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2004 A-1,3:大学における工学研究


  理学的研究と工学的研究の相違点は多少漠然としているが、世の人々の間では可なりコンセンサスの得られた概念が出来上がっている。しかし、工学分野の大学での研究と企業における研究とでは分かり難くいことがある。大学生の間では、勉強と研究をごっちゃに使っているのでないかと思われる学生にお目にかかることがある。一般に既成理論を理解するのには理論を勉強すれば可なり理解できるようになるが、 その勉強している過程で回答をしなければならない課題が解けないことが有る。それは理論をよく理解してないために解けない場合と、その理論が提出された前提条件が回答しなければ課題の内容をカバーしてないために、そのままでは正しい回答を作成することが出来ないことがある。後者の場合正しい回答を作成するにはその理論を修正するか、別に新しい理論を提出する必要があり、そのためには研究しなければならないこともある。しかし、理論の前提条件が対象課題を完全にカバーしなくても、起っている現象の捉え方を工夫することによって、前提条件をそのままにした状態でも課題の対象になる条件をカバーできることがある。この時新しい捉え方を確認するための研究をしなければならないことがある。しかし、このような作業は、理論をよく理解しているば、簡単にできることが有りその場合は研究よりむしろ勉強と考えてよいこともある。

  工学研究は、実際に役立つ生産技術の構築に貢献するものでなければならない。筆者は生産技術を構築するという意味において、大学研究者も企業技術者も全く同じ目的で研究していると考えている。しかし、大学研究者は既成の理論で対象とする物質を生産する技術を構築出来ない場合、新しい理論を提出し、それを使って新しい生産技術を構築しなければならない。一方企業技術者は、既成の技術を少し手直しして課題の生産技術を構築したり、既成の理論を使い易いように工夫して比較的容易に目的を達成することがある。しかし、稀には企業技術者も大学研究者のように、新理論を構築し、それを使って新技術を構築することがあるが、企業人としての立場では新理論を研究し、その成果を用いて新技術を構築することは容易なことでない。そのような場合大学研究者と共同に研究を進めて目的を達成することがある。大学研究者中には、企業技術者と同じように既成の理論を使い、従来からある常法によって新しい製品を生産する技術の開発を目指す人もいるが、それを主にする研究者はやはり大学研究者として望ましい姿と言えないのでないか。近年国立大学の独立法人化が進み、大学の研究者の中にも企業技術者と同じような方法で新しい製品の生産技術の開発を進めている研究者が多くなっている。しかし、大学研究者は類似製品の生産技術に実績のある企業技術者と異なる研究経験を持っているので、そのことをよく考え、企業技術者と異なる経験を生かした方法で技術開発を進めることに大学研究者が技術開発研究をする意義ある。

1) 新製品の生産技術開発と既成技術の活用:

  企業はその企業に特有な物質生産技術に特色があるように、大学の研究室にも特有な研究手法があり、それによって新しく構築する研究室特有の生産技術開発法がある。そこで、大学の研究室である特定物質の生産技術を開発する時、研究室がオリジナルに提出した研究成果を発展させて生産技術を開発する場合と既に他の機関が開発した生産技術を最大限利用して、比較的短時間にしかも安価に開発しようとする場合とがある。工業製品を生産する場合、市場に製品を提供するタイミングが有り、特に前者は大幅に優れたメリットのない場合、後者の方が採用されることが多い。しかし、既に開発された技術が、ある企業によって工業製品の生産されに利用されてる場合、その企業はその技術に関する多くの経験やノウハウを持っている。そのような場合、基礎理論を熟知している大学の研究室と云えどもその技術を改良し、工夫した程度の努力では、容易なことでは経験のある企業レベルを超して先発企業の生産技術を上回る開発は出来ない。このような場合大学の研究室は開発競争において企業に充分勝てる見込みのないことが多く、開発研究から素早く撤退すべきである。ある特定製品の生産技術開発を続けている大学の研究室が、既にオリジナルな要素生産技術を開発しており、それが研究対象の生産技術の開発に効果的に適用でき、その結果大学が開発しようとしている技術が、他の大学・公的研究機関の研究者や企業技術者の開発するであろう技術より遥かに優れたものになる見込みのある時に、大学の研究者が技術開発を行うことが望ましい。そのような要素技術の開発は単なる思い付きで行われることは稀である。大学の研究室と云えども、企業の技術開発研究所と同様長年にわたって特徴のある技術開発を数多く成し遂げ、その経験と既に確立した多くのノウハウを生かしても新技術の開発の出来る見込みのない場合一度は研究を断念すべきである。その場合は、まず新しい理論をオリジナルに構築し、それを発展させてオリジナルな要素技術を開発した上で、これらの独自に提出した理論や要素技術を活用して新製品の生産技術や生産プロセスを開発することが重要である。

2) オリジナルな理論の提出:

