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豊倉賢略歴
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2004 B-1,5:既成晶析装置設計理論と新しい設計理論
−実用化の問題点とその解決・・2〜3の検討−

要旨 新しい技術を開発しようとする時、まず既成の理論の中に使用できるものがあるかどうか検討する。その時開発者の納得するものがないと新しい理論・開発法を研究し、その研究成果に基づいて新技術の開発を行う。ここでは1960年代に豊倉が行ったオリジナルな晶析装置設計理論の開発とそれによる工業晶析装置の設計法を連続式分級層型晶析装置の設計を例として、青山らが行った実例を合わせて扱った。最後に、研究は完成するとその先のさらに進んだ課題がクローズアップしてきて、それに挑戦することが、研究者の宿命であることを記述した。

1) はじめに

   2004A-1,5-1 では、早大晶析グループがオリジナルな連続晶析装置設計理論を提出し、それを発展させて行った工業晶析装置設計法体系化の概要を整理した。この体系化は工業晶析装置設計を容易にし、多くの企業技術者が晶析操作を含む化学工業プロセスを提出することを可能にしている。

  晶析操作は製塩工業や精糖工業で古くから用いられて来たが、近年ではさらに肥料工業・薬品工業その他ファインケミカル工業や環境対策プロセスなどで晶析を含む工業プロセスを広く選択できるようになっている。このような化学産業を取り巻く環境の変化に応え、晶析研究や晶析技術開発を行う研究者や企業の技術者が構成する晶析研究グループの活動が活発になった。この晶析グループの活動は結晶を工業装置内で生産する操作条件の選定等に重要な晶析基礎現象の解明や工業晶析装置・操作設計を容易にする研究などが対象になっている。特に工業製品の生産に直接結び付く晶析装置・操作の設計は企業の技術者にとって極めて重要である。また、設計理論を工業晶析装置の設計に的確に適用するためには設計理論提出のために設定された対象晶析装置内の状態モデルを実際の工業装置内のそれと一致するように設定しなければならない。しかし、工業晶析装置内の晶析現象や懸濁結晶・溶液の状態は非常に複雑で、設定モデルを完全に一致することはほとんど出来ない。そのため、晶析装置設計理論によって工業晶析装置を設計することは出来ないと言う企業技術者もいるが、工学理論の意味をよく理解している技術者はそのギャップを埋め、晶析装置設計理論を用いて工業晶析装置の設計を手際よく行うようになっている。晶析装置設計理論を提出した研究者は工学理論をよく理解している技術者と協力して産業界の発展に貢献する晶析装置設計理論が完成させる責務がある。豊倉は1963年にCFC晶析装置設計理論を提出し、以降現在に至るまで、

a) 設計理論提出のための設定モデルと工業晶析装置の差異を無視できるような工夫についての研究。
b) 晶析装置設計理論に基づく工業晶析装置設計を簡単に素早く行うことが出来るような研究。
c) 晶析装置設計理論が適用出来る晶析装置形式の拡大を図り、豊倉が研究当初に提出した晶析装置設計基本概念を設定したのと異なる形式の装置設計への適用を可能にする研究。

等を続けている。本稿では豊倉らが行った晶析装置設計理論に関する研究のうち、特に1960年代に行った研究内容を中心に記述する。なお、ここで扱う内容の参考文展は次の括弧内に示すが、追加的なものは各箇所に列記するので、必要な時にはそれらを参考にして頂きたい。

(参照文献;Miller,P & .Saeman,W.C. ; Chem. Eng. Prog.,43,(12)667(1947), Saeman,W.C.; AICh.E Journal ; 2 , 107 (1956), Randolph,A.D. & M.A.Larson; ibid 8, 639(1962); 豊倉賢;ケミカルエンジニヤリング(6)62(1966)、(7)、77(1966))

2) Saeman その他の研究者が進めた既往研究と豊倉グループがオリジナルに提出したCFC晶析装置設計理論について:

  晶析装置を設計しようとする場合、設計理論や設計法に関する既往研究を調査し、対象に考える装置形式に適用できるものがあるかをどうか検討する。豊倉は、当初クリスタルオスロ型装置についてSaeman が1947年に発表した装置設計理論を勉強した。この理論で想定された装置モデルは一応理解し易く、その基本式の提出とその展開もそれなりに納得いくものであった。しかし、拡散操作としてクリスタルオスロ型装置の高さ方向の濃度分布を考えると、この論文で設定されていた装置頂部溶液過飽和度が0になると言うことは(この当時の設計理論では皆このように考えており、現場技術者の間では今でもこのように考えてるものがいる。)装置高さが無限大でなければならず、工業晶析装置の設計に適用する理論提出のための装置モデルとしては、より妥当なモデルを設定する必要を感じた。また、Saemanが式の展開に使用した装置内の特性式については20年近くの間に種々の研究が行われ、それらについても検討する必要があった。そこで、クリスタルオスロ型装置設計理論を提出するに当たり、次のような検討を行った。(城塚・豊倉・関谷:化学工学29卷9号698(1965) および 上記 ケミカルエンジニヤリング (7)、77 (1966)参照)

