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豊倉賢略歴
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2006 A-1,3: 「 春の(学会)年会に参加して:企業技術者の研究と大学研究者の研究 」

  今年は化学工学会の年会が東京工業大学で開催され、久しぶりに参加した。現職の研究者として早稲田大学に在嘱していた頃は当然のこととして学会の研究発表会に参加していたが、退職して名誉会員に推戴されると本部大会などの行事に招待されるのは通例通りのことであるが、それを素直に受けて参加すべきか、参加しない方が良いかなどいろいろ考えさせられる。豊倉が現職の頃、学会の長老の先生がお見えになっていると、自分の研究していることや学会の役員として行っていることに注意されるかも知れないとびくびくしたり、またポジテイブなご意見を伺えるかなと期待しながら学会に参加し、先輩の先生方に挨拶したものであった。最近は豊倉より年輩の名誉会員の方々が少なくなっており、その昔、化学工学の著名な先生が質問されていたこと、また、懇親会会場で話されていたこと等を思い出しながら学会行事に参加して、現職の人達や若い研究者と種々の話をしている。

1)3月28日〈火〉の研究会と翌日の学会発表に参加して:
  今回の研究会には総会から参加するつもりであったが、豊倉の記憶ミス があって、実際には総会後の講演会と懇親会に参加した。そこでの講演は研究会主要メンバーの人達が自分が行った晶析研究に関連した話と名古屋大学の松本先生の講演で、特に松本先生の話は他分野で研究されてる手法を晶析の問題に適用した時に期待される成果の可能性についてであって、晶析研究会の人はそれぞれの思いをもって聞いたことと思う。懇親会ではこれまで代表を務めた北村先生の話と新代表になった平沢先生の挨拶があった。特に、平沢先生は、最近の晶析分野の活動を反省し、これから活動の活性化を図ると抱負を述べていたが、具体的なことには触れなかった。早い時点で何かの機会に研究会メンバーの期待に応える考えを伝えて欲しい。

  翌日の研究発表では、発表件数は可成りの数になっていたが、その発表内容の評価について、発表者自身はどのように考えているか分からないものが結構あったように思えた。また発表会場は教室であったので、本来話そのものは聞きやすいように出来ていると思うが、座長・発表者とも参加者に話を聞きやすく研究成果を発表する努力が必要と思った。研究者は発表した内容を参加者に理解出来るように話して初めて、研究を行いその成果を発表した甲斐があると言えるのでないか? 研究発表者は、若い経験の浅い人が多かったためか、実測したデータの紹介に終始し、研究者が独自に考えた考察を順序立てて発表したものは殆どなかった。

  昔、藤田先生が、学会の研究発表会に出席されて研究成果の話を聞いておられ、何のために研究したか、また工学的価値はどうかと一日中質問されたことがあった。今回の発表でも取得されたデータについて研究者自身がどう評価したら良いか分からないような説明をしている人がいた。その様な発表を行うとその人の指導教授に対する評価も厳しくなるのでないだろうか?研究発表を聞きに来ている研究者や技術者は発表された研究の全てを聞きに来ていることは稀で、殆どの参加者はお目当ての研究に対して特定な目的を持って聞きに来ており、発表者はそれに応えるように心掛けて発表しなくてはならない。豊倉の現職の頃を思い出すと、学生の中には、難しい質問をされないように話す工夫をしていた人がいた。それでは、聞いている人は発表者の研究目的や成果を十分理解できず、発表者は本当の意味で研究成果を発表したことにならない。研究室の卒業生は就職しても部下の技術者が行った研究成果を発表させることがあるようだ。その時、部下の発表に対して本人が発表することの意義を充分考えて発表内容の構成を検討するように注意してする必要があると改めて思った。今回の学会発表の中に、ある大学の博士課程の学生が核発生の待ち時間測定を発表をしていた。その研究室はその類似研究をもう数年も続けて研究しているのに相変わらずばらつきの大きいデータを例年通りの方法で整理して発表していた。核発生は実験データはばらつきやすく、実験としては確かに難しい部類に入るが、全体的な評価をするためにばらつきのある待ち時間をデータの平均値で表し、その平均値と操作条件の評価値を相関していた。しかし、その平均値で相関した関係の工学的評価には一切触れずに発表を終わらせていた。研究は研究者の自由裁量で進めるべきものであるが、学会とか、研究室等にはその組織の顔を持っており、そこに来る人はその顔を思い浮かべながら話を聞いていることを発表者は忘れてはならない。

