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豊倉賢略歴
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2004 B-2, 2:後発研究の取り組みはどう進められたか?

「 塩安系結晶成長速度についての報文とこの研究で学んだもの 」

  

  2004B-2,1 に記述されたように、尿素添加塩化アンモニウム過飽和水溶液から塩化アンモニウム立方体結晶が析出することは広く報告されている。 豊倉は、当初守山氏の文献に報告された方法に従って研究を進めたが、尿素添加塩化アンモニューム水溶液から立方体塩化アンモニウム結晶を生成することは出来なかった。 しかし、試行錯誤を繰り返し、装置内で起こっている現象を慎重に観察することによって、文献の読み方が不充分であったことに気付き、 直方体形状の塩化アンモニウム結晶を生成することが出来た。 本研究では、その予備実験の経験を生かして、準安定過飽和域と考えられる尿素添加塩化アンモニウム水溶液を使って、予備的な実験で修得した方法で生成した塩化アンモニウム結晶を種晶として研究実験を行った。 その目的は2004B-1、2 に記述した20世紀前半の晶析研究で明らかになった結晶成長現象を確認することであった。 2004Bム1,2で紹介したようにその時代の晶析基礎研究は、理学分野の研究者の研究成果そのままのものがほとんどで、それは、結晶成長現象を理解するのに貴重で有効であったが、工業装置内の結晶成長現象とは実験条件が異なっているので、そのまま工業晶析基礎と考えることは出来なかった。そこで、1個の塩化アンモニウム直方体結晶を流動している所定過飽和度溶液中に固定し結晶成長速度に対する溶液流速の影響をしらべ、拡散物質移動速度に対して提出されている流動についての関係式から考えられる影響と比較検討した。

1) 本実験で使用された褐色塩化アンモニウム結晶の調整;

  本件研究で対象とする一連の実験で、溶液物性〈この段階では主に粘度に着目した〉の晶析現象に対する影響を調べるために、尿素添加塩化アンモニウム溶液にラクトース試薬を添加して晶析実験を繰り返し行った。 ここで、実験に使用した溶液をまた次のテストに使用するため、実験終了後再加熱して溶液中に存在していた多数の微結晶を完全に溶解した。 しかし、その操作を繰り返すうちに、溶液中のラクトースは分解して溶液は褐色に変り、徐々にその色は濃くなって行った。その褐色になった溶液をふた付き瓶の中に入れ実験室のテーブル上に一晩静置して置くとその溶液濃度によって直方体形状の整った結晶を生成することが出来た。 この結晶を無色透明な尿素添加塩化アンモニウム過飽和溶液のなかに固定して成長させると、褐色塩化アンモニウム直方体結晶表面上に無色透明の塩化アンモニウム結晶が成長した。この褐色種晶上に成長した無色透明の塩化アンモニウム結晶の各表面は褐色種晶表面と平行で、褐色種晶表面上に成長した無色透明の結晶量(成長量)は一定であった。 このことより、この褐色種晶の一つの面を無色透明塩化アンモニウム過飽和溶液内で、溶液流れがその面に対して垂直に衝突するように固定すると、その面、溶液流れと平行に置かれた面、溶液流れに対して後流になる面(流れが垂直に衝突する結晶面の裏側の面)のそれぞれの面の結晶成長速度を容易に実測できると考え、次の研究を行った。

2) 直方体塩化アンモニウム結晶各面の結晶成長速度;

     


  直方体結晶の各面の結晶成長速度を実測するために Fig.1 に示すガラス製U字管状実験装置を用いた。 この装置に用いられたU字管は内径約8センチメーターのガラス管を曲げて作成したもので、両側の上部はゴム栓によって蓋をして水が蒸発しないようにした。U字管の両側はゴム栓の底面の下5センチメーターところに配管を接続する口を設け、それを被せるように内径3センチメーター程度の軟質塩ビ管を接続した。塩ビ管で接続されたパイプの中央部には結晶成長速度を実測するための褐色種晶を固定できるガラス製測定部があり、その部分はガラス棒の先端に固定された白金線で結晶成長を実測する種晶を固定できるようにしたガラス棒を保持した。 その右側にある2本の細いガラス管はそこの静圧を実測するためのマノメーター接続口で、この2本の細いガラス管の接続口の間のパイプ内には固定したオリフィス板が設けられていた。その右側のコックを廻すことによって循環流量を調節し、その流量は予め校正されたマノメーターにて測定した。また、装置内の溶液循環はU字管の左パイプに設置された撹拌翼の回転によって起るようにした。 装置内の溶液温度はU字管全体を恒温水槽に浸漬することによって、1/100 ℃の精度に保つことが出来た。

