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豊倉賢略歴
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2005 B-1,5:「 結晶懸濁過飽和溶液内に浮遊する結晶核の挙動 」

1) はじめに
本年のHPでは1月から結晶核の発生に関する豊倉研究室の研究成果概要を扱って来た。
化学工学分野の結晶核の研究における結晶核の基礎的概念は、理学的研究で長年にわたって容認されてきた熱力学的な定義に基づいており、「一度結晶核として過飽和溶液内で発生したものは未飽和状態にしない限り消滅することはない。」と考えられてきた。しかし、豊倉研究室で研究実験を繰り返し、そこで起こっていることを多角的に検討して、工学的にはこの基礎的な概念だけで研究を進めることは出来ないと考えた。これは今までの基礎概念を間違と言い切るものではないが、今までの研究者が、過飽和溶液内で発生した結晶核は他の結晶と合一することがあるかないかの議論なしに使用してきたことに一石を投じたものである。一方、造粒操作の分野ではある大きさに成長した結晶を凝集させて造粒物を生産しており、工業晶析操作で起こっている過飽和溶液中に粗粒結晶と微粒結晶を共存させた場合微粒結晶が粗粒結晶に付着する可能性は大きいと考えられる。それにも拘わらず、工学分野の晶析研究者は長い間過飽和溶液内の結晶が凝集しないような操作条件の研究を続け、恰も結晶核は凝集しないと考えて研究してきた。それは、結晶は単結晶という一つの常識に拘っており、そこでは、研究者の多くが準安定域過飽和溶液内の結晶成長研究を主に行ってきたためと想像している。

この過飽和溶液内微小結晶が粗粒結晶に付着する現象は1980年代末にソルトサイエンス研究財団のプロジェクト研究に参加した大学研究者が食塩結晶の表面に微小食塩結晶が付着しているのを発表したことによって、初めて日本国内の晶析研究者が広く認識するようになった。ここで紹介するカリミョウバン過飽和溶液内に懸濁する微結晶が粗粒結晶に凝集する概念は1981年にBudapestで開催されたEFCEのSymposium on Industrial Crystallizationで発表したもので、この研究は当時博士課程に在籍していた内山さんが発表し、大きな反響があった。(内山さんがこの研究を発表し、その内容がMullin教授に評価されてUCLに招聘された。)豊倉研究室ではこの研究をその後も継続して行い、その後研究室に留学してきたDr.J.Ulrichは当時の大学院生、上野さんと共同研究を行い、J.Chem.Eng.Science,vol.40,No.7,1245(1985)に、また卒業生の武内・坂井さんは1986年に東京で開催された世界化学工学会議・晶析セッション(Proc. of World Congress 。 of Chem. Eng.、976(1986)で発表し、修士論文に纏めている。


2) 連続完全混合型晶析装置内の2次核発生速度の新しい検討:
  連続分級層型晶析装置内の2次核発生速度は、本HP3月に掲載された[05B-2,2:2次核発生速度を考慮した連続分級層型晶析装置の設計法]で紹介したように装置内局所溶液の過飽和度、懸濁結晶、流動状態に着目して、推算する方法を提出した。その推算法と晶析装置設計理論を組み合わせて2次核発生速度を考慮した晶析装置設計法を提出した。この設計法を用いてカリミョウバン系の連続工業晶析装置設計を行い、既に稼働している工業晶析装置の操作条件に対応する小型装置内の2次核発生速度からこの装置で生産する結晶製品を推算し、それが実際に生産される工業製品結晶と良く一致することを示した。

