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豊倉賢略歴
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2006 B-1,2:「1970年代〜80年代に行われた核化研究」

1)はじめに
  結晶核発生は結晶化を扱う化学工業操作では極めて重要な現象であるが、結晶成長現象についての研究と較べて20世紀後半まで余り研究されて来なかった。それまでの結晶化に関する研究は、主として結晶が生成・成長する溶液状態と結晶成長現象を理学的に行ってきた。一方、人間社会が豊かになり、人々の生活が高度化するにつれて、多くの人々は特定な有用製品を所望するようになり、その要望に応える製品を安価に充分な量を生産する努力がなされてきた。そこでは、この要望に応える新しい生産技術の開発研究が行われ、それを支える工学も発展した。ここで行われる工学的研究は、すでに研究された理学的な研究成果に基づいて進められることが多い。結晶製品の趨勢を振り返ると、社会が所望する製品を生産する技術を科学的に研究するようになったのは20世紀になってからであるが、その初期の段階では当時の理学的研究成果に基づいて結晶核の発生が無視できる準安定域過飽和溶液の範囲とこの領域内の結晶成長に対してであった。

一方、結晶製品の初期段階の評価は製品結晶の粒径と生産量を中心に行われたが、生産過程の装置内の状況に着目すると、装置内に懸濁する結晶の個数と粒径分布、あるいは装置内の結晶個数生成速度と結晶の成長速度および製品結晶に成長するまでに装置内に滞留する結晶の滞留時間によって評価される。ここで、重要な結晶個数生成速度の理学的研究は結晶成長に関する研究より遅れて、1960年代末になって世界の先駆的な研究者によって組織的に始められるようになた。一方、晶析工学の研究組織は第2次世界大戦が終結し、先進国の経済活動が活発になった1970年代初、ヨーロッパ化学工学連合に晶析に関する研究会(WPC: Working Party Crystallization)が組織され、装置内で支配的に起こる可能性が大きい2次結晶核発生速度に関する研究が活発に討議された。早稲田大学化学工学分科研究室における1960〜70年代の晶析研究状況は2004&2005年の本ホームページに掲載したが、ここではそれらを整理し晶析工学研究の展開との関連で結晶核発生速度に関する研究活動を紹介する。

1)早稲田大学化学工学分科において検討された最適晶析装置・操作設計とそこで重要な結晶核発生についての研究概要:
  2004年のHPにも記述したが、当時の化学工業界では市場が必要とする化学製品を安価に生産し、速やかに需要に応えるようにする使命があり、化学工学研究者はその様な製品を生産出来る装置・操作を設計する理論を提出し、化学工場にそれに応える装置を建設し、稼働・生産出来るようにする責務があった。晶析装置・操作の設計理論は1940年代後半にアメリカ・ヨーロッパで研究が始められていたが、豊倉は1959年に大学院入学時の指導教授城塚先生からオリジナルな設計理論を提出し晶析装置設計法の体系化を図る研究課題が与えられた。その段階では、既に基礎概念が確立されていた準安定域過飽和溶液内の結晶成長速度式に基づいて設計理論の提出を図り、1963年オリジナルに提出した無次元晶析操作因子CFCを軸に体系化した連続晶析装置設計理論を提出した。この理論では所望製品を生産するのに必要な結晶核の発生数は企業技術者のKnow-Howによって装置外より供給される前提で研究した。

  このKnow-Howは設計対象になる系・製品粒径等によって異なるので、この設計理論を使って工業晶析装置を設計するには、Case by Case で技術者の経験に基づいて必要結晶核を種晶として供給するようにして対応した。この理論は1972年にチェコスコバキヤのプラハで開催されたWPCにLarson, Nyvltと共に豊倉は「装置設計理論」話題提供者として招かれた。この豊倉の晶析装置理論は一部の系で連続工業晶析装置の設計に適用され、その簡便な適用を図るための研究はその後も継続された。(それらは04年の本ホームページや1992年に出版された晶析工学の進歩および1999年に出版された著書「21世紀への贈り物 C-PMT」p.108〜129参照)しかし化学工場現場の工業晶析装置は、種晶添加は特別な場合を除いて殆ど行われておらず、装置内で発生する結晶核を制御して所望結晶を生産していた。特に工業操作で重要な生産性の高い条件で操作する場合は装置内の過飽和度を準安定域より大きい過飽和度で操作することが望まれた。そのために装置内結晶核発生現象を明らかにし、それに基づいて所望製品結晶を生産するのに最適な結晶核が装置内で発生するような装置・操作の最適設計を目標に次の研究をした。

