1996年 11月5日                         戻る

Dunlavy Audio Lab より Bass Group 様
題目: ケーブル・ナンセンス

インターコネクトやスピーカーケーブル間の聴感上の差についてのネット上の議論を読むと、それなりの経験と知識を持つ技術者として何かいわざるを得ないと感じています。

多くのメーカーが、オーディオファイル向けに最適化した電気的性能を持つと誇らしげに主張して、インターコネクトやスピーカーケーブルを設計・製作しています。しかるに、一般に売り出されているケーブルを高精度の測定器で測定してみると、設計者たちが目的としている特性を疑わせるような、異なった結果が見出されます。このような異なった結果が出ることは、これらのメーカーの、ケーブルの重要な伝達特性を正確に測る測定技術に疑問を投げかけます。もし彼らが、真面目に高度な特性を持ったケーブルを設計したいなら、高精度 C-L-R ブリッジ、ベクトル・インピーダンス・メータ、ネットワーク・アナライザー、高精度波形・インパルス信号発生器、広帯域・高精度オシロスコープなどの計器を導入する必要があります。

スピーカーケーブルの伝達特性にとって重要で測定可能な性質としては、特性インピーダンス(単位長さ当りの自己インダクタンス、静電容量)、抵抗損失量(高周波における表皮効果による抵抗増加も含む)、誘電損失の周波数依存性(損失角 など)、信号伝達速度、ことなったインピーダンスを持つ負荷を接続した時の総損失の周波数依存性などがあります。

インターコネクトケーブルについては上記の全て以外に、振動によるマイクロフォニックノイズ、その他のノイズなどもあります。

優秀なメーカーであれば、これらの測定のことや、ケーブルを設計するとき、その様な測定をする必要性も知っているはずですが、真相は、『ほとんど実行していない』ようです。オーディオ雑誌によく見られる、理不尽な、『猛禽類の軟膏(意味不明)、蛇の油(西洋版がまの油のようなものか?)』の使用、あるいはその他の意味不明の宣伝文がその証拠です。さらに悪いことに、我々が測定した、高価で、ハイテクっぽいケーブルのほとんどが、正しい物理学や技術が教える周知の法則や原理に沿って設計されているとは思えません。(無知な一般消費者に対し、疑問だらけの性能や誤解を招く宣伝文句を見つけ出し摘発するはずの、『高くつく』政府の消費者保護機構の面々はどこにいるんでしょうかね?)−− 消費者側危険負担です!!

曰く、『銅線が方向性を持つ』、『電子はゆっくり動くので、導線を動く間に迷走し歪が生じる』、『信号が動く間にケーブルがエネルギーを溜め込んだり吐き出したりする』、『最終エネルギー成分はケーブルの音色の目安である』これらはケーブルの宣伝に見られる『作り話』のほんの一例です。いやもううんざり。

さらにひどいのは、『より正確な音色の伝達、すばらしい音像、低ノイズの実現』と称しケーブルに埋め込まれた『特殊な構造物』があります。その真相は、この『特殊構造物』は要するに単純で安価な一種のネットワークで、高すぎるスルーレート(文末 注1)を持った設計不良のアンプに対し、もし低損失・低インピーダンスのケーブルを使うと発生する恐れのある発振現象を防ぐためのフィルターにすぎません。(スルーレートを上げるため負帰還を掛けすぎたアンプはその代償として動作不安定になる傾向がある。)もしその『箱』がケーブルのスピーカー端子側についているなら、普通は抵抗-コンデンサー並列結合ネットワークからなるZobelネットワークを2本の導線間に挿入したものに他ならない。また、それが、アンプ端子側についているなら多分、抵抗−コイル並列結合ネットワークを導線に直列に挿入したものであろう。(あるいは、単に導線をフェライト円筒で覆っているだけかもしれない) しかし、アンプの安定性を得るための発振防止用のネットワークをつける場所は本来アンプ内であるべきでケーブルにつけるものではないはずです。

こういったことを踏まえて、経験ある試聴者にとって、多くのケーブルについて何らかの聴感上の差があるのだろうか? 答は単純に『ほとんど無い』である。『いやそんなことは無い』と主張する人は、例のプラシーボ効果の強力な作用を正確に理解していないというべきでしょう。− 実際プラシーボ効果は、出来るだけ正直でありたいと思っている試聴者にとっても強く作用します。プラシーボ効果は、もし試聴者が今どのケーブルを聴いているかを知っていると、その印象を記述するに当って検知可能な意味づけをしてしまいます。しかし、盲検法や二重盲検法により、そのケーブルについての知識を取り去ってしまえば、音の差は完全に消失するか、あるいは、無秩序選択に近づきます。熟練技術者、設計者、製作者としての自分としても、ブラインドテストによっていつも他より高い評価を得るケーブルを設計することが出来れば、これに勝ることは無いわけですが、正直言って、そんなことは出来そうにありません!