  結晶の成長速度は循環溶液中に固定した褐色種晶の表面に成長した無色透明塩化アンモニウム結晶厚みを種晶の各面に対して所定時間ごとに1/100mmの精度の「読み取り顕微鏡」で実測し、それより所定時間内の結晶成長速度を算出した。測定対象は溶液が結晶に垂直に衝突するA面、溶液の流れに平行なB面、および溶液流れに対して結晶の後流になるC 面である。各面の結晶成長速度を比較すると A 面 > B面 > C面 の順であったが、その各面に着目すると、隣の面の境からの距離に関係なく同じ成長速度であった。一方結晶周辺の溶液内にあると推定される濃度境界層を通しての拡散現象が結晶成長の支配的因子であると考えると、特に溶液流れと平行な面上の成長速度は、溶液流れの下流れの方向に結晶の成長速度は低下することが予想されたが、この実験ではそのようなことは見られなかった。これは、20世紀前半の理学的研究で確認されていた「 結晶表面に到逹した溶質分子は結晶表面上を面に沿って拡散し、エネルギ的に安定した場所に到逹したものはそこで結晶中に組み込まれる」との考えを裏付けられたと考えた。そこ
で、実測されたデータを式(4)で整理し、各実測値から結晶成長速度係数 Koを算出し、それよりシャーウッド数Sh を求め、粒径基準のレイノルズ数 Re に対して点綴すると、Fig. 5 のプロッタが得られた。

V;塩化アンモニウムの分子容、lユ; 褐色種晶表面上に成長した結晶厚み、thi-ta- 時間、 Ko;結晶成長速度係数、C;溶液本体内の塩化アンモニウム濃度、 Co;塩化アンモニュウムの飽和濃度

     



Fig.5 の点綴より、A 面、B面、C面上に成長した結晶の成長速度係数の相関式を求めると、それはそれぞれ 式(5)、(6)、(7)となった。

流れが面に垂直に当たる A面:  
流れの方向と平行な B面:    
流れの後流部になる C面:    


一方、層流域における単一球に関する局所物質移動係数について式(8)が誘導されている。

ただし  は澱み点からの位置で中心角にて表す。


本実験では、Re=700〜500, Sc=436,501 であり、流れが垂直に当たるA面に対しては式(8)のα=0、流れの方向と平行なB面では式(8)のα=90 であり、それを入れると、式(8)は α= 0 および 90 に対してそれぞれ、式(9)、(10)となる。

α= 0          
α= 90         

式(5)、(6)と 式(9)、(10)を比較するとその係数はほぼ一致していた。この比較で、塩化アンモニウム系の結晶成長速度は、溶液相内の拡散段階が支配的に関与するのでないかと考えた。

3) 静置徐冷溶液中に固定した単一結晶の成長速度;

  静置徐冷溶液中に固定した単一結晶の成長速度を回分晶析法にて測定した。そこで得られた結晶成長速度より各操作条件下の結晶成長速度係数を算出した。静置徐冷した容器内の溶液が外部からの冷却によって起こる自然対流により物質移動が支配的であると考え、その自然対流速度の算出法を検討した。 ここで行われたテストでは装置内溶液本体内と容器中央部に置かれた結晶表面付近の温度差を0.15℃と見做して結晶周辺の循環流速を18m/hと推算し、それを式(5)、(6)、(7)と種晶の表面積比から誘導された結晶成長速度係数の関係式に代入して、結晶成長速度係数を求めると比較的近い数値となっていた。

  なお、この研究は化学工学28、(3)、221(1964)、(城塚 正、豊倉 賢、松本 要、“添加物〈尿素およびラクトース〉系塩化アンモニウム水溶液からの塩化アンモニウム結晶成長速度” ) に発表しているのでその内容に特に興味ある方はそれを参照下さい。

4) 結び

  豊倉が晶析研究を始めた頃の結晶化に関する化学工学的研究は晶析装置内の現象に関連した結晶成長速度等に限られたものであった。城塚先生からご指示された研究は前にも記述したように、晶析装置・操作を設計する理論と方法を提出することであった。そのためには、まずこれまでに研究され、明らかになっている結晶化現象の勉強と理解が必要であり、それと化学工学で拡散単位操作を対象に研究されて来た装置設計法と組み合わせて晶析操作に適用できる装置設計法を提出し、さらにそれが何処まで工業系に使えるかを把握することであった。今回紹介した研究は、豊倉が早稲田大学で初めて行ったもので、最初に入手した守山さんの研究報告書の追従試験を行い最初に調べた文献情報の確認を試みたが、勉強した知識が貧弱で思うように研究を進めることが出来ないことを経験をした。 その段階では、Miersの準安定域過飽和の概念を理解することが如何に重要であるかを学び、更に理解を深めるべく現象を頭の中に思い浮かべてその概念を検討した。その上で、準安定の概念が適用できる範囲の尿素添加系塩化アンモニウム過飽和水溶液内の塩化アンモニウム結晶の成長速度は拡散物質移動に関する関係式で相関できることを知った。 しかし、その後の研究経験を総括して考えると、ここで研究したことは、20世紀前半に解明された現象がほぼそのまま起るような系の実験条件であり、より高度な工学分野の要望に応える製品を生産するためには、Miersが19世紀末に提出した概念の枠内に留まることは出来まい。その枠を越えた研究を進める場合何処から攻めるべきかは研究者の研究思想によって決めるべきもので、 東京大学名誉教授・元同医学部長を務められ、豊倉が10年以上ソルトサイエンス研究財団研究運営審議会でご一緒した星猛先生がよく云われていた “研究哲学を持たない研究者は駄目だ” を思い出します。

2004年5月

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