2)豊倉研究室の2次核発生現象の研究:
  豊倉が米国TVA公社の招聘を受けて渡米した1966年当時は、日本国内では中井先生が結晶核の発生現象を核が発生するまでの待ち時間を研究することによって研究されていたが、豊倉は結晶核の発生をどのように研究したらよいか分からないまま渡米した。その当時の米国では、リン酸肥料生産に必要な硫黄供給が不足することが懸念され、その危機を凌ぐために、硫黄を消費しない新しいリン酸肥料生産技術の開発する世界的な課題に対する研究を行っていた。豊倉は渡米後直ちにその開発プロジェクトグループに参加してリン硝安生産プロセスの晶析過程の装置・操作法の開発研究を行ったので、そこでは特に結晶核発生についての研究は行わなかった。その一方、晶析に関する文献調査は定期的に行っていたので、晶析に関したアトラクテイブな研究報告については注意を払うようにしていたので2次核発生についての研究報告はこれから取り組むべき課題としてその動きを調べていた。しかし、実際問題として装置内の核発生現象に対する研究を本格的に開始したのは1968年に帰国してからあった。その当時の日本国内の研究発表では2次核発生が議論されたことはなく、1969年4月の化学工学協会年会で発表された研究報告の討議の中で豊倉が発表データを2次核発生との関連で質問したのが最初でなかったかと思っている。

  当時の2次核化に対する研究は欧米の先駆的な研究者によって過飽和溶液の中に固定された結晶に他の固体物質を衝突させて発生する微結晶をコールターカウンターにて実測する方法で行われていた。それは、当時の主流晶析装置はDTB型のように撹拌翼を装置内に設置し、その撹拌翼を回転することによって装置内スラリーを循環していたので、この回転撹拌翼と懸濁結晶との衝突で発生する2次核発生速度が支配的な核発生現象と考えられていたからであった。しかし、このような研究の次の段階への発展について独自な展開が考えられなかったので、豊倉は2次核化について研究をすることなく数年を過ごしていた。1972年秋にチェコで開催された初めての世界規模の晶析国際会議から帰国して、早急に2次核発生の研究を始めなければならないと思っていた。その頃、大学院に在籍していた現日本化学工業の山添さんが調査研究した内容を発展的に検討して考案した装置を使用して実験を行い研究すると、その結果より当時大同鉛化工機が設計・製作していた大同型分級層晶析装置内の結晶核発生速度の推算に適用でき、さらに進んだ連続晶析装置の設計に発展出来ると考え研究をはじめた。それらの研究成果は化学工学論文集(1975-76)やAIChE Symposium Series(1976),WPC Industrial Crystallization(1976)に発表したがこの一連の研究は本HPの05B-1,1~2; 05B-2,1~2にその裏話等の詳細を紹介している。この研究が主として行われた期間は1973〜75年であり、その成果は、この研究を開始する前に期待した成果を上げることが出来た。

  この豊倉研究室で開発した2次核発生速度の研究法に対して関心を持ったポーランドのDr.P.Karpinskiは日本学術振興会の支援を受けて豊倉研究室に1977年より1年間留学して、豊倉研究室で考案したこの測定法を修得して帰国した。また、1964年Iowa State UniversityのLarson教授を訪問した時、教授も豊倉研究室で考案したこの測定法に強い関心を示した。これらの一連の研究が終了したところで、ここで考案した種晶懸濁流動層型装置に撹拌翼を入れ、その翼を回転させて懸濁結晶と撹拌翼を衝突させることによって発生した2次核発生速度を測定し、撹拌翼の傾斜角度や撹拌回転数の核発生速度への影響を調べた。この一連の研究では撹拌翼高さを懸濁結晶層高に対して変えることによって、撹拌槽内に懸濁する結晶による2次核発生速度は撹拌翼と衝突する結晶と衝突しない結晶では同じ装置内に懸濁していても2次核発生速度は大幅に異なることが分かった。これらの一連の研究は1970年代の後半に集中的に行った。その結果晶析装置内の2次核発生は装置形式、懸濁結晶の粒径・形状・表面状態・堅さ等の影響、懸濁結晶と過飽和溶液との界面のエネルギー、装置内結晶の懸濁状態の影響などを複雑に受けることが明らかになった。また晶析装置内に懸濁している結晶が2次結晶核を発生するためには過飽和度の影響を受ける最小粒径が存在する。従って、晶析装置内に結晶が懸濁していてもその結晶粒径がこの最小粒径以下だと2次核は発生せず、1次核を発生することになる。