あーそうでした。ケーブルによって音が激変することをいつも検知できると主張する『黄金の耳』の持ち主のことを耳にします。しかし、このような熟達の士が我々の工場に来て、注意深く設定された条件でテストをすると、たまの偶然の一致以上の成績を挙げたことはありません。例えば、三種類のよく知られたケーブル、即ち、高品質 12 AWGサイズ ジップコードから、ハイテク製品らしい1インチを超える直径をもつケーブルなどをテストしているという触れ込みでブラインドテストをすると、実際はケーブルは全く換えておらず、常にジップコードの音を聴いていたにもかかわらず、常にもっとも太い、セクシーな外観のケーブルと言った場合に最高の得点を挙げます。

私は、残念ながら、ケーブルの銘柄が試聴者に分からないようにコントロールされた比較試聴ですら、ケーブルの差を常に聴き分けられるという主張を受け入れることは出来ません。なぜなら、我々はあまりにも多く、熟達の士や、申し分の無い聴き手を対象に真のブラインドテストを行なってきたので、『本当に検知可能な聴感の差』はほとんど存在しないということを知ってしまったのです。ただし、そのテストがシステムとケーブル間の相互作用などの余計な因子を除いた場合についてという前提ではありますが。

実際、(ケーブルは交換しない)比較テストをすると、多くの試聴者が、彼らが聴いたと思う低音の、あるいは高域の感じなど、激変体験を詳細に記述くことが出来ます。(もちろん、参加者には、生涯の敵になっては困るので、この意地の悪い真実は知らされていません)

さて、それでは何故 DAL のようなまともなメーカーまでオーディオケーブルの設計・製作に携わるのか? 答は簡単:ケーブルには顕著な測定可能な差があること、また、よく知られ理解されている伝送線についての理論(分布定数回路理論)によればケーブルのインピーダンスとスピーカーの負荷インピーダンス間、あるいは、インターコネクトケーブルの静電容量と次段の入力インピーダンスとの間に最適の値が存在するからです。理論が教える条件を満足するケーブルをどうして作らない手があるでしょうか? 伝送線理論は TV用ケーブル、マイクロウエーブ、電話線や、最高の伝達特性を要求する他の応用に関して一般的に成り立ち広く受け入れられています。この理論を厳しいオーディオファンのためのケーブルの設計に使わない手はないでしょう。 一方、誰かさんのように、まだ優秀な技術者や科学者も見出していない因子があると主張するのは全くナンセンスであり、『猛禽類の軟膏や蛇の油』などインチキ製品の欺瞞性を覆い隠そうとするものです。もし、ケーブル製作者や、著述家、技術者が手にすることが出来る測定器で測定出来ない、あるいは既存の理論では説明できないような、『聴感を左右する因子』を見つけたならノーベル賞へのノミネーションを保障したいものです。(この段の前半、かなり我田引水・ご都合主義のきらいあり。訳者注)

ともかく、今、ケーブルの迷信やバカバカしい主張について、知識不足からケーブルの伝送特性についての作り話を真実から区別することが出来ないオーディオファイルと共に私の好みのHmmmを共有しなければなりません。(この部分意味不明)また、違った意見を持った方、あるいは、普通の方法では測ることが出来ない、あるいは区別できないようなケーブルの特性について、私が見逃しているかも知れない何かを知っている方からのコメントを歓迎します。 開かれた、確かな知識に基づく、客観的な問いかけによってこの混乱の真相を明らかにしましょう。

今や、この問題に関心あるオーディオファイル、真のエンジニア、有能な物理学者、学会、雑誌編集者が、ケーブルの広告にしばしば見られる、みえ透いた嘘の主張に満ちた新しい傾向について確固とした立場をとる時期が来たと信じています。 もし我々が今失敗したなら、良心的な設計者、エンジニア、製造者、雑誌編集者、製品評論家はオーディオファイルの世界で取り返しの付かない汚点を残すことに気が付くでしょう。

敬具

ジョン・ダンラヴィー

注1 スルーレート dV/dt 即ち、出力電圧の立ち上がりの早さ。これが大きいと高域再生限界が上昇する。負帰還によって大きくすることが出来るが回路が不安定になる。