2005A-1,1で人間社会の「安定した永続的発展」の意義とその難しさを書いた。筆者は長年にわたり化学工学部門の大学研究室で研究活動を続けて来た。その立場で、社会の「安定した永続的発展」に貢献出来る活動は何かを慎重に考え、そこで纏めた思想に基づいて研究活動や教育活動をすることが重要あると判断した。このような思想の下で責任ある活動をすることは、意義ある成果が期待できる。筆者は自分自身の個性を生かした自分の思想を纏め上げ、それにて妥当と判断した活動を行ってきた。このような行動は誰でも当然行っていることであるが、人間は皆個々に特有な思想を持っており、同じ目標に向かって活動してもその内容は異なっている。その思想、活動を他人のものと比較するとそれによって自分自身の思想・活動に対して自信が持てるようになり、また時には反省の機会となる。それらを繰り返しながら活動するとそれは永続的な進歩、発展へと繋がっていく。この経験を積むことによって研究者個人の研究活動においても、「安定した永続的発展」が可能になると考えている。この思想と活動をセットにして考えた時、それが自分と異なる分野で活動する人のものであっても大いに参考になることがあり、その機会を出来るだけ生かすように心がけている。
筆者は上記のような大学工学部に所属して活動を続けてきたので、標題「大学における工学研究」については時にふれ、何度も考えている。 昨年の「tc-PMT」のHP“2004A-1,3モにおいても筆者の考えを記述したが、今回は“2005A-1,1”の中に記述した1998年度晶析研究会で講演した資料(C-PMTp155〜156)「大学における工学研究」の内容を参考に整理し、それが「安定した永続的発展」寄与することを検討する。
1)工学研究における対象: 化学工学における研究対象は ウ)生産される物質の構造等に基づく特性と エ)プラント等による生産において、規定される生産物質の量・品質・コスト等に影響する生産技術に大別されるが、筆者が行った研究活動はその中で特にエ)の範疇に入るものすべてである。しかも、その生産活動における環境の汚染を可能な限り小さくして社会の要請に応える生産技術を構築する研究もその範疇の重要な課題である。筆者が研究した対象プロセスの製品は特定分子組成や構造を有する固体結晶であり、ミクロ構造に基づく特性とマクロな製品特性に対する要望の両方を満足した製品の生産を可能にする工学・生産技術が研究対象であった。
2)化学工学で対象になる生産技術は製品評価に影響する工場プラントの操業に関するもので、そこで扱われる原料や物質はこの工場に特有な制約によって決まる特性がある。このような研究対象に満足な回答を提供する大学研究では、低廉な研究費で種々の要請や制約に素早い対応が取り易い小型装置やモデル解析が行われる。この小型装置内の状態や設定モデルは大型プラントで起こっている状態と厳密に一致することはほとんどない。そのため、大学研究者が実験した小型装置でのテスト状態や設定したモデルが対象となる操業プラント内の現象と近似的に同一視出来ることを確認することが必要である。大学研究者が提出する研究成果は一般的な要望に応える汎用性を有することは必要であるが、一般的なものはそのままで特定な要望に充分応えることは出来ない。従って一般性のある研究成果を提出すると同時にその結果を特殊な場合にも対応取れるように、あらかじめ充分検討しなければならない。工学分野の大学研究者の研究成果が社会から十分評価されるには、オリジナルな一般理論を提出するだけでなく、その理論が特殊な製品を対象にした実際の工業プラントにおける生産技術の開発に充分貢献出来るようになるまで研究を纏め上げることが必要である。
3)大学研究で行われるモデル設定による研究:生産モデルを提出しこのモデルプラントの操業状態とその製品を研究することは多くの利点がある。しかし、その反面提出された成果が工場プラントの生産過程でそのまま再現できないことが多い。そのため次の事項を十分検討する必要がある。
4)大学研究と企業研究・・如何なる課題に取り組むべきか?: 工学分野の大学における研究と企業における研究は可成り類似していることがあるが、それとは別に非常に異なっていることもある。大学研究者の中には企業技術者と全く同じようなことを研究している人も可成りいるが、企業技術者と全く異なった思想をもって、自分でなくては出来ない研究をしている研究者もいる。そのどれがよいかは一概に結論を出せないが、筆者は研究をする人はその人の持って生まれた特性と育った環境や過去の経験で自然と身につけた感性および自分が現在おかれている立場および将来の立場を考えて自分で判断した研究活動を行うことがよいと考えている。 本来、大学研究は自然の法則に従った永遠に継続する可能性のあるテーマを研究するものであり、企業研究も自然の法則に逆らうことは出来ないが、その判断の出来ないものに対しては企業技術者の判断で早急に研究成果を纏め、世の中が期待する成果をあげることも必要である。その意味において、研究の進め方は大学研究と企業研究では異なることがある。また、大学研究では種々の研究環境でライフワークに繋がる研究を行い易く、それが望ましいが、企業研究ではそれを行うことが困難なことがある。研究者はその意味をよく考えて研究活動を行うべきで、そこからも企業研究と大学研究の特徴を理解する必要がある。最近大学の独立法人化が進んで来て、そのこと自体は良いことと考えているが、大学研究者の中にはこの独立法人化は企業技術者と同じ研究を行うことのように考える人がいるが、それは慎重にすべきことと思う。大学研究者も時には勇気を持って長年続けて研究を中断し、今までと異なる新しい研究を行うことも必要である。このような研究の変更は、その変更をする研究者をよく知るオリジナルな研究成果で高い評価を受けている著名な研究者の理解を受けることが有効である。このような理解を受けることはその研究活動を変更した研究者自身の研究に対する自信に繋がることがあり、またそのような状況下の変更に対しては将来の活躍を期待する第三者がいることが多い。
5)大学研究と安定した永続的発展:社会の「安定した永続的発展」はその社会を構成する大勢の人の努力によって成し遂げられるものである。そこでは多数の人がそれぞれ自分の立場(そのことは「人が持って生まれた特性と育った環境や過去の経験で自然に身につけた感性および自分が現在おかれている立場および将来の立場を考えた判断」から考える立場)で考えた複数の異なるビジョンが必要で、それらに対して良識のある人々の合意で定められた方向は未来永劫続く「安定した永続的発展」には必要である。ここで議論した大学研究者は日常的にものの本質を考えながら長期的な視野に立った研究活動を行っている。この活動は社会の発展に貢献する重要な分野の発展を分担するものである。