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豊倉賢略歴
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2005 B-1,3:「1次核化現象と2次核化現象」


1)はじめに:

  核化現象に関する研究は既に20世紀前半に行われていたが、この研究は理学分野の研究が主で、ほとんど1次核化現象に関する研究が中心であった。今から思うと工学分野に関連する研究を行っていた研究者は1930年代に結晶が過飽和溶液内に懸濁していると核発生速度は結晶の存在しない時と較べて大幅に異なるデータがあることを発表していた。しかし、それらの研究では結晶が懸濁しているときの核化現象に対して2次核化と言う表現は使用されていなかった。1960年代後半になって、欧米で工学分野の晶析研究が活発になり、過飽和溶液内に懸濁する結晶の成長現象が着目された。このような条件下では2次核化現象の重要性が認識されるようになり、2次核化現象に関する論文も発表されるようになって、その概念や意義も正しく理解されるようになった。それ以前の論文では核化現象と云うと、その中に1次核化現象と2次核化現象を混然としたまま研究していたようであった。ところが、1960年代後半から1970年代にかけては化学工学分野の研究者が積極的に核化現象の研究を行うようになると、結晶懸濁過飽和溶液内の核化現象はすべて2次核化現象と誤解して研究するものも出るようになってきた。一方、化学製品のハイテク化が進むと感光剤や材料分野などで微粒子結晶を生産する技術開発が活発になった。この分野の研究では1970年代と異なり過飽和溶液内の核化現象は一次核化が主体的に起こることが多く、特に微粒結晶を中心に研究する工学系研究者や技術者は核化現象というと1次核化を考えてしまうようになっている。この様に晶析プロセスで生産される結晶が多様化され、またそのおのおのが高度化されると、研究者・技術者によっては、1次核化か2次核化の一方のみを研究するようになり、実際に装置の中で起こっている現象を誤解している人にしばしばお目に掛かるようになっている。ここでは、1次核化現象と2次核化現象に共通な点と異なる点とを説明し、これらを間違って判断することによって、実際には対応策の間違いなどが起こったことなどを紹介する。

2)1次核化現象と結晶核サイズ:

  豊倉が1959年に晶析研究を始めた時、最初に調査した結晶化現象を纏めたものは、[化学工学、25、(6)、487(1961):“晶出機構と晶出速度”]および[化学工学、26、(12)、1263(1962):“結晶成長”]に発表している。1次核化現象の概要とそこで参照した主な文献所在はその総説をご覧いただくとして、ここでは、1次核化現象の特徴を紹介する。

  1次核化現象は気相中でも液相中でもそれらの相にはその過飽和状態で析出する結晶は存在しない状態の中で、自然発生的に結晶核が発生する現象です。その状況は概念的には夏などに登山した時、切り立った山の片側から気温の大幅に異なった気流が来て白雲が突如発生する時の現象と同じである。この白雲は温度によって水滴であったり、氷であったりし、その結晶が発生する時の気象条件によって発生する状況は異なって来る。その白雲が発生した時の状況変化をじっと眺めていると、その様子は目まぐるしく変化することがある。この変化は均一相内で新しい相が発生する時に起こると劇的な変化とよく似ていると考えられる。その現象は過飽和度を生成する方法やその増大過程の影響を受ける。ある過飽和度に固定して保持した場合はその保持時間によって、また過飽和度が異なるとその大きさによって核発生速度や核発生に伴って変化する現象は極端に異なってくることがある。結晶核の発生箇所に不純物が存在するとその不純物によっても、また、機械的なエネルギーの付与等によっても大幅に異なってくる。過飽和溶液中における核発生テストで見られる現象は平成16年3月に掲載した「2004B−2,1:1959年当時の単位操作としての晶析」で尿素添加塩化アンモニウム過飽和溶液の晶析テストを例に扱ったが、適度の過飽和溶液内においては結晶核を発生することなく長時間そのままの状態に保つことが出来た。しかし、その状態の溶液に塩化アンモニウムの小結晶を添加すると結晶核が急激に発生するようになり、それが凝集・成長して目に見えて大量の結晶が溶液内に生成した。この時発生した結晶核は過飽和溶液内に添加された塩化アンモニウム結晶によって発生した塩化アンモニウム2次結晶核であった。この2次核発生の状況を同種の結晶が存在しない時に起こる1次核発生と比較すると、2次核発生は結晶核の発生を促進すると考えられる種結晶を過飽和溶液に添加すると直ちに起こることが多く、1次核が発生する時に必要な長い待ち時間はない。これに対して、種結晶が存在しない過飽和溶液内で1次核を発生させるには2次核発生場合より大きな過飽和度が必要であり、その上、過飽和溶液の流動状態や溶液内に存在する不純物の影響が大きいことがある。またその過飽和溶液作成の履歴などの影響もあり、同じ操作条件で同様な操作を行っても同程度の結晶核発生速度を再現することもある。そのため装置内で発生する1次結晶核数を所望値近傍になるように制御することは容易でないと考えられている。しかし、微小結晶を多数生産する場合やライプニングを利用して粒径をある程度制御した微小結晶を生産する場合には、非常に多数な1次結晶核を発生させる必要がある。そのような場合操作過飽和度を特に大きくし、その上激しい撹拌を与えて急激に1次結晶核を発生するような操作をするのが有効である。この操作では反応液を急速に混合させて瞬時に難溶性物質を生成し、反応後の溶液過飽和度を大きくする方法が適用される。この様に過飽和度を大きくして操作すると結晶核が発生するまでに必要な待ち時間は短くなり、反応後直ちに1次核が発生するようになって、比較的再現性良い1次核発生速度が期待できる。


