分離機等)を採用せざるを得ず、ケーキのの含水率も10〜5%程度を覚悟しなければならない。

  1950〜1970年頃までこの事情は変わらず、粗大結晶を得るための晶析装置の設計と晶析現象の解明が産業界では重要な技術課題となり、大学等でもその工学的研究が盛んに行われるようになった。1978秋のオイルショック勃発までは日本産業政策は輸出志向をベースに生産力を増大させ国際競争力を高めるという戦略に支えられ、工業晶析に関する産業界の技術的及び工学的研究課題もそれに呼応する形で進展してきた。本稿の第1回目は1960年〜1970年代に盛んに研究され議論された結晶成長理論や操作設計を産業界からみた技術論と学問として取り上げられた晶析研究の双方の立場で概説し、何を問題にし、どのような苦労がなされたかについて振り返ってみたい。

  筆者は1965年に社会人となり、企業技術者として与えられたテーマがメラミンの合理的な晶析プロセスの開発であったことから当時の筆者の上司が早稲田出身であったご縁もあり、当初から度々豊倉教授に直接ご指導いただくことになり現在に至っている。この頃の工業晶析技術は体系化が十分でなく、各社は独自に装置設計や操作法をノーハウとして有し、折りしも日本の高度経済成長時代にあって多くの晶析装置などが稼働し始めたが、晶析現象と装置設計、運転操作についてはエンジニヤリング会社や大学等の指導と各社の蓄積されたノーハウが相まって出来あがったものと考えられる。

  また、この頃から工学としての工業晶析研究も盛んに行われるようになり、豊倉教授の先導の下で欧米の晶析研究者との交流も盛んに行われるようにになった。

2..晶析現象と晶析装置設計理論
  晶析操作は非平衡操作であり、溶解度と過溶解度曲線に挟まれる準安定領域で操作される化学工学のひとつの単位操作であるとされてきた。一般にこの準安定域が広い系ほど晶析操作は容易であり、溶解度が大であれば準安定域もそれに応じて広くなるが、準安定域が極端に広い系や逆に準安定域が広くない系もある。系が適度の準安定域を有し、且つ核化速度と結晶成長速度が妥当な値を示す系を選ばないと、晶析操作が非平衡操作であることもあって晶析研究では再現性のあるデータが容易に得られない。研究開始に先立ってどのような系を選択するかは大変重要な課題である。

  さて1960年頃までの晶析装置の設計は基礎実験で得られる結晶の成長速度を基準にして、完全混合層タイプの結晶槽においてはFickの式から誘導される△Lの法則を用いて結晶径が所望の大きさになるまでの結晶の滞留時間から結晶槽の大きさを見積もるという簡単なものであった。 1965年〜1970年にかけて豊倉教授らは連続式運搬層型、完全混合層型及び分級層型晶析装置について各々新規でより厳密な晶析装置設計理論を発表された。これら一連の設計理論はCFC設計理論と呼ばれ、対象となる装置形式に対して装置内流動状態をモデル化しそれに基づいて物質収支を取ることにより所望粒子径の結晶を所定量生産するための装置径及び高さを推算するものであった。この詳細については原報又は日本粉体工業技術協会晶析分科会編の「晶析プロセス・装置設計理論の応用と実践」を参照されたい。これら一連の設計法は産業界においても広く適用されここに晶析装置設計理論の根幹が確立されたが、さらに豊倉教授らは1987年に製品の粒度分布と生産速度に基づく設計理論(いわゆるデザインチャート)を編み出し、結晶槽の状態が簡単にシミユレーションできるようになった。

  一方実際の製造プロセスでは、化成品や無機工業薬品の場合は、結晶製品に対しては純度、粒子径、形状、光沢及び強度などが十分であることやコストダウンを旨とした生産効率向上と、エネルギー消費の節減が求められ、また薬品や農薬などの有機物結晶の製造の場合は、結晶製品の大きさや純度のほかに品質の再現性、や高収率等が要求されるようになった。

  実際の連続晶析プロセスを考えるに際して、1槽の晶析負荷をマイルドにし槽を多段接続するなどして、原料供給液を予め冷却し、過飽和を発生させた後これを晶析槽に供給して、マイルドな晶析条件で粗大結晶を得ようとする場合と供給液を可能な限り高温で濃厚な溶液とし、これを冷却又は溶媒を蒸発させて一段で結晶析出を完結させ、晶析負荷が大きくなるが、溶媒の量が少なくなり、エネルギー消費量を少くすることができる場合がある。後者の場合は結晶粒子径lが1ある程度小さくなっても脱水工程に問題がなければ生産効率の向上に注力する方がよいとする場合である。