  大学研究者の研究は真理を探求する使命があり、社会もそれを期待している。しかし、最近は、大学研究者と云えども真理を探求するだけでは社会の目も厳しくなってきており、その探求した真理を人類社会のために役立たせなければならなくなっている。今から10年くらい前の話ですが、日本学術会議化学工学研究連絡会が当時の4部部長と懇談会を行ったとき、工学系は云うに及ばず、理学系においても産業界の発展に貢献する研究をしなければならないと言う話を聞いたことがあった。

  新しい理論を研究するきっかけは、現行理論で説明出来ない現象に気付き、それを説明するための研究をする過程で見つけ出すことが多い。その時まず、そこで起っている現象をよく観察し、その現象に対して支配的に影響を与える因子は何で、その各因子にしかじかかくかくの特性があると新しく想定することによって、はじめて説明できるようになった時、新しい理論が提出される可能性が出てくる。そこで、これまでに提出されている理論と比較し、内容の最も近い既存理論と何処がどの程度異なるかを検討する必要がある。その検討の結果、影響因子およびその特性が明らかに従来の理論と異なっており、また、その理論に基づいて理論的に創出された結果が今迄のものとも異なっていて、実際に起こっている現象をよりよく説明できたときに新理論の提出と考えることが出来る。その理論を完成させるためには理論を提出した時に想定した影響因子の適用範囲を越えた領域で起っている現象をよく説明できるか検討・確認する必要がある。そうすることによって理論の適用範囲を明確にすると同時に更に適用範囲を拡張して新技術を構築する新しい展開が可能になる。このような研究テーマで、活動した時工学系大学研究者は研究の醍醐味を味わうことが出来る。しかし、この段階での研究成果はその理論の新規性が高いとその真の価値を評価できる研究者・技術者は殆どいないことが多い。このような理論の価値を本当に評価できる人は平素から自然界の動きを鋭く観察し、その奥にある自然の法則を想像できる優れた才能のある研究者・技術者のみである。この才能の持ち主は過去のことや現在世の中で認められている難しい理論を理解したり、最先端の技術を構築出来る人とは必ずしも一致しない。新しい理論や技術の独創性が高ければ、高いほど現在第一線で活躍している研究者・技術者によっては受け入れられ難いことがある。そのため、真に独創性の高い活動をする研究者や技術者は、そのオリジナルな理論や技術を理解できる専門家に巡り会うまでに可なりの時間がかかることがあり、その間自信をもって研究し続けることが大切である。筆者の経験でも世界は広いと言うことをしばしば感じた。どのようなことを考えても、その考えが真実であれば似たようなことを考えてる人が広い世界には必ずおり、また、理解して呉れる人もいた。時には、提出した新理論を理解してくれる人が全く異なる分野で真面目に創造的な活動をしている人のこともあった。

  このような新理論が提出されるとその理論を展開することによって、新しい製品を生産する新技術構築の可能性が生まれてくる。 それよりオリジナルな新技術を開発するためには、新理論を活用出来る人の理解と活躍が必要になる。そのような新技術の開発には特定技術を専門に開発出来る技術者との共同研究も必要なことがあるが、それによって従来の理論で構築された生産技術と全く異なった新しい展開の可能性が出てくる。そのような展開のひとつの選択肢として、研究室卒業生間の活動が期待される。

3) 化学工学分野におけるオリジナルな工学理論:

  化学工学は所望化学製品を生産できる装置を開発し、さらに、その製品を生産できる装置および操作法を設計して所望製品を生産する化学プロセスを開発するための工学であった。20世紀前半の化学工学は単位操作によって代表され、化学産業の発展に貢献した。しかし、20世紀後半の化学工業では機能性物質や、高付加価値製品の生産に関心が移り、化学製品の生産と密接に関係するエネルギー・環境問題との関連で、化学工業で議論されるようになって来ている。また、化学工学の学問体系はケミカルエンジニヤリングサイエンスに基づいて検討されるようになり、化学装置をベースにした所望製品の生産に焦点を合わせた研究活動は低調になっている。このような状況の変化によって、化学工学理論に基づく検討も様変わりし、新しい化学製品の生産に直接寄与する知見の提供が少なくなっている。このような変化は第2次世界大戦後の化学産業の急激な発展に対する化学工学の寄与が大きかった反動としてある程度は止む得ないことかも知れない。しかし、その反動が長期にわたって続いている現状に対して、20世紀の化学産業の発展に直接貢献した化学工学の変化を危惧する化学工場現場で活躍する技術者は増加してきている。一昨年ヨーロッパ化学工学連合の Working Party on Industrial Crystallization(WPC) でInternational Chairmanに就任したドイツのJ.Ulrich 教授は昨年来日した時、 WPCの活動を晶析装置・操作設計についての討議が活発であった1970年代の研究活動内容にも配慮して、晶析基礎と工業晶析・エンジニヤリングのバランスのとれた発展を目指すようにすると話していた。