  過飽和溶液内で微結晶を新たに生成する時の自由エネルギーの変化はその結晶が生成することによって生じるその結晶表面積に基づく面積エネルギーとその結晶体積に基づく体積エネルギーの和から結晶生成のために減少する過飽和溶液の体積エネルギーを引くことによって表される。ここで誘導された相関式は結晶の成長による系内の自由エネルギー変化を示しており、その値は操作過飽和度を一定に保って結晶を成長させると、その操作過飽和度によって決まる特定粒径(これは過飽和度によって決まる臨界粒径と言われ、その過飽和度の溶液内存在する結晶核サイズである)までは結晶成長につれて系内の自由エネルギーは増大するが、過飽和溶液内に懸濁する結晶粒径がこの特定粒径より大きいと結晶粒径の増大につれて自由エネルギーは減少するようになる。この関係を熱力学の第2法則に従って考えると、この特定粒径より小さい粒径の結晶はこの過飽和溶液内では粒径を減少する方向に変化すること、すなわちこの結晶は消滅することを示している。この範囲の微結晶は実際には安定した状態で存在することは出来ず、結晶と区別して胚種と言われる。一方この特定粒径より大きい結晶は粒径を増大する方向に、すなわちその結晶は成長することを意味している。そのことより、この過飽和度によって決まる特定粒径は自由エネルギーの相関式を微分することによって求めることが出来、その値はその操作過飽和度に対応した熱力学的結晶核と定義されている。ここで、定義される熱力学的結晶核は、その結晶核が発生した経緯に関係なく溶液過飽和度の大きさのみによって決まり、成長して所望結晶になる結晶を成長させる基となる考えることが出来る。

3)2次結晶核と工業操作:


  化学工業で結晶製品を生産する工業晶析操作では、所望均一粒径の結晶を所望量生産することが多い。その場合製品結晶量は次の式のように

(結晶生産速度)= (生産結晶数)x (1個の平均結晶量)

相関される。晶析操作で生産される1個の結晶量は結晶体積と結晶密度との積で算出され、また1個の結晶体積は結晶粒径の3乗に体積形状係数を掛けることによって求められる。生産される結晶粒径は装置内に結晶が滞留する時間と装置内における結晶の平均結晶成長速度との積によって決まり、最近の晶析技術では所望粒径の結晶を生産することは可能になっている。その様に考えると所望製品結晶を生産する晶析技術は装置内で上式を満足するような数の結晶を生成することで、そのためには安定した発生速度で結晶核を生成することが必要である。装置内で結晶を発生させる方法としては2)で扱った1次結晶核を発生させる方法と、2次結晶核を発生させる方法とがあり、そのどちらの結晶核を発生させる方が工業晶析操作に適しているかを検討することが重要である。
晶析操作で生産される結晶の品質(ここでは結晶密度で表現する)、結晶の成長速度、結晶核の発生速度に対する操作溶液の過飽和度影響については定性的な概念として図1が示されている。

この図を用いて結晶成長速度と結晶核発生速度に対する過飽和度の影響を比較すると、過飽和度の小さい範囲では過飽和度の変化に対して両速度とも変化は小さく晶析速度を制御し易いが、操作過飽和度が大きくなると結晶核発生速度は過飽和度の僅かな変化大きく変化するようになることを示している。その意味では操作過飽和度が大きくなると結晶核発生速度の制御は難しくなる。そこで、所望結晶を安定した状態で生産するためには、比較的小さい操作過飽和度で所望結晶核数を発生させることが有効であり、そのためには可能な範囲で2次核を発生させて操作することが望ましいと考えられる。1次核発生機構と2次核発生機構の大きな差異は過飽和溶液内に存在している結晶によって結晶核が発生するか否かである。過飽和溶液内に存在する結晶が2次結晶核の発生に寄与すると低い過飽和度でも多数の結晶核を生成することが出来、安定した晶析操作を行いやすくなる。2005B-2,1で紹介した流動層種晶による2次核発生速度に関する研究実験では、種晶粒径が610ミクロン以上で2次核の発生速度は実測されたが、その実験で発生した2次核からは孫核の発生は確認されなかった。しかし、工業晶析装置内の晶析現象を考えると装置内で発生した結晶核は製品結晶に成長するまで装置内に懸濁し続けるので、装置内で発生した結晶核はどの大きさに成長したら孫結晶を生むようになるかを知ることは興味ある。この様な大きさになった結晶は2次結晶核を生める最小粒径結晶と考えることが出来る。この最小粒径結晶に関する研究は1970年代にAIChEでは発表されるなっていた。そこで、豊倉は1975年に発表した流動層種晶による2次核発生に関する研究を発展させ、カリ明礬系において2次結晶核を生める最小結晶粒径に関する研究を行いその成果を発表した。それに関する研究の裏話等を2005B-3,2で紹介し、その研究を纏めたことによって工業晶析操作に対する種々の考え方が提出出来たのでそれらについても扱う。

2005年5月

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