  以上のように晶析プロセスと結晶製品に対する多様な要求に対応するためには、装置設計理論を十分理解しながらもより厳密に晶析現象を検討すると共に、どの操作因子に着目して装置の設計操作を行っていくのかはケースバイケースであり、すべての操作因子を理想的に設定することは出来ない。
以下装置設計理論と現場の操作設計の考え方の微妙な違い等を考えてみる。

2.1溶液の過溶解度と過飽和度およびその測定方法
過溶解度
  微粒子と粗大粒子では溶解度自身が異なることもあり、過溶解度はごく微粒子の溶解度を示していると考えることも出来る。実際に実験してみると確かに溶解度を超えても結晶は直ちに析出せず準安定域は存在しているようだが、単に測定者の観察できないほどの微粒子が溶液中に生成しているのかもしれない。   過飽和溶液中にきらりと光る微粒子が生成したらそれが過溶解度であると一応説明してきたが私はそれが過溶解度であると断言できる自信がない。

過飽和度とその測定方法
  供給液を予め所定の過飽和溶液としこれを結晶槽に導いて晶析させる場合はその溶液の過飽和度は比較的簡単に評価出来る(結晶が見えず透明溶液だから)が結晶槽内の懸濁溶液中の過飽和度の測定はかなり厄介である。

  基礎実験では懸濁液中に小さなガラスフィルターを逆さまにして浸漬しておき、結晶がまさに成長している過飽和溶液のみをそのフィルターを通じてサンプリングし、瞬時に(サンプリング液の温度が変化しないうちに)そのサンプリング液を希釈するなどしてサンプリングした液量を重量測定すると共に希釈された液中の溶質濃度を測定すれば何とか懸濁液の溶質濃度(過飽和濃度)を測定できる。実際の工業装置に おける懸濁液中の過飽和濃度の実測を試みみたことがあるが、ヌッチエろ過装置一式を現場に設置し、それらを結晶槽と同温度に予熱しておいてそれを用いて結晶槽から抜き出したスラリーを速やかにろ過し、過飽和濃度を測定したが、相当手際よく実験しないと良いデータが得られなかった経験がある。そのようにして過飽和濃度を測定してみるとその値は臨界飽和度△Cssの2〜5%程度であった。即ち殆ど溶解度そのものであり注意深い測定技術が要求されることを痛感した。逆に言えば工業装置で懸濁液中の過飽和度△Cを推進力として結晶が成長するからといって、それを操作の外部独立変数として管理することは実際問題不可能に近い。それ故過飽和濃度運搬層型結晶槽ではP/R(P::結晶生産量;R:内部循環量)を操作過飽和度等と定義する場合があるが、これはドラフトチューブ内で結晶成長のためか飽和度が消費されドラフトチューブのトップでは溶液の過飽和度が完全に消費され(飽和溶液となり)その溶液がドラフト外側を下降して新たな供給液と混合することによりある過飽和度が生成すると仮定しているからであるが、ドラフトトップで過飽和度が常に完全に消滅しているという保証はなく上述の操作過飽和度もある便宜的な規定でしかないように思える。

2.2結晶成長速度係数の測定法
  基礎実験では比較的手際よく過飽和度が測定できるので生成した結晶の粒子径の測定結果と組み合わせて結晶成長速度係数を求めることが出来る。結晶成長速度係数の求め方及びその整理方法については豊倉教授らの単結晶懸垂による方法や粒度のそろった種結晶を回分晶析実験で求める方法(核発生が生じない条件化での実験)あるいはポピュレーションバランス式を用いた基礎実験結果の解析法(縦軸に粒子径単位長さあたりの個数の対数、横軸に結晶粒子径をとってその直線の勾配(1/Gτ)からd /dθを求めこれを △ Cで除して総括的な結晶成長速度係数を算出することが出来る。詳細は原報等を参照されたい。

  結晶成長速度係数が求まれば前述の懸濁液中の過飽和濃度を独立変数として求めなくても計算で算出できることになる。この総括成長速度係数を温度に対してプロットしておけば晶析温度が変化しても晶析槽の設計、操作が規定できる。

  次に総括成長速度係数Koは1/Ko=1/Kr +1/Kdとされ拡散過程の移動係数Kdについては粒子の周りの流れ等をレイノルズで表した実験式等が提出されているが(豊倉教授ら)結晶表面における析出過程の移動係数Krについての研究は十分でないように考える。ただ析出過程の物質移動は析出現象を一種の反応過程と見なすことが出来、従ってKrが支配的な系においては晶析温度を5〜10℃程度上昇させるだけでKoが30%程度も上昇することがあり、操作温度を最適化する方が生産能力UPに直接的に寄与することがある。

