本年のHPでは1月から結晶核の発生に関する豊倉研究室の研究成果概要を扱って来た。
化学工学分野の結晶核の研究における結晶核の基礎的概念は、理学的研究で長年にわたって容認されてきた熱力学的な定義に基づいており、「一度結晶核として過飽和溶液内で発生したものは未飽和状態にしない限り消滅することはない。」と考えられてきた。しかし、豊倉研究室で研究実験を繰り返し、そこで起こっていることを多角的に検討して、工学的にはこの基礎的な概念だけで研究を進めることは出来ないと考えた。これは今までの基礎概念を間違と言い切るものではないが、今までの研究者が、過飽和溶液内で発生した結晶核は他の結晶と合一することがあるかないかの議論なしに使用してきたことに一石を投じたものである。一方、造粒操作の分野ではある大きさに成長した結晶を凝集させて造粒物を生産しており、工業晶析操作で起こっている過飽和溶液中に粗粒結晶と微粒結晶を共存させた場合微粒結晶が粗粒結晶に付着する可能性は大きいと考えられる。それにも拘わらず、工学分野の晶析研究者は長い間過飽和溶液内の結晶が凝集しないような操作条件の研究を続け、恰も結晶核は凝集しないと考えて研究してきた。それは、結晶は単結晶という一つの常識に拘っており、そこでは、研究者の多くが準安定域過飽和溶液内の結晶成長研究を主に行ってきたためと想像している。
この過飽和溶液内微小結晶が粗粒結晶に付着する現象は1980年代末にソルトサイエンス研究財団のプロジェクト研究に参加した大学研究者が食塩結晶の表面に微小食塩結晶が付着しているのを発表したことによって、初めて日本国内の晶析研究者が広く認識するようになった。ここで紹介するカリミョウバン過飽和溶液内に懸濁する微結晶が粗粒結晶に凝集する概念は1981年にBudapestで開催されたEFCEのSymposium on Industrial Crystallizationで発表したもので、この研究は当時博士課程に在籍していた内山さんが発表し、大きな反響があった。(内山さんがこの研究を発表し、その内容がMullin教授に評価されてUCLに招聘された。)豊倉研究室ではこの研究をその後も継続して行い、その後研究室に留学してきたDr.J.Ulrichは当時の大学院生、上野さんと共同研究を行い、J.Chem.Eng.Science,vol.40,No.7,1245(1985)に、また卒業生の武内・坂井さんは1986年に東京で開催された世界化学工学会議・晶析セッション(Proc. of World Congress 。 of Chem. Eng.、976(1986)で発表し、修士論文に纏めている。
2) 連続完全混合型晶析装置内の2次核発生速度の新しい検討:
連続分級層型晶析装置内の2次核発生速度は、本HP3月に掲載された[05B-2,2:2次核発生速度を考慮した連続分級層型晶析装置の設計法]で紹介したように装置内局所溶液の過飽和度、懸濁結晶、流動状態に着目して、推算する方法を提出した。その推算法と晶析装置設計理論を組み合わせて2次核発生速度を考慮した晶析装置設計法を提出した。この設計法を用いてカリミョウバン系の連続工業晶析装置設計を行い、既に稼働している工業晶析装置の操作条件に対応する小型装置内の2次核発生速度からこの装置で生産する結晶製品を推算し、それが実際に生産される工業製品結晶と良く一致することを示した。
一方、連続完全混合槽型晶析装置内の2次核発生速度推算法の提出に対しても分級層晶析装置の場合と同様に、装置内で回転する撹拌翼と懸濁結晶の衝突する領域における結晶核の発生速度と、過飽和溶液内に懸濁する結晶と結晶周囲の溶液流による粘性流に基づく2次核発生速度とからなると考えて、それらの和として推算した。また、連続完全混合槽型装置内の結晶核発生速度は 化学工学、30卷、9号、833(1966)に発表した「連続式撹拌槽型晶析装置の設計法」で提出した製品結晶の生産速度から結晶核発生速度を算出する推算式を用いて推算した。この結晶の生産速度から推算した結晶核は有効2次核であり、この両者の推算値を比較すると、10の7乗倍の違いがあった。ここで推算に用いた関係式は新たに想定したモデルにしたがって提出したものであり、小型撹拌流動層を用いて撹拌翼を回転させた場合とさせない場合のテストデータから得られたものを用いた。ここで、比較のための推算に用いたデータ取得のモデル装置と連続完全混合槽型装置内の状態と同一視することは出来ないが、そのデータの差異は発生した2次核が懸濁している結晶に付着するためと仮定して次の式(1)を提出した。
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式(1) |
ここで、記号Nf、

3) 過飽和溶液内の微粒結晶粒子の挙動( Industrial Crystallization ユ84: p.37 (1984)
Elsevier Sci.Pub 掲載のメ Behavier of Fines in supersaturated solutionモ・・・ 晶析工学の進歩p.248 〜253 参照)
2)の討議で、過飽和溶液内で発生した微結晶は溶液内に滞在すると結晶数を減少する 現象モデルを提出した。そこで、この提出モデルの信憑性を確認するために図1に示す実験装置を組み立てて実験した。この装置内の溶液は図中の番号順に流れ、定常状態になったところで図中の6に示した流動層型晶析装置内で発生した結晶核をサンプリングセル法とコールターカウンター法で測定した。その装置の結晶核測定のためのサンプリング法の詳細は図2に示す。主な実験結果として装置内に形成された結晶流動層の中にパドル型撹拌翼を設置して50rpmで撹拌した時のデータを図3に示す。横軸は操作過飽和度であり、縦軸は溶液50cc中に発生した結晶核発生速度の実測値である。ここで、サンプリングセル法はセルの中に結晶核を含んだ容液を入れ、その過飽和度を一定に保って光学顕微鏡で容易に確認できる大きさ(100ミクロン)に成長させてその結晶数を計数したものである。一方、コールターカウンター法はアパチャーチュウブによって2ミクロン以上の粒径の結晶数を全て計数したものである。従ってサンプリングセル法での測定では、溶液過飽和度によって決まる臨界粒径以上の結晶は皆成長して測定されると考えられるので、サンプリングセル法で測定された結晶数はコールターカウンター法で実測された結晶数より多くなると予想される。しかし、図3の点綴を見るとサンプリングセル法で実測された結晶数はコールターカウンター法より少なく、過飽和溶液内で発生した微小結晶数は成長過程で明らかに減少すると考えられる。