テスト用マイクロ晶析装置は基礎的現象解明のために、また晶析装置設計に必要な設計定数を測定するためにも有効である。ここで、テスト用マイクロ装置の意味は研究対象に必要なデータを取るための最小容量測定装置のことで、05B−2,1で紹介した2次結晶核を発生させた流動層種晶の装置を意味する。豊倉研究室で行った2次核化現象に対する一連の研究の装置はこのマイクロ晶析装置で、比較的短期間に効率よく研究実験を行うことができた。ここでは05B−1〜3で紹介した2次核化現象以降に行った研究実験で得られた重要な研究成果を中心に紹介する。
1) マイクロ晶析装置内流動層種晶による2次核発生速度:
流動層を形成しているカリ明礬12水塩種晶による2次核発生現象に対して豊倉研究室で
行なった主な研究成果は本ホームページ05B-1〜3で紹介したが、それを整理すると次のようになる。
ウ) 一連の研究で行った範囲の実験条件では、種晶の表面上状態は2次核発生速度に顕著に影響し、過飽和溶液内に種晶を固定したテストでは操作過飽和度で補正された種晶表面積当たりの発生個数速度で1000倍程度のばらつきが確認された。しかし、数千個の懸濁結晶による2次核発生速度実測値は多数の結晶表面状態が平均化され、その表面積当たりの2次核発生速度のばらつきは大幅に改善され相関式を得ることが出来た。
エ) 流動層を形成している結晶は、相互に緩い衝突を繰り返しており、それによるコンタクト核化が同時に起こっていることが懸念される。そこで、結晶層を通過する溶液空塔速度を落とし、結晶が静止した充填層状態で2次核発生速度を求めるとそれは図1の点綴となった。
図中△は充填層種晶による種晶表面積当たりの2次核発生速度であり、○および▽は流動層種晶による2次核発生速度でこれらの相関は2本の平行線で示された。これよりこれらの種晶による2次核発生はレイノルズ数や操作過飽和度の寄与はほぼ等しいと考えた。充填層種晶による2次核発生では種晶は流動してないので、コンタクト核化は起こってないと考えられ、それよりカリ明礬系ではこの実験条件範囲の流動層種晶による2次核発生においても種晶の衝突によるコンタクト核化は起こってないと考えた。
オ) カリ明礬系の流動層種晶による2次核発生現象の一般性を確認するために、硫酸銅5水塩結晶と硫酸マグネシューム7水塩結晶を流動層種晶とした2次核発生速度実験を行った。その詳細は化学工学論文集:第6巻6号、602(1980)に掲載しているので興味ある方はご覧下さい。この研究の実験装置・操作法はカリ明礬系とほぼ同一であったが、硫酸銅系の2次核発生速度はカリ明礬系の2次核発生速度に比較して発生速度が大幅に小さいように感じた。そこで2次核発生速度に対するレイノルズ数と過飽和度の影響を調べるために、他の操作条件を揃えて行った実験では、それぞれ図2、3に示すようになり、式(1)を得た。
一方、カリ明礬系の流動層種晶による2次核発生速度の相関式は05B−1,3に次の式(3)が示されている。
そこで、式(1)〜(3)を比較すると式(2)、(3)の過飽和度の指数は3.8と3.3で比較的近い値であったが、式(1)の硫酸銅系の過飽和度の指数は1.6で他の系と大幅に異なっていた。そこで、この3系の過飽和溶液内の結晶の界面エネルギーσ(この算出法は中井先生が1969年の日本化学会誌42卷、2143ページに発表された方法で算出)、2次核発生速度に対する操作過飽和度の指数nN(本研究の実測値)および結晶成長速度に対する操作過飽和度の指数nG(本究の実測値)を表1 に示す。
表1のnN/nGと界面エネルギーσを比較してみると流動層種晶では界面エネルギーσが大きくなるとnN/nGの値は1になる傾向がみられる。ここで結晶を構成する分子間の結びつきはσの大きい系の方が大きいと考えると、結晶周辺の溶液粘性流による結晶核の剥離は起こり難くなる。そのために粘性流による結晶核の剥離に基づく結晶核の発生より結晶の衝突によるコンタクト核化が支配的になる傾向があるのでないかと思われる。結晶が固体と衝突して起こるコンタクト核化現象と衝突頻度の関係にはLarsonらの研究がある。その研究で過飽和溶液内に固定された結晶表面の同じ箇所にロットをぶつけて2次核発生をさせると、衝突頻度が多くなるにつれて一回の衝突当たりに発生する2次核数はある衝突頻度数より急激に減少したと報告している。そのことからコンタクト核化速度はロットが衝突して結晶表面が傷つき、その表面の傷が結晶成長により修復が終了する以前にまた衝突しても充分な数の結晶核は発生しないと考えると、その修復に寄与する結晶成長速度とコンタクト核化速度には密接な関係あると考えられる。しかし、この現象は多数の因子が複雑に関係するのでnNはnGと等しくなると一概に結論付けることは出来ないが、この様な実験結果が得られていることは今後のに大きな課題を意味している。撹拌流動層内のカリ明礬系のテストでも表1の*印のデータで示されるようにnN/nGの値が1になっており、この分野の将来の研究に期待する。
