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豊倉賢略歴
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2006 B-1,3:「晶析法による精製分離法(Melt Crystallization)−(1)」

1)はじめに
  豊倉は、渡米前1966年に晶析装置設計理論を提出し、晶析装置設計の 課題に関して一つの山を越えたと考え、晶析に関する次の柱になる研究課題の検討を始めた。豊倉が渡米することは、その年の夏にはほぼ内定していた。その頃、城塚先生は、豊倉の渡米中も城塚研究室で晶析研究を続けることを考えておられ、1967年4月に新しく研究室に配属される卒論学生が続ける晶析関係の研究テーマを考えるように指示された。当時応用化学科の学部学生は、3年次生に進学する時工業化学コースと化学工学コースに分けられ、化工コースに配属された学生は石川研究室か城塚研究室で卒業研究をすることになっていた。そこでは、豊倉が米国留学中に城塚研究室で晶析研究を続ける学生は昭和41年度に卒論で晶析研究を行い、さらに大学院修士課程に進学してその研究を続ける学生と昭和42年に城塚研究室に配属されて新たに晶析研究を行う学生2名の計3名で行うことになった。そのため、この年化工コースに配属された学生の研究室と研究テーマは少し早めに内定し、晶析研究を行う学生に豊倉の渡米前に晶析に関する基本的なことの学習指導をすることになった。そこで、昭和42年に大学院に進学し、晶析研究を行う学生の新規研究テーマは、「晶析法による精製分離法の研究」を課題とした。

  地球上の物質を考えた時、人類と結晶の歴史は長く、中学・高校の理科の勉強でも、1成分系液相から結晶が析出する範囲は、気液固の三態の存在を示す温度・圧力の状態図にて表示される。そこで、液相が2成分融液を対象にし、圧力一定で温度と融液組成を示す状態図を考え、その状態図に或る組成の液相のみが安定して存在する温度範囲に着目した点をプロットする。次ぎにその融液温度を降下させるとその状態図上を融液組成一定のまま温度のみ移動し、固相と液相が共存する点まで降下して固相の析出が始まる。そうすると融液組成が変化する。この時、一成分組成の結晶が析出する共晶系であると、この結晶と残った融液を分離することによって純粋結晶を分離することが出来る筈である。これは古くから考えられた晶析法による精製分離法の基本概念であるが、このような操作によって融液から一方の成分を晶析させて精製分離しようとすると、固体結晶の析出温度に無限時間保持して、ゆっくり結晶を析出しなければならない。しかし、工業操作を対象に考えると、対象となる融液処理量は多く、しかも処理コストは安価で操作しやすいことが必要で、20世紀半ばにおいては特定なプロセスで検討され、使用されているに過ぎなかった。このような状況下であったが、液相から結晶を析出した場合、共晶系融液からの晶析では限りなく純品に近い結晶を生成分離することができるので、工業操作法と生産する結晶純度の関係を明らかにして、新しい晶析分野の確立を目指した。当時はゾンメルテイング法が金属分野で脚光を浴びており、それも視野に含めて研究することを提案して渡米した。その後、研究の様子は豊倉は帰国するまで分からなかった。

  1968年11月に帰国した豊倉はそれから研究する晶析分野は、晶析装置設計の他に、精製晶析、2次核化現象、および晶析法による廃液処理技術を対象にすることにした。豊倉のアメリカ留学中は精製晶析としてゾンメルテイング法の研究を行っていたようであったが、この操作法は晶析と融解を繰り返しながら行う多段操作法であり、高純度製品の少量生産には優れた技術であると考えられたが、豊倉研究室では重化学工業を対象にした新しい精製晶析技術の開発と体系化を目指し、その観点で基礎研究から開始することにした。

2)1969年に始めた精製晶析装置内基礎現象:
この研究を開始するに当たり、精製晶析装置内における現象を知るため、 まず2成分融液をその融点より充分低い温度の固体に接触させ、その表面に析出した結晶の状態と晶析速度の関係を調べることから研究を始めた。

