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豊倉賢略歴
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2004 B-2,1:「1959年当時の単位操作としての晶析」

  早稲田大学で晶析研究を始めた1959年(昭和34年)当時の単位操作としての工業晶析の状況は2004,A-1,1-1 に記述した。 そのような時に晶析研究を始めることは今から思うと容易なことでなかった。 化学工学は化学工業界で評価され、拡散単位操作は化学工学の大きな柱の一つで、その先駆的な分野であるガス吸収や蒸留は化学系の卒業生は学部時代に講義を受け、化学企業に就職した技術者をこれらの工業装置の設計は出来る状況であった。 その基礎工学理論である輸送現象論は大学研究者の間で研究され、それによって拡散単位操作は体系化されようとしていた。 しかし、化学工学の先駆的研究指導者中には晶析操作の将来性を認識していた先生もおられたが、研究室のメインテーマの一つとして研究者は皆無であった。

  新分野の研究を始めることは、このような状況であると思い、指導教授である城塚先生のご指導で晶析の勉強をした。 しかし、化学工学分野の晶析に関する文献はなく、調査して集めたものは Physical Chemistry, Faraday Society, IEC, 日本化学会誌などの理学や工業化学分野のもので、結晶製品や結晶を生産する晶析装置・操作に関するものはほとんどなかった。 今から考えると、この時期に調査し、学んだ結晶化に関する研究や理論はその後余り勉強する機会がなくなったので、化学工学の研究をする上で非常に役立った。それに対して、一部の化学企業では結晶製品を生産している工場があり、満足な製品を生産している場合もあったが、生産される結晶粒径が小さくて結晶と母液の分離ができず、また系によっては薄い板状の結晶になって処置に困っていた工場もあった。 多くの工場では、装置壁面上に結晶がスケール状に析出し、時には結晶の析出によって配管を閉塞させることもあった。 工場では析出した結晶を除去するために、結晶缶を担当する現場の従業員は腕っ節の強い人がよいとの話を聞いたこともあった。 また、当時調べた無機工業化学系の雑誌に回分晶析法で結晶分離の容易な比較的粒径の大きい結晶を生成させるため、操作温度を変えたり、冷却速度を変えたりした報告が掲載されていたが、その時大きい結晶を得た操作条件は結晶の成長速度が大きいと記述していた。しかし、この論文には、経過時間に対する結晶粒径変化の記述がなく、一回の回分操作時間当たりの平均成長速度で表現していた。工業操作で濾過分離の容易な結晶を生成するためには、化学工学的に結晶成長速度を実測し、所望結晶粒径をその成長速度で割ることによって求めた結晶の装置内滞留時間を決定し、それを満足する装置操作を設計しないと工業晶析プロセス設計は出来ないと考えた。

(初めての晶析実験)
  結晶は過飽和溶液から析出することは知っていたが、その溶液の中で結晶核どのように発生し、成長するかを確認するために実験を行った。 その実験は、旭ガラスの守山さんが昭和29年に旭ガラス研究所報告書に発表された尿素添加系塩化アンモニウム溶液からの塩化アンモニウム結晶成長についての研究報告をフォローして行った。 実験は守山さんの報告と同一条件とし、操作温度も室温付近を選んだ。 


  テストの概要:

  1. 恒温水槽内に静置された丸底フラスコ内に蒸留水と1級塩化アンモニウムおよび尿素試薬を入れ充分撹拌して尿素添加塩化アンモニウム水溶液を調整した。 ここで使用した塩化アンモニウム量は蒸留水量に対して、飽和溶液を調整するに必要な量の10%以上過剰に加え、また尿素量は溶解した塩化アンモニウム量に対して、塩化アンモニウムが晶析する時媒晶作用にて立方晶が析出するのに必要な量を加えた。 塩化アンモニウムおよび尿素試薬が容易に溶解するように、撹拌翼を回転して試薬が溶液内にほぼ均一に懸濁するようにした。溶液温度を一定にして、約1時間懸濁状態を保った後撹拌を停止し、過剰の塩化アンモニウム試薬結晶をフラスコ底部に沈積させて塩化アンモニウム飽和水溶液を調整した。