  また、今回の学会では、最近行っている研究で新しい実験事実を見つけ出して発表している国立大学の助教授の先生に懇親会の席でお目にかかった。それは、これまで発表されたことのない現象で、この現象が工業装置の中で起こっていることを考えると、現在の理論では説明できない装置内の懸濁結晶の挙動が予想でき、将来の晶析操作法の概念を変える可能性があると豊倉は考えている。その先生にお目にかかった時、周囲に晶析研究を行っている他大学の先生も居られたのでその先生に助教授の先生の研究成果に対する豊倉の意見を伝え、一緒に考えて貰った。学会の懇親会ではいろいろ脱線した話があるが、その中に考えさせられることがしばしばある。今から30年くらい前だったと思うが、その懇親会で豊倉が飲みながら話していたテーブルにおられた東北大学の大谷先生のところに京都大学の桐栄先生が来られて、大谷先生の乾燥のご研究を非常に高く評価され、お褒めになった。豊倉は大谷先生は良く存じ上げていたが、乾燥のことは専門外で桐栄先生の話の内容は知らなかったので、この話を傍で聞いて本当によかったと思った。そこで、話題になった大谷先生のご研究の話はその後齋藤正三郎からも伺ったことがあった。

2)企業技術者の開発研究と大学研究者の研究
2・1)企業技術者の研究:
  企業技術者の研究はその企業で生産しているか、あるいはこれから生産しようとしている工業製品に関連のあるテーマが対象になる。特に化学工学では市場で売れる製品を生産する必要があり、そのための制約がある。それは、市場が必要とする時期に間に合うように必要とする品質の製品を妥当な価格で販売できる生産コストで必要量生産することである。その様な製品を生産するためにはこの必要条件を満足するように安価で、充分な量を供給できる原料の確保、それを生産できる装置・操作法の確立および生産した製品を販売できる販売力が充実してることが必要である。技術者としては役職の立場ではこれらの全てに関与する場合もあるが、ここでは化学工学系技術者としてこのような製品の生産システムの開発に限定して考えることにする。

  豊倉が現職の頃から化学工業の生産システムの開発について相談を受けたが、ここでは、それらを整理して企業技術者の開発研究を対象に扱う。豊倉が相談を受けて新規生産技術開発のお手伝いをする時は、豊倉が大学で行った提出した研究成果としての化学工学晶析理論を適用して問題になっている技術開発に効果がありそうな場合であり、その時次のステップで開発研究を手伝った。

第1段階: まず最初に考えるのは、最も早く企業化の見通しを立てるためにその企業(多くの場合担当あるいは関連の技術者)がこれまでに扱ったことのある装置、あるいは操作法で対象物質の生産が出来るかを検討した。その時ここで対象となった装置操作法を対象物質の生産に適用した場合、スタートアップから定常運転に入り、製品が生産され、運転が終了するまで、どのような状況を経過して変動するかを検討する。そこでは装置内の状況をモデル化し、そのモデルプロセスで鍵になる主要物質とそれらの装置内の状況を全てチェックする。その時このモデル装置内の晶析現象を想定し、晶析速度(この晶析速度は必要に応じて小型装置でデータを実測する)より所望製品が生産できることを確認する。確認できればこの装置より直ちに生産できるので、生産コストを予測し、見通しが立てばプラント建設を開始する。豊倉の提出した晶析理論はこの検討過程で必要に応じて利用する。

第2段階: 第1段階の検討で問題点があれば、その問題点の払拭を図るための開発研究を行う。その場合は装置形式の変更を検討し問題点の解決を図る。この段階では装置サイズの変更も視野に入れる。また、操作温度その他の操作条件変更を含めて問題点払拭のために操作法の検討も行う。

第3段階: 生産の高効率化、製品品質の高度化、製品の多様化等に備えた、装置・操作法の改善、種々の対応策の検討を行う。

  企業の工学研究は主としてこの各段階で問題点の解決のために行う。その研究おいては企業研究特有な事柄がある。豊倉が経験した企業研究では、如何に拙速に目的を達成すかが問われることが多く、目的製品の生産に必要なデータは確実に実測されるが、当面生産する製品に関係のない条件のデータの取得は省略されることがある。そのために各ステップで起こる可能性のある内容を十分検討しながら進める大学研究とは異なっていることをよく理解しておく必要がある。また、建設したプラントが直ぐ運転を停止したり、また製品品質の低下を直ぐ起こすようでは、新プロセスは開発したことにはならない。操業過程で一時的な増産を図る場合があるが、その様な場合増産の範囲をキチンと規定しておかなかったために全面ストップに追い込まれることもあった。

2・2)大学における工学研究:
  最近、独立法人化が進み、大学の先生も企業技術者と同じような研究を行っている人がいる。その場合世の中に役立つ新製品を開発したり、低コストの新しい生産技術を開発することは決して悪いわけではないが、その取り組み形によっては問題だと思うことがあるので整理してみる。