2・1)ナフタレンー安息香酸融液からのナフタレンの晶析:
  この研究は豊倉が1968年11月にアメリカから帰国してはじめて本格的検討を始めたテーマで、研究室では初めての研究テーマで、翌年4月に研究室配属になった村田さんが学部4年から大学院修士課程を修了するまでの3年間研究した。その時、この実験は融液内で結晶核が発生し、それが成長していく過程を確認しながら研究すべく、結晶が析出・成長を開始した時の局所温度を出来るだけ限定し易くするために装置本体は直径の異なるステンレス製の円管パイプを組み合わせた円筒二重管とし、その内管内に所定温度に制御した温水を高流速で供給し、内管と外管の間を通って装置外部に排出するように作成し、この時円筒二重管全体の温度が一定になるように予め整えて操作できるようにした。一方、所定温度に調整された熱媒体で一定温度に維持できるように調整された恒温槽内に所定濃度に調整したナフタレンー安息香酸の融液を入れたステンレス製ビーカーをセットし、ビーカー内の融液が一定温度になるように充分撹拌を加えた。円筒二重管とステンレスビーカー内温度がどちらも所定の一定温度になったところで、円筒二重管をビーカー中の融液の中に所定時間浸漬し、その時間内に円筒二重管表面に析出した結晶厚みとその結晶中に存在した安息香酸量を測定した。この実験装置と操作法、測定データとその整理・考察の詳細はAIChE Symp. Ser., vol.72, No.153,87(1976) ( Toyokura,K. ,H. Murata, T.Akiya, M.Kaneko “ Crystallization of Naphthalene from Naphthalene-Benzoic Mixtures”・・同論文のコピーは「 晶析工学の進歩?1992年4月(豊倉編集)化学工業社出版、p444〜451 」に掲載 ) を参照して頂くとして主な結論を以下に要約する。
  1.  ナフタレン結晶の成長速度は融液の融解温度と成長結晶の表面温度との差に比例した相関式で表わされた。

  2.  円筒二重管表面に成長したナフタレン結晶中の安息香酸量(結晶中の平均濃度x結晶成長量)はナフタレン結晶の成長速度が速い短時間の実験で、結晶成長量の 少ない範囲では 融液のバルク(組成)濃度x結晶生長量と同じであったが、結晶成長量が増加するに従って結晶の成長速度は減少し、それがある値以下になると安息香酸量の増加率は徐々に減少するように変わり、ある段階では増加量は0になった。さらにその実験を継続するとナフタレン結晶相厚みは減速しながら増加したが安息香酸量は減少に転じ、最終的には殆ど0に近づくと考えられた。

  3.  円筒二重管表面に析出したナフタレン結晶中の安息香酸量を二重管に供給する冷却用温水温度に対して検討するために温水温度を変えて操作し、またその操作時間をナフタレン結晶の成長が殆ど停止する厚さになるまで成長させると、その結晶中の安息香酸量は温水温度によって異なった。すなわち、温水温度が共晶点とナフタレンの凝固点の間ノテストでは、ナフタレン結晶相中の安息香量はブランクテストで二重管表面に付着した安息香酸量とほぼ同じであった。しかし、温水温度が凝固点以下であるとナフタレン結晶中の安息香酸量はブランクテストで測定された安息香酸量より多く、二重管表面に析出したナフタレン量と同量のバルク融液をそのまま固結させた結晶中の安息香酸量より少なかった。このテストで二重管の表面に析出したナフタレン結晶を二重管表面より剥がし取り、その結晶層の状況を観察すると冷却温水の温度が共晶点以下の場合管表面に近い結晶は細かい結晶の集合晶のようになっていたが、その面より離れたところでは、可成り均質な結晶が成長していた。そのことより結晶が生成した時の操作温度が共晶点以下であると融液系と同組成の結晶が析出しており、結晶の高純度化を図ることは難しいと判断した。

  4.  冷却温水温度が共晶点以上で操作したときに生成した二重管外側の空洞ナフタレン結晶中の半径方向の安息香酸濃度分布を測定するために、その結晶を円筒管から離れた外部よりイソプロピールアルコールで徐々に溶解し、安息香酸濃度の分布を実測した。その結果外部より先に溶解した溶液中には安息香酸濃度は高く、ナフタレン結晶の位置が二重管表面に近くなるに従って、安息香酸濃度は減少していた。それは言い換えると、結晶中の不純物濃度は見かけ上操作過飽和度の高いところで析出した結晶中は低く、すなわち結晶純度は良いが、操作過飽和度の低いところで成長した結晶は純度が低下していた。そこで、同じようにして生成した中空円筒状ナフタレン結晶を外側より削り、ナフタレン結晶中の安息香酸の濃度分布を実測した。このテスト結果では、安息香酸の濃度分布はイソプロピールアルコールで溶かした時と逆の濃度分布になった。以上のことより、共晶点より温度の高い冷却温水で冷却してナフタレン結晶を生成した場合、二重円筒管表面では純度の高いナフタレン結晶が生成し、その結晶付近には安息香酸が濃縮された融液泡が結晶に挟まれるように残る。その時この二重円筒管表面に接している融液泡の安息香酸濃度は冷却温水温度と平衡組成まで濃縮される可能性がある。その様に考えると結晶管表面に接している融液泡内の安息香酸濃度はビーカー内融液のバルク濃度より高いので、ナフタレン結晶内存在する融液泡はナフタレン結晶外部の融液本体に繋がっていると考えられ、この融液泡を通して安息香酸はバルク融液への拡散が起こる。この拡散が起こると二重円筒管表面に生成したナフタレン結晶中の安息香酸量は減少することになるので、ナフタレン結晶純度は向上することになると考える。

