心理効果(プラシーボ)ブラインドテスト 
− それでも何故高価なケーブルを求める人がいるのか?−
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 本文で詳しく述べたように、スピーカーケーブルを変えることによる音質の変化など、あったとしてもごくわずかで普通の人が本当に検知出来るのかどうか疑問です。特に、線材を変えることによる変化はあり得ないと物理学からは断言できます。それでも、やはり1m 数万円、いや数十万円もするケーブルを買う人がいると聞きます。その理由を考えてみました。もちろんこれは物理学でなく心理学・脳科学の問題なので素人考えであることを断っておきます。

まず、ケーブルを追い求める人(感覚派と呼びましょう)の言い分は、人間の聴覚は極めて敏感で、物理学では想像できないような僅かな変化も捉えることが出来ると主張します。そして,確かに物理学でもケーブルの構造により伝送特性は超高域においては変化します。

 さて私も、聴覚が極めて敏感であることを認めるにやぶさかでありません。ただ、敏感だけど、あやふやな(或いは不安定な)ものだと考えています。そもそも、人間がある現象を知覚するということは、感覚器官(目や耳)が受けた物理情報が電気信号として脳に送られ、脳に記憶されている過去の経験、(間違ったものを含め)色々な知識、他の感覚情報(聴覚の場合は視覚)などと結合し最終的に大脳にイメージを描く(音の場合は音像というべきか)のだそうです。特に聴覚は、視覚と比較すると物理情報が少なく脳内処理に負う部分が多いといいます(音像形成についての詳細はここ)。一方、視覚の場合そのイメージは錯覚も含めかなり客観的なものといえそうです。つまり、私の抱く視覚イメージとあなたのイメージは全く同じものだと考えていますよね。ところで、聴覚の場合はそういいきれるでしょうか???  同じ音源があなたに作る音像と、Bさんに作る音像が一致していると言えるでしょうか? ある人がいい音だというケーブルを他の人はぜんぜん駄目だということがしばしばあるようなので答はNoでしょう。つまり、仮に差が検知されてもそれに対する評価はバラバラだということです。 そして、その評価を左右するのは視覚を含めた他の感覚や、「純度の高い線材を使えば純度の高い音がする」といった短絡的な知識など、要するに心理効果が大きいと思います。いやもっと端的に言えば、本当は同じものでも、差があるはずだと考えている人は必ず差を見出し評価を下すんではないでしょうか? 実は、ケーブルについてのダブルブラインドテストの結果*を見るとまさにそうとしか思えません。つまり、被験者は差は感じているつもりでも統計的に処理すると有意差無しという結果が出るわけです。これは、物理的にも大きな差があるスピーカーの場合と決定的に違う所です。

いや、それでも感覚派は主張するでしょう。『そのテストの被験者は耳が悪い、私なら正しくいい当てることが出来る』と。私にはこの主張を否定することは出来ません。なぜなら、私の耳はそれほど敏感でないと思っているし、その程度の耳では、物理学的にみて変化を検知し得ないと思っているからです。私も人の子、心理効果を免れるわけにゆかないわけです。

ここで、この問題は常に堂々巡りに陥ってしまいます。

そして、この現象はケーブルに限った話ではありません。他の場合でも、物理的・技術的に見てほとんど差がないと思われる機器について音の良し悪しを議論をすると同じ堂々巡りに陥り、感覚派と物理派の間で果てしなく議論が続きます。

オーディオ関係の掲示板(スレッド)を見ているとこのことがよくわかります。

こういう場合は、感覚派が被験者となって、ブラインドテストを受けてみると、結局思い込みが原因だと悟ることになると思いますが、素人が正しいブラインドテストを実行することはかなり難しく、なかなか実行されません。で、やはり、果てしなく議論が続くことになります。

逆に、ケーブルの抵抗値は温度によってかなり変化します。(温度を10度下げると、銅の純度を4Nから8Nに上げるより10倍も抵抗値が小さくなります。) しかし、だれも、『良い音は寒い所で聞け』などといいません。これは、その事実があまり知られていないので、心理効果として働かないのでしょう。ケーブルメーカーも『わが社のケーブルはなるべく部屋の温度を下げて賞味してください』などと宣伝するわけにいかないでしょう。

もう一つこんなことが考えられます。音は聴く位置によって大きく変わります。これを見ると、実際ケーブルを変え(同じ物に変えても)戻って聴くと、音質が変わっていても少しも不思議ではありません。ただ、単音のサイン波では位置による変化がわかっても、音楽CDを聞いて判断すると、その音質は第一印象で決定付けられ(脳に音質に関する情報がインプットされる)あとは、位置を変えても同じ音質と聴こえるらしいのです。ケーブルを変えて音が変わるという話しの真相は案外こんな所にあるような気がします。