  ここで、1次核発生と2次核発生を比較すると1次核発生は操作過飽和度の小さい範囲では発生速度はごく僅かであるが、操作過飽和度が増大すると急激に増加する。しかし2次核発生は比較的小さな過飽和度でも容易に起こり、過飽和度の増加に対しては徐々に増大するので、核発生速度は比較的制御し易い。それに対して所定の過飽和度になった溶液内で結晶核の発生が起こるまでの待ち時間は1次核発生では比較的長いが、2次核発生は待ち時間は非常に短い(殆どないように見られることが多い?)。これらの一連の研究で結晶核の発生機構は1次核発生と2次核発生があり、また、2次核発生においてもイニシアルブリーデイング、コンタクトニュークリエイション、シェヤーストレスによる核発生など種々の機構があり、装置形式、系、その他操作条件等によって支配的に起こる機構が異なる。装置内の核発生を制御しようとする場合、制御対象の核発生機構が異なるとその対応が違ってくるために、そのことを慎重に検討して機構を適切に判断して対策を立てることが必要である。また、過飽和溶液内に存在する結晶表面や、他の固体表面上に2次元核を発生することがある。この核化現象は結晶成長や固体表面上のソルテイングアップに重要な影響を与えるので、これらについても必要に応じて特性を研究する必要がある。

3)装置内の局所核発生速度より装置内全体の核発生速度の推算について:
  1970年代後半の実験では円筒形装置用いて結晶流動層を作りその中に撹拌翼を設置して小型撹拌槽(豊倉研究室では撹拌流動層と呼んだ)内の結晶核の発生速度を実測した。この撹拌槽内核発生現象を考えると撹拌翼が回転する部分とその上部の撹拌翼が回転しない領域が存在し、そこに懸濁する結晶が流動層を形成する部分に分けると、そのおのおので異なる速度で結晶核を発生すると考えた。そこで、それぞれの部分で発生する結晶核発生速度を実測し、それらを合算して推算した核発生速度と上記した小型撹拌槽装置で実測した核発生速度を比較すると、後者の実測値は前者の実測値の合算推算値より大幅に小さかった。それより撹拌翼の回転によって多数発生した2次結晶核は過飽和溶液によって運搬されて流動層を形成している懸濁種結晶槽を通過し、その過程で急激に発生した結晶核の可成りの部分は流動層を形成している種結晶表面に付着して発生した結晶核数を減少させると考えた。

  このような現象は撹拌流動層による異なる実験条件で行った一連の実験でも確認した。(化学工学論文集9卷2号p.214,5号p.569(1983)掲載)この現象を確証するために、微結晶を懸濁して流れている過飽和溶液内に置かれた単一結晶にこの微結晶が容易に付着するかどうか、又付着した結晶はその結晶表面上でどのような挙動を示すか確認するための実験行った。(その詳細は モBehavior of fines in supersaturated solutionモ Ind. Crystallization ユ84,37(1984) Elsevier Sci.Pub. & モEffect of suspended crystal on effective secondary nucleation in supersaturated solutionモ Proc. Of World Cong。of Chem.Eng.,1020(1986) 及び晶析工学の進歩p.248〜257(1992)に掲載している。)