a) 設計理論提出のためにより妥当なモデルとして次の設定をした。

a-1) 晶析装置内の結晶は、装置半径方向の水平面では粒径が均一に揃った結晶が懸濁するが、塔頂方向には流動層の流動特性式によって決まる粒径の結晶が高さ方向に分布して懸濁する。 

a-2) 装置設計の対象になる装置内に形成される結晶懸濁流動層の流動特性式は、装置内に懸濁する結晶の沈降終末速度がAllenの法則に従う範囲と設定してその結晶が形成する流動層を対象に考え、その流動特性式ととし日本専売公社の諏訪らが流動層を形成する均一粒径食塩結晶の流動特性実験より提出した特性式を用いた。

G:空塔基準の溶液流速 [m/hr]
:空間率
:結晶の終末速度 [m/hr]

a-3) 結晶成長速度を総括結晶成長速度係数と溶液過飽和度の積で表わし、その総括結晶成長速度係数は拡散段階の物質移動係数と表面晶析段階の結晶成長速度係数からなると考えた。ここで、物質移動係数については、Guptaが多くのデータを整理して提出した相関式を用いた。(Gupta,A.S.,&G.Thodos: AIChE Journal 8 No.5, 577 (1962) 参照)

a-4) 装置塔頂部に懸濁する結晶粒径は添加される種晶粒径とし、塔頂部に懸濁している結晶の状態は結晶の懸濁密度で表し、懸濁結晶体積基準で表示して、10%とした。

a-5) 所望粒径に成長した結晶は塔底部に到達し、そこより結晶製品として取り出される。装置内に供給される溶液の過飽和度は、溶液が塔底部に供給された段階で結晶核を発生しない範囲の準安定域で、その溶液は装置内に懸濁する結晶を成長させて過飽和度を低下するので、装置内の結晶核発生は無視できる範囲とする。また、装置は定常状態で操作されるとする。

b) 設計式の提出はこの研究で設定したモデルを組み合わせて立式し、その式を展開して製品結晶粒径と生産量の絶対値に関係なく結晶装置設計に容易に適用出来る関係式を提出する。それらの式の取り扱いは次のように行った。

b-1) 定常操作の装置内単位装置断面積と微小塔高で考える微小容積セル内における単位時間当たりの結晶の成長速度 (=(セル内に懸濁する結晶の全表面積)x(溶液の過飽和度)x(総括結晶成長速度係数)) は ( (その着目セルに出入する溶液量)x(溶液濃度差)から算出される(容液内溶存溶質の減少量))、および ((同セル内に出入する結晶数 )x(その結晶の体積差)から算出される(結晶の増加量)) と等しくなるので、これらより設計基本式を提出する。

b-2) 基本式はb-1) の第1項と第2項あるいは第3項と組み合わせると得られるが、その式中には結晶粒径と溶液過飽和度がある。そこで、b-1)の第2項と第3項を等値におくと粒径は過飽和度の関数になり、それより基本式は装置塔高と結晶粒径の関数に纏めることが出来る。

b-3) 設計基本式において総括結晶成長速度係数を使うとそれは拡散段階の物質移動係数と表面晶析段階の結晶成長係数で相関されるが、これらの3係数の間には総括値の逆数は物質移動係数の逆数と表面段階の結晶成長速度係数の逆数の和と等しくなる関係がある。それらを組み合わせると装置高さ次式となる。
クリスタルオスロ型装置の装置高さ= ( H.CG.U. ) x ( N.T.U. )
ここで、H.CG.U. ( Height per Crystal Growth Unit ) はさらにH.T.U. ( Height per Transfer Unit ) とH.SU.U. ( Height per Surface Reaction Unit ) とからなりそれらは次式となる。
( H.CG.H. ) = ( H.T.U. ) + ( H.SR.U. )         (1)
また N.T.U. ( Number of Transfer Unit )  =(溶液の装置内空塔速度)
x( ln(無次元過飽和度) / (結晶の装置断面積当たりの沈降個数速度)     
で算出される。ここで無次元過飽和度は次式のように定義される。
(無次元過飽和度)=(塔底部溶液過飽和度)/(頭頂部溶液過飽和度)

