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2004 B-1,1:「準安定過飽和域・過溶解度と工業晶析操作」

 

 晶析は20世紀前半の化学工業でも重要な工業操作の一つと考えられ、結晶に関する基礎的な研究は行われていた。しかし、工業生産の立場からの研究は少なく、19世紀にOstwald によって提出された “準安定過飽和域” の概念とその延長における研究が主であった。 それは “ 準安定過飽和域の過飽和溶液内では、新たな結晶核は発生しないが、溶液内に存在する結晶は成長する。 ”であり、現在でも晶析研究を始める研究者技術者の多くは、この概念を理解して研究に取り組むでいる。 20世紀初めの Miers の実験では過溶解度曲線(この線上で結晶核が発生する溶液濃度と温度の相関曲線)が実測され、それと飽和溶液濃度を表わす溶解度曲線との間に準安定過飽和域があることを示した。 この概念によって結晶生成を考えると次のようになる。 まず、溶液を冷却するか蒸発するかによって飽和溶液を作成する。 そこで、その溶液が飽和であることを何らかの方法で確認し、さらに冷却するか、蒸発し続けて過飽和溶液を作成する。この溶液の中では結晶核は発生しないので、種結晶を入れその結晶が沈降しないように緩やかな撹拌を続けると、新たな結晶の発生はなく添加した結晶のみが成長する。 しかし、このような晶析実験を行うと、添加した結晶は成長せず時間の経過にしたがって消滅したり、あるいは結晶を添加したとたんに微小結晶が発生したりする。また結晶を添加した段階で目立った微結晶の発生は確認されなくても、その溶液の過飽和度を結晶を添加した時のままに保って緩やかな撹拌を続けると、微結晶が発生しその数が徐々に増加するのが確認されることがよくある。このような現象は準安定過飽和域の溶液では起らない筈であるが、実際に起こってしまうのは、準安定過飽和溶液の作成が容易でないためである。
  ここで考えられる準安定域の高い濃度域の限界は Miersが実験的に示した結晶が発生した時の溶液過飽和濃度すなわち過溶解度である。この過溶解度についての研究は1910 年代にYoungらが、1934年にTing & McCabeが行った研究がある。 そこでは過溶解度は溶液撹拌条件、冷却速度、共存結晶などの影響が顕著で、その操作条件によっては大幅に異なることが示された。 1960年以降も中井先生や久保田先生は過溶解度について結晶核発生速度との関連で研究しており、か過溶解度は共存固体、不純物や過飽和溶液作成の履歴および所定過飽和度の溶液調整してから結晶核が発生するまでの待ち時間(あるいは誘導時間の影響も顕著であることを明らかにした。 一方、準安定過飽和溶液の低い領域限界を考えるとそれは溶液溶解度である。 そこで、個々の結晶の溶液における飽和濃度を考えるとそれは結晶粒径の影響を受けるが、粒径による相違は一般に小さい。微小結晶が粗大結晶と同一過飽和溶液の中に共存する場合はライプニングによって微結晶は溶解することもあるが、過飽和溶液の中で成長させるために添加した結晶が溶解することはほとんどない。未処理の種結晶を添加する場合、種結晶を過飽和溶液の中に入れた時に種結晶表面に付着している微結晶が離脱してあたかも核が発生したように見えることがある。(これはイニシアルブリーデングと言われる2次核発生である。) しかし、このような2次核の発生は、添加する結晶表面を未飽和溶液で事前処理するなどして容易に防止することは出来る。従って、過飽和度の低い溶液を調整して晶析操作に使用すれば、Ostwald の準安定過飽和域で新しい結晶核発生が起らない操作をすることが出来る。