  その主な内容を要約すると過飽和溶液内に懸濁している微結晶のうち結晶表面に凹凸があって、その成長の早いものが単一結晶の表面に付着するとその単一結晶にしっかり固定され、単一結晶の表面上で成長した。しかし、ある大きさまで成長するとその微結晶はそれが固定された単一結晶の成長によって結晶中に取り込まれるようになり、比較的短い時間で単一結晶の表面から姿を消した。このような現象は無機系や有機系でも観察されたが、系によっては付着結晶の方が単一結晶の成長速度より速いものがあり、その様な場合は付着した微結晶は単一結晶に組み込まれることなく成長し、それらが成長する間に別の微結晶は単一結晶の表面に付着し、それらの結晶も成長するので結晶は時間の経過につれて多くなった。またこのように微結晶が付着したと思われる結晶の成長速度は微結晶の付着が認められなかった場合より結晶成長速度が大きくなっていた。一方、過飽和溶液に懸濁している微結晶でもその結晶表面が滑らかであって結晶成長速度の遅いものは過飽和溶液中に置かれた単一結晶に付いてもその結晶にしっかり固定されることもなく、溶液流に乗って再び流されていくのが観察された。これらの一連の研究結果より、過飽和溶液内で発生した微結晶の挙動は複雑であり、一概にその挙動を判断することは出来ないが、それらの現象をよく理解して操作条件を選択しないと、所望結晶を生産できないことがある。

4)晶析操作に及ぼす核化現象の影響
  20世紀後半の工業晶析操作では結晶製品の生産コスト引き下げが重要な課題であり、特別な場合を除いて装置容積当たりの生産性の高い操作が行われていて、過飽和溶液内で結晶核の発生がない状態で操作することは殆ど考えられなくなった。しかし、結晶核発生現象は他の化学工学単位操作にない現象で、化学工学研究に精通した研究者にとっても核化現象の研究は容易でない。豊倉研究室で工業装置内での晶析現象を慎重に観察し、その現象が所望製品の生産にどのように影響するかを検討しつつ核化現象の研究を行い、上記2、3)に紹介した工業晶析装置内の核化現象を明らかにすることが出来た。結晶製品の生産に核化現象が極めて重要なことは本HPでも既に扱ったが、装置内の核化現象は装置内結晶生産速度に影響するばかりでなく、製品結晶品質にも影響し、またラセミ溶液からの光学分割でも極めて重要な現象である。ここでは豊倉研究室で行ったこれらの研究概要を紹介する。

4−ウ)単位装置容積内の結晶生産速度増大(豊倉研究室では結晶の生産性増大と呼んだ)のための操作法と核化現象:
  工業晶析操作で結晶の生産性を高くするためには、操作過飽和度を可能の範囲で大きくし、また装置内結晶懸濁密度を大きく保って操作する。このように操作すると結晶核の発生速度が増大し、所望の結晶製品を生産するために装置内の懸濁結晶個数が過剰になり易くなる。ここで結晶個数が過剰になると、(結晶の生産量)=(単位時間当たりの結晶の生成個数x平均結晶粒径の三乗) より結晶粒径は小さくなり、所望粒径の結晶は生産できなくなるため過剰結晶数を制御しなければならない。その時操作条件と有効結晶核発生速度の関係が明らかであれば、どの程度の結晶を制御すればよいか決定でき、その対策も立てられる。その制御法として過剰有効核を溶解除去する操作法が研究され、実際に適用されてきた。しかし、最近では過剰に発生した結晶核やその成長した微結晶を装置内に懸濁している、すでにある程度の大きさに成長した結晶に凝集させ、発生個数を減少させると同時に装置内に懸濁している個々の結晶重量増加速度(成長速度と考えて良い)を大きくして生産速度を増大させようとする考えも1986年に東京で開催された世界化学工学会議晶析セッションで提出しており、それが実用化されると新しい晶析技術の開発になると考えている。

4−エ)凝集結晶の品質:
  4−ウ)で述べたように微結晶が成長している結晶表面に付着すると結晶の強度が低下して壊れやすくなり、また結晶純度が低下する等のことが討議されている。しかし、これらについての組織的な研究はまだ余り報告されていない。その結晶を飽和濃度付近の未飽和溶液や過飽和溶液の中で懸濁状態に保って操作し続けると純度が上昇し、又結晶が改質されて結晶は壊れにくくなるのでないかと云う学説も提出されている。この現象が研究され操作条件と晶析した結晶品質の関係が明らかになると、4−ウ)と組み合わせることによって有効な精製晶析法が開発されるのでないかと考えている。これに関する豊倉研究室の研究成果は「晶析工学の進歩」(1992)の第6部6-2晶析による精製分離法(p.439〜527)掲載されている。