b-4) H.T.U. およびH. SR.U. の 算出法:
  H.T.U. おやび H.SR.U. の 算出法の詳細については上記参照文献に記載されているが、その式をより直接誘導した関係式で装置設計してもそのままでは所望結晶を生産する装置を設計することは出来ない。その理由は、晶析装置内に懸濁している結晶は塔径方向に均一粒径でなく、流動層の流動特性の式から推算される装置内の各位置に懸濁している結晶は算出される粒径より大小に差のある結晶が存在し、粒径分布が存在していると考えられる。また装置本体内のスラリー溶液の懸濁状態を観察すると塔頂部以外の結晶は、装置内各所に存在する溶液の複雑な流れにより上下方向に複雑な挙動をしており、それら等について補正する必要が考えられるからである。その補正のためには、式(1)で示されるH.CG.U. に対する H.T.U. と H.SR.U. の寄与度の比較より、拡散律速支配か表面段階晶析律速支配かを判定し、そのおのおのにケースに対してモデルとの差異を表す補正係数を付加した設計定数αを用いて簡略化した塔高算出式(2)、(3)が提出されている。

拡散律速支配 (2)
表面晶析律速支配 (3)

ここで、式(2)、(3)の ( C.F.D. ),( C.F.SR. ) はそれぞれ式(4)、(5)にて定義される無次元数で、これらの塔頂部空間率0.9の時の値はFigs.1&2 に(装置底部に懸濁する結晶粒径)/ (装置塔頂部に懸濁する結晶粒径)にて定義される無次元粒径y1に対して無次元過飽和度φをパラメーターにして相関されている。

(4)
(5)


ここで示した式(2)、(3)を ( H.CG.U. ) や ( H.T.U. ) の代わりに使用すると容易に所望製品を生産できる工業晶析装置は設計できる。以下に式(2)、(3)を用いた装置高さの決定法を青山・豊倉が1973年に化学工学に発表した論文を引用して説明する。(青山吉雄、豊倉賢:“分級層型晶析装置による硫酸ナトリウムの晶析-パイロットデータより工業装置へのスケールアップ”化学工学、37巻、4号、416(1973))

  実験はFig.3に示す装置にて行い、Table1に示すデータを取得する。そのデータを用いて式(2)、(3)に従って相関を求めるとそれぞれFigs.4&5の点綴が得られる。このFigs. の点綴を比較すると、Fig.4の式(2)に従って整理した方が原点通過の直線上に載っており、それより、この系はTable1のデータを取得した範囲の操作条件では拡散律速支配で、補正係数を加味した設計定数αdは3.9x104となる。この数値を用いてTable2に示す設計条件で円錐形分級層型晶析装置を設計するとFigs.6&7 となった。(円筒形分級層型パイロットプラントデータより円錐形装置の設計手法は上記参考文献ケミカルエンジニヤリング(7)、p.77(1966)に掲載されてるので興味ある時はそれをご覧下さい。)このプラント操業時のデータよりその操作時の装置高さを算出するとTables 3&4に示すZcalとなり、テスト操作時のデータZobsと比較的よく一致した。

3)豊倉設計理論を工業晶析装置設計に適用するためのアプローチ:

  豊倉が提出した設計理論の設定モデルは稼働している工業装置の操作状態と一致しないことが多い。設計理論を用いて晶析装置を設計し、所望製品を生産するためには設定モデルと操作状態の差異を詰める対応をとることが必要である。

  豊倉がここで扱った晶析装置設計理論を提出した時に設定した装置・操作モデルは、既にSaemanらが設定したモデルと異なったものを設定したが、稼働している装置の状況と異なっていた。その差異を可能な範囲で小さくする方法としては、設定モデルを改善して設計理論式を工業装置の実情に近づける方法と、装置設計計算に使用する設計データの測定状態を工業装置内のそれに可能な限り近づける方法とがある。その上でも生じる差異を減少させるためには、補正係数を設計式に導入し、その係数をパイロットプラントテスト、あるいはプラント試運転時に測定し、実操業データを操業条件から推算できるようにする方法がある。ここでは、設計された工業流動層型晶析装置の操作で問題になったこと等を検討した内容を整理して今後の参考になればと思い記述する。

3−ウ)モデル晶析装置ではその操業中結晶核発生のない準安定域過飽和溶液での操作が設定されているが、工業操作では核発生を防止することはほとんど不可能である。それに対しては?

  20世紀前半では、準安定域過飽和溶液で操作すれば、晶析装置内で結晶核発生は起こらないと考えられていた。しかし、20世紀の後半には2次核化現象についての研究が活発になり、生産能力を高くすると装置内の核化現象を無視することが出来ないことが明らかになっている。通常の晶析操作では装置内での核発生は僅かな範囲に保たれるように操作される。そのような場合では、装置内で起こる核化現象を無視して装置や操作を設計することが出来る。しかし、それを無視すると生産される結晶粒径が所望値より小さくなることが心配される場合には、微小結晶除去装置を設置し、装置内で発生した結晶核を装置本体内より除去する操作や溶媒添加などの操作を加えることによって発生結晶核を溶解する操作を付加する工夫がされることが多い。しかし、このような操作で除去される結晶量が増えると装置の生産性が低下するので、その量を生産結晶量の数%以内に抑えることが必要との意見がある。

3−エ)多くの工業操作では種晶添加を行っていない。また特別な場合種晶を連続的に供給することはあるが、その粒径は厳密に測定していない。装置設計で扱われる添加種晶粒径をどのように考えるとよいか?

