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豊倉賢略歴
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2004 B-1,2:〈5月〉20世紀前半の晶析工学基礎現象

「核発生、結晶成長、媒晶効果」

  

   晶析工学基礎として何を対象に考えるかはそれに携わる研究者・技術者で異なる。結晶を対象にする研究者・技術者は、非常に広い分野で活躍しており、結晶の捉え方も多岐にわたっていて、その広い分野における結晶の問題を総合的に総括出来る概念はない。研究が進むにつれて解明されることは徐々に増加しているが、それより分からない事柄の方が多くなる現実を忘れることは出来ない。しかし、現時点の社会に生きる研究者・技術者はその時点で解決しなければならない問題に対して一応の解を見出し、社会の期待に応えなければならない。

  豊倉は45年前の1959年4月に城塚先生より化学工学分野における晶析を研究するように指示され、晶析装置・操作の設計理論を提出し、化学工学系技術者なら誰でも工業晶析装置の設計が出来るような設計手法の確立に貢献するようにご指導を受けた。その当時は化学装置内結晶化現象について総括的に纏まったものはなく、また晶析装置設計に対する考え方も未熟で、既にほぼ体系化されていた、ガス吸収操作や蒸留操作の基礎理論や設計理論、設計手法とアナロジーに進めてみてはと言う程度であった。そのような状況下で豊倉は 工業晶析の主目的を化学工業において必要をされる所望粒径の結晶を所定量生産する装置・操作を設計出来るようにすることとし、そのための晶析基礎現象として核発生、結晶成長、媒晶効果を考えることとした。

1) 20世紀前半における結晶核の発生;

  工業晶析操作で対象になる結晶製品は、その使用目的によってそれぞれ異なった特性を持つことが必要とされるが、多くの場合製品結晶粒径と生産結晶量を除外して考えることは出来ない。 所望粒径を規定するとそれと生産結晶量との間を結びつけるものは結晶数であり、その結晶数を規定するものは核発生数、あるいは核発生速度である。 しかし、結晶核の発生については、準安定域過飽和度と不安定域との境界の熱力学的検討で、既に20世紀前半に研究されていたが、発生結晶数については20世紀半ばの1次核発生速度に対する研究まで殆ど報告されていなかった。この1次結晶核発生速度速度の研究は結晶核の生成に必要なエネルギ式より提出された関係式と溶液内の析出成分の衝突によって、結晶核臨界粒径を越える結晶が発生と考える1次核発生現象モデルを対象に進めた研究があった。その一方、溶液が一定の過飽和状態になってより結晶核の生成が確認されるまでの待ち時間(時には結晶核発生までの誘導時間とも云う。)が結晶核発生速度に逆比例するとして、実験結果より結晶核発生速度を比較的容易に実測しようとする研究はあった。日本国内では中井先生や久保田先生はその後後者の考え方で研究をされようとしたことがあった。しかし、これらの研究は殆ど1次結晶核発生速度を対象にした研究であった。これらの研究を実際に行った研究者はどちらかと云えば理学系研究者の研究で、工業晶析装置内の結晶核発生現象の解明や工業製品に直接関与する結晶核発生速度の定量化とそれに影響する工業操作条件の関与を明らかにすることを目的にした研究ではなかった。従って上述の製品結晶粒径と製品結晶量を結びつける結晶数と操作条件の関係を直接明らかにすることは出来なかった。そのような結晶数を規定する結晶核についての研究は1960年代後半から1970年代になって化学工学分野の研究者が2次核化現象の研究をが始めてからであった。 しかし、20世紀前半に提出された結晶核臨界粒径の概念は、装置内の晶析現象で考えなければならない結晶核の概念も明確にした。 その結果、2次核化現象を軸に工業装置内核化現象の体系化が進み、装置内で発生した胚種や結晶核・微結晶の凝集現象を含む成長現象への寄与、装置内で生成する結晶の物理的・化学的特性の解明に寄与していると考えている。
 20世紀前半の核化現象を含む晶析工学基礎現象については、化学工学に掲載された記事・・・・・ [ 城塚 正・豊倉 賢 : 「 晶出機構と晶出速度 」 化学工学、25(6)、487(1961) ; 「 結晶成長 」同誌、26(12)、1263(1962); 「 晶析速度の測定 」同誌、27(5)、357(1963)]・・・・・ で解説しているので、特に関連文献の所在を確認したい諸氏はそれらを参照頂きたい。また Ind. Eng. Chem., 44 , No.6, (1952) に晶析基礎に関する小特集が掲載されているので、合わせて参照されたい。

2) 20世紀前半の結晶成長;