2) 回転撹拌翼設置晶析装置内の懸濁種晶による2次核発生速度:
装置内に撹拌翼を設置した場合の撹拌槽型晶析装置内の2次核発生速度を推算する方法としてはウ)「装置内に懸濁する結晶と撹拌翼との衝突による2次結晶核の発生速度」、エ)「懸濁している結晶粒径の2次核発生速度に対する影響」、オ)「撹拌翼回転域の上部に浮遊している結晶による2次核発生速度」について検討し、それらを総括して装置内の全2次核発生速度を求める方針で研究を進めてきた。これらの研究を進める上で使用した実験装置は流動層型装置内の2次核発生速度測定法で考案したテスト用マイクロ晶析テスト装置を基礎とし、それに工夫を加えて一連の実験を行った。それらに関する主な研究成果は化学工学論文集等に発表しているので必要な場合はそれらをご覧下さい。
一方、回転する撹拌翼と結晶との衝突による2次核発生速度の研究はオランダのdeJongらが行っており、それと同様に2次核発生速度は(操作過飽和度ΔCの指数関数)、(回転撹拌翼と結晶との衝突エネルギーすなわちmdp(回転数・翼径)の二乗)、および(結晶と撹拌翼との衝突頻度)の積に比例すると考え式(4)を提出した。

式(4)の定数は図5のデータを使い、各操作因子に対して両対数点綴することにより求め、また式(4)の指数を確認した。そこで求められた定数は次に示す。
式(4)と上記定数を確認するために、45度点綴したものを点綴したものを図6に示す。
これらの図を見れば明らかなように実験Aからは装置内に懸濁している結晶量の2次核発生速度に対する影響はほとんどなく、結晶層と硝子ビーズ層の界面での2次核発生が支配的でないかと推測された。また、実験Bの結果からは撹拌翼回転域近傍のゾーンでは懸濁結晶量の増加に従って2次核発生速度は増大したがその領域が広くなると核発生速度への種晶量の影響は減少して結晶量には関係なくなった。さらに懸濁結晶量が増大すると逆に核発生速度は減少した。このことは、その装置内に2次核発生に寄与する種結晶が存在すると種晶量の少ない範囲では種晶量の増加につれて、2次結晶核の発生は加速されるが、種晶量が多くなると、発生した結晶核の一部は懸濁している結晶に付着し、結晶の一部に組み込まれて成長に寄与するようにな2次結晶核の発生数速度は減少するようになると考えられた。これと類似した現象は過飽和溶液に関する研究過程でもその後経験されており、この種の詳細な研究成果が待たれる。
3) マイクロ晶析装置内2次核発生速度に基づく工業晶析装置内有効核発生速度の推測と所望製品結晶を生産する晶析装置・操作法の設計について:
近年晶析装置の設計理論が整備され、それに基づく工業晶析装置設計は各分野で行われるようになった。その設計作業は一部の技術者によって比較的容易に行われているが、そこでは所望製品結晶を生産するのに必要な有効核数を工業装置で適正に生成するように設計している。本HPの1)および2)では限定された操作条件において発生する2次核発生速度をテスト用マイクロ晶析装置のテスト結果より推算できることを示した。しかし、工業装置内の状況は装置内に懸濁する結晶や溶液の過飽和度に対しても単純な分布モデルで推算することは出来ない。まして初期の晶析理論で考えられた理想的な単純モデルをそのまま適用して所望製品結晶の生産に必要な工業装置内有効核を発生させる操作条件を決定することは出来ない。最近の工業晶析操作では所望結晶製品を生産できる操作条件近傍で有効核を比較的安定した状態で発生することができ、その付近の操作で発生する有効核の制御には不足結晶核数の不足部分の補充操作や過剰結晶核に対しては過剰部分の除去操作を加えることによって所望有効核を生成するようにしている。有効核を安定的に発生する操作条件を見出すためには、想定される工業晶析装置・操作条件で操作できるテスト用マイクロ晶析装置を作成し、それを用いて所望結晶を生成した時の装置容積当たりの結晶生産量を維持出来るように工業装置・操作法を設計することによって、所望結晶に近い製品を所定量生産できると考えている。
4) むすび
1980年代初までに行った2次核発生現象の研究状況を概括した。核化は晶析操作に特有な現象で20世紀後半には広く世界各国の研究者・技術者で研究され、可成りの成果が得られている。しかし、結晶にはその他に核化が関与する多形に起因する現象や製品結晶純度等多くの研究課題があり、その一部については豊倉研究室でも既に研究しいるが、まだまだ研究しなければならない課題は山積している。これらは21世紀の課題あり、若い研究者の活躍を期待している。
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