  豊倉が提出した流動層型晶析装置の設計式では装置塔頂部に懸濁する結晶量は10%と考えている。このように考えると塔頂部に懸濁する結晶粒径は塔頂部の溶液空筒速度と容積表示の結晶懸濁密度10%より諏訪らが提出した流動層の流動特性式を用いて塔頂部に懸濁する結晶の沈降速度は求まる。諏訪らの式を適用しているので結晶の沈降の終末速度と結晶粒径の関係が1次式であらわされ、その相関式をあらかじめ求めておくと、塔頂部に懸濁する結晶粒径は沈降の終末速度から容易に求まり、その粒径を種晶粒径と考える。塔頂部に懸濁する結晶の沈降の終末速度が小さい時はストークスの範囲の流動特性式を用いると同様に扱うことは可能と考えられる。しかし、この場合安定操作をするために、装置内に大型撹拌翼の低速撹拌によるなどの工夫が必要になる。

3−オ)連続分級層型工業装置の工業操作では、塔頂部の結晶懸濁密度は制御してない。それにも拘わらず塔頂部の結晶懸濁密度を10%に設定している。それでよいか?

  装置内結晶を溶液上昇流によって懸濁させ、安定流動層を形成するためには或程度以上の結晶懸濁密度が必要であり、立方晶のような形状の結晶を懸濁させて安定流動層を形成するには10〜40%(体積)の懸濁密度で操作することが有効である。連続円筒形分級層型装置で比較的粒径の揃った結晶を安定生産する場合、装置内に存在する結晶量のある特定粒径までの結晶量の総計は結晶粒径の4乗に比例するので、種晶粒径と製品粒径比が1:3の場合でも種晶より粒径の小さい結晶量は装置内に存在する全結晶量の81分の1であり、塔頂部の結晶懸濁密度が多少違っても装置内に懸濁する結晶流動層高さにはほとんど影響ないと考えられる。従って、種晶粒径と製品粒径が余り変わらないような特殊な場合を除いては、塔頂部の結晶懸濁密度を10%として装置設計をしてもほとんど問題ないと考える。

3−カ)晶析装置から生産される結晶は分級脚を通して装置より取り出しても、その結晶は均一でなく粒径分布がある。その時結晶の代表粒径はどのように考えるべきか?

  均一粒径の結晶はどのように代表粒径を表しても同じ値になるが、粒径分布のある結晶代表粒径はその表示法によって大幅に変わる。本来その表示法はその製品の使用目的に叶った方法で表示すべきものと考える。一般に、結晶製品の特性は代表粒径と粒径分布の分散度によって異なるので、その両者の組み合わせで考えるべきである。その一方では装置設計に都合のよい表示法も結晶を生産する立場で重要である。1980年に豊倉が提出した設計線図に基づく装置・操作設計理論では、生産される結晶の粒径分布はロジンラムラー線図に点綴した粒子特性数とその点綴の勾配によって表示した。この表示法では製品結晶の代表粒径と粒径分布を決めるとその結晶の重量基準粒径分布の最大を示すモード径は容易に決定出来、また成長速度と装置内平均結晶懸濁密度のセットより装置容積当たりの結晶生産量も簡単に決めることが出来る。特別な要望がなければこれらを代表粒径と粒径分布の表示に使うことにより、ある程度製品特性を規定した結晶を生産する装置・操作法を決定できる。ただし、この場合には、有効結晶核発生速度は規定されるので、装置内で発生した結晶核発生速度をここで規定される有効核発生速度になるように制御することが必要である。

4) むすび

  工業晶析操作では、所望製品を生産する装置の最適設計をすることは極めて重要である。それと同時に、設計された晶析装置は容易に建設でき、また設計された装置はトラブルなく安定した状態で長期に操業できて所望製品を生産し続けることも大切である。最近晶析装置の最適設計に対する方法は考えられるようになってきたが、その中身についてはまだ研究しなければならないことが多々ある。その意味において晶析操作は21世紀に大いに発展する分野と考えられる。晶析操作は、難しいとよく言われるが、これは未解決課題がまだ沢山残されているからで、これらは21世紀には解決され、新しい化学工業の分野として大いに発展すると期待している。 

2004年11月

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