4−オ)晶析法による光学分割研究と2次元核化現象&2次核化現象:
  晶析法による光学分割の基礎研究は現岩手大学助教授の横田政晶さんが早稲田大学豊倉研究室博士課程在籍時の研究テーマで、その研究成果の概要は「ケミカルエンジニヤリング、39(2)p.67-76(1994) (そのコピーは「二十一世紀への贈り物C-PMT」(1999)p.98〜107)に掲載しており、また、それに関する研究報告のコピーは「晶析工学の進歩」(1992);「6-3発酵生産物の分離と光学分割p.528〜563」に掲載している。

  この研究は「食塩添加ムD・L−SCMC過飽和水溶液中に設置したL−SCMC結晶の成長現象について」であり、数件のオリジナルな研究成果が得られているが、その内の一つに核化現象に関連した次の重要な成果がある。この研究では実験開始後、数十分間はL−SCMC結晶は期待通り成長したのでこの結晶を溶液から分離することによって、光学分割法は開発出来ると考えた。しかし、この実験をそのまま続けるとL−SCMC結晶中にD−SCMCが包含されるようになり、そのD−SCMCの量は実験時間が長くなるにつれて次第に多くなって、そのままの操作では工業的には光学分割は出来そうもなかった。そこで、この晶析実験で装置内溶液の過飽和度が一定になったところでL−SCMC種晶を供給し、それからその過飽和溶液中に懸濁している微結晶中にD−SCMC微結晶の存在が認められるまでの操作時間と種晶中にD−SCMCが含まれるようになるまでの操作時間をそれぞれ測定してその結果を検討した。その結果D−SCMCは最初に種晶中に確認され、それから数十分後に過飽和溶液中の懸濁結晶中にDムSCMC結晶が懸濁しているのが認められた。

  この実験では過飽和溶液中の種晶表面に微結晶の存在は常に認められたがその微結晶はL−SCMCの飽和溶液中に浸漬してもまったく溶解しなかった。しかし、その操作をある時間継続すると種晶表面存在する一部の微結晶は溶解して消滅するようになった。この現象を晶析理論に基づいて考えると、種晶を過飽和溶液に浸漬するとその表面で同種の結晶の二次元核が発生し、それはすべてL−SCMC結晶であった。しかし、この過飽和溶液に浸漬してある時間経過するとL−SCMC飽和溶液に溶解する類似形状の微結晶が発生しており、それは種晶上でのD−SCMCのヘテロジニアスニュークリエイションによって発生した微結晶と考えた。

  この核発生がL−SCMCの種晶上の同種結晶の2次元核発生より遅れたのはヘテロジニアスニュークリエーションが起こるには待ち時間が存在するためで、この待ち時間は操作過飽和度が大きくなると短くなることを確認した。また、種晶上にD−SCMC結晶核が発生しても暫くは過飽和溶液中にD−SCMC微結晶は確認されなかった。しかし、それからある時間を経過し、種晶表面のD−SCMC微結晶がある大きさ(これは2次核発生のための最小粒径と考える)に成長した時点より過飽和溶液中に懸濁する微結晶の中にD態微結晶が確認されるようになった。この現象より、種晶添加法で工業光学分割プロセスを開発するためには、種晶表面上に発生したD−SCMC微結晶を簡単に溶解除去する操作法を開発する必要があり、それは、このスラリー溶液に微量の塩酸を間欠的に添加することによって解決し、このプロセスを開発することが出来た。このプロセスの開発研究は平成11年3月に大学院博士課程前期を修了した西浦希君が修士論文で研究したもので、その成果は1998年中国天津大学で開催された国際晶析シンポジウムで発表した。

5)むすび
  晶析操作における結晶核発生は極めて重要な現象で、1970年代から80年代に掛けて2次核化現象を中心に世界の先駆的な工学研究者によって研究された。その後、産業界の化学製品に対するニーズがファインケミカル中心の高付加価値製品・少量生産型に移行し、ケミカルな製品特性重視型の研究が多くなってきた。しかし、現在の化学産業を考えると省資源・省エネルギー重視の生産技術の開発は必要不可欠であり、最終的には高特性を有する製品の生産技術を保持しているものが死命を制すると考える。20世紀は流体の利便性に優れた生産技術を開発して近代化に成功して来たが、これからは安定した高度の多機能を備えた新固体物質とその生産技術の開発が重要であり、結晶核発生機構の解明とそれを有効に活用した生産技術の成功に対する期待は大きいと考えている。

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