  一方、連続完全混合槽型晶析装置内の2次核発生速度推算法の提出に対しても分級層晶析装置の場合と同様に、装置内で回転する撹拌翼と懸濁結晶の衝突する領域における結晶核の発生速度と、過飽和溶液内に懸濁する結晶と結晶周囲の溶液流による粘性流に基づく2次核発生速度とからなると考えて、それらの和として推算した。また、連続完全混合槽型装置内の結晶核発生速度は 化学工学、30卷、9号、833(1966)に発表した「連続式撹拌槽型晶析装置の設計法」で提出した製品結晶の生産速度から結晶核発生速度を算出する推算式を用いて推算した。この結晶の生産速度から推算した結晶核は有効2次核であり、この両者の推算値を比較すると、10の7乗倍の違いがあった。ここで推算に用いた関係式は新たに想定したモデルにしたがって提出したものであり、小型撹拌流動層を用いて撹拌翼を回転させた場合とさせない場合のテストデータから得られたものを用いた。ここで、比較のための推算に用いたデータ取得のモデル装置と連続完全混合槽型装置内の状態と同一視することは出来ないが、そのデータの差異は発生した2次核が懸濁している結晶に付着するためと仮定して次の式(1)を提出した。


式(1)
    
ここで、記号Nf、、kN、f、ΔC、aはそれぞれ過飽和溶液内に懸濁している成長結晶に付着する微小結晶数、時間、微小結晶が成長結晶に付着する付着定数、装置断面積当たりの溶液空筒速度、操作過飽和度、装置内単位装置容積当たりに懸濁している結晶表面積である。この式(1)を積分して Nf/Nfoの式を求め、Nfoを連続完全混合槽型晶析装置の有効核発生速度を入れると所定の操作過飽和度に対応した微小結晶付着計数kNを求めることが出来た。{この詳細は モ Industrial Crystallization ユ81,p87(1982) North Holland Pub.に掲載された“ Secondary nucleation of Kal(SO4)2・12H2O, MgSO4・7H2O and CuSO4・5H2Oモの  3.ク} Nucleation rate in a continuous well agitated tank crystallizer ” ・・・晶析工学の進歩p.245〜246を参照頂きたい。}

3) 過飽和溶液内の微粒結晶粒子の挙動( Industrial Crystallization ユ84: p.37 (1984)
Elsevier Sci.Pub 掲載のメ Behavier of Fines in supersaturated solutionモ・・・ 晶析工学の進歩p.248 〜253 参照)

  2)の討議で、過飽和溶液内で発生した微結晶は溶液内に滞在すると結晶数を減少する  現象モデルを提出した。そこで、この提出モデルの信憑性を確認するために図1に示す実験装置を組み立てて実験した。この装置内の溶液は図中の番号順に流れ、定常状態になったところで図中の6に示した流動層型晶析装置内で発生した結晶核をサンプリングセル法とコールターカウンター法で測定した。その装置の結晶核測定のためのサンプリング法の詳細は図2に示す。主な実験結果として装置内に形成された結晶流動層の中にパドル型撹拌翼を設置して50rpmで撹拌した時のデータを図3に示す。横軸は操作過飽和度であり、縦軸は溶液50cc中に発生した結晶核発生速度の実測値である。ここで、サンプリングセル法はセルの中に結晶核を含んだ容液を入れ、その過飽和度を一定に保って光学顕微鏡で容易に確認できる大きさ(100ミクロン)に成長させてその結晶数を計数したものである。一方、コールターカウンター法はアパチャーチュウブによって2ミクロン以上の粒径の結晶数を全て計数したものである。従ってサンプリングセル法での測定では、溶液過飽和度によって決まる臨界粒径以上の結晶は皆成長して測定されると考えられるので、サンプリングセル法で測定された結晶数はコールターカウンター法で実測された結晶数より多くなると予想される。しかし、図3の点綴を見るとサンプリングセル法で実測された結晶数はコールターカウンター法より少なく、過飽和溶液内で発生した微小結晶数は成長過程で明らかに減少すると考えられる。

図1 実験装置図

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図2 流動層型装置の詳細図

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図3 カリミョウバン系の2次核発生速度と操作過飽和度の関係

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4) 過飽和溶液内に懸濁している微小結晶の静置結晶への付着