2−2)ナフタレンー安息香酸系からのナフタレンの精製晶析:

  2−1)で検討した、ナフタレン結晶の精製モデルに従ってナフタレン結晶の精製速度式を提出し、そのモデル式にしたがって2−1)と同じテスト装置で行った実験テスト結果と比較してモデル理論式の妥当性を実証した。次ぎにこのモデル式を連続冷却ドラム型精製装置に適用した時の操作条件と精製純度および処理量の関係を検討し、モデル装置の最適操作法について考察した。その詳細は化学工学論文集第4巻2号p129(1978)(豊倉・荒木・向田:「ナフタレンー安息香酸系からのナフタレンの精製晶析」 この論文のコピーは 「晶析工学の進歩(1992)p452〜457」に掲載されてるのでご覧いただくとして、その要点を概説する。

A. 精製操作におけるナフタレン結晶中の安息香酸量の減少速度式の提出: ここでは、精製晶析操作でナフタレン結晶相が生成し、結晶相厚みが一定になった段階で、この結晶相内に生成している融液泡を通して安息香酸が結晶相から結晶相外側のバルク融液中に拡散して行く状況モデルを想定し、これによって現象モデル式の誘導するために、次のモデルを設定した。

  1.  ナフタレン結晶が生成した二重円筒管表面の表面では純ナフタレン結晶が存在し、その円筒管表面の純ナフタレン結晶相中に存在する融液中の安息香酸濃度は円筒管内の冷却温水温度における平衡組成になっている。
  2.  ナフタレン結晶中の融液泡は細孔状に円筒管表面より結晶相外部のバルク融液まで繋がっているが、その細孔の断面積当たりのナフタリン結晶表面積は単位ナフタレン結晶厚みに対してαで表示するが、このαはナフタレン結晶相の精製過程では時間的に徐々に変化するものとする。
  3.  精製操作で対象になるナフタレン結晶相厚みは操作中一定で、その外側表面に接している融液組成は融液本体内のバルク組成と同じで尚かつナフタレン結晶相外側温度での平衡組成になっている。
  4.  ナフタレン結晶相内の厚み方向の温度分布は直線的である。
  5.  ナフタレン結晶相内融液の安息香酸濃度はその局所温度の平衡濃度になっている。
  6.  ナフタレン結晶相内に存在する融液中の安息香酸は結晶内の濃度差に基づいて結晶相内部より外部バルク融液に拡散する。

    以上の仮定の下にナフタレン結晶相内融液中の安息香酸の挙動について一連の関係式を立式し、それらを組み合わせて変形することによって、精製過程におけるナフタレン結晶相内の安息香酸量と精製時間の関係式を誘導した。(詳細は前出のオリジナル報文参照)一方参照報文に示した実証テストの測定結果を上記仮定の下に誘導した関係式に従って整理すると安息香酸量と操作時間の片対数線図に直線点綴出来、上記設定モデルにて近似的に表示出来ると判断した。

B. 回転ドラム型モデル精製晶析装置の検討:
上記設定モデルの特性を有する回転ドラム型モデル精製晶析装置を想定した。このモデル装置は回転ドラムの内部に冷媒を供給し、ドラム外部表面を冷却し、そのドラム表面の一部を被精製融液中に浸漬させつつ回転する。この回転ドラムが融液に最初に浸漬する部分はドラム表面に結晶をスケール状に晶析させる部分であり、ある所定厚みの結晶相が成長した段階で次の工程である精製過程に入り、結晶相を精製する操作を行う。この操作では結晶相の生成過程と精製過程があり、その律速段階は後者の精製過程であり、ナフタレン結晶相厚みに対して、10%安息香酸を含む90%ナフタレン融液を99%および99.9%純度のナフタレン融液に精製する時の精製に要する時間を推算しそれを相関線図に示した。その詳細は原著論文Fig.8に示した。

3)むすび
  一般に晶析操作では高純度結晶が生成すると考えられている。しかし、生産性を考えた工業晶析操作では生成する結晶中には融液泡を包含することが多く、単なる晶析操作では所望純度の結晶を生成することは出来ない。そのために生成した結晶の純度アップを目的にさらに、精製操作を後処理操作として行われるようになっている。しかし、それに関する工学的研究は1970年代には殆ど行われておらず、豊倉研究室では、世界の研究室に先駆けて研究し、1970年代にここに紹介する研究成果は得た。その後石油価格の高騰が始まり、省エネルギー精製操作として晶析による精製分離法が着目されるようになって、この分野の研究も着目されるようになってきた。豊倉研究室では山崎さんが1991年に大学院博士課程に入学してこの分野の研究をさらに進めるようになり、さらに1980年代には神戸製鋼の守時博士とも共同研究で圧力晶析研究を行うようになった。その後の展開については次回以降のHPで紹介することにする。

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