2.3核化速度の測定法
  工業晶析では粒度分布に現れない粒子は核ではない。即ち生成粒子の総数が核化速度を表すことになる。核化速度は前述の基礎実験結果や解析法から縦軸の切片を読み取れば核化速度が求まる。得られた核化速度は過飽和度のべき関数として与えられている。しかしながらその実験式では2次核発生速度は攪拌による結晶破砕や微粒子の凝集などを全て包括したもので汎用性はあまりない。

3.実際の装置設計とスケールアップの問題点

  前節で述べた装置設計理論では結晶槽の大きさ、槽高さなど基本諸元の決定法が議論されてきたが実際の装置設計及び晶析装置のスケールアップ時には懸濁密度や粒子径のオンライン計測や操作上の問題回避のために種々の工夫と配慮多が必要となる。

1)攪拌翼の先端速度と混合強度,内部循環量
  異常な二次核の発生や装置内上部と下部の過飽和度比(△C1/△C2)を適正に保つためには,液の粘性にもよるが,基本的にはゆっくり大きな羽根で攪拌することが必要である。同時に攪拌羽根による粒子の破砕と渦流ロスを最小限にしつつ内部循環量を増大させるためにはスクリュウータイプの羽根を選択することもある。また単位容積当たりの攪拌動力をそろえてスケールアップすることが無機微粒子のMSMPR型晶析槽でしばしば検討される。また運搬槽型晶析装置においては通常は結晶槽の上下の内部循環流は一定であり(設計時に決定)操業度が変わると結晶の滞留時間がそれに伴って変化することから所望の結晶が内部循環流内で懸垂しなくなったり、微細結晶が装置内を循環流と共に循環する(mixed Magma Type)に結果として移行して運転されるようになる。従って所望の粒子径に対する要求と広い操業度に対応出来るように、過飽和度比、懸濁密度、結晶の滞留時間等の操作範囲を考慮した内部循環流量の決定が肝要である。

2)L/D、液浸、蒸発部面積
  分級層型結晶槽では装置径Dは装置内で懸垂している結晶粒子の終末速度を基本に設計されるが大容量の装置ほどL/Dが小さくなり過大な内部循環量が必要となる。実際には一部の微粒子は溶液の流れに乗って循環させ,内部循環の流路とのバランスを考えることも必要である。過大な装置高さLは液圧による液温の変化を増大させるがこれも内部循環量により槽内の均温化を図る必要がある。特に断熱冷却型,及び蒸発型晶析装置では内部フラッシュによる核化速度の増大が懸念される。

  断熱蒸発により溶液を冷却する場合は溶媒は蒸発部での表面蒸発により行われものとしているが、蒸発部が蒸発量に対して過小であると懸濁液の飛沫同伴や蒸発部での局部冷却が起こり、異常な核発生が起こるとされる。通常蒸発部表面積あたり200〜300KgH2O/m2/Hrが適当とされている。

3)熱交換器(加熱,又は冷却)スケーリング
  通常溶液の循環ラインに熱交換器が設置されるが熱交換量の設計に加えてスケーリング或いは過度の冷却による異常核化が懸念され,伝熱管表面の温度に対する配慮等きめ細い配慮が必要である。

 4)懸濁密度
  MSMPR型晶析槽では懸濁密度(1-ε)を可能な限り高めて生産性の向上を図るが核化速度も増大する。しかしながら粒度分布の細粒側に異常が発生しない限り核化速度の増大は製品全体の結晶径をわずか に小さくするにとどまる場合が多い。但し懸濁密度(1-ε)は結晶径と結晶の形状に大きく左右され,その限界は懸濁スラリーの充分な流動性の確保を最優先に考えるべきである。

  以上いくつかのスケールアップを考慮した結晶槽の設計運転操作因子に対する配慮に言及したがスケールアップで必ず変わってしまう因子と変化させなくても良い因子があり,設計理論に照らして変化の度合いを評価すると共に,結晶成長速度と核化速度が正常かどうかを常に評価判定しておくことが肝要である。

4.おわりに
  豊倉教授等が開発,展開された晶析装置の設計理論は基礎化学品などでは既に幅広く普及している。しかしながら設計理論の適用以前に、いくつかの基礎設計因子を実験的または推算式にて検証しておく必要があり、設計理論の適用以前にギブアップしてしまうことも多かったように思う。

  1970年代の後半における我が国の産業政策の大変換を契機として、それまでに確立された晶析装置の設計理論や生産力向上のための多くの技術展開はいつの間にか置き去りにされ、産業界及び大学の研究対象は機能性微粒子やファインケミカル等のより付加価値の高い製品や技術にシフトしていった。しかしながらものつくりとしての晶析装置の設計理論等は対象が微粒子であれ、有機結晶であれ、普遍的に役立つ工学(技術)であり、20世紀にやり残した工学(技術)上の課題の解明と集大成は、今後の先端技術による新産業創出のためにも、その基盤を支える重要で忘れてはならない研究課題ではないだろうか。

以後次回に続く。

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