  1. 大学における工学研究A
      大学の先生は工学基礎として学生に幅広く種々のことを教えているの で、基礎的な知識などで企業技術者より多岐にわたって知識の平素から最先端の高度な技術開発を行っている企業技術者が見過ごすようなことに気がつき、簡単に新技術を開発されてる人がいるようである。このことは決して悪いことではないが、その様なことを技術開発のメインの一つとして考えるのは問題なことと思う。豊倉はどちらかと云えば、このような研究は高学歴経験のある研究者の行うことでなく、大学の研究者は次の?や?の研究を行うべきである。

  2. 大学における工学研究B
      大学の研究者は工学理論の研究を行い、新理論を提出する。その理論を 提出するとその理論を使って新技術の開発を行う。これは云うことは容易であるが、理論研究を行っている研究者で、その研究成果に基づいて技術開発を行っている研究者は思いのほか少ないようである。それは理論研究の進め方に問題があるのでないかと思う。

      工学系の研究者が理論研究を行う場合理論を作ることから入る研究者がいる。その場合、既に出来上がっている理論の提出モデルを検討し、それを現実に近づけるように複雑にして新しいモデルを提出し新理論式を提出することがある。しかし、その場合新理論式は非常に複雑になり、そのままでは使いにくく、近似して簡便化すると前の式と同じになってしまうことがある。しかし、豊倉が連続晶析装置の設計するにあたり、装置内の結晶と溶液の流動状態を完全混合状態モデルと完全分級状態モデルに分けそれらを組み合わせて4組のモデル装置を考えた。そのうち2モデルは撹拌槽型とオスロ型が対応したが、残りの完全混合と完全分級を組み合わせた2モデルは対応する実在工業装置は思いつかなかった。しかし、その後の検討でDTB型とDP型が対応する運搬層型モデル装置と青山氏が開発した均一過飽和オスロ型装置のモデル型が残る2モデル装置に対応し、連続晶析装置の体系化を図るのに役立った。工学理論研究においてモデルは次の?で扱う実装置を理解し、その特徴を簡便に表示するのに適しており、工学理論の発展に貢献する有力な研究手法である。しかし、頭で考える仮想モデルの展開で誘導した理論は容易に工業操作に適用し難いこともあるが、工学理論の発展に貢献する有力な研究法であり、粘り強く研究を続けて工学の発展に寄与するように何事も厭わず研究を続けるべきと思う。

  3. 大学における工学研究C
      大学研究者の工学研究は化学装置内等で実際に起こっている現象をよく 観察し、その現象は主にどの因子の影響を受け、その受け方どのような特徴があるかを推定し、それらをモデル化して表現すると同時に組み合わせることによってモデル理論を組み立てる。そこで、その現象を定量的に表示する因子を目的関数とすると、それは主に関与する複数因子項の組み合わせからなる関数として数式表示が出来る。ここで、提出した式は複雑な現象を表現しやすいようにモデル表示して誘導されたものであり、正確に現象を表示してとは限らない。そこで、この現象に関与する独立因子に実際の数値を与えた場合に推算される目的関数値が、実際に起こっている現象数値と一致することを確認する必要があり、その確認した範囲で適用するようにしなければならない。そのため、この関係式からの推算値が実際の現象値と一致しない場合、補正計数を付加して近似的に一致するようにするか、別の新しいモデルを提案して別の理論式を提出することが必要である。ここで提出する関係式は装置操作の設計やその他装置内の現象解明に適用できることが必要で、そのための研究を続けることは、理論式を提出した研究者の務めである。また、理論式適用範囲が狭い場合、その範囲を拡大するような研究を行うことも重要である。この時モデルを修正して適用範囲を拡張出来る場合、その修正モデルは実際の現象をより良く表現していることになる。言い換えると、この修正理論はより完成度の高い理論の可能性があり、これまでの理論より装置内のより多くの現象解明に適用できる期待がある。

  従来、大学における工学研究は新工学理論を提出することであり、そのために大学研究者の活躍は期待され、敬意を払われてきた。しかし、最近、大学研究者も産業界の技術者同様な産業界のニーズに応える研究を行うことが求められるようになり、大学研究者でなければ研究できない高度な時間のかかる基礎的な研究を避けて、企業技術者と同じような研究を行って直ぐ答えの出るテーマを手軽に研究する学者が見られるようになってきた。大学研究者もオリジナルな工学理論を提出すると、それによって産業界の生産技術が進歩することを実証する研究を行うことは重要であるが、本来の研究を行わずに企業技術者の下請的な研究に没頭することは慎むべきである。日本の産業は日本の企業技術者によって開発されたオリジナルな生産技術によって発展するが、この生産技術は日本で提出された高度なオリジナルな工学理論に基づいて開発される。