  20世紀前半の結晶成長についての研究はどちらと云えば理学的な研究が殆どで、準安定域過飽和溶液内に置かれた結晶成長現象が主であった。ここで研究された成長現象では、 溶液本体内から過飽和状態である析出成分の溶質は結晶表面に向かって拡散する。 そこで結晶表面に到逹した溶質は結晶表面に沿って拡散し、結晶表面上のステップやキンクなどのエネルギ的に安定な箇所に到着すると結晶格子に組み込まれ、結晶成長となる。このような溶質の移動過程に基づいて結晶の成長過程を考えると、溶質の溶液内拡散過程の現象と、結晶表面で結晶格子に組み込まれる surface reaction と言われる表面晶析過程の現象とがあり、20世紀前半においてもこの両過程の現象についての研究は行われていた。それらの研究の概要は 上記1)で紹介した文献を参照していただくとして以下にそれらを総括して纏める。

2・1)表面晶析過程の現象; 成長している結晶表面のキンクやステップの密度は表面晶析過程の結晶成長速度に大きく影響し、結晶表面を処理すると結晶成長速度は大きな影響を受ける。また、共存する不純物が、結晶表面に付着すると付着された面の成長現象が大きく影響を受けることがある。操作の状態によっては結晶表面過程の結晶成長速度がどのようになるかについては基礎分野の研究者の研究は少なく、工学分野の研究者・技術者の研究によってのみ新しい展開が期待されるが、工業装置内で起るであろうと考えられる現象の検討に20世紀前半に行われた基礎的な研究成果を利用することができる。

2・2)溶液内拡散過程の現象; 溶液内拡散過程の現象は理学分野の研究者も研究していた。桐山はシュモルコフスキーのコロイド凝集理論を適用して結晶成長速度式を提出している。(桐山良一;日化誌、71,(4)、p243(1950) ) Amelinckxは成長している結晶周辺の溶液濃度分布をFickの法則に従うとして関係式を提出し、また結晶周辺の濃度分布から結晶成長速度を推算する研究もされるようになった。 それに対して、Bunnらは成長している結晶周辺の溶液濃度分布あるいは結晶表面に接している溶液の濃度と結晶成長速度との関係を求めている。一方、結晶成長速度に対する成長結晶周辺の溶液流動の影響も1950年代に化学工学的に研究されるようになってきた。それらのデータの晶析装置操作の検討への適用は20世紀後半になって行われるようになったが、それは20世紀前半の基礎的な研究成果をよく理解して初めて可能になったものである。これらの研究成果を総括的にまとめた総説も 上記1)で紹介した文献等にに整理されている。そこには、これらの研究を報告した論文の所在も整理されているので、特に関心のある諸氏はそれらの原著論文を熟読され、記述現象とそれらを起こる操作条件をよく理解することが重要である。

3) その他媒晶効果等と20世紀前半の工業晶析;

  晶析操作は前世紀より工業操作として用いられており、20世紀前半では前近代的工業プロセスとして適用されていた。その晶析装置内の溶液は撹拌を与えられることなく、静置状態で徐冷されたり、蒸発させられて結晶を析出した。 20世紀の初めにヨーロッパで撹拌を加える装置が開発され、また20世紀前半には装置壁面上に析出する結晶をかき取る形式の装置も開発され、用いられた。その頃の晶析操作では濾過分離できる結晶を生産することが必要で、どのような操作法を用いれば比較的容易に分離できる結晶が得られるかを見つけ出すことが晶析操作で重要であった。 20世紀前半の工業化学系の論文にはかくかくしかじかの操作法を用いれば、結晶が懸濁するスラリーより結晶と母液を分離することが容易な大きさの結晶が得られたので、そのような操作をすると結晶成長速度は大きいという記述があった。 当時の企業現場の技術者の中には晶析操作が行われる溶液の中に媒晶剤が存在すると大きな結晶が析出することがあり、そのような晶析操作に有効な媒晶剤を見つけることが極めて重要であると云われた。 20世紀前半の晶析操作では操作に有効な媒晶剤を見出す方法が研究され、析出する結晶と結晶形や結晶格子間距離の近いものは媒晶作用を示すことがあると言われた。(Telkes, M. ; Ind. Eng. Chem., 44, 1308 (1952), Turnbull, D. ,Vonnegut,B. ; ibid., 44,1292 (1952) ) しかし、これらの考えも経験則に過ぎず、この時代は実験を積み重ねて効果のある媒晶剤を探すことが極めて重要であった。

  20世紀後半になって、tailor made habit modifyer に関する研究が活発になり、ヨーロッパ化学工学連合公認のWCPが企画運営しているSymposium on Industrial. Crystallizationで研究は発表され、媒晶剤を検索する方法は進んでいる。 一方、J. Nyvlt & J. Ulrich は1994 に Admixtures in Crystallizationモ を出版し、281種類の物質に対し、晶析に関する媒晶作用を含む種々の特性に関する情報を1514件の資料より収録している。これらの資料を利用して、工業晶析プロセスの開発は効果的に進められるようになってきている。


2004年5月

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