  化学工学における晶析を考えるとその主要な部分は3・1)所望製品を生産する晶析プロセスの構築であり、そのためには 3・2)そのような製品を安定に生産できる装置と操作の選定・設計が重要である。3・1)および3・2)を結びつける因子は3・3)装置内の有効結晶核発生速度、有効結晶成長速度、装置内結晶懸濁密度であり、それらに関連する装置内溶液過飽和度、溶液内に共存する媒晶剤を含む不純物や使用される溶媒の選定等がある。晶析プロセスという観点から考えると、3・1)、3・2)の主要因子の相関が明らかであると、それのみで目的を達成することが出来るが、現状では化学産業で生産される製品の急激な変化に即応できるように晶析分野の理論や技術が進歩していると判断することは出来ない。化学産業の永続的な発展を考える場合、それを支える理論や技術も持続的に徐々に発展し続けることが必要である。そのように社会が期待する発展に応える技術は、時間をかけて継続的に着実に進歩し続ける必要がある。しかし、その研究成果に対する評価内容は固定しているわけではなく、時間の経過につれて変化する社会の動きに応じて生まれる新しいニーズに応えられる新しい技術の開発が必要で、産業界の発展に貢献するものでなくてはならない。短期的には目先の新しいニーズに応える技術を開発する必要があるが、社会の変貌に応えられる技術改革を支える技術を発展させるためには、研究の本質をついたオリジナルな理論を構築し、その上でオリジナルな技術を開発しなければならず、それをすることは大学研究者の本望である。

  晶析工学では所望特性を持つ結晶製品を生産することに焦点を置かれることが多いが、工業操作では析出した結晶を容易に分離して残る母液を製品とすることもある。また、溶液物性や相律から晶析操作が選定されることもある。このように母液を生産するプロセスは、結晶製品を生産プロセスと全く異なるように見られることもあるが、液相から析出する結晶化現象の本質を理解して研究してきた晶析分野の研究者・技術者は、結晶製品を生産した時身に付けた研究哲学・研究法を有効に活用して、母液生産プロセスの開発を目的にした開発研究でも成果を挙げることが出来る。自然の法則に逆らうことなく、論理の飛躍のないように一歩づつ着実に研究を進めると、必ず自然の法則に沿った妥当なオリジナルな生産プロセスの開発を成し遂げることができる。

  筆者は真面目で、辛抱強く研究を行い、その上で晶析理論提出のために設定したモデルと装置内の現象との間の僅かな差異を鋭く見つけだす優れた研究室の学生に恵まれて、多くのオリジナルな研究成果を挙げることが出来た。これらの研究活動を貫いた研究哲学は筆者が早稲田大学を退職した時に卒業生が出版して呉れた著書「 21世紀への贈り物・・・・・ C−PMT 」 に記述されている。 この著書は印刷時に500部強作成されたが、現在手元に数冊を残すばかりとなっている。この書についての意見は卒業生ばかりでなく、晶析研究を共に行った学会の先生方や企業で活躍されてる技術担当の方々から沢山頂いている。その中でよく思い出される言葉は、長年に亘って企業の晶析現場で活躍され、その後退職してから大学に移籍し、学生の教育や研究指導をされてる先生が、「 近ごろ研究開発や現場のトラブル対策を担当している技術者の中には豊倉先生の云われる ”PMT・・・” の研究哲学を理解してない人がいますね。」 云われたことです。 筆者は今でも時々この本を拡げ、卒業生の記事を読むと、多くの卒業生が、 PMT をよく理解し、 現場で抱える問題解決に、装置の中でまた社会や企業現場で何が起っているかをよく観察し、(P);その中で何が支配的な因子で、それがどのように関与しているかを模式的に考えてモデルを想定し、(M); そのモデルを検討して抱えている複雑な現象に対するモデル理論を組み立て、(T);そのモデル理論に従って、対応策を考えて問題を解決している様子を思い浮かべている。 そして、このような取り組みがオリジナルな理論や技術の提出に繋がるものであると考えている。

多くの卒業生は、著書「 21世紀への贈り物・・・・・ C−PMT 」を手元に置いてることと想像しているが、海外を含め転勤の多い卒業生は大勢います。そのような関係で、偶々手元にこの著書をおいてない人が学生時代を思いだして、仲間の記事等を読んでみたいと思うこともあろうかと想像している。その人達のために、この書の目次を以下に列記します。その目次より読んでみたい記事があって、それを入手したい人は豊倉宛にメールで連絡頂けば、スキャナでコピーして送りますので気楽にお申出下さい。

メールアドレス: tc-pmt@tech.email.ne.jp

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「 二十一世紀への贈り物・・・・CムPMT 」  1999年3月
        豊倉 賢先生記念会実行委員会 編集・出版

目次
  

2004年7月

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