もう少しケーブルの場合について、心理効果と価格について書いておきます。

まず、耳には自信はある(と思っている)が、物理学・電気工学に詳しくない人に効果的なのは本文でも散々議論した線材にこだわることです。もっとも、線材だけでは、白金を使うなどというとんでもないことを考えなければ、それほど高価になるとも思いませんが。

次に、耳に自信があり(と思っており)、かつ、物理学や電気工学に通じている人に効果的なのは構造にこだわることです。(勿論この場合は全てが心理効果というつもりはありませんが。)例えば、同心2重チューブ線などもあるようですが、確かにこれは表皮効果、自己インダクタンスの低減にはかなり理想的な構造だと思います。当然、このような線を作るのは材料費よりも製作費がかかり、かなり高価なものになるのはうなずけます。さらに、凝りだせばきりが無いので価格は際限なく上昇するでしょう。私に言わせれば、この場合の費用対効果率は限りなく0に近いと思うのですが?

最後に、万人に当てはまる効果、現代人に最も大きな心理効果を与えるのは何でしょう?

そうです、その答が副題についての解答です。

そこで、オーディオ機器について、
性能の変化が小さくなるほど価格の上昇が大きくなる』という反比例の法則が成り立ちます。

聞くところによれば、これは趣味性の高い製品に共通する法則のようです。

最後に一言、このページを読まれて、私自身が違いを経験せず(或いは出来ずに)、議論するのは『科学的な態度ではない』のではないかといわれる方もあると思います。そこで、『科学的とはどういうことか』について論じてみました。

また、音響刺激を与えたときの脳波の測定から、聴覚は如何に思いこみの影響を強く受けるかということを示す、実験心理学の研究結果を『脳波で見る空耳』という項目に紹介しています。(2004.11.29 Up)


* ブラインド テスト:試聴者に銘柄(種類)がわからないようにした状態で音を聴いてもらい、その銘柄を当てさせるテスト。また、被験者のみならず施験者にもどちらかを知らせず、A,B 2つの製品をランダムに変えながら、差が検知出来るかどうかのみを答えてもらう方法をダブルブラインド・テスト(ABX テスト)という。
この方法で思い込みにより評価が左右されることが避けられる。
具体的な方法は、別ページ(ABX ダブル・ブラインド・テスト)に示す。
なぜか、その結果の報告はほとんど見出せない。

唯一Web上で見られる報告

http://www.provide.net/~djcarlst/abx_data.htm
つながらないときは、 こちら、アーカイブ・サイトへ(テキストファイルのみ 画像非表示)


というサイトのABX テストの結果(DATAのページ)をみると
スピーカ^ケーブルについてはあらゆる比較に対して全く有意差無しという結果が出ている。
http://www.provide.net/~djcarlst/abx_wire.htm
つながらないときは、 こちら、アーカイブ・サイト
(テキストファイルのみ 画像非表示)

この中に出てくる 16 Gauge Zip Cord というのは、0.26φ×26本 の通常の平行多芯線で、材質は恐らくタフピッチ銅(ケーブルの材質参照) 直流抵抗値は往復 26mΩ/m 程度
(計算値) これと、¥100,000/m もする高級(?)ケーブルと比較している。

その他、アンプやCDプレーヤーについての報告も見られる。

また
http://www.verber.com/mark/cables.html というサイト(リンクをたどるとさらに続編が見られる)に、アメリカのあるオーディオメーカーの経営者が自社の試聴室で行った、スピーカーケーブルのテストの結果に言及し全く有意差が無かったと報告している。日本語訳はここをクリック

もう一つ、アメリカのStereophile誌が1991年AES(オーディオ工学会)大会で行なったスピーカーケーブルについてのABXテストの報告をしている。テストしたのは、東部名門工科大学と紛らわしい名の有名な高級ケーブルを12ゲージ(0.32mmφ×63本)及び30ゲージ(髪の毛ほどの極細線。当然音量も違ってくる。このテストの信憑性をチェックするための比較)の普通の平行ケーブルで行なったものである。結果は30ゲージ線では全員違いを言い当てたが、12ゲージ線では有意差無しという結果であった。詳細は、
http://www.stereophile.com/asweseeit/107/index.html

2006.8.15 added
電源ケーブルについては、やはりアメリカのオーディオ評論家(?)で、ある高級電源ケーブルを絶賛した人がスピーカー製作のエンジニアの協力を得て、熱心なオーディオファインを含む15人の被験者を集め行ったかなり厳密なABXテストの結果がある。結果はやはり有意差無しというものであった。詳細は、
http://www.hometheaterhifi.com/volume_11_4/feature-article-blind-test-power-cords-12-2004.html

なお、アンプについてのブラインドテストの結果を別ページにUpしておく。

2007.3.13 added
同じページに、CDプレーヤーも含めたハイエンドシステムと普及型機を比べたテストも掲載した。

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