  工業晶析操作では所望製品結晶を安価に所定量安定生産しなければならない。所望製品結晶については組成、純度、強度、形状、粒径・粒径分布、があり、また安価に生産するためには、装置容積当たりの生産速度を大きくし、また原料に対する製品収率を高くすることも必要である。 また、生産工程で消費されるエネルギーコスト軽減、や生産工程のトラブルを最小限にすることも大切である。 これらの全ての項目を満足させる操作条件を短時間で見出すことは至難である。 実際には競合他社や競合他製品との関係で先に解決しなければならない問題から研究する。 工学分野の問題として扱う場合、工業系では、小型実験室規模のテストで検討出来るものと、スケールアップを含めたプロセス的な立場での検討がある。 ここで議論される準安定過飽和域が上記の問題解決に有効な項目は何で、如何にテストするかを議論する。
  粒子状結晶を生産する場合、個々の粒子が単結晶でなければならないことも使用目的によってはあるが、化学工業で生産される製品の多くは微細結晶がかなり規則正しく集合しているか、あるいはかなり無秩序に凝集している。このように多くの微細結晶からなる製品を生産する場合、過飽和溶液の中で多数の結晶核が発生しそれが凝集し比較的大きな結晶塊になっているのと、心と見做される部分の結晶は比較的規則正しく微結晶が配列しているものがある。 後者ではその結晶表面上にあたらに2次元結晶核が発生しそれが結晶面を覆うように成長すものと、成長している表面に懸濁している結晶核あるいはそれと類似の挙動をする微結晶が付着し2次元核の成長と同じように成長するものとがある。多数の微結晶から成り立つと考えられる結晶は2次元核の成長したものか過飽和溶液中に懸濁している核のような微結晶の凝集によるかを厳密に区別することは容易でないが、どちらと言えば、主に2次元核が成長したと思われるものは準安定過飽和域の比較的小さい過飽和度で操作された場合で、後者の結晶核や微結晶の凝集したものが生成する場合は、準安定過飽和域の上限付近で操作される場合と考えられる。 実際にはこの両機構によって成長する現象が同時に起こると考えられ、生産性上げてコストダウンを狙うと品質のある程度の低下は覚悟しなければならないが、顧客の要望によって選択することである。この問題は21世紀の晶析工業プロセスの重要な課題であり、近い将来、顧客の要望に応えられる晶析装置・操作法・操作条件の決定法が提出されることを期待する。ここで、再三触れているように、これは、過飽和溶液の複雑な状況との関連で結晶成長現象を捉えて製品結晶の品質を研究する必要があると考えている。 しかし、時間制約のある工業プロセスの開発には、装置内で起こっている核化現象と対比して成長している結晶を研究して状況変化を相関できる新しい結晶成長モデルを提出し、それより操作法と製品結晶品質との関係を相関することが工業プロセスの開発に貴重な情報を提供する考える。

  ここで準安定過飽和域の結晶成長現象を検討するための実験を検討する。この操作では別に調整した種結晶を使用する。
1) 準安定過飽和域の操作で、結晶核の発生はなく、一定の過飽和度で操作する。 
操作温度を一定に保ち、溶液に撹拌を与えず複数の種晶を接触しないように添加後晶静置のまま成長させる。
  別に上記と同じ操作温度に保ち、複数の種晶を添加して撹拌を与え、その種晶の成長速度を測定する。 結晶は撹拌によっても流動しない程度 および装置底面上を結晶どうし余り衝突することなく動く程度のおのおので行う。さらに、はげしい撹拌条件下で上記と同様の実験を行う。
 これらの実験では、結晶核の発生が確認された段階で、実験は終了させる。この一連のテストでは、操作条件で成長する結晶の成長速度、組成・純度、粒径・形状、硬さ等の製品結晶物性を調べる。工業プロセスで共存すると考えられる不純物の影響について、工業操作で対象になる可能性のある範囲で実験を行い、製品品質に対する影響を確認すること。また、晶析する結晶に対して媒晶効果の期待される物質(媒晶剤)については製品中に包含されても製品の品質に対する影響のないものについては実験溶液に加え、製品結晶への影響を確認しておくこと。
2) 準安定過飽和域の過飽和度で操作する時の結晶成長速度より、大きい結晶成長
速度を期待する操作条件では、過飽和溶液内に結晶核が発生し準安定過飽和域で操作することは出来ない。 しかし、工業操作では生産コストを下げねばならないことが多く、そのような場合準安定域を越えた過飽和域で操作する。 ここで発生した結晶核は何らかの方法で除去し、過飽和溶液内に存在する結晶核や微結晶の影響が製品結晶の品質に対して無視できる範囲で操作する必要がある。 このような操作範囲を疑準安定操作過飽和域と考えて工業操作を開発することは望ましい。 装置内で発生した結晶核を消滅させて操作する場合は通常の準安定過飽和域操作での結晶成長速度より大きい速度を期待できるので、製品結晶の品質が準安定域で晶析した製品結晶品質と同等に見做せる場合は、工業製品の生産法として有効である。 上記1)、2)に示した一連の実験を行って、生産コストの低減を可能にする疑準安定域操作法を開発することが可能と考えている。

  準安定過飽和域での晶析操作は良質な結晶製品を生産する上で極めて有効であり、1)に示した実験法・操作条件を参考に小型装置にて実験をすることによって、工業プロセスで生産出来る製品品質を確認することが出来る。 ここで確認された製品結晶が市場のニーズに応えられる場合、安定生産の出来る生産プロセスを開発するステップに進める。 その過程では生産コストを削減しなければならない場合、疑準安定過飽和域での検討を行いより安価な生産プロセスを開発することが必要である。 最近の晶析工学を適用すれば、さらに有効結晶核発生速度とそれと対応して決定できる結晶成長速度を組み合わせることで、より安価な生産コストで結晶を生産できるプロセスの開発は可能になって来ている。 しかし、生産コストと製品結晶品質とは対立する相関が予想されるので、それらについて充分な検討をする必要がある。

2004年3月

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