  2. フラスコ内より尿素添加塩化アンモニウム飽和溶液を静かに三角フラスコに取り、ラップで蓋をし、ガスバーナーの上でときどき良く撹拌しながら飽和溶液の調整温度より10℃高い温度に約30分保って溶液内の溶質を充分溶かした。 この前処理をした溶液を入れた三角フラスコを水槽に戻し、そこに静置して徐冷した。この過飽和溶液状態は実験終了まで観察し続けたが、何の変化もないまま溶液の飽和温度より5℃低い温度まで下がった。

  3. そこで、温度過飽和度が5℃ついた過飽和溶液に試薬塩化アンモニウムの粉末を少々添加すると、その粉末が三角フラスコの底面に到着する前に、その粉末の周辺で多数の微結晶が発生した。 そこで発生した結晶の結晶化熱によって結晶周辺の溶液は上昇を開始し、発生した結晶もこの上昇流に乗って上昇を開始した。この結晶は上昇しつつ成長したが、三角フラスコ内液上面付近より反転して、フラスコ側面付近を通過して降下し、フラスコ底面に沈積した。この循環中に成長した結晶によって溶液の過飽和度は解消し、微結晶の発生も成長も終了した。 この一連のテストで生成した塩化アンモニウムは全て樹枝状晶で、フラスコ底面上に溜まった。この実験では、文献や守山さんのレポートにある塩化アンモニウム立方晶は析出しなかった。

  4. 本実験で生成した塩化アンモニウム樹枝晶と尿素ム塩化アンモニウム水溶液の入った三角フラスコを研究室の机上に動かさないように1週間静置して結晶の変化を観察した。 当初は結晶には何も変化が見られなかったが、丁度1週間経過したところで、このフラスコの中の樹枝状晶の先端に樹枝状晶の一部が転移したと思われる稜の長さが2mm程度塩化アンモニウム結晶が析出しているのが認められた。
    この微小結晶は形状等から考えて、守山さんが報告した論文に掲載されていた立方晶と同一のものと判断した。

  5. 1週間研究室の机上に静置した三角フラスコ内の樹枝晶の先端部分が立方晶に転移したことについて次のように考えた。 机の上に置かれたフラスコ内の塩化アンモニウム溶液は夜間の室温低下によって溶液の温度も低下し、溶解度が低下して過飽和度が大きくなり、塩化アンモニウム結晶は成長して溶液濃度は低下した。 しかし、昼間になって室温が上昇すると溶液温度が上昇し、逆に溶液の溶解度が増大し、その値が溶液濃度より大きくなると、溶液は未飽和になりって塩化アンモニウム結晶は溶解したと考えられる。 昼夜で、このような変化を繰り返すことによって、フラスコ内の結晶は立方晶が優先的に成長したと考えた。 文献によると溶液中の尿素は塩化アンモニウムの特定結晶面に吸着され、吸着面の結晶成長が阻害されるために立方晶になると報告されており、最初に行った実験では、操作過飽和度が大きかったために、尿素の吸着より、塩化アンモニウムの結晶成長速度が早過ぎて、媒晶効果が現れなかったのでないかと考えた。 以後の晶析実験では適切な操作過飽和度で操作をしたので、常に塩化アンモニウムの立方晶が晶析した。

  6. 以上の結果より過飽和溶液中に存在する不純物が析出結晶に媒晶作用を示す時は操作過飽和度が小さい方が顕著なことがあると考えた。 それを裏づけるデータは、異なる系でも経験している。 媒晶効果は一般に成長する結晶特定面に媒晶剤が吸着され、その面の成長を阻害するために起こると考えられている。 従って、析出する結晶が媒晶効果を受けることは媒晶剤が結晶中に含まれるわけで、それが、製品結晶の純度低下となる場合、速い晶析速度で成長させて方が高純度結晶を生成するのに有効なことがあると考えられる。しかし、速い速度で結晶を成長させると、母液等が結晶中に包含されることがあるので、必要に応じて発汗操作を加えるなどの工夫を考えねばならないなど高純度結晶生成に対する知見が得られた。

  7. 過飽和溶液から析出する結晶形状、結晶品質は操作過飽和度の影響を受ける。 そのため形状が規定された結晶を生成するには、操作過飽和度に充分配慮する必要を明らかにした。 この研究実験の結果、所望の塩化アンモニウム形状結晶を生成することが可能になり、そこで得られた結晶を種晶として成長実験を行うことによって、結晶成長過程特有な拡散現象を検討できるようになった。


2004年3月

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