3)独創的な理論・生産技術の提出:
  最近オリジナルな理論や生産技術の提出は、各方面で叫ばれているが、 オリジナルな研究成果を提出出来る研究者、技術者の養成について、オリジナルな研究を行い、実績のあるオリジナルな研究成果を上げた人の声はなかなか聞こえて来ない。現東大の小宮山総長は10数年前、豊倉と化学工学会研究部門委員会の世話をしていた頃、時々「研究費を中心にした日本の研究環境の貧弱さ」を強調されていた。その内容は小宮山先生が最近新聞記事などに良く書かれている若い研究者の経済支援とも関連はあるが、それは彼の努力が反映されて徐々に改善されて来ていると期待している。小宮山先生の場合は日本の他大学に較べて優秀な若い研究者に恵まれているためか、新しい独創的な自分の考えで物事を考え努力する性格の人物を養成(選出かも知れないが?)する話は余りなかった。欧米諸外国の高等教育を受けた人とそれに類似の教育を受けた日本人とを較べると、日本の初等・中等過程の教育が知識中心の受験対象であったためか、その弊害が出ていて独自な考えに基づいて判断し、自分の責任で行動している人は少ないように思える。今回の学会研究発表を聞いても、どこかで聞いたことのあるような方法で研究している人が多く、独創的な研究が本当に出来るのか寂しい思いをした。

  最近学会の特別講演やNHKのTV番組の中で、最先端の研究で世界の評価を受けている若い教授の先生の研究室の紹介が放送されていたが、その先生は大学院の学生にも何も指示しないで、学生は自分の考えでどんどん研究を進めているとの話であった。そうすると、先生は本当に学生に何も教えてないように見えるが、その先生は研究室に先生自身が組み立てた装置があり、それを自分で使って実験を行い、世界で評価される研究成果を出している。学生は先生が研究してきたことを眺め、考えてそれとの対比しながら研究して成果を上げているのでないかと思う。そこで何も成果を出せないようだったら学生は消えて行くだけの厳しい研究室ないかと想像している。

  15年くらい前と思うが、東京大学名誉教授で当時東京理科大学教授をされていた宮内先生が、先生のよくご存知の日本人で当時アメリカの大学教授をしていた先生が、日本の私立大学を見たいと云っているから、早稲田大学の研究室を見せて欲しいと来られたことがあった。その時宮内先生のお話に、「最近は先生から研究テーマを与えられるとどうゆう研究をするのですかと聞く学生がいる。宮内先生が僕はそれが分からないから君に研究してもらうのだ。話したら困った顔をしていた。」というのがあった。その後某国立の研究所所長さんも、博士課程を卒業して入所した若い工学博士研究員から 「研究はどやって進めるのですか?」 と聞かれたと言う話を聞いたことがある。また、ある時は学会の懇親会で某社の技術担当常務の人と初対面だったが、「豊倉研究室では学生が研究上困った時でも精々豊倉の経験で類似なことがあった時に豊倉が考えしたことは話すが、それ以上のことは何も指示しないで考えさせるだけ。」と言う話と、「研究をしている時は、豊倉の研究を最も良く知っている特定な人、一人に評価して貰えるような成果を出すように研究をしている。」という話をしたことがある。その時、その人は即座に豊倉の指導を受けた学生を我が社に推薦してくれませんか?と言われたことがあった。

  やはり、今の日本では自分のことを自分で良く考え、自分で責任を持って行動できる若い人物の育成を考え、また、その様な人を探している人はやはり多くなっていると感じている。今回学会に参加して、若い研究者の学会発表を聞き、豊倉の現職の頃を思い出して、若い研究者に価値あるオリジナル研究成果を出せるようにするには、どうゆう対応を取ったらよいか? 企業で活躍する卒業生に考えてもらおうと書いてみた。参考になれば幸甚です。

4)むすび
  学会に参加することは、豊倉にとっていろいろな意味で考えさせられ ることが多い。何れにしても、人間は生きてる限り新しいものに触れ、それを考えることは重要であると今回も感じた。今回久しぶりに、大岡山の東工大キャンパスを訪問し、いろいろのことが変わっていてチョット驚いた。小田急線の鶴川から大岡山に行くのに、溝の口、武蔵小杉乗り換えの2ルートは変わってなかったが、どちらの駅の連絡通路は全く変わっていたし、また、大岡山駅の変わり様にもどう歩くかは立ち止まって考えた。未だ退職して10年も経ってないのに化学工学会の組織も変わり、浦島太郎になりかけたことに気がついたのも収穫の一つかも知れない。次回の学会に参加する時はどうなってるか? 期待と不安をうっすらと想像している。

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