先週末から今日までニューヨークに出張(といっても仕事は月曜の昼間だけでしたが・・)して、土曜、月曜とメトに行ってきました。土曜の夜はリヒャルト・シュトラウスの楽劇「薔薇の騎士」だったのですが残念ながら完全に売り切れ。
この世紀末ウィーンに咲いた徒花のような洒脱で豊潤な極上のオペラを愛して止まない私としては、実に残念でした。まあ200ドル以上だせばダフ屋から買えたかもしれませんが・・。
でもその代わり、昼のラーメンを「面食い亭」で食した後、もしやと思ってふらっとリンカーンセンターの窓口を訪れて当日券を確認したのですが、「薔薇の騎士」はなくても、何と10分後に始まるマチネのヴェルディの「ラ・トラヴィアータ」の立ち見席なら16ドルで残っているというので、早速購入。これがフランコ・ゼッフェレッリなんだな。演出が……。
椿姫役のクリスチナ・ガラード・ドマスも良かったけれど、ジェルモン役のトマス・ハンプトンが素晴らしく良かった。
指揮者はアバドと書いてあったけど、これはあのアバドではなく、ロベルト・アバドという別人の若い人。名前が一緒なのは損な気がするのだけど……。あいかわらずゼッフェレッリの舞台は豪華絢爛。第二幕第二場の舞踏会の場面はスペイン風のバレエにあわせて情熱の赤をベースに、有らん限りのディーテールにこだわった絢爛さ。そして嫉妬に狂うアルフレードが入ってくるとこれが嫉妬のどぎつい赤に。最後はヴィオレッタの運命を表して青白くと千万変化。
第三幕もヴィオレッタが病に伏せる2階の寝室から玄関に降りてくるところで、舞台全体がせりあがって巨大な2階層構造である事(ゼッフェレッリには「ラ・ボエーム」にも二階建ての舞台がありましたな……)がはじめて明らかになるという凝りよう。客席は度肝を抜かれる仕掛けです。
まあ、「椿姫」のストーリーそのものは弱いのだけと、舞台と歌がよかったから良しとしましょう。1階後ろの立ち見席(ちゃんと場所が指定されていて、寄りかかるカウンターもある)に1時から4時まで3時間立っていたので腰が疲れたけど、16ドルじゃ文句はいえませんな。
月曜は待望の楽劇「ワルキューレ」。こっちは前からチケットを入手してあったのでもちろんOK。これは心底感動しました。ワーグナーの超大作、舞台祝典劇「ニーベルングの指輪」4部作の第二部。指揮はいわずと知れたジェームス・レヴァイン、演出:オットー・シェンク、ブリュンヒルデがデボラ・ポラスキー、ウォータン:ジェームス・モリス、ジークムント:ポール・エムリング、ジークリンデ:デボラ・ヴォイト、フリッカ:ハンナ・シュヴァルツといったメンバーでしたが、モリスのウォータンは当代随一の当たり役で、感動的な声量と気品ある体格、容姿、演技で圧倒的な存在感。
ブリュンヒルデのポラスキーは、私は知らなかったのだけど、10年前のメトのビデオに出ていたヒルデガルト・ベーレンスとかなり似た容貌、体格で、声量も同じくらいあり、なんとも素晴らしい出来でした。なんでもこのところ毎年バイロイトでブリュンヒルデを歌っているとか。
ジークムントも背が高く甘いマスクで、悲劇を際立たせていました。ジークリンデのヴォイトは声は素晴らしかったんだけど、女版パヴァロッティっていった感じの体格で、薄幸で可憐な少女の役にはかなり無理がありましたね。(特に抱擁するシーンなんか……) でも、同じメトロポリタンの「ワルキューレ」のビデオ(10年くらい前に撮影された)ではジェシー・ノ―マンがジークリンデを歌っていたから、まだましか?。(ノーマンは武蔵丸級かつ黒人……)
なんと言っても良かったのはレヴァインの指揮で、ビデオの演奏よりいくぶん遅めのテンポで、特に意味深長に「ワルハラの動機」や「ウェルズングの愛の動機」などがユニゾンで静かに鳴り響くところなんか(第2幕のウォータンの独白の場面など)、ものすごいソステヌートをかけて、その後の間もたっぷりとって、会場が水を打ったように緊張して静まり返り、ジーンとさせてくれました。いよいよ彼も円熟したのかなという感じです。(頭はあいかわらずもじゃもじゃパーマで、おなかの方もかなり円熟していましたが……)
何しろウォータンがいいから、冗長になりがちな第2幕が強烈に引き締まっていて、ドイツロマン派音楽の極致とも言える第1幕と共に、どんどん盛り上げてくれました。そして第3幕。最後の「ウォータンの告別」で舞台が紅く染まっていくところの感動は尋常じゃなかったですね。それまでずっと暗い陰うつな舞台、照明だったのがここで初めて明るく輝いて。
実は音楽も第1幕、第2幕では、ほとんど高音のヴァイオリンやフルートといった楽器が中心となった明るい伴奏がでてこないのですよね。いつもチューバやコントラバスが重々しく音楽を支えている。(これは実は第3部の楽劇「ジークフリート」の場合もほとんど一緒なのですが)それがこの最後の場面の魔の炎の音楽は、紅く燃え上がる舞台を背景に、完全に高音の分散和音に支えられている。そこにブラスの大合奏が堂々たる「ジークフリートの動機」を朗々と奏でるのですからその壮麗な劇的効果は、実演に接して初めて実感できるものだと思いました。
演出も、現代風にアレンジした解釈が多い「指輪」の上演のなかで、オットー・シェンクのものは、最もワーグナーのト書きに忠実で正統的な演出で、安心して見ていられました。かなり舞台が暗いのですが、これは情景が夜とか嵐とかもともと暗いのでしかたないでしょう。1969年にカラヤンが同じメトロポリタンに招かれて「ワルキューレ」を指揮、演出したときは、ほとんど真っ暗で歌手から「危なくて歌えない」と文句が出たそうですが、実際その時のライヴの海賊版を聴くと、ウォータン役のベテラン、テオ・アダムが最後のローゲの火を大見得を切って呼ぶところで1拍早く歌い始めてしまい、パニックになっているのですが、(そういう意味でこの海賊版CDは天下の珍品)、暗くて指揮すらも見えなかったのでしょうかね?
余談はさておいて、ちなみに私が座っていた席は1階オーケストラの前から2番目右手。歌手はすぐ6ー7メートル先で歌っていてものすごい声量で聞き取れるし、オーケストラと来た日には、丁度目の前にホルン4本、ワーグナーチューバ4本、トランペット3本、トロンボーン4本、チューバ1本といった大ブラスが陣取っていて、思いっきり大音響を奏でるのですから、こりゃたまんないっすよ。その辺のロックコンサートよりずっと迫力満点。毛穴の中にまで音が染み込んでくるかんじで、まさに陶酔の世界……。6時半から11時半の5時間の上演があっという間でした。
こんなんが毎晩行われているメトは凄いとしか言いようがありませんな。実は5月には指輪4部作のチクルスがありますが、さすがに4日間は・・・・。
以上メトロポリタンオペラ速報でした。