図4 付着微小結晶挙動観察のための組み立て装置

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   過飽和溶液内に懸濁している微小結晶の静置結晶への付着現象と静置結晶の成長への影響を検討するために、図1に示した実験装置図のsampling cell 9を図4に示した特製観察セルと置き換えて実験を行った。この装置は装置内の過飽和溶液や結晶が恒温になるように工夫されている装置本体部分とこの本体内に静置された結晶およびその周辺の溶液に浮遊・流動している結晶観察とデータ実測のための光学顕微鏡から組み立てた。操作は図1の装置内に所定濃度・温度に調整されたカリミョウバン水溶液を入れ、系内を循環する。また、別に設置された恒温水槽にて所定温度に調節された恒温水を装置本体のパイプGを通して入り、Hより排出して恒温水槽に戻るように恒温水を循環して本体内の溶液温度を所定温度に保てるようにした。溶液室のパイプDは図1の晶析装置(主として2次核を発生させるために使用される)より微小結晶を懸濁した過飽和溶液の供給するための入り口であり、その大部分の溶液はパイプEより溶解槽8に排出したが、その間一部の供給過飽和溶液はC室とF室の分離壁に設けられた小さな穴よりC室に入り逆の位置の穴よりF室に戻るように循環した。種晶は内径2ミリのパイプ口よりC室に入れられ、Aの顕微鏡によって観察し易い位置に移動させて静置した。この様に準備された装置本体内に少数の微小結晶を懸濁した過飽和溶液を供給すると過飽和溶液に懸濁している微小結晶の一部は静置された結晶の表面に落ちて、その表面に付着・固定されて結晶の一部になるものがあった。その一方、結晶表面に落ちた結晶の中にはその静置した結晶上に付着することなく再び溶液流に乗って結晶から離散するものもあった。これらの現象をよく観察すると、過飽和溶液内を浮遊している微小結晶のうち結晶表面の荒れた微小結晶は成長が早く、その様な結晶が静置結晶に接すると付着成長して、実質的には結晶成長速度を加速するとのでないかと考えた。この一連のテストで得られた結果を纏めると以下のように集約することが出来た。

ウ) 過飽和溶液内でクラスターが会合して生成したと思われるような生成直後の微小結晶は成長速度が速く、短時間に結晶固有の晶癖にしたがって正常な整った形状の結晶になった。この過程で生成直後の微小結晶を過飽和溶液内に懸濁している既存の結晶と接触させるとそれらの結晶は会合し、微小結晶結晶数は減少するが、個々の結晶粒子成長速度は加速されると考えることが出来た。
エ)カリミョウバン系過飽和溶液に浮遊している比較的粒径の大きい結晶に微小結晶が付着すると、一般に付着した微小結晶の成長速度は付着された大きい結晶の成長速度より速い速度で成長し、付着した微小結晶が付着した結晶表面上で大きく成長していくことがしばしば確認される。しかし、その結晶がある大きさまで成長するとその成長速度は遅くなり、微小結晶が付着している大きい方の結晶の成長速度の方が大きくなり、付着した微小結晶は次第に大きい結晶包含されるようになり、数分から十数分の間にその結晶中に埋没するように姿を消すことが多い。
オ)過飽和溶液内で微小結晶を付着しながら成長している結晶の表面は一見平滑面を維持しながら成長しているようにみられるが、その結晶面に突発的にひび割れが発生することがある。この時生成するひびは複数の方向に同時に発生することがあるが、一旦このひび割れが発生するとその面の成長速度は大きくなり、その面の修復によってこのひび割れは短時間に成長した結晶によって修復され、上面からは元の平滑面と同じようにしか見られないようになる。 カ)生成直後の結晶面を僅かな未飽和溶液で溶解してもその結晶の面に平行に厚みを減少させることは少なく、結晶表面の特定箇所が優先的に溶解が進むことがある。その様に考えると工業製品として生産される結晶は多くの単結晶の集合体のように考えられる。  

5) むすび:
  化学工学で研究される結晶も理学系の研究者が研究する単結晶、あるいは単結晶と見なせるものとして研究されてきた。しかし、装置内の結晶核の挙動を考えたり、結晶純度や結晶物性などを研究すると、工業製品としての結晶はやはりその製品の用途に適したものを安価に生産することが必要である。この様な見地から晶析工学を考えた時21世紀は20世紀と異なった工業晶析理論・技術体系を構築する必要があると考える。

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